ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか? 作:友(ユウ)
【Side ベル】
アイズさんの修行を始めて1週間。
正直、殆ど進展が無い。
アイズさんは、『力』と『強さ』を同列に見ている節がある。
いくら『力』と『技』を身に着けようとも、それでは『明鏡止水』にはたどり着けない。
このまま普通に修行を続けていても、『明鏡止水』を会得できる可能性は限りなく低い。
今のアイズさんに『明鏡止水』を会得させるためには…………
「……………この方法しか………ないかな………?」
僕が思いついた方法は、少し………というより、非常に気が進まない。
例え『明鏡止水』を会得させられたとしても、ほぼ確実に嫌われるだろう。
だけど…………
『私は………強くなりたい…………』
あの時の言葉を思い出す。
静かな………それでいて強い思い。
その時の思いは、僕が師匠に弟子入りした時と同じような思いなんだろう。
だから僕は、覚悟を決めた。
【Side アイズ】
私は日が昇る前のオラリオを駆ける。
ベルと特訓を始めて1週間が経つ。
未だに『明鏡止水』の会得のきっかけすら掴めずにいる。
だけど不思議と足取りは重くない。
先日の
あれがなんなのかは分からないけど、今は少しでも早くあの場所へたどり着きたい。
そうすれば少しでも…………
「………………?」
少しでも………何なんだろう?
少しでも長く特訓が出来るから?
それとも、ベルと一緒に居られるから?
ふと頭を過ぎった疑問を考えようとした時、いつの間にか市壁の頂上への扉の前にたどり着いていた。
私は先程までの疑問を振り払い、扉に手をかける。
そのままいつものように扉を開けた。
そこには、いつものように一人で鍛錬しているベルの姿…………では無かった。
「…………………ッ!?」
いつもと違いただならぬ雰囲気を纏ったベルが、私に背を向けて立っていた。
「……………ベル?」
私は気圧されながらもベルに呼びかける。
すると、ベルはゆっくりと振り向いた。
「ッ…………!」
振り向いたベルが私に向けた眼は、いつもの優しそうな眼ではなく、怨敵を見るような険しい眼つきだった。
そして、先程からベルから感じるただならぬ殺気。
どうしてベルはそんな眼で私を見るのか。
何故私に対して殺気を向けてくるのか。
突然のことに、私は理解が追いつかない。
「……………アイズさん」
戸惑う私にベルが言葉を発する。
それでも、眼つきと殺気は変わらない。
「アイズさん、今日で修行は終わりです」
突きつけられた突然の終了宣告。
「ど……どうして………?」
私はなんとか声を絞り出す。
ベルの雰囲気に、体の自由が利かない。
「この一週間、あなたの修行を見てきました…………ですが、あなたは何も成長していない!」
「ッ………!」
その自覚はあった。
「故に、これ以上修行を続けても無駄と判断しました」
でも! この先も同じとは限らない………
「同じですね」
私の心を読んだように言葉を被せてくる。
「『明鏡止水』は、『力』や『技』を磨くだけでは会得できません。 あなたは根本的な始まりから間違えているんです」
「……………」
ベルの言葉に私は何も言えない。
「あなたの最終目標が何かは知りません。 ですが、このままならあなたは志半ばで死ぬ事になるでしょう。 それは僕も心苦しく思います………」
『死』という言葉がベルの口から発せられたとき、私の背筋に冷たいものが走る。
すると、ベルが私に歩み寄りながら背中の剣を抜いた。
「ならいっそ、この場で僕があなたを殺します。 それが僕があなたにしてあげられるせめてもの情け」
ベルの殺気が強まり、身体が金縛りにあったような感覚に陥る。
「あっ………!」
ベルの腕がブレる。
意識では体は動かない。
でも、剣士としての本能と直感が体を突き動かした。
反射的に一歩下がる。
ほぼ同時に喉元をベルの剣が通過した。
「……………抗わないでください。 抗えば、あなたを苦しめてしまう」
首筋には薄く傷ができており、僅かだが血が流れている。
あのまま一歩も動かなかったら、間違いなく首を切り落とされていた。
「本……気…………?」
私は震える声でベルに問い掛ける。
ベルが私を殺そうとするなんて、信じたくはなかった。
「ベル………やめて………」
ベルは私の言葉には答えず、無言で近付いて来る。
「ッ!?」
私は咄嗟にいつも使っている武器であるデスペレートを抜き、首を守るように構える。
「くぅっ!」
次の瞬間、両手が腕まで痺れるほどの衝撃を受け、後ろに後退する。
凄まじく重い剣撃。
武器に【
「…………頑丈な武器ですね。 武器で防がれたとしても、それごと断ち切るつもりで剣を振ったのですが…………もしかして【
そう言うベルの言葉は、どこか呆れを含んでいるように聞こえた。
「『折れない剣』とは、まるで今のアイズさんを象徴するような剣ですね」
『折れない剣』が私を象徴する?
