「力こそ全てって考え方は好きじゃないね。そんなことを言ったら、僕は必ずおちこぼれになる」
冥竜王軍の中でも有名を誇るケダンは、ある会話の流れで自嘲じみたことを言った。
肩を陽気にすくめた軽い物言いであったが、そこにはまぎれもない本音がこめられていた。
それに意地悪く同意するものもいれば、謙遜をすると笑い飛ばしたものもいた。所詮、それは内輪だけの会話であり、拮抗した地位にある同僚以外にケダンの本心を知るものはいない。あるいは、彼の主である冥竜王も、そのつぶやきをひっそりと聞いていたかもしれない。
ケダンの能力を軽視し地位を羨む口さがないものたちは、「影からこそこそと死体を操ることしかできない能なし」と揶揄る。
リビングデット、さまようよろい、くさったしたい、等。
そういったアンデット系のモンスターを作り、操る術を、更に精密化し高性能にした上位魔法をケダンは得意としていた。
彼の使う魔法の特筆すべき点は、生きているものにその自覚なしに魔法をかけておくことができる長期潜在性と、対象者が死亡し発動すると生きているときでは発揮でない普段は封じている力を百パーセント出しきらせることが出来る強力な攻撃性にある。
不死系の魔物を作る魔法、死体を操る魔法。そういった能力者は珍しく、そして同じような能力を持つ者の中でもケダンの魔法の精度は他よりも抜きんでていた。
だが、ケダン自体は、生身そのもので戦おうとしたら、一般的な人間の戦士にあっさりと切り殺されてしまう程度の実力しか持ち合わせていない。
特異な能力に特化した代償なのか、ケダンは普通の魔法を使えず、肉体も魔術師としての平均をこえることなく脆かった。直接戦う手段などなきに等しい。
ケダンは自分の能力の利便性を知っていたが、また、自分自身が強いわけでもないことを理解していた。
己の能力を把握し、非力を自覚し、そのうえでどんな手段で敵を倒すか。結果はひとつしか出てこない。
全力を持って死体を操る能力に特化し、自分は決して見つからない安全な場所に隠れて異能を使う。
卑怯といわれようと姑息とわらわれようと臆病とそしられようと陰湿とけなされようと、ケダンは決して自分のやり方を変えなかった。
その結果が、今のケダンの地位である。
彼の戦い方は、決して真っ当とはいえない。だが、弱肉強食の魔界では間違っていない。強さこそが正義とまかり通る魔界にあって、彼は決して強くはないが、彼よりも遥かに強いものたちが戦いに敗れて死ぬ中で、したたかに生き残った。
「力だけじゃない。それが僕にとっての“全て”だ」
ケダンは今まで生きてきて出た結論に、思いをこめる。決して、強いだけでは生き残れない。
彼は、弱いからこそ身をもってそれを知っている。
臆病だからこそ、仲間内でも立ち回りのうまさは死神の異名を持つ男に次いでいる。
ケダンは格上の相手をとっても、自身の戦う方法により、死なない自信があり、そして自軍を一切傷つけることなく戦闘をし、敵の実力を見極められる力がある。
竜の騎士が魔界に姿を現すようになって、そう時間はたっていない。
冥竜軍がその所在を知っていから、ケダンは安全な場所に身をひそめて竜の騎士にしつこく尖兵を送っていた。最初は魔界の不死系の魔物を術で作り戦いを挑ませて様子をうかがっていた。
ダイの実力を目の当たりにした。
大魔王バーンとの決戦時に比べ、その力は大幅に弱体化していることはケダンにも分かった。
魔界屈指の戦士である仲間が知れば「これが勇者の実力なのか」と笑い飛ばして軽々と屠れるであろうことはたやすく想像できた。
そして、竜の騎士が弱っている今がこのうえない好機であろうこともすぐに悟った。
ケダンは己の弱さを表だって卑屈に振る舞うことはないが、自分の強さをかえりみて、圧倒的な力を誇る者に対して妬ましさを抱くのをとめられなかった。小細工を弄せずとも遥か高みにある強さは、ケダンは憎しみすら湧かせる。
そんなケダンにとって、ダイの力の零落は嘲笑に値するもののはずなのに、彼は胸中に鉛のような重さと到底飲み込み切れない苦渋を感じた。
自身にどれほど傷を負っても立ち向い、決してあきらめることなく守りたいもののために戦おうとする勇者。
力の有無など関係ないのだと。
言葉にしなくてもそう訴えるようなひたむきな姿だった。
たとえ力を失っても、そんなものは関係ないと自分の中にある正道を歩みゆこうとする絶対的な強い意志。
醜くゆがんだ存在など見慣れているはずなのに、ケダンにはダイこそが到底理解できない、空恐ろしい化け物に見えた。
早急に始末しなければならない。
ヴェルザー軍のためにも、そして自分のためにも。
ケダンはダイの存在が許せなかった。許してはならなかった。失った力が惜しくはないのか、力を失って恐ろしくはないのか、悔しくないのか。どうしてそんなにもわが身を惜しまずに戦えるのか。
死ぬことが、怖くないのか。
なぜ?
