ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?   作:友(ユウ)

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第四十五話 ベル、大暴れする、ついでにイチャ付く

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

ぴちょん、ぴちょんと水滴が跳ねる音で、僕は目を覚ます。

っと、いけない。

運ばれているのが余りにも暇すぎて、思わず寝ていた。

僕は気を取り直して辺りの様子を伺う。

自身は壁にもたれかかるように床に座らせられ、両手が天井から吊るされた鎖で何重にも巻かれている。

部屋は年月を感じさせる石造り。

部屋の各所には拷問器具。

そして、正面には牢屋のような鉄格子。

 

「うわぁ…………」

 

あんまりな部屋のあんまりな状況に、僕はドン引きの声を漏らした。

単純に監禁するならともかく、このような特殊な状況下での監禁では、僕も【イシュタル・ファミリア】の正気を疑わざるを得ない。

というか、最初の疑問は、

 

「何で僕を捕まえたんだろう?」

 

という事だった。

以前の出来事は言わば客に逃げられた商売人って程度だし、ペナルティ覚悟で他の【ファミリア】の団員を拉致する理由には程遠いと思った。

まあ、それはともかく、

 

「そろそろかな…………」

 

僕が行動を起こそうと思ったとき、気配と共に足音が聞こえてきた。

僕は大人しく捕まっている振りをすると、

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ! 目が覚めたようだねぇ~!」

 

うわぁ~…………

内心思わずドン引きする。

いくら強くなろうとも、この人の顔のインパクトは何度見ても慣れそうな気がしなかった。

 

 

因みに僕がこの部屋に監禁されているのが、このフリュネさんの独断であり、【イシュタル・ファミリア】の団員であるアマゾネス達がその行方を追って駆けずり回っていることを僕は知らない。

 

 

ギョロギョロとまんまヒキガエルのような蠢く目を向けられ、僕は違う意味で背中が冷たくなる。

 

「ここはアタイだけの愛の部屋でねぇ~。『ダイダロス通り』が隣接してる影響さぁ。ホームの地下にはこんな秘密の部屋と通路がある。アタイは気に入った男はいつもここに運んでいるのさぁ。ここはあの不細工どもも、イシュタル様だって知りはしないよぉ~」

 

聞いてもいないのにベラベラと情報を喋ってくれるフリュネさん。

どうやらここは【イシュタル・ファミリア】のホームの地下らしい。

フリュネさんは牢の鍵を開けて中に入ってくる。

 

「誰かのお零れなんかまっぴらゴメンさぁ。喰うなら最初、旨いところも全部独り占めぇ、そうだろぉ?」

 

僕に同意を求められても困ります。

とはいえ、このまま黙っているのも怪しまれるかと思い、

 

「ひぃいいいいいいっ!」

 

パニックになった振りをして、鎖をガシャガシャと揺らす。

 

「無駄だよぉ。その鎖は『ミスリル』製、何重にも巻かれれば上級冒険者だろうとすぐには壊せない」

 

『魔法』を使えばミスリルが反応して手首が吹っ飛ぶとも忠告された。

いや、別に『魔法』使えませんので関係ありませんが。

それから僕に顔を近づけ、

 

「あぁ、美味そうだぁ」

 

凄まじい悪寒を感じた僕は、全力で首を逸らした。

蛙のように長い舌が、先ほどまで僕の頬があった所を通り過ぎる。

あ、危なかった………

 

「ゲゲゲゲッ! そんな照れなくてもいいじゃないかぁ?」

 

自分の都合のいいように解釈するフリュネさん。

そしてそれが心からの本音だというかのだから始末が悪い。

 

「ベッドへ行くか、それとも道具を使うか………」

 

どうしよう、出来ればもう少し穏便に進めようと思ったけど、このままだと僕の貞操が危険だし………

 

「ゲゲゲゲッ! やっぱり最初は無理矢理かねぇ」

 

覆い被さってくる巨躯が右手で僕の口を掴むと、服を破こうとしているのか左手で胸倉を掴む。

僕は仕方なくフリュネさんを気絶させようとして………

 

