「ここいらでは見ない顔だな」
ちいさな居酒屋の店主であり、また情報屋でもある老境の境にある男は、はじめて見るふたりの魔族の男に、あいさつがてらに酒をだした。とりわけ不味いわけでも、美味いわけでもない安酒だ。はじめて見る顔には、こうやってただで酒を振る舞うのが、店主の決めごとだった。いい客であろうと、悪い客であろうと。
カウンター席に座った二人組を、店主は不躾にならない程度に観察する。
視力を失ったのか、それとも失ったふりをして周囲を油断させているのか、目を閉じている若い男。壮年とまではいかないが青年ともいえない見かけの、顔に十字傷をもつ男。
盲目になったものも、顔に傷をおうことも、治安が悪い魔界では、めずらしいものではなかった。店主は、これよりももっと酷い傷を負いながら生き延び、陽気に酒を飲むような男たちをよく見ている。店主が切り盛りする居酒屋が居を構えた街は、それなりに平穏に暮らせるが、魔物が跋扈するのが当然のこの地で、完全なる安全など存在しない。また、魔族同士での争いなど日常茶飯事であり、街中に死体が転がっていることも珍しくないのだ。
生きていくには、運だけでは足りず、それなりの実力が必要だ。
あらっぽい客が来たときに、なんとか自分の身と店を守れるよう、店主自身も鍛えているが、その自分の実力など足元に及ばないほど、ふたりとも武人としての引き締まった鋭い空気をもっている。
それにわずかに気圧されつつ、ご注文は? と店主はたずねた。
これは、酒を飲みにきた客ではなく、情報を買いに来た客だ、と店主はあっさりとさとっていた。さて、この客が満足いく話をすることができるだろうか、と店主は内心ひとりごちる。
店主は情報屋だが、それを専門としているわけではない。ひとがくる店の店主などしていると、自然とひとの話がはいってきて、それを必要とするものに安い手数料でおしえているだけだ。
たいしたことを知っているわけではなく、耳にするのは些細な噂話程度だ。だが、その噂話を知りたい、という者は店主がおどろくほどに多かった。
十字傷の男が、紐でしばった袋をカウンターに置いた。金属がこすれる音がする。袋のふくらみからして、かなりの量がはいっているのがわかった。店主は眉をひそめる。彼は情報のやりとりで、大金を動かさないと決めていた。自分が情報を扱う素人だと、理解しているからだ。不相応な大金を望み、破滅するのは本意ではない。もともと、この情報屋という肩書きも、居酒屋店主をしているうちに、本人がのぞまぬうちにいつの間にかついてしまっていたものだった。
「ひとをさがしている」
ひとさがしと聞いて、自分の知ることが役にたつとは思えなかった。一度見た顔を絶対に忘れない便利な特技など持っておらず、特徴を聞いたところで即座に答えるなどできないだろう。顔に刻まれた年齢を感じさせる皺が、さらに深くなった。
「どんなやつだい?」
一応は聞き返してみたが、こんな大金を持っているのだから、なにもこんな粗末な店の情報など聞きにきたりせず、玄人の情報屋にでも行けばいいのに、という思いは店主の中で消えなかった。この金は突き返して、もっと上等の情報屋があることを教えてやろう。男は心半ばに決めた。何処に行けばその情報屋がいるのかすら知らないただの居酒屋の店主には、荷が勝ちすぎる話だ。
「人間の、子供だ。十二、三歳くらいで、頬にちいさな傷がある」
十字傷の男は、店主の内心など知らず話をすすめる。
「にんげん?」
自分は役にたたないと決めつけていた店主だが、はっと頭に思い浮かべるものがあった。
この魔界で、人間の姿ほど珍しいものはない。
「そういえば……」
店主はいつか聞いた噂話をはじめる。