「『力』のみを求め続け、戦い続ける『大きな力』を目指す。 まさに『折れない剣』です………ですが」
ベルの殺気がより一層強まる。
「
本当に吹き飛ばされるかと思うほどのベルの気迫。
「
ベルの一言一言が、私の心に突き刺さる。
「…………あなたを天国へ送る手向けです。 見せてあげましょう…………」
ベルがそう言うと目を瞑る。
先程まで感じていた身がすくむほどのベルの殺気がピタリと止んだ。
「………ベル?」
私は呼びかけるがベルは反応しない。
すると、ベルの体が金色のオーラを発し、それを纏った。
それはベルの持つ剣も包み込み、剣が眩いばかりの光を放つ。
「あ…………あ…………」
殺気は全く感じない。
それでも、先程以上の恐怖が私を包む。
そう、絶対に抗えない強大な存在。
その存在を前に、私は立ち竦む事しかできない。
「これが『明鏡止水』…………あなたがたどり着けなかった境地………!」
次の瞬間、ベルが剣を振りかぶる。
私は剣を前方に構えたまま動けない。
「はぁああああああああああああっ!!!」
輝く剣のひと振り。
その一撃は、【
「かはっ!?」
壁が陥没するほどの勢いで叩きつけられ、肺の空気が押し出される。
意識が朦朧とし、柄だけを残してあっさりと砕けた自分の剣を見つめた。
「『折れない剣』が折れました。 それがあなたの末路です、アイズさん」
これが………私の末路………
折れない筈の剣が折れ、今まで磨いてきた『力』も及ばない。
私には、もう何も残っていない。
そこまで思ってハッとした。
私にはたったこれだけしか無かった。
毎日ダンジョンに潜り、『強さ』だけを求め続けていた。
私にはそれしかない。
たったそれだけしかない、小さな人間だった。
手に持っていた柄が滑り落ちる。
カランと音を立てて床に転がった。
ベルが私の前にたどり着く。
「これで最後です」
ベルが剣を振りかぶる。
「アイズさん。 心静かに………”死”んでください………!」
その言葉が、私の心に広がる。
死ぬ………私が死ぬ…………
それを悟った時、不思議な感覚が私を包んだ。
脳裏に次々と今まで出会った人達が思い浮かぶ。
ロキ…………
フィン…………
リヴェリア………
【ロキ・ファミリア】の皆…………
お父さん、お母さん………………
心が透き通る感覚。
怒りも憎しみも無い。
あるのは目の前の死。
その最後に思い浮かんだのは………
『負けないでください! アイズさん!』
…………ベル!
目の前で襲い来るベルのそんな声が聞こえた気がした。
その刹那、先程はその影すら捉えることが出来なかった剣の軌跡を今はハッキリと見て取れる。
「見える………!」
私は自然ともう一つの剣………
錆びた方の剣に手を伸ばした。
何故かわからないけど、防げるという確信があった。
流れるように剣を抜き、ベルの剣に合わせる。
ベルの輝く剣と私の剣がぶつかり合う。
腕に感じるベルの剣の重み。
確かに重い。
けど、耐え切れないほどじゃない。
「来たっ!」
ベルが真剣な声を上げる。
見れば、私の剣もベルの剣と同じように光り輝いていた。
「この光は………?」
「それが『明鏡止水』です、アイズさん!」
先ほどの私を殺そうとしていた雰囲気とは打って変わり、いつもの表情でベルが言った。
「わだかまりややましさの無い澄んだ心。 それこそ『明鏡止水』。 それこそ人に己を超える力を持たせることができるんです」
「ベル………まさかそれを私に教えるために………」
「まだです! 集中してくださいアイズさん!」
「ッ………!?」
「今の感覚を………思いを………身体に………心に刻み付けるんです! そして僕の一撃を押し返してください! その時、あなたの『明鏡止水』が完成するんです!」
そう言われ、私は目を瞑る。
今の………私の思い………
死の間際の心が澄み渡る感覚。
澄んだ水の如き心。
心に水滴の落ちるイメージ…………
「ッ! 見えた!」
私は眼を見開く。
身体の奥底から力が湧いてくる。
今までとは全く違う、それでいて確かな自分の力を!
