ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?   作:友(ユウ)

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第三十三話 ベルとアイズ、踊る

 

 

 

 

酒場での一悶着の翌日。

あの時の出来事は既に神様には伝えており、近々【アポロン・ファミリア】が何か仕掛けてくるかもしれないという旨を伝えた。

そして今日、僕はギルドに足を運んでいた。

 

「それじゃあ、もう体は大丈夫なの?」

 

「はい、数日休んでもう体力は回復しましたから」

 

目の前のエイナさんに笑って頷く。

面談用のボックスの中で、僕はエイナさんと現状の報告や今後の予定の打ち合わせを行っていた。

 

「もう、本当に心配したんだからね? キミがダンジョンから帰ってこないって聞いて、私、心臓が止まりそうだったんだから」

 

「ご、ごめんなさい………」

 

「ベル君が強いのはもう知ってるよ………でもね、それでも私はキミの事が心配なの……………」

 

「エイナさん…………」

 

エイナさんが僕の手を両手で握る。

 

「忘れないでね…………キミが死んだら、私も死ぬから…………!」

 

「あっ…………」

 

目を涙で滲ませてストレートに想いを伝えてくるエイナさんに、僕は目を奪われる。

 

「大丈夫です…………僕は、死にませんから………!」

 

そんなエイナさんを安心させるように、僕の口からはそんな言葉が零れだしていた。

 

「ベル君…………」

 

そのまま僕達はしばらく見つめ合っていた。

 

 

 

 

 

 

その後、ボックスからロビーに出て窓口前でエイナさんと別れようとした時、

 

「…………ん?」

 

こちらを見ている視線を感じて僕は振り向いた。

広いロビーの隅にいた2人の女性冒険者と目が合った。

その2人は僕を確かめる様に見つめた後、歩み寄ってくる。

 

「ベル・クラネルで間違いない?」

 

「はい」

 

気の強そうなショートヘアーの少女の言葉に僕が返事をすると、その後ろにいたロングヘア―のおどおどした女の子が遠慮がちに進み出てきて、

 

「あの、これを………」

 

上目がちに一通の手紙が差し出された。

僕は怪訝に思いながらもその手紙を受け取りよく眺めると、それは招待状だということが分かった。

差出人が分かるように徽章も施されており、その刻まれていた徽章の絵柄は弓矢と太陽のエンブレム。

 

「……………………」

 

もう来たかと警戒心を強める。

すると、ショートヘアーの少女が口を開いた。

 

「ウチはダフネ。この子はカサンドラ。察しの通り【アポロン・ファミリア】よ」

 

予想通りの所属を明かす。

 

「ダフネ・ラウロスにカサンドラ・イリオン、2人ともLv.2で第三級冒険者だね」

 

エイナさんが耳打ちして教えてくれる。

 

「あの、それ、案内状です。アポロン様が『宴』を開くので、も、もし良かったら………べ、別に来なくても結構なんですけど………」

 

カサンドラさんがそう言うと、ダフネさんがぺしんっ、とカサンドラさんの後頭部を叩く。

 

「あぅ」

 

ダフネさんは僕の方に身を乗り出し、

 

「必ず貴方の主神に伝えて。いい、渡したからね?」

 

「………わかりました」

 

念を押されて僕が了承するとダフネさんは身を引く。

そのまま身を翻し立ち去ろうとしたところで一度こちらを振り返り、

 

「ご愁傷様」

 

と同情するような視線を向けて呟いた。

そのまま彼女はその場を離れていく。

僕がその背を見つめていると、

 

「あ、あの………」

 

カサンドラさんがその場に残って僕に話しかけてきた。

 

「何か?」

 

「あのっ………どうか………どうかご慈悲をお願いします………!」

 

「はい………?」

 

突然言われた言葉の意味を図りかねていると、彼女は会釈をしてとととっと立ち去ってしまう。

エイナさんと一緒にその場で立ちつくしながら、僕は招待状を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

僕は神様に昼間にあったことを伝えた。

 

「『神の宴』の招待状か………」

 

招待状の中身を読みながら、椅子に腰かけた神様は呟く。

 

「ガネーシャの開いた『宴』から一ヶ月半ぐらい………そろそろだれかやると思っていたけど………」

 

ボクは参加しなかったけどね、と続ける神様は神妙な顔をする。

 

「どうしますか?」

 

