当初、この作品はコメディ路線を強く書いていくつもりだったのですが、話が長くなればなるほどシリアス路線に偏ってしまいます。
そして、幻想の投影物様、ハコニシ様、グンダリ無駄遣いおじさん様・・・感想ありがとうございます!皆さんのコメントが大変励みになっております。読んだ方から頂けるメッセージはやはり何度見ても嬉しいです。
―――その人を見たとき、『レム』は自分の中の全てをかき乱された。
エミリア様の恩人として迎え入れられたその人は、わたしの全てを奪い、わたしの全てを踏みにじったあいつらと同じ・・・――――――『魔女』の匂いを放っていたから。
その時、『レム』がどれ程筆舌に尽くしがたい感情に支配されたのかを・・・誰も知らない。きっと姉様だって知らない。
憎み、忌み、厭い、怨み、憎悪、厭悪、唾棄、嫌忌、嫌悪、忌諱、嫌厭、憤慨、激憤、憤懣、憤怒、怨毒、怨讐、悲憤、怨嗟、憤激・・・
どれ程の言葉を重ねても足りないほどのどす黒い感情で埋め尽くされていくのを自覚した。
本当は今にも飛びかかりそうになるのを抑えるのに必死だった。その人を見ているだけで自分が漆黒の意思に染まっていくのを自覚し、黒く染め上げられていく『レム』を止められなくて・・・そうなっていく『レム』自身が怖くなった。
その人はエミリア様を窮地から救った恩赦としてロズワール様のお屋敷に雇ってもらえるよう進言した。
ロズワール様はこれを快く了承し、使用人としてわたしと姉様のもとで働き始めた。
―――そこからが『レム』にとって地獄の始まりだった。
『―――つーわけでよぉ・・・よろしく頼むぜ。先輩っ!言っちゃあなんだが、俺は使用人なんて仕事生まれて初めてだからよぉ~』
『はいはい、よろしく。ジョジョ』
『『ジョジョ』じゃないっ!『十条』だっ!―――そうやって明け透けに面倒臭そうにされると身も蓋もないぜ』
『おめでとう。今日からジョジョはラムとレムの奴隷よ』
『全然嬉しくねえなぁ、それっ!』
ロズワール様の命令で働き始めたその人はすぐに屋敷の中に溶け込み始めた。
『よぉ、ベア様にパック!今日もモフッてるか?』
『やあっ、アキラ。おはようっ!』
『うるさいのが来やがったのよ―――って、勝手ににーちゃを撫でるんじゃないのよっ!にーちゃの毛並みに触れていいのはベティだけなのよ』
『ケチケチすんなよ。俺は使用人の仕事で疲れがたまって大変なんだぜ。せめてこうやってアニマルセラピーでもやっておかねえとストレスで俺の寿命がマッハだぜ』
『ふんっ、お前の寿命がいくら縮もうとベティには関係ないかしら。さっさとにーちゃから離れるのよ』
『おっと、それは出来ない相談だぜ。どうしても返して欲しくば―――貴様のツインテールを俺に巻かせやがれ』
『なっ・・・!?そ、そんなこと出来るわけないかしら』
『ぐへへへへっ・・・貴様がツインテールを差し出さなければ俺はこのパックをモフり尽くすだけだぁ《モフモフモフモフモフ》』
『ベティ、タスケテー。コノママダトボクノケガワゼンブモフラレチャウヨー』
『にーちゃ!・・・なんてゲスいやつかしら。ベティは絶対に許さないのよっ!』
『―――ねえ、アキラ・・・これ、いつまで続くの?』
あの人はどこまでもズカズカとわたしの居場所を踏み荒らし蹂躙していった。
わたしと姉様が全てを奪われ、親を失くし、帰る家を失くし、やっと流れ着いたこの屋敷が、どんどん・・・どんどん汚されていく。忌々しいあの魔女の匂いに染められていく。
許せない・・・赦せない・・・ユルセナイ・・・
何で『レム』が、こんな思いをしなくてはならないの?