「はぁあああああああああっ!!」
今までの自分とは思えない力の入った声が出る。
ベルの剣を徐々に押し返し、
「はあっ!!」
全てを込めて思い切り振り抜く。
「ッ!?」
ベルが一歩下がった。
たったの一歩だけど、確かに後退した。
「………やっ………た………?」
「………はい。『明鏡止水』の会得、おめでとうございます。 これで修行は完成です」
そう言いながらベルは微笑み、剣を背中の鞘に収める。
「はぁっ………はぁっ………」
私は息を整えながら剣を見る。
輝きの残照が、ベルの言葉が真実だと伝えてくれた。
すると突然、ベルが戸惑い始めた。
「えっとその………すみませんでした!」
頭を下げるベル。
「修行の為とはいえ、死の恐怖を与えてしまったこと………それに勢いとはいえ、武器を壊してしまったこと………謝って済む問題ではありませんが………本当にごめんなさい! 武器に関しては、今すぐとは言えませんが、必ず全額弁償します!」
私はふと不思議に思う。
先程まで(おそらく演技とはいえ)私を殺そうとしていたベルが今はこうやって少し情けなく思えるぐらいに頭を下げている。
それがなんとなく微笑ましく思える。
「弁償はいいよ。 その代わり、この剣をもらってもいいかな?」
私が出した案は、ベルが修行用に貸してくれた錆びた剣を代わりに貰うというもの。
「ええっ!? いやいや、その剣って2本でたった1000ヴァリスで買ったものですよ! 全然釣合いませんって!」
「ううん、そんなことない。 私は、この剣がいい」
「は、はぁ………そこまで言うのなら………」
「ありがとう」
ベルは少し納得していないようだったけど、頷いてくれた。
その時、横から光が差して来るのに気がついた。
横を見ると丁度地平線から太陽が顔を出した所だ。
今までは、特に興味は湧かなかった……
ううん、気にする余裕が無かったんだ。
でも今は、
「……………綺麗」
「はい、とても美しいですね」
思わず溢れた言葉に、ベルも共感してくれる。
そこで私は、特訓に付き合ってくれたベルにお礼を言ってないことを思い出した。
私はベルに向き直り…………
「ッ……………!?」
思わず息を飲んだ。
朝日を見つめながら、その光に照らされ微笑みを浮かべるベルの横顔。
その顔を見ていると、何故か胸が高鳴り顔が熱くなる。
でも不思議と嫌な感覚ではなく、どこか心地いい。
経験したことのない症状に私は戸惑い、
「アイズさん?」
私が困惑していることに気付いたのか、ベルが心配そうな顔を向けてくる。
その顔を見ていると益々胸の高鳴りが強くなり、顔の熱さは火が出そうなほど。
そして、ついに耐え切れなくなった私は…………
「……………ッ!?」
その場から全力で逃げ出した。
「アイズさん!?」
ベルから声をかけられるけど私は止まらない。
これ以上ここにいたら、どうにかなっちゃいそうだったから。
『明鏡止水』を会得して引き出せるようになった力を無駄に使いながら、私は走り去った。
【Side ベル】
「はぁ………」
逃げるように走り去ったアイズさんを見送って、僕は溜め息を吐く。
「やっぱり、嫌われちゃったんだろうな………」
そりゃ当然だよね………
向こうからすれば殺されそうになったんだし。
覚悟はしていたんだけどなぁ………
思った以上にダメージが大きいや。
「はあ…………戻ろ……」
僕は気落ちしながらトボトボと帰路についた。
【Side エイナ】
「今日は遅いな………ベル君」
時間を見て、私はそう呟く。
いつもなら朝一に来る彼が、今日に限って昼近くになっても現れない。
「今日はダンジョン探索を休むのかな? それはそれで喜ばしいことだけど………」
何せベル君ときたらこの半月とちょっと、ほぼ毎日ダンジョンに潜っている。
休んだ日と言ったら先日の
それから私と買い物に出かけた日ぐらいではないだろうか?
