ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?   作:友(ユウ)

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第二十一話 ベル、鍛冶師と出会う

 

 

 

 

【Side キョウジ】

 

 

 

 

 

神ミアハに説教をした翌日。

私はナァーザと共にオラリオの東にあるセオロの密林と呼ばれる大森林に来ていた。

その理由が新しい回復アイテムの素材がこの森に居るモンスターの卵だからだ。

 

「では、打ち合わせ通り私が囮となり…………」

 

「私がその隙にモンスターの卵を回収する…………」

 

最終確認をする私とナァーザ。

そしてナァーザが用意していたバックパックを背負い、蓋を開けると血生臭い匂いが辺りに広がる。

私は覆面を被り、ブレードトンファーを一本だけ装備する。

もう一本はあの少年との戦いで罅が入ってしまったために使い物にならない。

同じ物がないか以前の店を訪れてみたが、やはりこの武器は変わっているらしく、同じものは無かった。

ナァーザはその場を離れ、身を隠すのを確認すると辺りに獣の気配が近づいて来るのを感じた。

 

「来たか………」

 

私が気配のする方を向くと、そこには地球で言う肉食恐竜に酷似したモンスターがいた。

 

「ブラッドザウルス………だったな」

 

ダンジョンでは三十階層から出現する大型モンスター。

見た目通りの強靭な顎と牙が特徴の肉食のモンスターだ。

5m程の高さを持つそのモンスターは私を見下ろす。

血の匂いに誘われ、その匂いの大元の私は、さぞご馳走に見えることだろう。

 

「オオオオオオオオオッ!!」

 

雄叫びを上げ、私を喰らわんと口を大きく広げる。

だが、

 

「黙って喰われてやるつもりは無いのでな」

 

その場に残像を残し、私は素早く飛び上がる。

ブラッドザウルスはそのまま残像に食らいつこうとしたが、当然ながらその噛み付きは空を切った。

私はそのままブラッドザウルスの鼻先に着地する。

驚愕か怒りか、ブラッドザウルスの眼が見開かれる。

私はそのまま前方に軽く跳躍すると、首の後ろから斬りかかり、首を落とした。

首を失った体は力なく倒れ、私は巻き込まれる前に飛び退く。

 

「やはり三十階層で出現するモンスターとは言え、地上のモンスターではこの程度か…………」

 

情報通り地上のモンスターは、遥か昔にダンジョンから地上に進出したモンスターの末裔であり、繁殖の過程で魔石を削っていったので、その力は格段に弱い。

先程の雄叫びを聞いたのか、多数のブラッドザウルスが私の周りに集まっていた。

だが、私に集まってくれるのなら都合が良い。

 

「ならば、かかってくるがいい!!」

 

ワザと声を張り上げ、注意をこちらに向ける。

凶暴とは言え、知能は低い。

本能の赴くままにモンスター達は私に殺到する。

噛み付きを避け、避けた瞬間に首を切り落とす。

それを何度も繰り返していると、

 

「帰ろう、キョウジ」

 

その言葉が聞こえた私は頷き、背負っていたバックパックを放ると煙幕を張ってその場を離脱した。

そのままナァーザと合流すると、

 

「うまくいったのか?」

 

「うん、この通り」

 

ナァーザはパンパンに膨れ上がったバックパックを指してどこか誇らしげにそう言う。

 

「ならば帰るとするか」

 

「うん」

 

私たちはそのままセオロの密林を後にした。

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

「出来た……………!」

 

部屋に籠りきりだったナァーザが試験管に入った液体を見せつけるように、私と神ミアハに向かって手を突き出した。

 

「ほう……もう出来たのか?」

 

新薬を開発すると聞いていた私は、いくら構想が出来ていたとはいえ僅か半日足らずの実験で薬を完成させたナァーザの手腕に素直に感心する。

早くても一週間ほどかかると私は踏んでいたのだが………

 

「デュアルポーション。体力と精神力を同時に回復する新薬。これは今までになかったもの。キョウジ、これなら店の目玉商品になる?」

 

ナァーザは期待を込めた目で私を見る。

 

「十分だ。今までに無い新薬というだけで客の目を引く。それが実用的となれば猶更な。あとは品質を落とさぬように心がけることだ。やはり不良品が発覚すると客足が遠のくからな」

 