『レム』はこれ以上、何も失いたくないのに・・・どうしてそっとしておいてくれないの?
何で・・・何で・・・何で・・・『レム』がこんなに我慢しなくちゃいけないの?
『レム』と姉様から全てを奪った『レム』と姉様の怨敵が、『レム』と姉様の前で――――――ナンデ笑ッテル?
あの日からずっと『レム』と姉様はずっと過去に縛られて生きてきたのに・・・心に受けた傷を癒すことも出来ずに過去に押し潰されそうになりながら這いずるように生きてきたのに・・・っ――――――なのに何で・・・っ。
――――――何デ、オ前ハ嘲笑ッテイラレル?
殺してやる・・・っ
絶対に殺してやるっ。
『レム』と姉様から全てを奪っておいて・・・何の罪も業も背負うことなく、過去を忘れ、咎を忘れ、踏みにじられた者の存在すらも忘れて、のうのうと嘲笑っている―――あの毒蟲にも劣る『魔女教徒』を。
――――――『レム』の手でなぶり殺しにしてやる。
『楽に殺しちゃあつまらんだろう―――コブシを突き立て・・・俺が苦しみもがいて、死んでいく様を見るのが望みだったんだろう。そうじゃないのか、レムさん?』
フザケルナ・・・殺すだけじゃあ足りない。痛めつけても足りない。踏み潰しても足りない。折るだけでも足りない。砕くだけでも足りない。削ぐだけでも足りない。引きちぎっても足りない。八つ裂きにしても足りない。
『レム』と姉様が受けた苦痛はそんなものではない。
『来いよ、レムさん――――――“怖いのか”?』
その言葉が引き金となった――――――感情と本能に支配されるがままにあの人を殴り付けた。
殴って、蹴って、潰して、折って、砕いて、削いで・・・思い付く限りのありとあらゆる苦痛を与え続けた。
それでもあの人は何度でも立ち上がってきた。まるで『レム』が秘めた苦痛の全てを受け入れようとしているかのように。
どんなに・・・どんなに・・・どんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなに――――――傷つけても、うっすら笑いながら立ち上がってきた。
悲しそうに、嬉しそうに・・・レムの攻撃を全て受け止め続けた。
何で・・・?
何で、そんな風に笑っている?
あなたは『魔女教』の人間のはずなのに・・・何でそんな風に笑っているんですか?
『レム』に傷つけられて、何でそんな風に笑っていられるんですか?
それじゃあ、まるで『レム』を・・・『レム』を・・・
『―――レム。ジョジョはバカで非常識で愚かだけど・・・ラム達にはないものを持っているわ。それを信じてあげなさい』
どうしてですか、姉様?
姉様も『レム』もずっと苦しんできたじゃないですか。あいつらのせいで大切なものを全て失ったんじゃないですかっ。
『―――レム。アキラはいい子よ。心配しないで』
何でそんなことが言えるんですか?
エミリア様も『レム』も姉様もこの耐え難い魔女の呪縛に苦しめられてきたのに・・・何でエミリア様はそんな風に笑っていられるんですか?
この男にそんな価値なんてあるわけがないのに。
こんな魔女の寵愛を受けた『魔女教徒』なんかに―――――っ!
『俺にはあんたの心の傷は『なおせねえ』けどよ。あんたの受けてる苦しみが少しでも和らぐってんなら――――――俺の体ぐれぇ・・・いくらでも貸すぜ』
――――――ダマレ。
お前に『レム』と姉様の何がわかる?