「君と揉め事を起こしたのは、この招待を断られないようにする算段もあったんだろうなぁ………普通なら無視が出来ないところさ」

 

「なるほど………」

 

「まあ、相手の思惑が見えない今は、誘いに乗ってあげようじゃないか………………それで、今回の宴なんだけど普通とは違って実に面白い趣向が凝らされていてね………」

 

神様は僕を見てニッコリとほほ笑む。

 

「折角だ。ミアハ達も誘って皆で一緒に出席してみよう」

 

 

 

 

 

 

翌日、ミアハ様のところへ赴くと、

 

「う~む………『神の宴』か………」

 

ミアハ様が難しそうな顔をして唸る。

 

「どうしたんだい? ミアハの所も最近は羽振りが良いんだろう? 宴に参加するための正装を揃えるぐらいのお金はあるんじゃないのか?」

 

「いや、お金は問題ではないのだが、ナァーザとキョウジ、どちらかを留守番にさせてしまうのが少々心苦しいのだが…………」

 

すると、

 

「ナァーザを連れて行って来ると良い、神ミアハ」

 

キョウジさんがそう口を出した。

 

「キョウジ? いや、しかし…………」

 

ミアハ様はキョウジさんを置いていくのを気にしている様だ。

 

「私の事は気にしなくてもいい。それに、その宴の日にはスィークとの食事の約束があるのでね」

 

嘘か真かは分からないけど、キョウジさんはそう言ってミアハ様に参加を促す。

 

「そして、そのようなパーティの場合は美男美女で参加した方が絵になるしな」

 

キョウジさんは茶化すようにそう言うけど、僕もその意見には同意する。

ミアハ様はもちろんの事、ナァーザさんも無表情と質素な服装で隠れがちだけど、十分に美女の部類に入るだろう。

 

「む、むぅ…………ならば、お言葉に甘えるとしようか………」

 

こうしてミアハ様達の参加も決まった。

 

 

 

 

 

 

 

そして『宴』の日。

僕と神様、ミアハ様とナァーザさんは少し豪華な馬車で会場へと到着した。

とりあえずある程度勉強した礼儀作法を思い出しながら僕は先に馬車から降り、すぐに振り返って続いて降りてくる神様に手を貸す。

当然だが、今の僕の服装は所謂燕尾服というもので、神様もマリンブルーのドレスを身に纏っている。

緊張で動きがぎこちない僕に、神様は笑いかけてくる。

 

「ありがとうベル君。ちゃんとエスコート出来るじゃないか」

 

「い、いえっ………」

 

「似合ってるぜベル君。恥ずかしがらなくて大丈夫さ」

 

そう言う神様の後ろでは、ミアハ様が同じようにナァーザさんをエスコートして馬車から降りた所だった。

ドレス姿のナァーザさんも非常に新鮮で魅力的だ。

僕はミアハ様と一緒に、2人の女性をエスコートし、会場の中へと赴いた。

 

 

 

 

 

ナァーザさんに名のある冒険者達の事を教わりながら会場を見回していると、

 

「あら、来たわね」

 

「ミアハも居るとはな」

 

「ヘファイストス、タケ!」

 

神様がヘファイストス様とタケミカヅチ様に駆け寄る。

 

「タケの同伴は命君か」

 

「は、はいっ………!」

 

命さんも緊張からか声が上ずっている。

 

「ヘファイストスの子は?」

 

「私? 私の子は………」

 

そう言いながらヘファイストス様が自分の後方に目をやる。

そこには、

 

「よ、ようベル………」

 

「ヴェルフ!」

 

そこにいたのはなんとヴェルフだった。

 

「おや、鍛冶師君じゃないか。どうしてヘファイストスは彼を? 確かに腕はいいと思うけど、君の所にはもっと上の子がいるだろ?」

 

「フフッ、そうね。ランクアップしたお祝いも兼ねて………かしらね」

 

そういって笑いながらはぐらかすヘファイストス様。

すると、

 

「やあやあ、集まっているようだね! 俺も混ぜてくれよ!」

 

「あ、ヘルメス」

 

大きな声で僕達の所にやってきたのは、ヘルメス様だった。

その傍らには、「もっと声を押さえてください……」と諫言しながらため息を堪える、相変わらず苦労人の雰囲気を醸し出すアスフィさん。

 

「何でお前がこっちに来るんだ。今まで大した付き合いも無いのに………」

 