ナァーザはコクリと頷く。

 

「ははは! まったくキョウジが来てからは世話になりっぱなしだな! キョウジは経営の才能もあるのかもしれんな」

 

「それほどでもない。私が言っている事など私が居た場所ではごく当たり前のことだ」

 

「例えそうだとしても、私達には思いつかない発想ばかりだ。本当に感謝しているぞ」

 

「そこまで言うのなら、感謝は素直に受け取っておこう」

 

この世界にきてまだ一ヶ月も経ってはいないが、この場所(ファミリア)は帰る所だと感じている。

この世界に来て初めて出会ったのがこの2人だったことに感謝しよう。

私はそう思いながら自然と笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

僕の二つ名が決まった翌日。

僕は新しい防具を購入するために、前と同じ【ヘファイストス・ファミリア】のテナントに来ていたんだけど…………

 

「…………う~ん………これも違う…………これでもない………」

 

お目当ての防具が見つからない………

僕が探しているのは、前の防具を作った『ヴェルフ・クロッゾ』という鍛冶師が作った防具。

新しい防具を買うなら、この人の物と決めていた。

お店の人に聞いてみようかな?

僕はそう思ってカウンターへ向かうと、

 

「大体なんでいつもあんな端っこに………! こちとら命懸けでやってるんだぞ! もうちょっとマシな扱いをだなぁ…………!」

 

カウンターの店員になにやら文句を言っている赤髪の男性の後ろ姿が見えた。

言葉の内容から鍛冶師の誰かかな?

そう思いながら僕が近づいていくと、店員が僕に気付いたのか、

 

「いらっしゃいませ。何かお探しで?」

 

赤髪の男性の横から覗くように僕に対応する。

赤髪の男性もお客が優先ということはわかっているのか文句を中断して僕に道を譲るように退いた。

 

「はい。あの、ヴェルフ・クロッゾさんの防具ってもう売られてないんですか?」

 

僕がそう聞くと店員さんが目を丸くして固まり、次いでその視線を僕から隣の赤髪の男性に移した。

 

「?」

 

僕がその意味を分りかねていると、

 

「ク…………クク…………クハハハハハハハハハハッ!!」

 

突然隣にいた赤髪の男性が笑い始めた。

 

「ククク………! どうだ! 俺にだってなぁ、ファンの一人ぐらい付いてんだよ!」

 

赤髪の男性が見たかと言わんばかりに店員にドヤ顔を向ける。

すると、

 

「あるぞ冒険者! ヴェルフ・クロッゾの防具ならな!」

 

ニッと気持ちのいい笑みを浮かべながら男性がそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

場所を変え、僕はヴェルフ・クロッゾさんと話をしていた。

 

「まさか噂の【心魂王(キング・オブ・ハート)】が俺の防具を買いに来てくれるとはな」

 

「僕もまさか、クロッゾさん本人に会えるなんて思っていませんでしたよ」

 

僕がそういうと、クロッゾさんは複雑な顔をして、

 

「……家名は止めてくれないか? そう呼ばれるの嫌いなんだ………」

 

そう呟いた。

 

「えっと………じゃあ、ヴェルフさん?」

 

「さん付けか………まあ、今はいいか」

 

すると、ヴェルフさんは一旦身形を正すと、ワザとらしく声を張り上げた。

 

「なぁ【心魂王(キング・オブ・ハート)】! お前は俺の防具を2度も買いに来てくれた! つまり俺の顧客だ! そうだろ!?」

 

「え? まあ………そうですね」

 

突然振られた言葉に困惑するが、間違いではないので頷いておく。

すると、先ほどから周りで僕達の様子を伺っていた数人の職人らしい人物が悔しそうな表情をしてその場を離れる。

 

「…………今のってもしかして、縄張り争いみたいなものですか?」

 

「おお! よくわかったな。その通りだ! 言わなくても分ると思うが、俺はお前さんを放したくないんだ」

 

「無名の鍛冶師の辛いところ………ですかね?」

 

「話が早いな。その通りだ。お前さんは俺の防具を2度も買いに来てくれた。1度目は単なる気紛れかもしれないが、今回は違う。お前さんの意思でこの俺の作品を買いに来てくれた。貴重なんだぜ、冒険者の方から下っ端の作品を求めてくれるってのは。『認めてもらった』、今の俺達にとってこんなに嬉しい事はない。俺の初めての『客』だ。だから逃がしたくない………逃がす訳にはいかない!」