『レム』と姉様を絶望の淵に叩き込んだ悪夢の元凶が、そんな上面の言葉を並べるな。
そんな目で『レム』を見るなっ。
そんな澄んだ目で『レム』と姉様に寄ってくるな。
寄るな・・・寄るな・・・寄るな・・・よるな・・・よるな・・・ヨルナ・・・ヨルナ、ヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナ。
そんな『レム』のことを知っているような目でわたしに近づいてくるなっ。
――――――『レム』の中でそれまでとは違った感情が爆発した。
殴った。殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って・・・これ以上ないくらいに痛めつけた。
でも、どれだけ痛めつけても・・・何も変わらなかった。
どうして?
『レム』の胸はこんなに漆黒の意思に支配されているのに一向に闇は晴れなかった。どれだけ『過去』を振り払うように殴り付けても――――――わたしの心は何にも満たされなかった。
それどころか、いくら殴り付けられても抵抗してこないあの人を前に・・・次第にわたしの中である感情が沸き上がってきた。
ボロボロの様相で立ち上がったその男を前にして感じたのは、信じられないことに――――『罪悪感』だった。
どうして『レム』がそんな感情を感じなくてはならない。
全てを奪った『魔女教徒』にそんな情けなんていらないのに。
『レム』はあんなにも魔女教を憎んでいたはずなのに―――っ。
結局、『レム』はその人を――――――『殺せなかった』。
理由はわたしにもわからない。だけど、何故だか殺せない・・・『殺しちゃいけない』と微かに迷いが生じた。
あの人はそのまま地面に倒れて気絶し、『レム』はうつ伏せになって倒れ伏している彼にとどめを刺すことが出来ず。近くに生えていた樹に背中を預けるように座り込んだ。
そして、あの人を殺さなければならないという『レム』の感情とそれをしてはならないと囁く『わたし』の理性が葛藤し続け・・・――――――そのまま殴り疲れた疲労に吸い込まれるように眠ってしまった。
『――――――許せ、レムさん。これで最後だ』
全てが終わったとき、あの人が笑顔で放った懺悔にも似た言葉だけがひたすらわたしの中で木霊していた。
・
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・
・
・
「―――んん・・・んっ・・・レムの、部屋?」
目を覚ましたとき、レムは自分のベッドの中だった。カーテンの隙間から差す日光の角度から瞬時に今が昼時だとハッキリとわかってゆっくりと起きた。
―――夕べのことは夢だったのだろうか?
あんなにも生々しく殴り付けた感触が未だに手足に残っているのに・・・だけど、レムの手は綺麗なままだった。
殴りすぎてボロボロになっていた手の甲の皮膚もギシギシ悲鳴をあげていた指の間接の痛みも付着してこびりついた返り血も綺麗に『なおって』いた。
それを自覚したとき、これが誰の仕業なのかをレムはハッキリと確信した。
ガチャッ
「―――起きたのね、レム」
「・・・姉様」
「ロズワール様の付き人ともあろう者がお寝坊だなんて本来なら絶対に許されないことだわ。今回はお咎め無しになったけど以後注意することね」
ドアからレムのメイド服を抱えた姉様が入ってきた。姉様は職務放棄をしていたレムを叱るでもなく咎めるでもなくいつもと変わらぬ出で立ちだった。
「レムらしくもないわね。今日はずいぶんとお寝坊だったわ―――夕べは悪い夢でもみていたのかしら」
「姉様。あの・・・っ」
「朝食の支度も午前中のお仕事もラムとジョジョでやっておいたわ。お屋敷はいつも通りよ。だから心配しないで。体調が悪いようだったら今日はもう休みなさい」
「・・・アキラくんが?」
「ええ。そうよ」
アキラくんが仕事をしていた?屋敷はいつも通り?――――そんなことはあり得ない。
彼はレムの手で殺さんばかりに痛めつけたのだ。仕事どころか立って歩くことすらままならない・・・それこそ普通の人だったら死ぬか半年はまともに歩けもしない程の重傷のはずだ。
―――アレは『夢』だったの?
