今回の話は書いてて本当に辛い話でした。だが、その辛さが俺に執念を与えた・・・だから、無かったことにする訳にはいかなかったのだ。
これで、やっと、計画の本題に入ることが出来る。
el psy kongloo
バカな・・・いったい何が・・・起こったと言うんだ?
これは夢か?
俺は都合のいい夢でも見ているのか?
いや、これは夢じゃない―――俺が『死んでいない』以上、ここが夢であるはずがない。
この世界の運命は『バイツァダスト』の支配する悪夢の世界。
覚めて欲しい悪夢だが、目が覚めないのであれば・・・これは紛れもなく『現実』だ。
目の前で穏やかに眠るように息絶えたラムと・・・嗚咽と慟哭を響かせ涙をながし続けるレムさんは『現実』なんだ。
――――――俺がこの世界に来て初めて運命《バイツァダスト》に負けたという・・・絶望的な『現実』。
「うっ・・・うぉおお・・・――――――っっ!《ぐぐぐっ》」
叫びそうになる声を必死に圧し殺した。無様な敗者である俺にそれをすることは許されなかった。悲劇の主人公を気取る権利などない。
この場で誰よりも嘆き悲しみ苦しんでいるのは間違いなくレムさんだ。今はせめて少しでもレムさんの苦しみが和らぐよう・・・彼女の慟哭を邪魔してはならない。
俺の敗北感や後悔など・・・今のレムさんの喪失感と絶望に比べれば蚊が刺したようなものだ。
「―――おそらくは魔法によるものだぁね。魔法より、呪術寄りに思えるけどねぇ」
「・・・ロズワール」
ロズワールは口調こそ変わらなかったが、いつもの飄々とした態度はどこにもなかった。間違いなくロズワールもまたはち切れんばかりの憤りを内包しながらも、やり場のない怒りをおさえ続けている。
「呪術・・・『呪い』?」
「死因は衰弱によるものだ。眠っている間に生気を奪われ、ゆぅっくりと鼓動を遠ざけられて、そのまぁま眠るように命の火を吹き消されている」
「バ・・・バカな・・・か・・・簡単すぎる・・・あっけなさすぎる――――そんなことがあり得るのかよ?ラムは・・・昨日まで、あんなに元気だったじゃあねえか・・・呪いにしたって・・・・・・どうして、ラムが狙われて」
敵の狙いは『エミリア』ではなかった?・・・いいや、そんなはずはない。
敵は殺人鬼《エルザ》を雇ってまで徽章を奪いエミリアを殺そうとした―――それは理解できる。エミリアは王の資格を持っているんだから、それだけのことをする意味がある。
だが、一介のメイドでしかないラムを殺すメリットなどどこにある?・・・あまりにも無意味だ。かえってエミリア陣営に警戒心を植え付ける結果にしかならない。
この状況から導き出せる答えは一つ。
―――ラムは何かしらの弾みでエミリアが受けるはずだった呪いを受けた。
でも、いったい誰が?いつ?どこで?どうやって?・・・~~~~っ、クソッッ!ダメだ。頭の整理が追い付かないっ!頭の中がミキサーでかき回されたみたいに思考が纏まらない。冷静になろうとしても心の底が震えてちっとも冷静になれない。
「―――ジュウジョウ・アキラ。君は何かを知っているんじゃあないかな?」
「っ・・・ロズワール。何を?」
「いやぁ~、申し訳ないね~え。私も少々、気が立っているようだ。さぁすがに・・・可愛がっている使用人がこんな目に遭わされたと思うと。ね」
「まさか・・・あんた」
ロズワールの俺を見る目が変わった。この視線に込められたものは・・・間違いなく怒気と殺気だ。ロズワールは俺を疑っている。俺がラムを殺した犯人だと疑っている。
「君がこの屋敷で働いてるときから気になっていたんだぁ~がね。君は腸狩りを退けたという精霊の力を頑なに私達に見せようとはしなかった。その真意を今問いたいね」
「力をひけらかすことに意味があるのか?それに・・・今はそれどころじゃないはずだぜ」
「その言葉はもっともだぁ~がね。じゃあ、言い逃れができないように敢えてわかりやすく君の良心に問うとしよう――――――君は、この屋敷で何かが起きることを予期していたんじゃあ~ないかな。ベアトリスに何かを頼んでいたそうだしね」
「・・・っ」
「答えられないかい?ならば、質問を変えよう――――――『君は夕べ、ラムに何かしたかい』?」
予想していないわけではなかった。ロズワールは俺がここに来てからずっと俺の動向を監視していた。正体不明の密入国者を相手に疑ってかかるのは当然のこと。
しかし、今はタイミングが悪かった。俺が密かに水面下で行動していたのを見られ、この状況に遭遇したことで一気に俺への猜疑心が加速してしまった。
加えて夕べはラムと二人で勉強会をしていた。言い逃れは出来そうにねえ。
―――しかし、この八方塞がりな状況で弁解できない俺の前に立ち、俺を弁護してくれたものがいた。
「―――ロズワール。そいつがベティに申し出たのは『屋敷の人間を脅威から護ること』・・・それだけなのよ。暗殺者の魔の手がいつ迫るとも限らないからってベティに泣きついてきただけかしら」
「・・・ベアトリス。それは―――」
「お前は少し黙っているかしら」
あのベアトリスが俺のことをかばってくれている?