 

力の籠った声でそう言うヴェルフさん。

その様子から、彼がどれだけ本気なのかがよく分かった。

 

「つまり………僕にはこれからも顧客でいてほしい………と?」

 

「間違いじゃないが………もうちょっと奥に踏み込ませてもらう」

 

ヴェルフさんは僕を真っすぐに見つめ、

 

「ベル・クラネル、俺と直接契約しないか?」

 

直接契約。

それは冒険者がダンジョンから『ドロップアイテム』を持ち帰り、鍛冶師がそれを使って武具を作成し、格安で冒険者に譲る。

持ちつ持たれつの関係である。

正直、契約したとしても、僕にしろヴェルフさんにしろメリットが少なく思える。

僕にとって武器はそこまで必要な物ではないし、防具もただ単に手甲と脛当てがしっくりくるという理由だけである。

そうなれば、ヴェルフさんの鍛冶の腕も上がりにくいと僕は思った。

 

「やっぱ悩んでるみたいだな。そりゃそうか、俺みたいな下っ端鍛冶師といきなり契約してくれなんて言われても困るのは当然だな」

 

「あ、いえ! 決してヴェルフさんの腕が悪いなんて思ってるわけじゃありません! あの店の中でも、ヴェルフさんの作品は目を見張るものがあります!」

 

「お? おお? そこまで言ってくれるのは嬉しいぞ」

 

「ただ、僕と契約しても、ヴェルフさんの為になるかどうか………」

 

「………どういうことだ?」

 

「見ててください」

 

僕はそう言って一応持ち歩いていた背中の刀を抜き…………

 

「なっ!? そいつはっ!?」

 

突然血相を変えたヴェルフさんに詰め寄られる。

 

「え? え? ヴェルフさん!?」

 

「すまねえ! その刀をもっとよく見せてくれ!」

 

ヴェルフさんの剣幕に引き気味になりながらも、僕は刀を差しだす。

すると、ヴェルフさんはその刀をまじまじと見つめ、懐かしそうな表情をした。

 

「まさか、こいつを使ってる奴がいるとはな…………」

 

「ヴェルフさん? その刀を知ってるんですか?」

 

「…………ああ。こいつはな、俺がまだ【ヘファイストス・ファミリア】に入ったばかりの頃に打った刀だ」

 

「えっ!? ヴェルフさんが!?」

 

その事実に僕は驚く。

 

「こいつは俺が椿………ウチの団長の技術を盗んで見様見真似で打ったものなんだ…………正直、その当時としては最高の出来であることは間違いなかったんだが、あいつが打ったものと比べると単なる猿真似の粗悪品(劣化コピー)にしか過ぎなかった………自分の未熟さばかりを思い知った俺はこいつに銘を付けることすらせずに、売れ残った後も引き取ることすらしなかった………こいつは団長の技術で作ったもので、俺が打った物だと認めることが出来なかったんだ………」

 

「それは違います!」

 

僕は思わず叫んでいた。

 

「この刀には、間違いなく貴方の魂が籠められている! 単なる劣化コピーじゃ絶対に籠めることのできない魂が! だからこの刀は団長の打った刀じゃない。 間違いなく貴方が、ヴェルフ・クロッゾという鍛冶師が打った刀です!」

 

そこまで言って僕はハッとした。

 

「す、すみませんヴェルフさん………偉そうな事言って………」

 

「いや………むしろ嬉しかったぜ。俺の作品をそこまで評価してくれるなんてな」

 

ヴェルフさんは笑みを浮かべる。

 

「だが、だからこそ尚更俺はお前を放したくは無くなった! もう一度頼む! ベル・クラネル、俺と直接契約を結んでくれ!」

 

真剣な表情でそう言ってくるヴェルフさん。

その眼に確かな魂を見た僕は、

 

「わかりました。僕で良ければ契約しましょう」

 

「よし決まりだ! 断られたらどうしようかと思ったぞ!」

 

ヴェルフさんは心底安堵したような仕草をすると、再び僕に向き直り、

 

「でだ、正式な契約書なんかはまた今度に回すとして………ベル。早速で悪いんだが、俺の我儘を聞いてくれると助かる」

 

「我儘………ですか?」

 