そんなはずはない。あれ程感情的に人を傷つけた鮮明な記憶が夢であるはずがない。でも、姉様は『いつも通り』って言ってた。その言葉の意味がわからない―――わたしの記憶と噛み合わない。
「姉様」
「なに、レム?お食事ならラムとジョジョがいるから大丈夫よ。もっともラムの料理の素晴らしさもわからないジョジョではラムの足を引っ張らないか心配なのだけど」
「アキラくんは・・・何か言っていましたか?」
「・・・質問の意味がよくわからないのだけど」
「・・・・・・。」
「本当にレムらしくないわね。いつものレムならそんな遠回しな聞き方は絶対にしないはずだわ。聞きたいことがあったらハッキリ聞いたらどう?」
姉様の言う通りだ。レムらしくもない。姉様を前にしてこんな探りを入れるなんて『レム』なら絶対にしない。
わかっている。これはレムが臆病なせいだ。自分が犯した事実を認めたくないからこんな回りくどいことをしている。
「夕べ・・・あの後―――」
「・・・申し訳ないけど。質問なら後にしてちょうだい。ラムはそろそろ仕事に戻らなくてはならないわ。レムは体調がまだまだ優れないみたいだし、仕事に復帰するかどうかはレムの判断に任せるわ」
「・・・ハイ。姉様」
「レムはいつも無茶が過ぎるわ。いつもそんなのだから今日みたいにお寝坊さんになっちゃうの。少し肩の力を抜きなさい。レム一人で何でも背負いすぎるのはよくない癖だわ」
姉様は強引に話を打ち切るとそのままドアの方へと歩いていった。優しい姉様はいつもレムのことを心配してくれる。でも、レムは・・・――――――
「さっきのレムの質問について一応答えておくわ」
「―――姉様?」
「『ジョジョは何も言わなかったわ』・・・ラムから言えるのはそれだけよ」
「・・・・・・。」
「今日はゆっくり休みなさい、レム」
バタンッ
それだけ言い残すと姉様は静かに部屋を出ていった。姉様からは『休みなさい』と言われたけど、レムはこのまま休んでいるのも申し訳なかったためいつものメイド服に着替えることにした。
カサッ
レムがメイド服を羽織ったときに机の方から微かに物音が聞こえた。見るとそこには『イ文字で書かれた書き置き』が残っていた。
『こんや、そとではなしがある』
「―――っ!」
間違いない。それは自分が夜中に呼び出されたときに処分するのを忘れて残していったアキラくんの書き置きだった。
それを見た瞬間、レムは一気に血の気が引いたのを感じて急いで着替えてドアから飛び出していった。
屋敷の廊下の埃をたてて廊下を走らないよう早歩きをしながらアキラくんの姿を探していた。
アキラくんを探している途中、今日レムがやる予定だった掃除場所を眺め明らかに姉様以外の誰かがやっていった痕跡を確認した。
―――間違いない。これは『彼』がやったものだ。あの人は本当にボロボロのあの体でレムの代わりにこれだけの仕事をやっていたのだ。
止めなくちゃならない。あれだけ痛め付けといて何を言っているのかわからないけど・・・レムはアキラくんを止めなくてはなはない。
でも、この広いお屋敷の中でアキラくんがどこに行ったのかわからなくてレムは仕方がなく彼の匂いを辿ることにした。不思議とあれだけ嫌悪していた魔女の残り香が、今はそれほど抵抗を感じなかった。
程なくして、彼の匂いの痕跡がある部屋から漏れ出ているのをかぎとりレムは部屋を開けた。
ガチャッ
「・・・アキラくん?」
「―――今度は『妹』の方かしら。よくもまあどいつもこいつもベティの扉渡りをあっさりと破ってきやがるのよ。しかも、ノックすらしないなんて・・・よっぽど焦っていたのかしら」
「ベアトリス様・・・失礼しました。よもやベアトリス様の禁書庫の扉だとは露知らず」