「おいおいタケミカヅチ、共に団結して事に当たったばかりじゃないか!俺だけ仲間外れにしないでくれよ!」

 

そう言ってタケミカヅチ様の横を抜けると、僕達の前に来る。

 

「やぁベル君! その服決まってるじゃないか! ナァーザちゃんも綺麗だよ!」

 

「ありがとうございます………」

 

「どうも………」

 

「おや、命ちゃん、緊張しているのかい? せっかくの可愛い顔が勿体ないぜ!」

 

「か、可愛っ………!?」

 

そうやって次々と褒めたたえるヘルメス様の行動力には、僕も素直に感心する。

まあ、調子に乗り過ぎてタケミカヅチ様とアスフィさんから制裁を受けてたけど。

そして、参加者がどんどん増えてきて、

 

『諸君、今日はよく足を運んでくれた』

 

主催者であるアポロンの挨拶が始まった。

適当に聞き流していよいよ本格的にパーティーが始まったとき、ザワッと会場がどよめいた。

 

「おっと、大物の登場だ」

 

ヘルメス様が言う。

衆目を根こそぎ集めていたのは、獣人の大男を従えた銀髪の女神だった。

 

「あれって………」

 

「フレイヤ様だよベル君。【フレイヤ・ファミリア】の名は知っているだろう?」

 

【フレイヤ・ファミリア】。

オラリオを代表する【ロキ・ファミリア】と並んで、最強勢力を持つ派閥。

あの方がそうなのかと、僕は視線を向ける。

確かに美の神というだけあってとても綺麗な方だと思う。

だけど………

 

「そうですか………」

 

それだけだ。

僕にとってあまり魅力を感じない。

他の人達は次々に【魅了】されてるみたいだけど。

 

「そうですか、って。ベル君はあの方とお近付きになりたいとは………」

 

「特には思いませんね………」

 

すると、突然横から抱き着かれる。

 

「よく言ったベル君! あんな女神に魅了されないとは流石だ!」

 

嬉しそうに神様が僕を抱きしめる。

その時、

 

「よぉードチビー! ドレス着れる様になったんやなー。めっちゃ背伸びしとるようで笑えるわー」

 

「ロキ!?」

 

突然聞こえた声に振り向けば、男性用の礼服を纏った朱髪の女神様がいた。

そして、

 

「……………ッ!?」

 

僕は思わず息を飲んだ。

ロキ様の隣には薄い緑色を基調にしたドレスを纏ったアイズさんの姿があった。

恥ずかしそうな仕草でロキ様の影に隠れるように立っている。

 

「いつの間に来たんだよ、君は!? 音もなく現れるんじゃない!」

 

「うっさいわボケー! 意気揚々と会場入りしたらあの腐れおっぱいに全部持っていかれたんじゃー!」

 

何故か言い合いが始まる神様とロキ様。

その間、僕はアイズさんから目を離すことが出来なかった。

アイズさんも僕が見ていることに気付いたのか、頬を僅かに染め俯いてしまう。

そんな仕草もとても可愛く思え、魅力的だ。

アイズさんは俯きながらもチラチラと僕の方を見ている。

僅かに目が合ったときは、僕は気恥ずかしさからすぐに目を逸らしてしまう。

そんなことを繰り返していると、

 

「ケッ! ドチビが傍にいると折角の気分が台無しや!」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

「ふんっ、行くでアイズたん!」

 

「ボク達も行くぞ! ベル君!」

 

ロキ様と神様はそれぞれアイズさんと僕の手を掴んで逆方向に歩き出す。

そのままアイズさんも僕も引っ張られていった。

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、僕は神様に連れられ、知人だという神様達の前で挨拶をして回った。

パーティーが始まって2時間ほどしたころ、僕は小休止を貰って壁際の方へ移動する。

神様は、また性懲りもなくロキ様と口喧嘩を繰り広げていた。

やがて何処からともなく流麗な音楽が流れだし、広間の中央では舞踏が始まる。

 

「やっぱり、場違いだよね………」

 

僕は思わず呟く。

その光景から逃げるように、僕はバルコニーに出た。

暫く風に当たっていると、

 

「お疲れか? ベル」

 

「ヴェルフ………」

 

ヴェルフが僕と同じようにバルコニーへやってきた。

 

「まあ、僕には場違いな気がしてさ………」

 

