ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?   作:友(ユウ)

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第五十三話 ベル、放つ

 

 

【Side ベル】

 

 

 

濁流に呑まれる僕。

水の流れが縦横無尽に僕の体を揺さぶり、時に岩に叩きつける。

 

「ぐっ………!?」

 

それでも僕は腕の中にいる神様だけは決して離さないようにしっかりと抱きしめる。

大自然の力の前には、人間の力などちっぽけなもの。

師匠の言葉を今、肌で感じている。

それでも普段ならこの力に抗えなくとも避ける程度は出来たはずだ。

でも、今の状態から脱するためには気の力を開放して一時的に水を吹き飛ばし、その隙に離脱する程度しか思いつかない。

それをやってしまえば神様を巻き込んでしまうため、今の僕には、ただ耐えることしか出来なかった。

時折水面に顔が出た時に岸の様子を伺うと、アイズさんが走って僕達の後を追ってきている。

そして、流れが岸に近付いた時、僕は腕を伸ばして水面近くに枝を伸ばした木に捕まった。

 

「はぁっ!」

 

僕は自分の身体と神様を水面から引き揚げ、岸に這い上がる。

 

「ベルッ!」

 

すぐにアイズさんも追い付いてきて合流した。

でも、僕はともかく神様の状態が思わしくなかった。

それも当然だ。

地上に降りた神様は普通の人間と変わりがない。

怪我もするし、病気にもなる。

死にはしないが、それほどの状況に陥った場合『神の力(アルカナム)』が発動し、下界のルールに触れて天界送還となる。

 

「神様の様子は?」

 

「意識がありません………! 体温も低下しています………! 今すぐ如何こうという訳ではありませんが、この状態が続けば万が一という可能性もあります………!」

 

僕は内心焦りながら、それでも頭は冷静に状況を判断する。

短時間とはいえ、雨で水温が低下した川に落ちたうえ、水中でもみくちゃに振り回されたんだ。

神様には相当な負担がかかったことが伺える。

 

「早くどこかで休ませないと…………!」

 

僕がそう言いかけた時、甲高い魔物の声が響き渡った。

 

「ッ………!? ハーピィ!」

 

くそっ、神様に気が向きすぎていて、接近に気が付かなった!

無数のハーピィに周りを囲まれる。

 

「アイズさんっ!」

 

「うん………!」

 

僕の呼びかけにアイズさんは剣を構える。

 

「秘技………! 十二王方牌………」

 

「サイクロン………!」

 

僕は左手を伸ばして円を描き、アイズさんは風を纏って剣を引き絞る。

そして次の瞬間、

 

「………大車併!!」

 

「………スラスト!!」

 

僕が放った気の渦とアイズさんの放った竜巻がハーピィ達を蹂躙し、吹き飛ばしていく。

僕はすぐに神様を抱き上げ、

 

「とりあえずここを離れましょう」

 

僕の言葉に、アイズさんは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、偶然にも近くの村に住むカームという男性の老人と出会い、その老人が村長をしている『エダス村』で休息をとることが出来た。

村長の家の一部屋を借りることが出来た僕達は、そこで神様を休ませた。

暖炉の火で暖められた室内にいたお陰か神様の呼吸は安定し、安らかな寝息を立てている。

その間に僕はアイズさんと話し合い、神様が回復するまでこの村に厄介になることに決めた。

 

 

 

それから三日後。

神様の体調も大分回復し、明日には帰れそうだ。

そんな中、今日はこの村の豊穣の祭りがあるらしく、神様の勧めもあって、僕は恩返しの意味合いも込めて準備を手伝っていた。

僕が十数人がかりで運ぶ柱を一人で、しかも二本担いで運んだ時には村人たちから驚愕の声が漏れていた。

この程度師匠の修行に比べれば軽い軽い。

途中でアイズさんも手伝いに参加していたけど、村長の娘さんから服を借りたらしく、いつもと違う雰囲気のアイズさんに僕は顔が熱くなるのを自覚した。

あっという間に夕刻になり、祭りの準備が整って空いた時間で村をアイズさんと一緒に見て回っていると、村の外縁に沿って石碑のように並べられている漆黒の光沢を放つ黒曜石のような物体が気になった。

見ただけで禍々しさを感じるそれは、いったい何なのかと村人に聞いてみた。

すると、

 

「ああ、それは黒竜様の鱗だよ」

 

「えっ!?」

 

「ッ……………!?」

 

村人の言葉に僕は驚愕したけど、それ以上にアイズさんから感情の乱れを感じた。

 

「『黒竜』って、おとぎ話に出てくるあの………」

 

僕は確認の為に問いかける。

 

「ああ、そうだよ。もうずっと前、英雄様にオラリオから追い払われて、北に飛び去って行ったとき、この集落に欠けた鱗が落ちてきたんだってさ」

 

長命なエルフの里の民から受け継がれているという村の伝承らしい。

 

「モンスターの住処に囲まれるこの村が、どうして襲われないのか、不思議におもわなかったかい?」

 

「………なるほど」

 