違った。扉を開けた場所はベアトリス様の禁書庫だった。どうやらレムは偶然ベアトリス様が『扉渡り』で繋いでいた部屋の扉を引き当ててしまったらしい。
―――いや、でも・・・この部屋からも仄かに『魔女の残り香』が匂ってくる。
「《ペラッ》まったく今日はお前のせいでさんざんなのよ。朝早くにいきなり呼び出されたと思ったら『姉』の方からお前がどこ行ったか知らないかってしつこく質問攻めにされたのよ。どこへ行こうとお前の勝手だけど・・・ベティの迷惑にならないところでやって欲しいかしら」
「―――大変ご迷惑をお掛けしました。改めてお詫び申し上げます」
「謝るくらいだったら最初からやるんじゃないのよ。あの男もあと一歩で死ぬところだったのよ。お前らと違ってあの男はただの人間だから加減しないと簡単に死ぬってことを肝に命じておくかしら」
「・・・・・・。」
「ベティの治癒魔法で傷はもう治したけど。懲りずに屋敷の仕事をやってるみたいだからあの男に用があるなら早く行った方がいいかしら―――傷は治したけどあの体じゃあそう長くはもたないのよ」
「アキラくんは今どちらへ?」
「さあ~?あの男の考えることはベティにはよくわからないのよ」
「わかりました。では、レムは他の場所を探してみます。読書中にお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。レムはこれで失礼します」
レムとの会話中、ベアトリス様は一度も顔をあげることなく手元の本に目線を落としていたが、レムはベアトリス様が見ていないとわかっていながら使用人としての礼儀作法で一例を残して部屋から立ち去った。
―――ベアトリス様の禁書庫から魔女の残り香を感じたのはアキラくんの怪我の治療をされていたからのようですね。
とりあえず、アキラくんはあの重傷の体のまま使用人の仕事をしていたわけではなかったとわかり安心した。
「《ぴたっ》―――“安心”?」
レムは自分で何を言っているのだろう。思わず自分で言ったことにも関わらず疑問を感じて歩いていた足を止めてしまった。
レムは今アキラくんが傷を治してもらったことに安心した。何故、そんなことを考える必要があるのだろう?
確かに昨日レムはアキラくんを殺すことができなかった。でもまだ疑いが晴れたわけではない。いいえ、むしろ間者の可能性は未だに高いし、レムにはアキラくんが『魔女教』の関係者だという確信がある。
それなのに・・・何故、レムは安心したのだろう。
レムがアキラくんのことを信じ始めたのだろうか?まさか。そんなことがあるわけがない。
レムも姉様も魔女教の恐怖は未だにハッキリと覚えているし、生涯を通して魔女教にやられたあの残虐な仕打ちを忘れることなどできっこない。
なのに・・・それなのに・・・何でこんな安心している自分がいるのだろう。
「―――『アキラ』・・・くん」
違う。アキラくんは何かが違う。同じ魔女教の関係者のはずなのに・・・――――アキラくんは何でレムに傷つけられて笑っていられたのだろう。
アレはレムを嘲笑っている者の笑みではない。寧ろ、その逆・・・絶望の中で希望を見つけたかのような『安堵』の笑みだった。
―――まるで『レム』に罰を乞うかのような深い安堵の笑顔だった。
知れば知るほどわからなくなる。アキラくんは何者で、何が目的で行動しているのか・・・――――魔女教徒《大罪人》のくせに何でレムにそんなに『優しく』しようとするのか理解できなかった。
「―――この匂い・・・アキラくんの部屋」
匂いのもとを辿っていくとやがて使用人用としてあてがわれたアキラくんの部屋にたどり着いた。間違いない。アキラくんは今度こそこの扉の向こうにいる。