何でだ?ベアトリスにとっては俺はただの路傍の石にも等しい無関心な存在。なのに何でこの期に及んで俺を助けようとする。
「事態に重きを置くべきはすでにそこにない。ベアトリス、君もそぉれぐらいは十分に承知しているはずじゃぁ~ないかね?」
「判断を見誤るなとベティは言っているのよ。お前ごとき小器用なだけの若造が早合点して“客人”を殺すような真似をすれば―――お前が後ろ楯している娘の王への道は永遠に閉ざされてしまうのよ」
「お~どろいたぁね。君の口からまさかそんな言葉が聞ける日が来ようとは・・・とても信じられないね~え。そぉっちこそ・・・時間の止まった部屋で過ごす君に大局を見渡せるような目を持ち合わせているとはぁ~思えないがぁね《ヒュゴォオオオ》」
ロズワールは掌に四色の魔力球を出現させた。いつだったかロズワールは魔術師としては天才だと誰かから聞かされていた。あの魔力球の色合いからしてロズワールは四種のマナを全て・・・しかも同時に扱えるらしい。
対するベアトリスは腕を組んだまま冷ややかな目でそれを眺めていた。ベアトリスは精霊だ。精霊と魔術師《人間》では行使できる魔力に絶対的な壁があることは俺も重々承知している。それ故の余裕なのだろう。
まさに一触即発の状況。俺は一切の反論する言葉が思い付かず金縛りにあったように動けなかった。
ベアトリスは俺に『黙れ』と言った。それは暗に俺がこの場で口を開くことはかえって逆効果だといっているのだ――――悔しいが、確かに俺にはこの状況はどうすることもできそうにねえ。
しかし、その一触即発の状況で誰よりも先に動いたのはロズワールでもベアトリスでもなかった。
ヒュオ…ッ!
「―――っ!?」
『ドラァァアアアッ!!《ガジィイイイッ!》』
俺の眼前に迫っていた巨大な凶器をクレイジーダイヤモンドが受け止めた。バスケットボール程度の大きさの鉄球にトゲがついており鎖で連結されたそれは『モーニングスター』と呼ばれる武器であった。
「―――レムさん?」
「フゥーーーッ・・・フゥーーーッ!《ジャラッ、ヒュバッ!》」
モーニングスターを振り抜いた姿勢でレムさんは今まで見たこともないような形相でこちらを睨んでいた。瞳孔が小さくなり、目は鋭くつり上がり、視線だけでこちらを射殺さんばかりに睨んでいた。
次の瞬間、俺が受け止めたモーニングスターをヨーヨーでも使いこなすかのように軽々と手元に引き戻し、激しく息を荒げながら叫んだ。
「《ジャララララッ》―――姉様を・・・返せッ」
「・・・っ!?」
「レムの姉様を―――かえせぇぇええええーーーーッッ!!」
ゴゥオオオオオ…ッッ!!
「・・・ぐッ!」
『ドォラァァアアアッッ!!』
ドギャアアアアアアッッ!!