「…………あぁん?」

 

フリュネさんは僕の下半身を見た。

正確には僕の股を、だけど。

思わず繰り出そうとした足が止まる。

 

「ちっ………これだからガキは。しょうがない、精力剤(くすり)を持ってくるかぁ」

 

反応しない僕に興醒めだと言わんばかりにフリュネさんが身を起こし、胸倉から手を離した。

 

「待ってな、すぐに盛った兎みたいにしてやる。可愛がってやるからなぁ」

 

鉄格子が開閉する音を立てて、牢屋から出ていく。

その際、しっかりと鍵も掛けていったようだ。

足音と気配が離れていく。

 

「………………さて」

 

僕は気を取り直すと、

 

「だれか分かりませんが、そこにいるのは分かってますよ」

 

先程から感じていた気配に声をかけた。

柱の影から現れたのは、

 

「気付いていたのかい」

 

「あなたでしたか…………アイシャさん」

 

数日前に関わったアイシャさんだった。

 

「それでっ………と、目的は何ですか?」

 

鎖を引きちぎりながら僕は尋ねた。

先程、フリュネさんはこの場所は誰も知らないと言っていた。

でも、アイシャさんはこの場にいる。

フリュネさんとアイシャさんには関りが無い事は分かりきった事だ。

 

「ミスリル製の鎖をそんな簡単に引きちぎるなんてねぇ………やっぱり私らに捕まったのはワザとか………」

 

「気付いてたんですか?」

 

「私如きに、あれだけ一方的に捕まればね………安心しな、おそらく私以外は気付いちゃいないよ」

 

やっぱりあからさますぎたかな?

 

「それでどうします? 僕の事を報告しますか?」

 

「そんな事はしないよ。アンタに頼みがあって来た」

 

「頼み?」

 

「あの娘を………春姫を助けてやってくれないか?」

 

その名に僕は一瞬驚いた。

 

「春姫さんを?」

 

「ああ。このままだとあの娘は今夜死ぬ」

 

その言葉に、僕はアイシャさんの目を見る。

アイシャさんの目は真剣だ。

 

「『殺生石』………ですか?」

 

「ッ!? 知ってたのか!?」

 

「ええ。とある筋から」

 

ヘルメス様の名前を出すのは拙いと思い、あの神様の名前は伏せておく。

 

「何故、それを僕に?」

 

「情けない話だけどさ…………情が湧いちまったんだよ…………」

 

「…………………」

 

「最初は命令であの娘の世話を押し付けられた。当然私は嫌々従ってただけさ…………けど、何度もあの娘の面倒を見ていくうちに、まるで妹が出来たような気持になっている自分に気が付いたのさ………」

 

「なら、何故春姫さんを逃がさなかったんですか?」

 

「【ファミリア】は血の掟、離反するには代償が伴う………わかるだろ?」

 

神血(イコル)で『恩恵』を刻まれた眷属は容易く神の元から抜け出せない。

既知の事実に僕は押し黙る。

 

「おまけに私はイシュタル様に【魅了】されてる。イシュタル様を直接裏切ることは絶対にできない。精々、こうやって誰かに助けを求めることくらいさ」

 

「…………そうですか。元より僕は春姫さんを助けるために捕まったんです。頼む必要はありませんよ」

 

「…………そうかい。けど、何でアンタは春姫を助けようとするんだい?惚れたのかい?」

 

一転して面白そうに尋ねてくるアイシャさんに、一瞬言葉が詰まった。

 

「…………春姫さんは、娼婦の仕事にとても苦しんでいます。だから助けます」

 

「…………何を勘違いしているか知らないが、あの娘は男を全く知らない生娘だよ」

 

「えっ?」

 

その言葉に、僕は素っ頓狂な声を漏らした。

 

「いつも本番をやる前に、男の裸を見てぶっ倒れるのさ、あの馬鹿は」

 

「………………」

 