ノックすることに多少の躊躇はあったけれど・・・それも一瞬のことレムはできるだけ刺激しないようにそっと扉を叩いた。
コンコンコンッ
「―――失礼します。アキラくん、よろしいですか?・・・・・・アキラくん?《カチャッ》」
ドアの向こうから反応がない。レムはそっと音を立てないようにドアを開いた。
「しぃーーー・・・静かにしてあげてね」
「エミリア様?」
どうしてアキラくんの部屋にエミリア様が・・・そう思ったのも束の間、すぐにその理由がわかった。
「―――くか~~・・・くお~~・・・」
「・・・アキラくんは寝ているんですか?」
「うん。ついさっきね。寝かしつけるの大変だったのよ。ボロボロの大怪我をして朝帰りしてきたくせに、休息もとらずに『屋敷の仕事に戻る』の一点張り。ホント、アキラってば頑固で意地っ張りなんだから」
エミリア様はアキラくんが眠るベッドのわきでアキラくんの頭を撫でていた。その姿はまるで赤ん坊を優しく寝かしつける聖母のようだ。
「お屋敷の仕事を・・・全部やったんですか?」
「ええ、そう。『レムが休んでいる間の仕事は自分がやる』って言い張って、今日一日ずっと頑張ってたのよ。さっきお夕飯の支度を終えたのに、それでも休む気がなかったみたいだから強引に連れてきちゃった」
「・・・・・・。」
「まだ働きはじめて三日目なのに・・・夜中抜け出すし、大怪我するし、朝帰りするしで・・・ことごとく無茶ばかりやるから目が放せないわね―――すごく悪い子《つん、つん》」
「―――んっ・・・んぐ・・・」
疲れはてて眠るアキラくんの頬を指で突っつきながらエミリア様は楽しそうにアキラくんの表情を観察していた。
アキラくんが決して気まぐれや悪ふざけでそんなことをした訳じゃないってことくらいエミリア様も本当はわかっているはずだ。
なのにレムのことを責めたりしないのは・・・
「エミリア様。アキラくんはなんと答えたんですか?」
「え?」
「アキラくんが夕べどこで何をしていたのか聞かれて何と答えたんですか?」
「・・・そうね~」
エミリア様は顎に指先を当てて少し考えるとクスッと笑ってこう答えた。
「―――なんにも」
「・・・え?」
「何にも教えてくれなかったわ。『いったい何があったのか教えてちょうだい』って聞いても『ダメだ』とか『大惨事大戦だっ』とかしらばっくれるだけで・・・何一つわからなかったわ――――レムは何か知ってるんじゃない?」
「・・・・・・。」
「ふふふっ、ごめんね、レム。ちょっと意地悪しちゃったわね」
エミリア様は間違いなくアキラくんの怪我が誰にやられたものか気づいてる。気づいててあえて知らないふりをして微笑んでいる。
「実はアキラがね。ひとつだけ教えてくれたことがあるの。何て言ってたと思う?」
「・・・さあ?レムには見当もつきません」
「―――『俺はレムさんに助けられた』だって」
「・・・・・。」
「『だから、レムさんがお仕事サボったことを責めないで欲しい』って・・・それだけ言って一日中仕事に奔走していたの。アキラの方がよっぽど重傷だったのにね。レムのケガはアキラが“なおして”くれたみたいだったし」
「・・・何故、アキラくんは自分の傷を治そうとしなかったんですか?レムのケガが治せるのなら・・・自分のケガもなおせるのでは」
「―――アキラの『なおす力』は自分だけには使えないの。他のものであれば際限なくなおせるみたいだけど。自分がどんなにひどい重傷でもそれだけはなおすことが出来ない・・・そういう制約があるみたいなのよ」
「―――っ・・・」
信じられない事実だった。レムはアキラくんが一方的に攻撃を受けているのは『いつでも自分をなおせる』という自信があったからだと思い込んでいた。