「買い物………か」
私は以前ベル君と出かけた時を思い出す。
ベル君の防具を買いに行くつもりだけだったけど、途中からは私も楽しんでたなぁ………
そう物思いに耽っていると、
「おはよ~ございます~~………!」
聞き覚えのある声にハッとし、私は前を向く。
でもいつもより間延びというか、気が抜けている声だったような………
「こんにちは、ベル君。 今日は遅かったんだね………って、どうしたのベル君!?」
私は思わず問い掛ける。
何故ならば、ベル君は凄まじく重い空気を纏い、非常に落ち込んだ表情で私に挨拶していたからだ。
「あはは………気にしないでください………何でもありませんから………」
「何でもないって表情じゃないよ君!」
ベル君は、「ずぅぅぅぅぅぅぅん」という擬音が聞こえてきそうなほど重苦しい雰囲気を纏っている。
明らかに何かショックなことがあったことは明白だ。
「ホントに何があったのベル君?」
「いえ、自業自得なので………」
そうは言うが、ベル君の重苦しい雰囲気は変わらない。
私がどうしようかと考えていると、たった今ギルドに入って来た人物に目がいった。
私は笑みを浮かべ、
「ね、ベル君。 ちょっと後ろを向いてみて?」
「はい……?」
ベル君が言われた通りに後ろを向く。
そこには、
「「あ…………」」
ベル君の憧れの人物である、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがいた。
これで少しはベル君の元気が出るかなと私は思っていた。
けど、
「「……………………」」
お互い無言で少し見つめ合ったあと、
「…………………ッ!!」
ボッと音が聞こえてきそうな勢いでヴァレンシュタイン氏の顔がリンゴの様に赤く染まり、あの鉄壁無表情が明らかにアワアワと動揺しており、目も潤んでいる。
次の瞬間、踵を返して走り去った。
………………え?
何、今の反応?
今の反応って間違いなく…………
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!」
ベル君が突然深い深い溜め息を吐いた。
「ちょ、どうしたのベル君!?」
ベル君は先程よりも更に重苦しい雰囲気を纏いながら私に向き直る。
「やっぱり嫌われちゃったみたいですね…………」
「えっと………何言ってるのかな? ベル君」
ベル君の言葉が理解できなかった私は思わず問い返す。
「今の見たでしょう? 僕の顔を見た途端に顔を真っ赤にするぐらい怒ってすぐに立ち去ってしまいました。 多分、顔も見たくないって事なんでしょうね………」
ちょーーーーーーっと待とうかベル君!
今の反応の何処を見てそんな事を言ってるのかな!?
今の、完っ璧に恋する乙女の反応だったよね!?
恥ずかしさに耐え切れなくなったあまり、思わず逃げ出しちゃったって反応だったよね!?
あの【剣姫】がだよ!?
【戦姫】と呼ばれるぐらいダンジョンに潜り続けてるバトルマニアがだよ!?
色恋には全く興味が無いって言われてて、千人切りを達成したとも言われるあのヴァレンシュタイン氏がだよ!?
「あ、あの………ベル君?」
「はいぃぃ~…………」
ダメだ。
本気で落ち込んでる。
もしかしてベル君って…………………鈍感?
「ね、ねえベル君…………ヴァレンシュタイン氏の事だけど…………」
私は本当のことをベル君に伝えようと思い、
「………………………」
次の言葉が出てこなかった。
「………その、元気出してね…………? その内許してくれるかもしれないし………」
そして出てきた言葉は何故かベル君の勘違いを肯定し、慰める言葉。
どうして私は本当の事を伝えないんだろう?
「エイナさぁぁぁぁぁん…………」
情けない声を上げるベル君。
そんなベル君を見て、
「ねえベル君。 明日も予定空いてないかな?」
自分でも卑怯だと思える言葉を口にした。
第十一話です。
早くもアイズが明鏡止水を会得。
しかしその段階で不壊属性すらぶっ壊すベル君の明鏡止水。
不壊属性をぶっ壊したのはやり過ぎ?
でもってアイズ陥落。
だけどベル君ハーレム系主人公にありがちな鈍感スキルを発揮して気付かない。
その隙にエイナが………?
ヘスティアの描写は、高笑いしてベルの勘違いを助長させるような誰でも思いつく場面しか思い浮かばなかったので、まあ省略(手抜きともいう)。
では、また次回。