「ま、そう感じるのもしゃあないか」

 

ヴェルフも肩が凝ったと言わんばかりに肩を大きく回す。

その時、

 

「やあ、2人とも。こんな所で何してるんだい?」

 

そう言って近づいてきたのはヘルメス様。

 

「あ、いえ、別に………」

 

「ちょっと休憩ですよ」

 

「ベル君とは一度ゆっくりと話してみたかったからね。かわいい女の子じゃなくて悪いけど、いいかな?」

 

「勿論です」

 

僕は頷く。

ヘルメス様の話は、僕が何故冒険者になったのかから始まり、15年前まで最強派閥だった神ゼウスと女神ヘラのことや、その【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が壊滅する切っ掛けになった『黒竜』の話にもなった。

正直、黒竜についてはおとぎ話にも出てくるため、実際に存在することに驚いた。

 

「とりわけ三大冒険者依頼の残る一つ、『黒竜』の討伐は、全世界の悲願でもある。オラリオに身を置くものとして、覚えておくといい」

 

その話を聞いて、僕はぶるっと身が震えるのを感じた。

恐怖じゃない。

武者震いという奴だ。

物語の英雄たちですら完全に討伐することには至らなかった伝説の『黒竜』。

それを討伐できれば間違いなく英雄だ。

 

「ははは! この話を聞いて驚くどころか笑えるなんて、とんでもないな君は」

 

ヘルメス様が笑いながらそう言う。

 

「え? 僕、今笑ってましたか?」

 

「おう。かなりいい笑顔で笑ってたぞ」

 

ヴェルフにそう言われ、僕は恥ずかしくなる。

 

「す、すみません。不謹慎な事を………」

 

「いやいや。逆に頼もしいぐらいだよ。君や東方せん………君のお師匠様なら単独討伐も不可能じゃないんじゃないかって思えてくるよ」

 

まあ、師匠なら可能でしょう。

でも、その役目は譲るつもりはありません!

 

「フフッ。いい目標が出来たようで何よりだよ」

 

ヘルメス様がそう言うと、態度を突然がらりと変え、

 

「ところでベル君は踊らないのかい?」

 

「えっ?」

 

「今も行われているダンスさ。ほら」

 

大広間の中央では、先ほどよりも盛んになっている舞踏の光景。

 

「君の育ての親も言っていたんだろう? ここには世界が羨む美女美少女がそろっているんだぜ? お近付きになるチャンスだ」

 

「えっ? あのっ、そのっ?」

 

ヘルメス様はニヤニヤと笑みを浮かべながら僕の肩に手を回し、バルコニーから窓辺まで連れていかれる。

 

「ヘ、ヘルメス様っ、僕は踊り方を知らないので、いいですよ! パーティーに参加させて貰っただけでも十分………!」

 

「何を抜かしているんだベル君? さぁさぁ、君の好みの女の子は誰だい?」

 

最早先ほどまでも真面目なヘルメス様の面影は何処にもなく、下種な笑みを浮かべている。

僕は如何にか断ろうと…………

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

ヴェルフが言ったその名前に僕は身を強張らせた。

肩に手を回していたヘルメス様も、僕の動揺に気付いたのだろう。

 

「ははぁん、【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】か。お目が高いなぁ」

 

「いえっ! 僕はッ、そのっ………!」

 

僕は恨めしそうにヴェルフを見る。

ヴェルフは明後日の方向を向いてワザとらしく口笛を吹いていた。

 

「………なるほど、そう言うことか」

 

「ぅ、ぅぅ……」

 

納得がいったように頷き、再びニヤニヤ笑うヘルメス様。

 

「俺は愛の神じゃないが、ベル君の恋を応援しようじゃないか!」

 

「声が大きいですっ!」

 

「よし、じゃあ早速彼女をダンスに誘うんだ」

 

「無理ですっ!!」

 

「頑張れよ、ベル」

 

「ヴェルフ!」

 

「いや、でもよ少しぐらい何かしねえと進展しねえぞ」

 

「う、うう………」

 

もっともな正論に僕は何も言えない。

 

「ヴェ、ヴェルフは誰かと踊らないの!?」

 

「俺がダンスに誘う女神(ひと)は、ただ一人と決めている」

 

「な、ならヴェルフが先に誘ってよ! そうしたら僕も行くから!」

 