「一昨日だって、客の胸板を見て泡を吹いた。ドン引きされて返品されたよ」

 

うん。

強烈に思い当たることがある。

春姫さん、僕とアイズさんが偶々折り重なった所を見ただけで気絶してたからなぁ…………

 

「でも、春姫さんは何度も………男の人を相手にしたって」

 

「気を失った後に卑猥な夢でも見てるんじゃないのか、あのエロ狐は」

 

呆れたように告げるアイシャさんに、何とも言えない思いをどこかにいる春姫さんに飛ばす。

 

「………あるいは、夢と現実の区別がつかなくなるほど、追い込まれていたって事かもしれないねぇ」

 

その言葉を聞くと、春姫さんの身の上を思い出し、やはり助け出さなければいけないと再度思った。

 

「…………アイシャさん、情報をありがとうございます。僕は………行きます!」

 

僕は鉄格子に手を掛けると力尽くで押し広げ、牢の中から外へ出た。

 

「…………春姫は別館の屋上にある空中庭園に連れていかれる。それからアンタの持ち物は、この通路から出た近くにある宝物庫にある。大事なものがあるなら持っていきな。それと、次に会ったときは容赦できない。アンタも容赦しないことだ」

 

アイシャさんがすれ違う際にそう呟いた。

僕は、感謝の気持ちを胸に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side 春姫】

 

 

 

 

日が沈み、暗闇に包まれたこの街を満月の光が照らす。

私を殺す光だ。

 

「おい、さっさと歩け!」

 

随伴の………いえ、見張り役の戦闘娼婦(バーベラ)の言葉に現実に引き戻されます。

今わたくしがいる場所は、ホームである宮殿の四十階から別館の屋上にある空中庭園までを繋ぐ、石橋の空中廊下です。

空中庭園では、既にわたくしの魂を『殺生石』に封じ込める儀式の準備が進められており、あそこまで辿り着けばさほど時を置かずに儀式が始まり、わたくしの魂は『殺生石』に封じ込められてしまうでしょう。

ですが、それも致し方ありません。

あのお優しいクラネル様を知らぬ間にとは言え、誘拐する手助けをしてしまったのですから………

やはり娼婦は破滅の象徴。

英雄たる者に不幸を振りまく存在。

英雄に憧れるクラネル様を不幸にしてしまった事も、自明の理だったのかもしれません。

わたくしと関われば不幸になる方が大勢いる。

ならば、ここで潔く散ってしまった方が良いのかもしれません…………

わたくしは再び歩みだそうと足を動かした瞬間、

 

「ッ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

ドォンという爆発音とともに、空中廊下に振動が走り、わたくしは思わず足を止めてしまいました。

戦闘娼婦(バーベラ)達が慌てたように胸壁から身を乗り出すように橋下を見る。

わたくしも同じように身を乗り出していました。

わたくしの視界に映ったのは、宮殿の一部が破壊され砂煙が巻き上がっている光景でした。

 

「な、何が起こっている!?」

 

戦闘娼婦(バーベラ)の一人が叫びます。

更に、次から次へと爆発が起こり、宮殿の一部が崩れていきます。

その時、宮殿の中庭に接する壁が爆砕したかと思うと、白い髪の人影が中庭に飛び出してきました。

ここからでは流石に遠すぎて細かい判断はできません。

ですが、あの特徴的な白い髪は、

 

「クラネル様ッ!?」

 

わたくしは思わず叫びます。

その声が聞こえたかどうかは分かりません。

ですが、その人影は立ち止まると、こちらを見上げたように見えました。

そして、

 

『今、助けに行きます』

 

そんな言葉が聞こえた気がしました。

幻聴かもしれない。

唯の気の所為かもしれない。

でも、わたくしは涙が止まりませんでした。

 

「な、なんかヤバそうだぞ!」

 

「は、早く春姫を空中庭園に!」

 

戦闘娼婦(バーベラ)達がわたくしの腕を掴んで走り出そうとしました。

ですが、

 

「うおわっ!?」

 