レムさんが駆使するモーニングスターが俺の眼前に迫ってきたのを反射的にクレイジーダイヤモンドで弾き飛ばした―――だが、こうして“反撃”してしまったことがさらに俺を追い込んでしまう。
「―――正体を現しましたね。その“精霊”を使って・・・お前は、姉様を殺したぁぁああああーーーーっ!!」
「違う!話を聞いてくれっ」
「―――待って、レム!もうやめてっ!」
「っ・・・エミリア様、何をしておいでですか?」
「・・・ごめん。ラムを失ったレムの気持ちもわかるけど。わたしはアキラを信じてるの。だから、お願いっ!こんなことはもうやめて!」
ベアトリスに次いでエミリアまでもが俺の前に出て俺を庇うように立ち塞がった―――グレートっ!・・・逆上している今のレムさんには生半可な説得は逆効果だ。このままだとエミリア陣営は内部崩壊を起こす。
「っ・・・エミリア、やめろ。今のレムさんには話し合いは通じねえ・・・言葉じゃあもう止まらない」
「アキラっ?」
「俺が甘かったぜ・・・結局のところ俺は自分の置かれた立場の危うさを全く理解しちゃあいなかった。この状況を産み出したのは間違いなく・・・俺の過失だ《ズイッ》」
「?・・・ちょっと待って。何を言っているの?」
「『復讐』・・・重要なのはそれだぜ・・・エミリア。今、ここで重要なのは・・・――――――ラムが死んだ今、レムさんの中にあるのは俺への『復讐心』だけだ」
「ま、まさか・・・アキラっ!?」
俺がろくに考えもしないで“運命”に関与した結果―――ラムは死んだ。どんな言い訳を取り繕ったところでそれが事実だ。
だったら、せめて俺はその責任を果たさなくちゃあならねえ。
「何の真似です?」
「『復讐』なんかをして、失った姉が戻るわけではないと 知ったフウな事を言う者もいるだろう。許すことが大切なんだという者もいる」
「・・・・・・。」
「―――だが! 自分の肉親を殺されて、その事を無理矢理忘れて生活するなんて人生は俺はまっぴらごめんだし・・・レムさんもその覚悟を決めている――――――『復讐』とは自分の運命への決着をつけるためにあるッ」
ラムの命はもう戻せない・・・だが!なればこそレムさんの悲しみが少しでも癒えるように俺は行動したい。それが敗者である俺のけじめってやつだぜ。
「っ・・・認めるんですか、あなたが姉様を殺した犯人であると」
「いや・・・ラムを守れなかった無念は俺も同じだ」
「・・・とぼけないでくださいっっ!!」
「う・・・っ!?」
レムさんから発せられる怒気や殺気が一気に膨れ上がった。俺はそのあまりの剣幕に一瞬たじろいてしまった。
「あなたはエミリア様に敵対する候補者様の陣営の方ではないのですか?」
「・・・どういう意味だ?」
「あなたがエミリア様に近づいた目的はなんですか?何故、そうまでしてロズワール様に取り入ろうとするんですか?」
「何だ・・・何だよ、それ!?何の話をしてるんだよ!?」
レムさんが怒っているのは俺がラムを殺した犯人だと誤解しているからだと思っていた。だけど、質問の意味がわからない。レムさんは何で・・・何でこうまで俺に憎悪を燃やしているんだよ。
「もっと早くに始末しておくべきでした。そうすればレムがこんなにも苦しむことはなかったのに・・・姉様をあんな目に遭わせた元凶が、レムの大事な大事な居場所に入り込んできた時に・・・最初に会ったときに殺してさえおけば――――――姉様も死ぬことはなかったのにっ!」
「・・・え?」
理解が追い付かなかった。レムさんの殺意はラムが死んだことが『原因』ではなかった。レムさんの俺への憎悪は出会ったときから始まっていた。俺はレムさんに出会った当初からずっと・・・――――――『殺したい』程に憎まれていたってのか?
「いいでしょう!あなたがどこまでもしらを切るつもりなら、それで構いません。今、ここであなたを殺して姉様の無念を晴らします。
――――――この『魔女教徒』ぉおおっ!!」
「「「・・・っ!?」」」
「―――『魔女・・・教徒』?」
レムさんの口から突然飛び出してきた聞き慣れない言葉に俺の混乱は完全にピークに達していた。当然のことながら『魔女教徒』だなんて言葉・・・俺は生まれて初めて聞いた。そんな宗教団体みてえなの会ったことすらない。なのに、何故、俺が『魔女教徒』なんだ?
「待てよ・・・何で、おれが・・・そこまで恨まれてんだよ?・・・意味わかんねえよ・・・『魔女教徒』って、なんのことだよ?」
「とぼけないでくださいっっ!!―――そんなに魔女の匂いを漂わせて『魔女教ではない』だなんて白々しいにもほどがありますよっ!!『何故、恨まれているのかがわからない』ですって?・・・レムと姉様から全てを奪った元凶が、よくもそんなことが言えましたね――――――っっ《ジャララララッ!!》」
「なんだよ、それ・・・どうして・・・そんなに俺のことを・・・」
「アァアアアァァァアアアーーーーッッ!!《ブォンッ!!》」
半狂乱になって俺に向けてモーニングスターを降り下ろすレムさんに俺は動けなかった。
レムさんから向けられていた怨恨のあまりの巨大さに完全に圧倒され理解が追い付かなかった。ラムが死んだことだけでも俺の脳はパンク寸前だったのに・・・レムさんのあまりの禍根と憎悪の言葉にもう何も考えることができなくなっていた。
ゴォオウッ!!