あまりの自分のヘタレさに嫌気がさす。

結局はヴェルフを言い訳にして逃げているだけだ。

 

「よし分かった」

 

「へっ?」

 

ヴェルフの即答振りに素っ頓狂な声を漏らす僕。

 

「約束だからな」

 

ヴェルフはそう言いながらしてやったりの笑みを浮かべる。

 

「えっ? ちょ、ヴェルフ!?」

 

するとヴェルフはある方向に向かって一直線に歩き出した。

その歩き方は、堂々としていてまるで貴族の紳士の様に思える。

ヴェルフの目指す先、そこにいたのは…………

 

「ヘファイストス様」

 

ヴェルフはヘファイストス様に呼びかける。

 

「あら? どうしたのヴェルフ?」

 

するとヴェルフは手を差し伸べ、恭しく頭を垂れる。

 

「私と一曲踊っていただけますか? 淑女(レディ)

 

ヘファイストス様は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに微笑みながら目を細める。

そして差し出されたヴェルフの手に自分の手を重ね、

 

「喜んで」

 

ヘファイストス様はそう言ってヴェルフと手を握り合う。

ヴェルフは立ち上がり、2人でダンスホールに向かって歩いていく。

一瞬ヴェルフの目がこちらを向き、「次はお前の番だ」と言っていた。

ホールに到着した2人は向かい合い、ヴェルフの左手とヘファイストス様の右手で手を繋ぐ。

空いた方の手は、ヴェルフはヘファイストス様の腰を抱き、ヘファイストス様はヴェルフの右の二の腕辺りに置かれる。

2人は自然とステップを踏み出し、曲に合わせて踊り出す。

ヴェルフは多少緊張しているみたいだけど、ダンスそのものに違和感はなく、逆にかなり様になっていた。

僕は一瞬何でと思ったけど、ふとヴェルフが同調したジャック・イン・ダイヤの紋章の持ち主の事を思い出した。

そういえばジャック・イン・ダイヤの持ち主は騎士貴族の当主だから、こういった教養も受けているだろうし、その経験もヴェルフの中に受け継がれているのかと思い至った。

因みに僕が受け継いだキング・オブ・ハートの持ち主である兄弟子は、修業三昧でこういった教養は何もない。

この時だけはヴェルフが羨ましく思えた。

僕がそう思っていると、

 

「さてベル君。ヴェルフ君は立派にダンスを踊っているぜ。君も約束を守らなきゃねぇ」

 

ヘルメス様が先程よりもニヤニヤしながら僕に語り掛ける。

僕は視線を動かし会場を見渡すと、この広い大広間の隅に砂金のように輝く金の髪……アイズさんの姿を見つけた。

見つけてしまった。

アイズさんは、一瞬僕の方を見たかと思うとすぐに目を逸らしてしまう。

 

「ほら、ベル君。あんな彼女を壁の花にしておくのは勿体ないぜ。他の男達も彼女を誘う勇気が無い今がチャンスだ!」

 

ヘルメス様は僕を焚きつけるようにそう言ってくる。

僕もヴェルフにあんなことを言ってしまった手前、約束は守らないと、と思い、勇気を持って一歩を踏み出した。

一歩踏み出すごとにアイズさんの姿が近付いてくる。

でも、一歩進めるごとに足に重りが付いたように重く感じる。

一歩踏み出すごとに一歩踏み出す時間が長くなっている。

現在の場所は、元居た場所とアイズさんの場所までの半分にも至らない。

ふとアイズさんを見ると、また視線をこちらに向けており、一瞬驚いたような表情を浮かべた。

でも、それを気にする余裕は今の僕には無かった。

必死になって一歩を踏み出す。

恥ずかしさや断られるかもしれないという不安といったマイナス思考がまるで鎖の様に僕の足に絡みつく。

そして遂に、元の場所からちょうど半分の位置で僕の足は全く動かなくなってしまった。

動けと頭で叫んでも、心がこれ以上進むことを拒否している。

あまりの情けなさに僕は泣きたくなった。

僕は、せめてもう一目だけアイズさんを見ようと視線を上げ、

 

「えっ………?」

 

先程よりも近くにアイズさんの姿が映った。

僕は目の錯覚かと思い、もう一度見直す。

すると、更に近付いてきているアイズさんの姿。

今度は見間違いじゃない。

アイズさんの方から、僕の方へ近づいてきている。

僕は一瞬僕の後ろにロキ様でもいるのかと思ったけど、視界の隅に相変わらずウチの神様と言い争っているロキ様の姿があり、それは否定された。

アイズさんは真っすぐに僕を見つめ、一直線に僕の方に歩みを進める。

僕とアイズさんの間には多くの人々が行き交っていたけど、不思議とアイズさんの歩みを妨げる事は無かった。

やがてアイズさんが僕の前に辿り着き、立ち止まった。

 

「…………ベル」

 

「アイズ………さん………」

 

僕は何とか声を絞り出す。

何故アイズさんが僕の前に?