「この鱗にね、モンスターは怯えて近付かないらしいのさ。私達は黒竜様のお陰で無事に生活を送れるんだ」

 

あの鱗の欠片から発する黒竜の臭いや残留する魔力の影響で、モンスターが恐れて近付いてこないんだろう。

 

「………モンスターを祀るなんて、おかしいって分かってるんだけどねぇ。でも私達を生かしてくれているのは冒険者でもなければ神様でもない。この鱗なんだ」

 

そう言いながら手を合わせて鱗を拝む姿を見て、僕は複雑な心境になる。

 

「まあ、いつか黒竜様がいなくなれば、私達もこんな真似しなくなるんだろうけどねぇ………」

 

そういって村人のおばさんは立ち去った。

暫く見て回っていると、アイズさんがとある石小屋の前で足を止めた。

その石小屋には黒竜の鱗が祀られており、その前に食べ物や供物が捧げられていた。

多分祭壇なんだろう。

アイズさんは、その鱗を無言で見つめていた。

その表情からは感情は読み取れない。

でも、アイズさんの纏う雰囲気がいつも以上に鋭い事を僕は感じていた。

 

「…………なんだか、神様みたいな扱いですね、これ」

 

僕が思ったことを口にする。

その瞬間、

 

「あれは神なんかじゃない」

 

剣のように鋭く、感情を剥き出しにした否定の言葉がその口から紡がれた。

 

「……………………」

 

僕は軽率な言葉を漏らしたことを恥じた。

恐らくアイズさんと黒竜の間には、ただならぬ因縁がある。

それがアイズさんが強くなりたいと焦っていた理由なんだろう。

 

「……………ごめんなさいアイズさん………軽率でした………」

 

僕は謝罪の言葉を述べる。

 

「謝らなくていい………ベルは悪くない」

 

アイズさんはそう言って許してくれるが、先ほどの一言がどれだけアイズさんを傷つけてしまったのか、僕には想像できなかった。

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

その夜、村の祭りに私達は誘われ、体調の回復した女神と一緒に村の中央広場に来ていた。

広場の中央に組まれた丸太に灯された大きな焚き火が夜の闇を照らしている。

村の人達は私達に気付くと女神の体調を気遣うように私達の周りに集まってくる。

女神は最初は驚いていたみたいだけど、すぐに笑顔を振りまき、村人たちに感謝の意を伝えている。

…………ロキならこんな風に対応できただろうか?

私はそんな事を思ってしまう。

ロキはベルの女神を敵視してるみたいだけど、そこまで嫌悪する性格をしているようには見えない。

ベルにくっつき過ぎなのはちょっとムカッとするけど…………

すると、焚き火の周りで若い男女がペアとなって踊りを踊り出した。

 

「あれは村の踊りかい? 何だか若い子たちが多いようだけど………」

 

女神も気になったのか村人に尋ねる。

 

「ああ、あれは………」

 

村人は苦笑しつつ、

 

「村の仕来りってわけでもないんですが………結婚してねえ男からの踊りの誘いは、要は告白で、女が受ければ晴れて恋人になれる、ってきまりがありまして………」

 

「ほ、ほう?」

 

「ッ………!?」

 

 

その言葉を聞くと、女神は急にそわそわとしだした。

掻くいう私も視線がチラチラとベルに向く。

 

「今日は豊穣を祈る祭りなので、もしよければ女神様も踊っていってください!」

 

「私達に、どうか豊作の恵みを!」

 

女神に対し、村人たちが挙って懇願してきた。

女神はおほんとわざとらしく咳ばらいをすると、すすすとベルの前に移動した。

 

「あー、ベル君? ボクは急遽、神としての務めを果たさなければいけなくなったようでねぇ………その、うん、なんだ」

 

女神は勿体ぶった様に一度区切ると、

 

「ボクと一緒に踊ろうぜ」

 

その言葉に、周囲の村人たちは沸き立った。

逆に私はムスッとしてしまう。

この状況ではベルは断れないだろうし、何より主神からの誘いだ。

眷属のベルとしては断るわけにはいかないだろう。

 

「わかりました………踊りましょう、神様」

 

そう言いながら女神の手を取ろうとベルは手を伸ばしたけど、女神は手を引っ込めた。

 

「ちゃんと誘ってくれよ、ベル君。そこのヴァレン某君………神の宴でその子と踊ったみたいにさぁ」

 

その言葉に私は動きを止めた。

同時にベルも固まったと思ったら、勢いよく私の方を見てきた。

私はベルと踊ったときの事を思い出し顔が熱くなり、見ればベルも顔を赤くしていた。

 

「あ、あれはアイズさんから誘われたからでっ………いやっ、僕からも誘おうと思ってましたけどっ………」

 

「こーいうのは最初から雰囲気を作っていかないといけないんだぜ? なあ、みんな?」

 

女神が周りに同意を求める。

村人たちは神の言葉に意を唱えることが出来るはずもなくウンウンと頷いていた。

私はそれを見てズルイと思った。

ベルの逃げ道を無くしている。

ベルも遂に観念したのか、

 

「………ど、どうかっ、僕と踊ってください、女神様っ」

 