「・・・っ!?」
「ベアトリス様、何を!?」
まるで案山子のように身動きがとれなくなった俺は、レムさんのモーニングスターが当たるよりも先に猛烈な突風を受けて後方に勢いよく吹き飛ばされていた。
ドガシャッ、ゴロゴロゴロ…ッッ
「―――あぐっつ!?」
次の瞬間、俺は全く違う部屋の床を転がっていた。周りにある無数の本棚と書物。見覚えのある小さなテーブルと白黒の床――――――ベアトリスの禁書庫だった。
「・・・ベアトリス。まさか『扉渡り』を使って俺を・・・」
「―――ぼけっとしてるんじゃないのよ。あのままだったらお前間違いなく殺されていたかしら」
ベアトリスはいつも通りの高慢な態度だった。まるで『ラムの死』などなかったことのようにいつも通りだった。
―――どうやら、俺が攻撃される直前に扉渡りでドアを禁書庫と繋いで俺をそこに吹き飛ばして避難させてくれたらしい。
「ベアトリス・・・なんで?」
「呼び捨てかしら?」
「・・・何で、俺を助けたんだよ?俺はあの場じゃあ完全にラムを殺した容疑者だったのに」
「『屋敷の人間を脅威から護ること』―――それがベティがお前と交わした契約なのよ」
「俺が頼んだのはエミリアやラム、レムさん・・・ついでにロズワールの身の安全だけだったはずだ」
「そうだったかしら?ベティは『屋敷の人間を守る』と契約を交わしたのよ。不本意だけど、ここで働いてるお前も『屋敷の人間』の一人なのよ」
「何だ、そりゃあ・・・詭弁だぜ、ベア様」
「ベティが決めたことにお前ごときがいちいち口出しするんじゃあないかしら」
ベアトリスはやっぱり大した女だぜ。この状況で誰よりも冷静に状況を見てられるんだからな。俺はこんなにボロボロだってのによぉ・・・
「けれど、その契約も今となっては何の意味もなさなくなってしまったのよ。ベティは不覚にもあの『姉』を守ることが出来なかったかしら」
「・・・あの状況じゃあどうしようもなかったろうな。まさかラムが呪われていたなんて・・・気づく方が無理ってもんだぜ」
「確かにあの陰険で悪辣極まる手口は呪術師のもの。防ぐことは困難を極めるのよ――――――それがわかっていてお前は何故さっきは死のうとしたのかしら?」
「・・・・・・。」
「お前が犠牲にはなったところで姉は戻っては来ない。お前のやったことは無意味なだけでなく・・・妹の悲しみを更に深めるだけなのよ―――大方、関係を戻せないのならいっそ自分から捨てて楽になろう・・・そんなことを考えていたんじゃないかしら?」
「どうかな・・・そんなことを考えている余裕なんてなかったぜ」
やはり見た目は少女でも中身は立派な精霊様だ。俺の考えていることなんて軽くお見通しってわけかよ。
「お前が犯人でないことくらいベティにはお見通しなのよ。だけど、それを説明したところでロズワールもあの妹も聞き入れはしないかしら・・・かといって、何の罪もないお前に死なれたところで夢見が悪いかしら」
「ヘイッ!まさか俺に逃げろって言うんじゃあねえだろうな。泣いている女を捨て置いて尻尾巻くって逃げるなんざ・・・俺はごめんだぜ」
「―――あの妹はもう“壊れて”しまってるかしら。お前がいくらあの妹を救おうとしたところで、あの姉妹の過去を知らないお前の声はあの妹には届かない。あの姉妹はどちらかが欠けても足りないのよ」
「っ・・・グレート」
俺はこのまま運命に負けるのか?冗談じゃないぜ。こんなクソッタレな運命を受け入れて生きていくのなんてそれこそ“死んでも”ごめんだぜ。
・・・“死ぬ”?