「ああ………」

 

ヴェルフさんは一呼吸置く。

 

「俺を、お前のパーティに入れてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってきたぜ十一階層!!」

 

ヴェルフさんははしゃぐ様に叫ぶ。

あの後ヴェルフさんの頼みを受け入れた僕は翌日にヴェルフさんをリリに紹介した。

まあ、何で相談もせずに決めたのかと言わんばかりに今もジト目で睨まれているが。

 

「いやぁ、悪いなベル。昨日の今日でこんな無茶聞いてもらって」

 

「いえ、『鍛冶』アビリティを得るためというのなら僕も無関係じゃありませんし」

 

「なーに言ってるんですか? 結局ベル様は新しい防具に釣られただけじゃないですか」

 

ううっ、リリの言葉が痛い………

 

「で、でもさ、本当にいいモノなんだよ。このヴェルフ・クロッゾさんの防具は」

 

僕がそう言うと、

 

「『クロッゾ』? 今、『クロッゾ』と仰いましたかベル様?」

 

ヴェルフさんの家名に反応するリリ。

 

「え? う、うん………」

 

「あの呪われた魔剣鍛冶師の!? 没落した鍛冶貴族の!?」

 

「何それ?」

 

「知らないんですか!? かつて強力な魔剣を打つことで知られた鍛冶一族。それがクロッゾです。ですが、ある日を境にその能力を全て失い、今では完全に没落したと…………」

 

「ああ………ただの落ちぶれ貴族の名だ。でも、今はそんな事どうでもいいだろ?」

 

ヴェルフさんは少し強引にでもその話から離れようとしていた。

家名が嫌いだと言っていたから、その事にも関係しているのかな?

 

「でも………!」

 

リリは何か言いたそうだったけど、

 

「そこまでだよ二人とも…………来るよ!」

 

感じた気配と共に、地面からオークやインプといったモンスターが生まれてくる。

 

「どのみちそんな話をしている場合じゃねえな………よーし! オークは俺に任せろ! あいつなら俺の腕でも当てられる」

 

ヴェルフさんの武器は大刀。

すばしっこい小型モンスターよりも、オークのような鈍重な大型モンスターの方が戦いやすいのだろう。

 

「では、リリも微力ながら援護します」

 

リリも、腕に取り付けた小型バリスタを準備しながらそう言う。

 

「お? 俺が気に食わないんじゃなかったのかリリ助?」

 

「む? 気に食わないに決まっています! ただ、ベル様のお邪魔になりたくないだけです」

 

何だかんだでリリもお人好しなんだから。

 

「なら僕は、インプの相手をします」

 

地面から完全に這い出たインプを見る。

 

「それから2人とも。 僕はギリギリまで2人の方には手を出さないから、自分の力だけで切り抜けて。特にヴェルフさんはそうじゃないと【経験値(エクセリア)】が溜まりませんから」

 

「そうですね。ベル様が手を出したらあっという間に全部片付けてしまいますから」

 

リリは普通に納得する。

 

「なら、行くよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヴェルフ】

 

 

 

 

 

「そりゃぁああああっ!!」

 

俺はオークを真っ二つにする。

何だかんだ言っても、リリ助の援護は的確で非常に助かっている。

この分ならベルの方よりも早く終わるんじゃないかと思っていたんだが、

 

「クロッゾ様。何やってるんですか? ベル様の方はもう終わりましたよ?」

 

「何っ!?」

 

俺は思わず振り向いてベルの方を確認すると、全てのモンスターが地に倒れ伏し、灰に変わった所だった。

 

「よそ見もしないでください」

 

リリ助の矢が俺の顔のすぐ横を通過し、後ろから迫ってきていたオークの目に突き刺さる。

 

「こん………のぉっ!」

 

俺は振り向きざまにオークを横薙ぎに切り捨てた。

内心はベルの討伐スピードに驚愕しながらも、何とか現れたモンスターを全て倒すことに成功した。

 

「お疲れ様、2人とも」

 

ベルが笑顔で歩み寄ってくる。

俺は少なからず息を吐いていたが、ベルに呼吸の乱れは全く見られない。

流石二つ名持ちは違うなと思った。

サポーターのリリ助が魔石集めに奔走していると、他のパーティがチラホラと見え始める。

 

「他のパーティが来始めましたね」

 