「こ、今度は何だ!?」

 

更に激しい揺れが襲い掛かり、わたくしたちはたたらを踏みます。

戦闘娼婦(バーベラ)達が再び橋下を見下ろすと、そこには針山のように連続して隆起した大地が宮殿の一角に突き刺さり、宮殿を半壊させた光景が目に移りました。

 

「お、おい………これってまさか………」

 

「【ヘスティア・ファミリア】の『最強小人族(パルゥム)』………」

 

「も、もしかして【ヘスティア・ファミリア】が攻めてきたのか!?」

 

「んなアホな!? たった数人の【ファミリア】でウチに攻めてくるなんて………! 無暗に抗争吹っ掛けたらギルドだって………」

 

「いや、【ヘスティア・ファミリア】の団長攫ったわけだし、抗争の切っ掛けには十分じゃねえのか? むしろペナルティ受けるのウチらじゃね?」

 

「「あ…………」」

 

「お、おい! あれ見て見ろ!」

 

一人の戦闘娼婦(バーベラ)が慌てたように一点を指さしました。

そこには夜の闇の中でも映える美しい金髪を靡かせた白と青の軽装を纏った人物が、隆起した大地を飛び移りながら宮殿内に入っていくところでした。

 

「う、嘘だろ………!? 【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】…………アイズ・ヴァレンシュタイン!?」

 

「ま、まさか【ロキ・ファミリア】まで!? ど、どうして!?」

 

狼狽える戦闘娼婦(バーベラ)達。

そこへ、

 

「何をやっている?」

 

空中庭園のほうからお供のタンムズ様を伴ったイシュタル様が現れました。

 

「イ、イシュタル様っ!? しゅ、襲撃です! ヒキガエルの元から【心魂王(キング・オブ・ハート)】が脱走したらしく、同時に【ヘスティア・ファミリア】が襲撃をかけてきた模様! さ、更に…………」

 

「何だい?」

 

「ロ、【ロキ・ファミリア】の【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】アイズ・ヴァレンシュタインも襲撃に加わっている模様!」

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン?」

 

イシュタル様は一瞬顔を顰めましたが、すぐに笑みを浮かべました。

 

「クハハ! 丁度いい。ロキの奴もフレイヤに次いで目の上のタンコブだ。ついでだ、【心魂王(キング・オブ・ハート)】と二人纏めて私のものにしてやる」

 

イシュタル様のその笑みにわたくしは戦慄しました。

 

「お前たちは早く春姫を連れていけ」

 

「「「はっ!」」」

 

再びわたしくしは腕を掴まれ、歩かされます。

わたくしはクラネル様がいた方を向き、どうか逃げてくださいと祈るほか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

先程春姫さんを確認した空中廊下目指して僕は駆ける。

目の前に複数のアマゾネス達が立ちはだかるけど、

 

「邪魔ぁ!!」

 

文字通り一蹴して蹴散らし、先を急ぐ。

一々階段を探すのが面倒になった僕は、

 

「たぁりゃぁあああああああっ!!」

 

天井を蹴破り、最短距離で四十階にある空中廊下を目指す。

時折、偶々いたアマゾネスごと吹き飛ばしたりもしたけど、死んではいないだろう。

多分。

急いだ甲斐あってさほど時間を掛けずに空中廊下に到着した僕の目の前には、

 

「ようこそ【心魂王(キング・オブ・ハート)】。よくもまあ好き勝手暴れてくれたねぇ………」

 

一目で【美の神】と分かる神様が目の前に立ちはだかっていた。

 

「イシュタル様ですね?」

 

「その通りだ。私に喧嘩を売るとはいい度胸してるじゃないか?」

 

「むしろ売ってきたのはそちらなんですがね?」

 

僕がそう言った瞬間、僕の後ろにある空中廊下の出入り口が吹き飛んだ。

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ! 逃がさないよぉ! 【心魂王(キング・オブ・ハート)】!!」

 

またフリュネさんが現れた。

いい加減しつこい。

僕はとりあえず黙らそうと思い、攻撃しようとした瞬間、

 