「せめて目の届かないところで死んでくれないと、ベティーの夢見が悪くて困るかしら」
今まで考えたこともなかった。何故、俺が『死に戻り《デスルーラ》』を使えるのか。ここは異世界であっても決してゲームの世界ではない。なのにどうして死ぬ度に特定のセーブポイントに引き戻されるのか・・・考えても見なかった。
「屋敷の連中に見つからないよう、手助けぐらいはしてやるのよ。そのあとでどこへ行方をくらますかは、お前の勝手にするといいかしら」
俺にはもしかしたらまだチャンスがあるのかもしれない。やり直しが効くのかもしれない。ラムの命を救い、レムさんの壊れた心を闇の中から救い出す方法がきっとあるはずだ――――――俺が死ぬことで活路を見いだせるかもしれない。
「―――まさに『死中に活を見出だす』だな」
「何を下らないことを言っているかしら。それが出来ないからお前はこうして・・・――――――っ!?」
ブゥゥゥウン…
ベアトリスは何か急に焦りだした様子で扉に術をかけ始めた。瞬間、空間が歪むような違和感と浮遊感が襲った。体感するのは初めてだが、恐らくこれが『扉渡り』なのだろう。
「どうしたっ!?」
「あの妹がこの禁書庫の扉を探しているかしら。一直線にこちらに向かってきてるのよ。よもやこんなことになるなんて・・・どうやら、あの妹にも魔女の匂いをかぎ分ける力があるというのは本当みたいなのよ」
「魔女の匂い・・・そういえばレムさんがそんなこと言っていた―――」
『魔女教』・・・というのが何なのかは現時点では全くわからない。しかし、レムさんのあの憎悪とその名前を聞いたエミリア達の動揺を見るに単なる宗教的なもので片付けられるものではない。そして、ラムとレムさんに浅からぬ因縁があることは明らかだ。
「ちょっと待て・・・今『も』って言ったか?まさかベアトリス『も』知っていたってのかよ。俺についているっていう・・・魔女の匂いに」
「・・・・・・。」
「なあ『魔女教』って何なんだ?何で俺から魔女の匂いがするんだ?何でレムさんは魔女をそんなに憎んでいるんだ?」
「質問が多すぎて一度には答えられないかしら。お前から魔女の匂いがすることに関してはベティにもわからないのよ。ただ・・・魔女から特別扱いを受けるお前は厄介者なのよ」
「だとすると傍迷惑この上ねぇな・・・会ったこともねぇ魔女様に特別扱いされて、それで身に覚えのない恨みを買ってちゃあ世話ねえぜ――――――っ・・・いや、待てよ。もしかして・・・」
『魔女の匂い』・・・ってのは、もしかして俺の『デスルーラ』と何か関係があるのか?
この異世界に来て突如として目覚めた謎のタイムリープ能力。俺がその能力を身に付けたのが『魔女』の仕業だとしたら・・・十分に有り得る!
俺を『異世界に召喚』し『死に戻り』の能力を与えたのが『魔女』の仕業だとすれば全て辻褄が合う。俺から滲み出る『魔女の残香』にも納得がいく。
「謎が解けたはいいがよぉ~・・・このグレートにヘビーな状況をどう切り抜けるかだぜ。死に戻るにしたって『自殺』で戻れるかはまだ試したことねぇしよ・・・戻れたところでレムさんに命を狙われるのは勘弁なんだぜ」
「さっきからお前は一人で何をぶつぶつ言っているのかしら?このままだとあの妹に追い詰められるのも時間の問題なのよ。一先ず、この扉を一番外に近い扉に直結させるのよ。あとはお前自身でうまく逃げおおせるかしら」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!脱出する前に一つだけ聞いておくことが・・・っ!レムさんの過去に何があったんだ?『魔女教』とレムさんにどんな関係があるんだっ!?」
「・・・そんなに聞きたければ――――――本人の口から聞くのよっ《バッ》」
ドヒュゥウウウウウウウウ…ッッ!!
「うぉぉおおおっ!ベアトリスーーーっ!?」
ベアトリスが手をかざした瞬間、俺の体は後方に勢いよく吹き飛ばされそのまま開いたドアを潜って窓を破り外へと飛び出していった。
ドズザザァアアアーーー…ッッ!!
「―――ベアトリス・・・お前が・・・俺を助けるとはよぉ~~~。まさか・・・『まさか』って感じだが、グッときたぜ!!」
ベアトリスがロズワール達と敵対することを承知で生かしてくれたこの命・・・無駄にするわけにはいかねえぜ。
「グレートっ・・・ベアトリスが逃がしてくれたのはありがたいけどよぉ・・・これで俺は命と引き換えに『信用』を失ったってことだ。さしあたって残るは俺の十八番の策、逃げるだけ・・・――――――逃げるだけしかできないっ!」
レムさんやロズワールと正面切って戦うなんて死んでもごめんだ。ましてやエミリアとまた敵対するなんて考えたくもない――――――戦えないなら逃げるっ!