「ちょうどいい。リリ助が魔石を集め終わったら昼飯にしよう」

 

「そうですね」

 

俺達がリリ助を待っていると、

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

突然悲鳴が聞こえた。

 

反射的にそっちに振り向くと、霧の向こうから琥珀色の鱗をもった全高1.5m、全長は4mを超える地を這う小竜が現れた。

 

「インファント・ドラゴンだぁーーーーーっ!!」

 

冒険者の一人が叫ぶ。

俺も背中にも冷たいものが奔った。

『インファント・ドラゴン』。

十一、十二階層に稀に現れるレアモンスター。

下級冒険者パーティをいくつも全滅させた報告が上がっている、『階層主』のいない上層での事実上の『階層主』だ。

しかも、そのすぐ近くではリリ助が魔石を拾い集めている。

 

「リリ助! 逃げろ!!」

 

俺は叫ぶが、リリ助は聞こえていないのか、はたまた『インファント・ドラゴン』の存在に気付いていないのか魔石を拾い集め続けている。

 

「リリす…………!」

 

俺がもう一度叫ぼうとした瞬間、俺の横を白い疾風………いや、暴風が駆け抜けた。

 

「ベル!?」

 

ベルは信じられないほどのスピードで駆け抜け、一瞬にして『インファント・ドラゴン』の元へたどり着くと、背中の刀を抜き放った。

 

「ッ!?」

 

その瞬間、俺は身震いした。

鞘から抜き放たれる刀身。

それは間違いなくあの錆びてボロボロだったあの刀。

だが、今抜き放たれるその刀身は、眩しいほどに光り輝いていた。

 

「はああっ!!」

 

一瞬にして振るわれるその一撃。

俺の目で捉えられなかったその一振りは、上層でも最強の『インファント・ドラゴン』を容易く真っ二つにした。

リリ助はまるでそうなることが分かっていたかのように気にせずに魔石を拾い集め続けている。

だが、俺はそれとは別の理由でその場を動けなかった。

 

「刀が………歓喜していた………」

 

あれほどまでに錆びてボロボロになったあの刀。

あの刀身から放たれていた光が、俺にはまるで刀が歓喜しているかのように思えた。

体の震えが止まらない。

そして心の奥底からある一つの思いが溢れ出る。

こいつの…………ベルの武具を………打ちたい………!

打算も掛け値も何もない。

純粋な欲求として、そう思った…………

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

ヴェルフさんとパーティを組んだ翌日。

今日もダンジョンに潜る予定だったんだけど、

 

「えっ? リリは今日来れないんですか?」

 

「ああ、世話になってるドワーフの老人が体調を崩したみたいでな。看病に付いてやりたいんだとさ」

 

「そうですか………なら、今日はダンジョン探索はお休みということに………」

 

僕がそう言うと、

 

「…………ならベル………今日一日俺にくれないか?」

 

「?」

 

ヴェルフさんの言葉に僕は首を傾げた。

 

 

 

 

 

ヴェルフさんに連れられてやってきたのは、ヴェルフさんが工房として使っている小屋だった。

小屋の外はボロボロでも、中はそれなりに整理されており、ヴェルフさんが工具などを大切に扱っているのが良くわかる。

ヴェルフさんが僕に向き直ると、

 

「ベル、もし嫌だったら断ってくれてもいいんだが………その刀、打ち直させてくれないか?」

 

「えっ?」

 

「お前にとって余計なお世話かもしれないけどな…………罪滅ぼしっつーか、なんつーか…………今まで認められずに放っておいた刀と今度こそしっかり向き合いたいんだ」

 

「ヴェルフさん…………」

 

ヴェルフさんの気持ちを十分に理解した僕は、

 

「お願いします………」

 

僕は刀をヴェルフさんに預けた。

 

「ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルフさんは黙々と作業をしていく。

そんな中、

 

「ベル。俺の一族………クロッゾが魔剣を打つ力を無くして没落したって話はリリ助から聞いたよな?」

 

「えっ? うん………」

 

突然話しかけられ、僕は困惑しながらも頷く。

 

「リリ助の言う通り、ある時を境にクロッゾは魔剣を打つ力を無くした………その子供も………さらにその子供も………それ以来魔剣を打てる人物は出てこなかった………」

 

ヴェルフさんは話を続ける。

 