「邪魔」

 

突然聞こえた澄んだ声と共に、出入り口周辺が爆砕すると共に、フリュネさんが大きく吹き飛んだ。

フリュネさんは空中庭園の方に大きく飛ばされていき、空中庭園の端の方に墜落した。

巻き起こった砂煙の向こうから現れたのは、

 

「よかったベル。無事だった」

 

「えぁっ!? ア、アイズさん!?」

 

突然現れたアイズさんに僕は驚く。

アイズさんは僕に微笑みかけ、その表情を見た僕は思わず顔が熱くなる。

すると、

 

「フフフ、丁度いい。アイズ・ヴァレンシュタインも揃ったか………」

 

イシュタル様は不敵な笑みを零す。

 

「二人纏めて私の物にしてやるよ!」

 

イシュタル様はそう言うと、

 

「ほあぁっ!?」

 

突然服を脱ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

【Side イシュタル】

 

 

 

私は【美の神】だ。

この美しさで男どころか女ですら【魅了】し、私の物にしてきた。

私に【魅了】できない存在は無い。

その【魅了】の力は、あのフレイヤに劣っているとは思っていない。

いや、フレイヤを上回るとすら思っている。

だというのに……………

 

「ア、アイズさん! 前が見えません!」

 

何故だ。

 

「ベルは見ちゃダメ」

 

目の前のこいつらは一体何だ?

 

「そ、そんなこと言われてもぉ~!」

 

何故こいつらは私に【魅了】されない!?

今、私の目の前ではアイズ・ヴァレンシュタインがベル・クラネルの後ろから両手で目を覆い隠し、私の裸体を見せないようにしている。

本来なら、直接私を目にしているアイズ・ヴァレンシュタインはもちろんの事、ベル・クラネルも目隠しされた程度で私の【魅了】から逃れられるはずがない。

それなのに…………

 

「ア、アイズさん! 離れてください!」

 

「ダメ。まだ目を開けちゃダメ」

 

このベル・クラネルは…………

 

「そ、そうではなくて………せ、背中に、背中に当たってますぅ~~~!!」

 

「?」

 

この【美の神】である私を差し置いて、ただのヒューマンであるはずのアイズ・ヴァレンシュタインに欲情してやがる!!

 

「こ、こいつら………私をコケにしやがってぇぇぇぇぇっ!!」

 

私の心に沸々と怒りが湧いてくる。

そして、その怒りに呼応したかのように奴らの背後の崩壊した出入り口の向こうからアイシャが奴らに斬りかかった。

私はよくやったと思ったが、アイズ・ヴァレンシュタインは即座に剣を抜いてアイシャの一撃を受け止めた。

 

「チィッ!」

 

アイシャは身を翻すと私を守るように目の前に着地する。

 

「悪いね、イシュタル様をやらせるわけにはいかないのさ」

 

アイシャがそう言うと、空中庭園の方から配下のアマゾネス達が一列になって向かってくる。

 

「この狭い一橋の上で、数に押しつぶされたらいくらアンタたちでもただじゃすまないだろ?」

 

アイシャの言葉に、アイズ・ヴァレンシュタインは一度考えるような仕草をした。

すると、

 

「ベル、道を開ける。行って」

 

「アイズさん………」

 

「前にも言った。ベルがどんな選択をしても、私はベルを応援する」

 

「……………はい!」

 

こいつら私の前で惚気やがって………

すると、アイズ・ヴァレンシュタインは剣を抜いた右手を引き絞り、突きの体勢を取る。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

短文詠唱。

アイズ・ヴァレンシュタインから風が巻き起こる。

すると、その風が持っている剣に収束していく。

 

「サイクロン…………」

 

「ッ!?」

 

次の瞬間、アイシャが私を押し倒すように石橋の隅に追いやり、私に覆い被さる。

そして次の瞬間、

 

「…………スラスト!」

 