理解、できない。
ダイを目の当たりにするときに背中に走る悪寒は、全身に生きわたりもとより冷えた体を、心を凍らせる。
これ以上深く考えたくないケダンは、どんな手でも使った。
魔界には使い捨てに出来る駒がたくさんある。街で粗暴な連中として忌み嫌われているものたちに予め術をかけ、大金が手に入ると嘯き、ダイにけしかけて、不意をうたせた。奇襲をかけさせたのではない。
ケダンは、一定の時間が過ぎると死亡する毒薬を魔族に飲ませておいた。ケダンの術は死後でないと発動しないので、生きたままでいられたら意味はない。
男たちは子供にしか見えないダイなど、簡単にどうにかできると高をくくって、真正面から襲いかかった。ダイは簡単にそれをいなし、退ける。突然、戦いの最中、突然苦しみだす男たち。ダイにはなにが起こったのかわからないまま、男たちは毒により死亡する。
勇者は混乱のまま、魔族たちがなんらかによって死んだ、それだけしか判断できない様子だった。ダイには理解できない現象で、精神を乱す。困惑した表情を浮かべて、新手の敵を警戒し、周囲をうかがっていたが、ケダンは策の第一段階の時点で、勇者の隙を、すくなからず作った。
死んだと思いこんだものたちが、突然起きあがり、さっき戦っていたときとは比べ物にならない動きで、攻撃をしかける。
その一撃が、運よくダイに大きな深手を負わせることに成功した。
これがケダンのしかけの本命だ。まさか簡単に自分の思い通りにいくとは、喜びよりも驚きのほうがケダンの中で強かった。
操る死体の目を通してその光景を見つめていたケダンは、心中で昂った感情をひとまず鎮め、このまま竜の騎士を始末するために死体をあやつりだす。このままいけば、ヴェルザーの覇権に最も邪魔な竜の騎士を運よく始末できるかもしれない。そう思えば喜色がわきあがってきそうなものであるが、心の奥底でうまれてくる不安に、体が僅かに震えてくるのをケダンは止められなかった。
(なんだこれは)
武者震いでも、興奮しているわけでもない。
これは、恐怖だ。
操った者を通して見る、ダイの目に、ケダンは恐怖していた。
自力ではどうにもできない怪我を追いながら、眼差しだけは陰ることなく、鮮烈な光をはなちまっすぐに敵を見据えている、ダイの瞳の輝きに。
それはまだ諦めていない者の目だった。
剣を杖がわりにしてやっと立っているというのに、ダイはまだ敗北していない。
(僕は、こんな馬鹿な手にひっかかった勇者を恐れているのか。……くそ、腐っても竜の騎士め!)
竜の騎士は、長い戦いの記憶を継承するのだという。それはどれほど肉体が弱体化していようと関係のない知識だ。その中に自分と似た術者の記憶があったならば、なんらかの攻略法があるのかもしれない。もしかしたら、弱い本体を倒すための策をめぐらせていて、そうとは悟らせないように自分を探しているのかもしれない。
悪い予感が一度脳裏に浮かぶと、ケダンは身に巣食う恐怖に臆病に震えた。小さく身をまるめてうずくまるケダンの体に、精神を侵す悪いものが沈殿していって、病にでもかかったような嫌な眩暈に襲われる。
(なにをやっているんだ、僕は。先手を取り、優位なのは僕。恐れるものなどなにもないんだ)
臆病な自身を否定し、叱咤する。
手負いの勇者が怖くて、逃げ出すなどという選択を採ってはならない。今、ここで確実に始末する。このような機会など二度と訪れないかもしれないのだ。
(竜の騎士が、何も知らないからこそ成功したんだ。二度目はきっとない。今が絶好の機会!)
手駒とした魔族を操り、ダイに猛然と襲いかかる。
その剣を振るえばいい。そんなもので手足を落としたところで、首を刈ったところで、僕の攻撃はやまない!
およそ統制のない滅茶苦茶な先を読めぬ動きを、あえて取った。無駄のない動きは、優れた使い手であるダイにとってかえって読みやすいと考えた。
だが、ケダンの読みは空しく、強化した魔族の攻撃をダイは悉くかわし、竜の騎士は、倒れない。負傷し、体力も奪っている。そうとう消耗しているはずだ。それでも、ダイはゆるぎない。それを見るケダンのほうが焦燥に駆られていった。
「くそ」
喉の奥がひきつれるほどに、根を詰めて吐き捨てる。
声を漏らしてから、自分の迂闊さに口を押さえる。潜伏の最中に、どんな些細なものであれ居場所を教えるような危険な真似をするのは、命取りだ。
落ちつけ。ケダンは自らに言い聞かせる。この距離で、俺の声が聞こえるはずがない。油断は禁物だが、必要以上の警戒と恐怖は、精神を摩耗して術の集中と精度を低める。
適度な自信、適度な警戒。それが重要。
ケダンは複数の魔族の戦士を自在に操りながら、長期戦を覚悟していた。
「ベ・ギ・ラ・マ!」
そこに、予期せぬ男が現れる。