「けど何故か…………俺には魔剣を打つ力があった」

 

「えっ!?」

 

その言葉に、僕は驚愕した。

クロッゾの一族は、魔剣を打つ力を無くしたから没落したって………

 

「どうしてなのかは俺にもわからねえ。だが、俺には魔剣を打つ力がある。それは事実だ」

 

ヴェルフさんは一度言葉を区切り、

 

「実はな、客なら腐るほどいた………いや、今でも居るんだ。俺をクロッゾだと知って、『魔剣を打ってくれ』って言ってくる大馬鹿野郎の客ならな。強くなるための、名を上げるための道具が欲しい。どいつもこいつもそう言いやがる」

 

ヴェルフさんの振るう槌の音が響く。

 

「違うだろ、そうじゃないだろ! 武器っていうのは、強くなるための道具でも、成り上がるための手段でもない。武器は使い手の半身だ! どんな窮地に陥っても、武器だけは裏切っちゃいけない。だから俺は魔剣が嫌いだ。使い手を残して絶対に砕けていく………あれの力は人を腐らせる。使い手の矜持も、鍛冶師の誇りも何もかも。だから俺は……魔剣を打たない………!」

 

まるで懺悔のような独白を黙って聞いていた。

そこで思ったことは、

 

「ヴェルフさんが魔剣を打ちたくないのなら、打たなくてもいいと思うよ」

 

「ッ……………!?」

 

ヴェルフさんの手が一瞬止まる。

 

「ヴェルフさんが打ちたくないものを無理やり打ったとしても、それには魂は宿らない。魂の宿らない武器はただの道具だよ」

 

僕は自分の思いを口にする。

 

「ここからは自分の勝手な意見だけど、ヴェルフさんは魔剣を打つ力はある。だけど、砕ける魔剣は打ちたくない。なら、ヴェルフさんだけが打てる剣を作ればいいんだ」

 

「俺だけが………打てる剣………?」

 

「多分、ヴェルフさんが僕にパーティの話を持ち掛けてきたのも、魔剣が打てるのに魔剣を打たないという行動から、おなじ【ファミリア】の人に煙たがられているからだと思うんだけど………」

 

「いや、その通りだ………」

 

「確かに魔剣が打てるのに魔剣を打たないっていうのは、宝の持ち腐れと言われても仕方ないと思う。だけど、魔剣を打つ力があるとしても、必ずしも魔剣を打つ必要は無いと思う。それなら、魔剣を打つ力を使って、ヴェルフさんだけが打てる剣を打てばいいんだよ」

 

「…………魔剣を打つ力を使って………俺だけが打てる剣を………か…………ハハッ、そんな事考えもしなかったぜ」

 

ヴェルフさんは薄く笑った。

 

「なるほど………俺には魔剣を打てる力がある。だからと言って、その力を魔剣だけに使わなければいけないなんてことはないんだよな………!」

 

振り下ろす槌の音が強く鳴り響く。

 

「ありがとよベル。なんか気分が楽になったよ」

 

 

 

 

 

 

 

刀を打ち終わった時にはすでに日が傾き、西日が工房内を照らしていた。

その夕日の光を反射し、見違えるほどに刀身を輝かせる刀。

 

「文句ねえ。俺の中で最高の出来だ」

 

「はい。前以上にヴェルフさんの魂が籠っているのを感じます!」

 

ヴェルフさんは刀を鞘に納め、僕に差し出す。

 

「ほら」

 

「ありがとうございます、ヴェルフさん」

 

僕はそう言って受け取ろうとしたけど、ヴェルフさんはその手を放さなかった。

 

「?」

 

僕が不思議に思ってヴェルフさんの顔を伺うと、

 

「まだ会って数日だし、信頼丸ごと預けろとは言わねえよ。けど、俺の事もリリ助みたいに仲間っぽく呼んでくれよ」

 

その言葉の意味を理解した僕は笑みを浮かべ、

 

「わかった。ヴェルフ」

 

新しい仲間を歓迎した。

 

 

 

 

 





第二十一話です。
何とか間に合った。
今回はちょっと盛り上がりに欠けますね。
まあ、半分つなぎ回みたいなものですから。
ちなみに次かその次の話で皆様待望のあの人が登場予定。
お楽しみに。
それでは次回にレディー………ゴー!!



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