アイズ・ヴァレンシュタインが突き出した剣から竜巻が放たれ、一直線に向かってきたアマゾネス達を吹き飛ばしていく。

 

「なぁっ………!?」

 

視界の隅でその様子を見ていた私は声を漏らした。

 

「ベル!」

 

「ありがとうございます! アイズさん!」

 

ベル・クラネルは空中廊下を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

僕は空中廊下を駆け抜け、空中庭園に到達する。

するとそこには、

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!」

 

いい加減しつこいを通り越して鬱陶しいと思えるフリュネさん………もといヒキガエル。

あ、間違えた。

ただ、先ほどと違う所はその身体を光粒が包んでいることだ。

おそらくこれが春姫さんの力。

僕は、ヒキガエル越しに奥を見る。

祭壇と思われる場所には、春姫さんが膝を付いた状態で無数の鎖に捕らわれていた。

その横にいるアマゾネスの手には儀式剣と思われる剣があり、その剣の柄に拳大の宝珠が取り付けられている。

恐らくあれが『殺生石』だろう。

禍々しい光を放つその石は、間もなく準備が完了することを意味していると思われる。

僕は一歩踏み出す。

 

「クラネル様っ!」

 

春姫さんが叫ぶ。

 

「お逃げくださいクラネル様!」

 

涙を流しながら春姫さんは叫ぶ。

 

「僕は逃げません」

 

その言葉に否定で答えた。

 

「どうしてですか!? 貴方様はいずれ素晴らしい英雄になられるお方。わたくしはそんな貴方様に救われる資格などわたくしにはありません!」

 

「資格とかは関係ありません。僕があなたを助けたいと思った。だから助けます」

 

「ですが………わたくしは娼婦です!!」

 

泣き叫ぶ春姫さん。

でも、その答えはもう得ている。

 

「例えあなたが娼婦だろうと関係ありません…………今までの英雄が娼婦を救わなかったと言うのなら、僕が紡ぐ英雄譚は、娼婦ですら救って見せます」

 

「クラネル……様………」

 

「だから待っていてください春姫さん。今、助けに参ります」

 

僕は姫を助けに来た騎士のように恭しく礼をして春姫さんを見据える。

 

「ッ……………はいっ!」

 

春姫さんは涙を流しながら頷いた。

すると、

 

「ゲゲゲゲッ! 英雄ごっこは終わったかぁ?」

 

空気を読まないヒキガエルが立ちはだかる。

 

「言っておくけどアンタに勝ち目はないよぉ~。何故なら………」

 

「『階位昇華(レベルブースト)』。それが春姫さんの力ですね」

 

「気付いちまったのかぁ~? それなら話が早い。今のアタイはLv.6。如何あがいたって勝ち目はないよぉ?」

 

「何故ですか?」

 

「Lv.5のアタイに手も足も出なかった奴が、Lv.6になったアタイに勝てるわけが、ないじゃないかぁ~!!」

 

その言葉と同時に殴りかかってきた。

でも僕は、軽く飛んでその拳を躱すと同時に頭上を取る。

そして、

 

「はぁあっ!!」

 

かなり力を込めて頭部を殴り落とした。

ヒキガエルは悲鳴を上げる間もなく地面に叩きつけられ、そのまま床を砕いて下層に次々と落下していく。

十階分ほど突き破ったところでようやく止まった。

 

「なっ!? ば、バカな………ヒキガエルとはいえ、その実力は確か………それを……一撃だと………」

 

驚愕しているアマゾネスを他所に。僕は闘気剣を取り出す。

その時、

 

「お前達! 何をやっている!? 『殺生石』を守れ! 命を捨てて阻め!!」

 

後方からイシュタル様の命令が飛ぶ。

その命令に僕は怒りを覚えるが、アマゾネス達は命令通りに次々と立ちはだかる。

普通に『殺生石』を狙えば多くの犠牲を出してしまうだろう。

だから僕は、

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!」

 

僕は両手に闘気を集中させ、闘気剣に一気に流し込む。

 