―――だけど違った。アキラくんは本当に死ぬほどの覚悟でレムの拷問に耐え続けていたのだ。
「―――レム。アキラのことがまだ信じられない?」
「・・・・・ハイ」
「わたしはね・・・レム。アキラの『なおす力』は『自分が傷ついてもいいから他の誰かを助けたい』っていうアキラの気持ちの現れだと思っている―――自分のためじゃなくて誰かのために頑張れるって、すごく素敵なことだって思わない?」
「・・・・・・。」
「わたしはそう思ってるわ」
エミリア様もアキラくんのことをそこまで深く知らないはずなのにアキラくんを見る目は深い信頼に彩られている。
エミリア様はアキラくんの放つ魔女の匂いに気づいていないだけだ。きっとそれを知ればエミリア様だって・・・――――――
「―――アキラくんが本日レムの分までお仕事をしていただいた分は明日レムが引き受けます。ですので明日一日は仕事をせずに部屋で大人しくしているようアキラくんに伝えてください」
「それはわたしじゃなくて・・・レムがやるべきなんじゃない?」
「・・・・・・。」
「お願いね、レム♪」
ニコニコと微笑みながらそう命じたエミリア様からは有無を言わせぬ強い覇気のようなものが感じ取られた。
―――ロズワール邸にて三日目の深夜。
「《ガバッ!》―――モ・・・モンテスキューッ!?」
謎の奇声と共に目を覚ました。
「チェッ、夢か・・・――――――なんて言ってる場合じゃあねえ!仮眠のはずが、完全に爆睡こいちまったぜっ!」
エミリアにそそのかされてついついベッドの中に入っちまったが、気がつけば外は真っ暗だ。どうやら、夜通しボコられ続けていた疲れのせいでかなりの時間寝ちまっていたようだ。
まだ、食器の片付けとか洗濯物の回収だとか寝る前に色々残ってるってのに・・・
ガチャッ!
「―――グレートっ・・・もう真っ暗だ。今日の仕事完全に終わっちまってるぜ。屋敷に来てからまだ三日目でボイコットとか終わってるぜ、チキショウ」
ヤベエよ。明日からどの面下げて仕事に復帰すりゃあいいんだよ。俺、ただでさえ夜中無断で抜け出したことで印象最悪だってのによぉ~。
これじゃあ心証を回復するどころか止めを指したも同然だ。
「・・・仕方がねえ。いくらなんでも今日はもう遅すぎる。謝るのは明日みんなが起きてからにしよう。レムさんの代わりを務めるどころか完全に役立たずだぜ、こりゃあ――――《バタンッ》・・・やれやれだぜ」
「―――・・・。」
「うぉおわぁあああああああああああっっ!!?《ビビクゥウッ!!》」
部屋に入ってドアを閉めたら何故かドアの横の壁にレムさんが直立不動の姿勢で黙したまま控えていた。
―――びっくりした!超ビックリしたっ!
いや、ドアを閉めたら扉の影にヤツがいるなんてどこのB級ホラーのドッキリテクだよっ!?
「《ズザザザザァァーーーッ!!》な、なななな何してるんスか、レムさんっ!?」
「・・・本日の仕事が終了した旨を伝えようとここで起きるのを待っていました」
「あんた、そこでずっと立ってたの!?想像するとすごく怖いんですけどっ!椅子とかに座って待ってりゃあ良かったじゃないッスか!」
「アキラくんが倒れたのはレムのせいでしたので・・・椅子に座って待ってるのは気が引けました。それにアキラくんの寝顔を間近で見ていると―――濡れたタオルを顔にかぶせたくなるので」
「おいヤベーよ、この人っ!全然俺のこと許す気ねえよ!完璧に殺意の波動に目覚めちゃってるよっ!夕べからずっと殺意の波動に目覚めたまんま元に戻ってねえよ!」
昨日、ギリギリで俺を殺すことを思い止まってくれたから少しは信用してくれたのかと思ったけど全然違った。ただ単に己の殺意を隠さなくなっただけだった!