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて・・・活路を見出だすっ!
俺がもう一度『死ぬ前』に残された時間で活路を見つけるんだぜっ。
「急いで何か考えねえと・・・ベアトリスの時間稼ぎもさして長くは持ちそうにないんだぜ」
ベアトリスが時間を稼いでくれたところでレムさんとロズワールの二人を相手にどこまで足止めできるかわかったもんじゃねえ。
精霊は力が強大な分“制約”もある。
パックには時間制限が。ベアトリスには場所の制限がある。
いくら精霊のベアトリスでも屋敷から離れた俺を守る術はないってことだ。
「ハァ・・・ハァ・・・まずは情報を整理してみっかな。その①『敵はどうやってラムに呪いをかけたのか』―――そもそもベアトリスに気づかれずにラムに呪いをかけられるんだったら他の屋敷の人間も呪い殺せたはずだぜぇ」
屋敷の中にいる人間は呪い殺せなかった。だったらラムが呪いをかけられたのは屋敷の外に出ていた時ってことになる。
確かラムは、昨日、近くのアーラム村に買い出しに出掛けていたはずだ。
「あの『村』だぜっ!ラムが昨日買い出しに行ったあの『村』になんか理由があるんだぜっ!―――その②『呪いをかける』ってところにも特徴を感じるぜ。あれだけ近くの村に潜んでいながら、何で一気に殺さずに『呪い』なんてまどろっこしい方法を使っていやがるんだ?・・・あの『村』を調べるんだよ。あの『アーラム村』の情報をよォ~~っ!!」
ラムを呪い殺した犯人は今もまだアーラム村に潜んでいる可能性が高い。もしこのタイミングで不自然に姿を眩ませてるヤツがいたとしたら・・・『そいつ』こそが犯人だぜっ!!
俺が進路を切り替えてアーラム村に向けて走り出した瞬間だった。
ジャラ…ッ
「・・・んなにっ!?」
ヒュゴォオオオッッ!!
『ドラァァアアアアッッ!!《ドゴォオオオオッ!!》』
ズゴシャァアアアアアアアッッ!!
背後から鎖の音が聞こえた瞬間、猛スピードでレムさんのモーニングスターが飛んできた。反射的にクレイジーダイヤモンドで叩き落とすことは出来たが・・・
「バ、バカなァっ・・・なんでいきなり現れるんだよ!?もう追い付いてきたってのかよ」
『―――無駄です。あなたの匂いは完全に覚えましたから・・・例えあなたが地の果てまで逃げようと・・・レムは確実にあなたを捕らえ追い詰め―――アナタヲ殺スッッ!!《ジャララララッッ》』
「っ・・・くっそ!」
ヒュオオオッ ズゴシャァアアアアアアアッッ!!
ダメだ!『死ぬ』前にアーラム村で犯人を探して呪術師を特定してから自害するつもりだったが、これじゃあとてもそんなことをしている余裕なんてないっ!
俺は今までバーサク状態のレムさんのことをのんきに軽く考えていた!こいつは相当ヤバイ『敵』だっ!このままだとベアトリスからもらった『命』が無駄になるっ!
「俺の『匂い』を覚えただと・・・っ!?どこまでも追ってきて捕まえたとたん俺を殺すだとォッ!」
『―――《ジャララララ…ッ》』
「・・・畜生っ!何か言えよ!」
俺の得意の口八丁で誤魔化そうにも今のレムさんは聞く耳を持たねえ。だからといって、レムさんと戦うなんざ出来ねぇ。レムさんはむしろ被害者なんだからよぉ~。
こうなったら・・・。
「ハァ・・・ハァ・・・」
「《ジャラララ…ッッ》―――やっとわかりましたか?逃げても無駄だということが」
正直よぉ・・・今のレムさんと相対したくなかったんだぜ。レムさんに怒られるんならまだいい。憎まれようと疎まれようと恨まれようと呪われようと・・・殺されようとかまわねえ。だけど、そんな醜い感情に支配されているレムさんを見たくなかったんだぜ。
「・・・いいや。あんたに教えてやろうと思ったんだ。あんたの姉様を・・・ラムを殺した真犯人をね」
「っ・・・あなたという人はっ・・・この期に及んで!まだ!姉様を殺した罪を認めないのかぁーーーーっっ!?」
「あんたが俺を憎むのは勝手だ・・・それは文句ねえよ。だが、犬死にはごめんだぜ。ここであんたが俺を殺しても呪いをかけた呪術師に逃げられたんじゃあ・・・それこそ本末転倒・・・ラムも浮かばれねえ。少しでいいから俺の戯言を聞いてみねえか?」
「―――《ジャララッッ》」
「俺にはあんたらに明かしていない秘密が一つだけある。
俺に備わったスタンド以外のもう一つの能力『死にも・・・――――――《ぞくっ》」
それは唐突に訪れた。俺が今まで明かしたことのない秘密を暴露しようとした瞬間、俺を含む全ての時間が止まった。
―――な・・・なんだ。か・・・体の動きが鈍いぞ。
―――ち・・・ちがう。動きが鈍いのではない。
―――う、動けんッ!ば・・・バカな。ま、まったく・・・体が動かん!?