「くらえ! 愛と! 絆と! 友情の!  アルゴノゥトフィンガーソーーーーーーードッ!!」

 

僕は闘気剣を発生させると同時に高く跳び上がる。

空中から見下ろす僕の視線の先には、当然『殺生石』が取り付けられた儀式剣。

それを狙い、

 

「ツキ………ツキ……………ツキィィィィィィィィィィッ!!!」

 

長く伸びた闘気剣を突き刺した。

狙い通り儀式剣を刺し貫き、『殺生石』も木っ端みじんになる。

そのまま僕は落下し、春姫さんの前に着地した。

そして、通常の状態にした闘気剣を数回振り、春姫さんを縛っていた鎖を全て断ち切った。

 

「助けに来ました。春姫さん」

 

「クラネル様…………」

 

春姫さんは一度僕の名前を呼んだ後、ボロボロと大粒の涙を零し、

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! 怖かった! 怖かったよぉ! わぁあああああああんっ!」

 

僕に泣きついた。

 

「大丈夫。もう大丈夫です、春姫さん」

 

僕は抱きしめながら春姫さんをあやす。

 

「ちょっと失礼します。春姫さん」

 

僕は一言断って春姫さんを抱き上げた。

 

「きゃっ!? ク、クラネル様!?」

 

顔を赤くしながら驚く春姫さん。

 

「しっかり捕まっててください!」

 

僕は空中庭園の端に向かって駆け出す。

遅れてアイズさんも後ろから駆けてくる。

そしてそのまま僕達は空中庭園から飛び降りた。

 

「ひゃぁあああああああああああっ!?」

 

悲鳴を上げる春姫さん。

 

「ヴェルフ!!」

 

僕は地上にいるヴェルフに声をかける。

 

「【ローゼススクリーマー】!!」

 

ヴェルフの結界をクッションにして、無事地上へと降り立つ。

因みに春姫さんはこの時点で気絶してしまった。

 

「じゃあ皆、脱出だ!」

 

僕達はこの場から駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

イシュタルは怒っていた。

 

「あいつらぁぁぁぁぁっ!!」

 

イシュタルはすぐに指示を飛ばす。

 

「全員で追いかけろ! 春姫を連れ戻せ!」

 

イシュタルは完全に頭に血が上っていた。

故に気付かなかった。

あれだけ激しい戦闘があったこの場所が、どれだけ危険かということを。

アマゾネス達が動き回る僅かな振動。

それが最後の引き金となった。

ビキリッ、とイシュタルの足元に罅が入る。

 

「なっ!?」

 

イシュタルは慌てて後ずさるが、罅はますます大きくなる。

 

「ま、待てっ!?」

 

そう声をかけるが、いくら神の声とは言え唯の石には無意味だ。

遂に石橋が崩落を始める。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

イシュタルは慌てて駆け出すが、現在の場所は石橋の中央と空中庭園の丁度中間辺り。

そして崩落は空中庭園側から始まっている。

普通の人間並みの能力しかないイシュタルに、間に合うはずもなく、

 

「こ、こんなところでぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

丁度石橋の中央辺りで崩落に巻き込まれた。

落下していくイシュタル。

そして、ぐしゃっという音と共にイシュタルの体が潰れた。

それと同時に死を回避するために神の体が自動的に『神の力(アルカナム)』を発動させる。

瞬く間に再生していくイシュタルの体。

だが、それは同時に下界に降りたルールに違反する。

次の瞬間、凄まじい光の柱が夜空に立ち昇った。

天界への強制送還。

下界のルールに違反した神が辿る末路。

この日、【イシュタル・ファミリア】は崩壊した。

 

 

 





あとがき

第四十五話です。
今日も日曜日中には間に合わなかった。
さて、イシュタルファミリア最後の日です。
こんな感じになりましたがどうでしょう?
イシュタルの最期はありきたり過ぎるかな?
主に活躍したのがベルとアイズだけだったりする。
神の前でも余裕でいちゃつく二人でした。
それでは次回にレディー………ゴー!!


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