という疑問は尽きず、頭の中がぐちゃぐちゃでどうすればいいか分からない。

アイズさんは頬を赤く染め、少しの間躊躇う様な仕草をしていたけど、決心したように顔を上げ、身なりを正す。

そしてドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、膝を曲げて僕に一礼した。

 

「私と一曲踊っていただけませんか? 紳士(ジェントルマン)

 

その仕草が可憐で、可愛くて、綺麗で、美しくて…………

まるで何処かの国のお姫様みたいで……………

僕の頭の中は真っ白になった……………

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

「おや、これは予想外だ」

 

後ろの方で様子を見ていたヘルメスが呟く。

ベルは、アイズから誘われたことに頭が追い付かず、立ちつくしていた。

 

(えっ? 誘われた!? アイズさんが!? 僕を!?)

 

ベルの心に疑問は尽きない。

だが、

 

(い、今はそれどころじゃない! ちゃ、ちゃんと応えなきゃ! でも、どうやって!?)

 

ベルは、先ほどヴェルフがやっていた男性から女性を誘う所は見ていても、女性から誘われた時の方法が全く分からなかった。

アイズが誘ってから少し時間は立っているが、アイズは一礼したまま動いていない。

ベルの答えを待っているのだ。

ベルが葛藤していると、いつの間にかアイズの横にナァーザが、ベルの横にミアハが進み出ていた。

そして、ナァーザがミアハに向かって先程のアイズと同じようにドレスの裾を両手で持ち上げ、膝を曲げて一礼した。

 

「私と一曲踊っていただけませんか? 紳士(ジェントルマン)

 

「喜んで。淑女(レディ)

 

そう言ってミアハはナァーザの手を取る。

手を握り合い、2人はダンスホールへと歩んでいく。

去り際にミアハはベルへと笑みを向けた。

ベルは、すぐにミアハとナァーザが手本を見せてくれたのだと理解する。

改めてアイズを見ると、アイズは変わらず一礼の仕草を崩さずにベルの答えを待っている。

 

(待たせてしまってごめんなさい。アイズさん)

 

ベルは内心謝罪の言葉を言うと、

 

「喜んで。淑女(レディ)

 

先程のミアハを手本に、アイズの手を取った。

ゆっくりと顔を上げたアイズは頬を赤く染め、喜びと照れが入り混じった笑みを浮かべている。

同じように、ベルの顔も顔を赤くしながらも笑みを浮かべていた。

2人はしっかりと手を握り合い、ダンスホールの中心へと赴いた。

 

 

 

 

「あの、アイズさん………恥ずかしながら、僕はダンスが初めてで………」

 

ベルが遠慮がちにそう言う。

 

「大丈夫。私がリードするから」

 

そう言ってアイズは右手でベルの左手を握り、左手をベルの右の二の腕辺りに置く。

そして、ベルに自分の腰に手を回すように促した。

ベルは、少し躊躇しながらもアイズの腰に手を回す。

それからぎこちないながらもステップを踏み出した。

最初はとても稚拙なものだったが、

 

「ベル、肩の力を抜いて。足元じゃなく私の目を見て。私の次の動きを予測するの。落ち着いて、ベルになら簡単の筈」

 

アイズのアドバイスにベルは落ち着いてアイズを見る。

そして、

 

(今!)