声が・・・言葉が紡げない。身じろぎ一つすることができない。今、この『時間』は俺を中心に完全に停止している。
ズゾゾゾゾゾゾ…
『―――っ!?』
時間が止まり身動きが取れない俺の周りを黒い靄が覆っていく。まるで水槽の水に墨汁を投入するかのように俺の周囲を侵食していく。
しかし、異変はそれだけに止まらなかった。
黒い靄はどんどん具現化し形をなしていく。靄はどす黒い影となりハッキリとした輪郭を伴って迫ってくる。鋭く尖った爪と五本の指・・・これは正しく“手”だ。
ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ…ッッ
『―――っ!・・・!』
その黒いの手は俺の体を蛇のようにまと割りついたかと思ったら、そのまま俺の体の中に入ってきた。
俺は目の前で形成された異形の手の動きに俺は身動き一つ取ることができない。見えてしまっていることが逆に恐怖となって俺を襲ってくる。
『――――――“や、やめろ・・・っ!何をするつもりだ!?”』
ズゾゾゾゾゾゾ…ッッ
その手は俺の内蔵をすり抜けて一直線に体の中心へと向かった。その位置は――――――『心臓』だ。
―――やめろっ・・・そこだけはマジで洒落にならねぇ!
カッ… グアシィイイイイッ!!
『~~~~~っっ!!?―――――ぐあぁぁああっ!?・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァっ!?」
―――その黒い手に心臓を握られた瞬間、『言葉にできない』激痛が全身に走った。それと同時に時間は元に戻り、再び動き出した時の中で残ったはこの世のものとは思えない痛みだけだった。
な、何だったんだ、いまのは!?・・・心臓が破裂したかのようなこの『痛み』・・・これは間違いなく現実だぜ。断じて『幻覚』なんかじゃあねえっ!
今、俺は何をされたんだ!?『死に戻り《デスルーラ》』のことを話そうとした瞬間に・・・
「――――――魔女教徒ぉ・・・っ」
「っ・・・レムさん!?」
“今”の・・・異様な光景、レムさんには何も見えていなかったのか?あの止まった時間もあの不気味な黒い手も俺にしか見えていないってのか。
「お前は・・・どこまでっ!―――どこまでレムを愚弄すれば気がすむんだぁぁあああ!?」
「ま、待て!何のことを言っている!?頼むから話を聞いてくれっ!俺は魔女教徒じゃないっ!」
「っ・・・ふざ、けるなぁぁああああああっっ!!《ジャララララッッ》」
ヒュォオオオッ!!
「ぐっ!?」
『ドォラァアアアアアッ!!《ドヒュンッ!》』
俺はクレイジーダイヤモンドの脚力で高く跳躍してレムさんの投げてきたモーニングスターをかわす。
「―――聞いてくれ、レムさんっ!まだ話は終わってないぜっ」
「いいえっ!もうその必要はありませんっ・・・今、あなたの体から一気に噴き出したその『魔女の匂い』があなたが魔女教徒である何よりの証拠っ!!―――やはり、レムが間違っていました。あなたは出会った瞬間に殺さなくてはなりませんでしたっ。あなたは死ななくてはならない人間・・・姉様の仇っ!!討ってやるぅ!!」
「なん、だと・・・っ?」
もはや、レムさんにとっては真実がどうとかラムを殺した真犯人だとか関係ない・・・完全にプッツン切れてやがる。魔女の匂いを持つ俺は彼女にとって例外なく『怨敵』なのだ。
―――だが、今の彼女の言葉で『もう一つ』わかったことがある。伝えなくてはっ!この恐ろしい事実を何とかして・・・何とかしてレムさんに伝えなくては・・・っ!
「まだ・・・まだだっ!まだ死ぬわけにはいかねぇぜ。レムさんっ!・・・ラムを助けるためにもあんたの協力が必要なんだぜっ!!」
ジャララララ…ッッ!!
「あああああアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼ーーーーーーーーーっっ!!」
「聞けっ!聞いてくれっ!俺が死ねば時間を巻き・・・―――――《ズグォンッ!!》―――――かっ!?ごぉおおおっ!」
っ―――ダメだっ!言葉を変えて伝えようもしても・・・やはりあの『黒い手』が俺の体感時間を止めてそれを阻止してくる。おそらく書いたりしてもダメだ・・・この『黒い手』は能力を明かされることを恐れてる。
―――そして、さっきレムさんが言った『魔女の匂い』って台詞・・・この謎の『黒い手』の正体が見えてきたぜ。
「っ・・・確かに死ぬほどの激痛だ。んだがよぉ、こんなもんじゃあ今の俺は止められねぇぜ」
「何か悪あがきをしようとしてますね。また魔女の匂いが一気に濃くなりましたよ・・・レムの前で、その『匂い』を撒き散らすなぁぁあーーーっ!!」
あまりにも儚く失われたラムの命、凶気に身を委ねるレムさんの涙、その痛みに比べれば心臓を握られるくらい・・・耐えられないわけがねえ!
―――心臓を潰したければ潰せばいいっ!ラムとレムさんを救えなかったこの世界で俺の命などゴミクズにも等しいっ!
「《ジャララララ…ッッ》―――もう逃げ場はありませんよ。忌々しい魔女教徒・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・」
気づけば俺は足を負傷し完全に追い詰められていた。自分が守れなかった女の妹に殺される・・・敗者にはふさわしい末路だぜ。
―――だが!俺がここで死ぬ前に・・・絶対に果たさなきゃあならねえことがある。
「―――レムさん・・・死ぬ前にあんたに教えてやるよ」
「・・・《ジャララララ…ッッ》」
「俺は運命を変えるためにここに来た。エミリアやあんた達の運命を変えるために・・・ここに来た」
「・・・御託は聞きあきました」
「俺は全てが消滅した未来から来た。だから、その運命を変えるために――――――」
「―――サヨナラ」
「死んで時間を巻き戻してきたんだっ!」
ボギュルルルルッッ!!
・・・言った。言い切ってやったぞ。これでもう悔いはない。これでこの時間でやり残したことはもうねえ。あとはレムさんにこの命をくれてやるだけだぜ。
・・・そう思っていた。
だが、現実は俺が思っているよりも遥かに残酷だった。
ドシャア…ッ
「―――・・・え?」
俺に向けて降り下ろされるはずだったレムさんの鉄球が力なく地面に落ちた。何故、彼女は止めを刺すことをためらったのか・・・そんな疑問を考える間もなくレムさんの体が俺に倒れかかってきた。
ドサッ
「・・・レム、さん?」
びちゃ びちゃ びちゃ…
倒れかかった彼女の口から生暖かい何かが顔に付着した。
「な、何やってんスか?・・・俺、まだ生きてますよ。とどめをさすなら今がチャンスっすよ。ほら、俺いつでも心の準備できてますから」
びちゃびちゃ びちゃ びちゃ
「もしかして・・・ケガしたんスか?だったら、簡単ッスよ・・・俺のクレイジーダイヤモンドは、どんな傷でも――――――」
ずるっ
「なおせ・・・っ!」
ドチャァアア…ッッ
俺が少し肩をずらすとレムさんはそのまま滑り落ちるように地面に倒れ付した。あれだけ俺への憎悪を露にしていたレムさんはもう何も喋らなかった。あれだけ俺を殺そうと殺意を燃やしていたレムさんはもう動くことはなかった。
――――――彼女は口から大量の血を吐きながら、静かに絶命していた。
レムさんは怨敵《俺》を殺すという最後の望みすら果たせずに姉の後を追ったのだ。
「うっ・・・」
何故なら、彼女は・・・
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああっっ!!!!」
―――『俺が殺した』から。
「『クレイジーダイヤモンド』ォォオッッ!!!!」
『ドォォオラァァアアアアアアアアッッ!!』
ドボォオオオオオオッッッ!!!
それを認識した次の瞬間、俺はクレイジーダイヤモンドの拳で自らの胸を刺し穿ち自らの心臓を潰した。
―――もう二度と運命に負けたりしない。今度こそ・・・ラムとレムさんを救ってみせる。
ラムだけではなくレムも死ぬというまさかの事態になりました。筆者自身書いてて驚いています。当初の予定では違った展開になるはずでしたから。
そして、我ながら細かすぎて伝わらないネタの数々がふんだんに散りばめられております。ジョジョ好きだけわかってくれたらいいっ!