「・・・今日、レムの代わりにお仕事をしていただきありがとうごさいました。大変ご迷惑をお掛けしました」
「え?・・・ああ、いや・・・俺も途中から爆睡こいていた身だからあんまり偉そうなこと言えねえけどな」
「なので、明日のお仕事は全てレム一人で行いますのでアキラくんはゆっくり休んでいてください」
「いや、ちょっと待ってくれ!その理屈はおかしいっ。俺だって今日途中で居眠りこいていたし、レムさん一人で何でもかんでもやるのは流石に無理があるぜぇ。俺も明日からはちゃんとやるって。なっ!」
「全体的にお掃除の雑さが目立ちます。庭木もめちゃくちゃですし。花瓶の水も取り替えておりません。お風呂掃除も隅っこの汚れが落としきれていませんでした。銀食器の研きも全然足りません―――アキラくんにはとても任せられません」
「《サクッ!》―――ぐぅうおおおおっ!」
レムさんに指摘されたこと全てに心当たりがありすぎて胸に突き刺さる。ほんのわずかな俺の手抜き部分全てがレムさんに完璧に見透かされていた。
「――――ですけど・・・お料理については満点でした。味も栄養バランスも考慮されており、さらに食材を無駄なく活用できており非常に良好でした。料理だけは誉めてあげます」
「それ。他のところは全然ダメってことじゃねえかっ!」
「当たり前です。アキラくんが使用人の腕前で姉様とレムに並び立とうだなんて100年かかっても不可能です。身の程を知ってください」
「あんたの姉様以下ってのだけは納得いかねえっ!」
レムさんにはいくら穴を指摘されても仕方ねえと思っているが『ラム以下』という言葉だけは我慢ならんもんがあるっ。今日の仕事にしたってよぉ、あいつが頼りにならねえから俺なりにかなり頑張ってたんだぜ。
「他にも指摘したいことはたくさんあるのですが、それはまた今度にしましょう―――全てを話していると朝になってしまうので」
「ええっ、マジで俺の仕事っぷり、そんなに酷かった!?」
「アキラくんも今日は早めに寝てください。ただでさえ使えないんですから寝不足でポンコツ具合に拍車をかけることだけはやめてくださいね」
「もうやめてっ!とっくに俺のライフはゼロよ」
ヤベエ・・・レムさんが俺への殺意をカミングアウトしたことでレムさんの毒舌に拍車がかかってる。下手すりゃあラム以上の毒の強さだぜ―――泣けるぜ。
「とりあえず、レムの代理を務めていただいたことについては感謝します。ですが、アキラくんが新たにレムの仕事を増やしたことはこれで帳消しになりませんのでご了承ください」
「・・・いや、本当にすいません。生きててごめんなさい。だから、本当にもうその辺でもう勘弁していただけませんかね」
「いいえ。不本意ながらもう一つだけ言っておくことがあります」
「まだ何かあるのかよ!?」
「・・・・・・。」
レムさんは毒づいていたさっきまでと違って悔しそうに苦々しい表情でこう続けた。
「やはり、レムは・・・姉様やエミリア様のようにあなたのことを信じることが出来そうにありません――――――ですから“一回”だけです。一回だけアキラくんに“騙されて”あげます。くれぐれも姉様やエミリア様の信用を裏切らないことですね」
「・・・レムさん?」
「勘違いしないでください。アキラくんには・・・レムがやったことを黙っててもらった借りがあります。そのことについては不本意ながら恩義を感じておりますので・・・やむを得ず行った判断です。くれぐれも間違えないでください《コツコツコツ…》」
「――――――グレートだぜ、レムさん」
レムさんはそのまま背を向けたままコツコツと足音を鳴らして去っていった。どうやら俺の愚策も案外バカに出来ないようだぜ。
もっとリゼロのSSが増えてくれればいいのですが、二次創作として取り扱うのはなかなか難しいのかもしれません。
今回はレムりん視点で書いたわけですが。レムりんの内に抱える闇は文字通り筆舌に尽くしがたいです。これを取っ払うことのできたスバル君はやはり偉大でしたね。