 

ベルはアイズと同時にステップを踏んだ。

 

「そう、今の感じで………」

 

ベルは今のでコツを掴めたのか、アイズの動きに完璧に合わせていく。

2人の動きはやがて自然に、流れるような動きになり、ぎこちなさは解消されていった。

ようやく普通に踊れるようになった時………

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!? アイズたーーんっ、何やっとるんやー!? おいっコラッ、ドチビッ、離せぇー!!』

 

『はぁ?何を言ってうわぁああああああああああああああああああああ!? ベルくーーーんっ!?』

 

広間の奥から絶叫が響く。

いがみ合っていたヘスティアとロキが2人が踊っていることに気付いたのだ。

ベルの正面、アイズの背後から怒髪天を衝く二柱の女神様が2人を引きはがそうと迫ってくる。

その怒れる女神様達を直で目撃したベルは思わず尻込みしそうになるが、繋がれていた左手がキュッと握られた。

 

「ベル………私を見て………」

 

「えっ………? で、ですが………」

 

ベルは現在進行形で襲い掛かってくる女神達に目を向けそうになるが、

 

「………今は………私だけを見て………」

 

真っすぐにベルを見つめる金の眼に、ベルの意識は吸い込まれるような感覚を覚えた。

アイズから目を離せなくなる。

その時、アイズの背後から2人の女神が飛び掛かってきた。

 

「アイズたぁぁぁぁぁんっ!!」

 

「ベルくぅぅぅぅぅんっ!!」

 

その瞬間、

 

((ステップ!))

 

アイズとベルが同時に、大きくステップを踏んだ。

2人が居なくなったその場に、ロキとヘスティアは顔面から床にダイブする。

 

「「ぶべらっ!?」」

 

だが、

 

「アイズたぁぁぁん!!」

 

ロキは耐性があるのかすぐに起き上がって再び2人に飛び掛かる。

が、

 

((サイドステップ))

 

今度は横方向にステップを踏み、再びロキは床へとダイブする。

 

「ベルくぅぅぅぅぅん!!」

 

遅れて立ち上がったヘスティアが時間差で襲い掛かってきた。

 

((前進して旋回(プログレッシブターン)))

 

再びヘスティアの飛びつきは空を切るのが予想していたのか転倒は避ける。

 

「アイズたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

「ベルくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!」

 

そして、偶然にもヘスティアとロキが挟み撃ちの状態で飛び掛かってきた。

しかし、

 

((旋回転(スイベル)))

 

回転する動きによって、2人の僅かな隙間を掻い潜った。

 

「「ぶべっ!?」」

 

再び床に激突する2人の女神。

 

「「「「「「「「「「おお~~~~~~~っ!!」」」」」」」」」」

 

ダンスを見ている観客からどよめきが起こる。

ベルとアイズは気付いていないが、ヘスティアとロキの暴走も相まって会場中の注目を一身に浴びていた。

しかも、ダンスの流れを切ることなくヘスティアとロキに対処していくため、2人の評価はうなぎ登りだ。

その後も懲りずにヘスティアとロキは2人に飛び掛かるが、尽く躱され床にダイブしていた。

そして、この2人に触発されるように音楽もどんどんテンポの速い曲になっていき。それに合わせるように2人の動きも早くなり、ヘスティアとロキが地面にダイブする回数も多くなる。。

このダンスは完全に2人が主役であることは間違いなかった。

やがて曲も終局に近付いていき、既に数えきれないほど床にダイブしたヘスティアとロキはヘロヘロになりながらも最後の力で飛び掛かり、

 

((二重回転(ダブルスピン)))

 

あっさりと2人に躱され、

 

((そして(アンド)))

 

地面に激突すると同時に、

 

((フィニッシュ!))

 

ベルとアイズの見事なフィニッシュによって会場は大歓声に包まれた。

 

 

 

 

 






どうもです。
調子に乗って書きまくっていたら2話分ほどになっていたので2話に分けて投稿します。
とりあえず喧嘩とダンスですね。
喧嘩はとりあえずワザとやられる形にしました。
あそこで潰したらウォーゲームが無くなりますので。
で、相変わらずリューさんのはっちゃ気振りが増していている。
エイナさんはどストレート。
ダンスはかなり楽しんで書いた。
因みにあの動きには元ネタがあり、ダブルアーツというジャンプで連載していたニセコイの作者のデビュー作(の最終話の一つ前の話)です。
因みに自分はニセコイよりもダブルアーツの方が好きだった。
何故打ち切りになった!?
今でも解せぬ。
これから盛り上がるってところで打ち切りになったからなぁ。
テンポが悪いのは認めるが。
あとおまけにヴェルフも出しといた。
ジョルジュの経験も持ってるんだからダンス位簡単だろうという理由からです。
まあ、ともかく次回にレディー………ゴー!!

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