ベルが顔を真っ赤にしながら女神に手を差し出す。

 

「ああ!」

 

女神はベルの手を取って子供のように焚き火の元へと駆け出した。

その光景を見ていると胸がモヤモヤする。

二人が見様見真似で郷土舞踏を始める。

それはとてもぎこちないもの。

ベルが一生懸命リードしようとしているけど、女神はうまく音楽のリズムに乗れていないようだ。

私ならもっと上手くベルと踊れるのに…………

ベルと踊った時を思い出し、どうしても今見ている光景と比べてしまう。

でも、踊りの良し悪しは関係ないと言わんばかりに女神の表情は満面の笑みだ。

ベルも、その笑顔につられるように微笑みを浮かべている。

胸が締め付けられるような痛みに、私は胸に置かれた手で上着を強く握りしめた。

 

 

 

 

その場に居ずらくなった私は、少し離れた小屋の影で遠巻きに祭りの様子を眺めていた。

女神はベルと踊りながら焚き火の周りを何回も回った後、ようやく満足したのか、今はねだってきた子供達と一緒に踊っている。

すると、

 

「アイズさん………」

 

気配を消していたにも関わらず、ベルは何でもないように私を見つけ、駆け寄ってきた。

 

「…………」

 

声を掛けてくるベルに対して、私は何故か目を合わせる気にはなれず、フイッと顔を逸らしてしまう。

 

「ア、アイズさん……? ど、どうかしましたか?」

 

「別に………」

 

私は顔を逸らしたまま投げやり気味に答えてしまう。

 

「楽しそうだったね………」

 

「え、えっと…………」

 

私の口からはベルを突き放すような言葉が出てしまい、ベルは困惑の表情を浮かべている。

何故だろう。

ベルに対してこんな態度を取りたくないのに、感情をうまく制御できない。

 

「あ、あの………踊らないんですか?」

 

「…………踊ってくれる人がいないから」

 

女神と踊ったベルに対して皮肉を込めた一言を言ってしまう。

目を合わせようとしない私に対して、ベルは唸るように迷った後、

 

「ぼ、僕で良ければ…………」

 

その言葉が聞こえた瞬間、私は思わず振り返った。

 

「………踊って、くれるの?」

 

「あー、いやっ、アイズさんが良ければの話ですけど………っ!?」

 

赤くなりながらわたわたとするベルを見て、私はふと思いつく。

 

「なら、ちゃんと誘って……?」

 

「えっ?」

 

「前は私から誘ったから、今度はベルから誘って欲しい…………」

 

「えっ、あ、は、はい………」

 

ベルは一瞬驚いたようだけど、身なりを正し、

 

「ぼ、僕と………私と踊って頂けませんか、淑女(レディ)?」

 

恐らく神の宴の時に見た見様見真似だと思うけど、一礼しての誘いを行った。

私はそっと手を伸ばし、

 

「………喜んで」

 

そう言ってベルの手に重ねようとした。

手と手が重なり合う。

その直前、

 

「「…………ッ!?」」

 

突如として地鳴りと共に地面が揺れ出した。

私達は思わず動きを止め、揺れに耐える。

 

「地震っ………!?」

 

「かなり大きいですっ!」

 

私とベルは体勢を低くし、片手を地面について転倒しないようにバランスを取る。

村人たちも突然の地震にあちこちから悲鳴が上がっている。

その地震は一分ほど続いてようやく収まる。

私達は立ち上がると、

 

「ッ! 神様っ!」

 

ベルが気付いたように駆け出した。

私は周りの様子を伺うけど、幸運にも祭りの途中ということもあり、村人の殆どは中央広場に集まっており、人的被害はほとんど無いと言っていい。

所々民家が崩れているけど、それは仕方の無い事だった。

中央広場でも、櫓が崩れ、多少のけが人は出たものの、死者重症者は居ないようだ。

ベルも女神の無事を確認し、安堵の息を吐いている。

村人たちが気を取り直そうとした時、ズズズっとまた振動を感じる。

 

「また地震!?」

 

女神が叫ぶけど、

 

「違います………! これはっ!!」

 

ベルが切羽詰まった表情になる。

 

「皆さん! 早くここから避難をっ………!」

 

ベルがそう言いかけた時、轟音と共に村の上にある山岳地帯が一気に崩れ出した。

 

「地滑りだぁーーーーーーっ!!!」

 

村人が絶望的な声を上げる。

多分、昨日までの雨のせいで地盤が緩んでいて、さっきの地震が引き金になったんだと思う。

崩れた大量の土砂が、まるで津波のようにこの村に迫る。

土砂がこの村を飲み込むまで一分も無い!

その時、村長が駆け寄ってきた。

 

「冒険者様ッ!! 女神様を連れてお逃げください!! 冒険者様なら逃げ切れるかもしれませぬ!!」

 

村長は必死にそう言う。

すると、ベルは一瞬の思案の後、

 

「アイズさん! 神様を連れて逃げてください!!」

 

「ッ!? ベル!?」

 

私はベルの言葉に驚愕する。

 

「ベル君! 何する気だ!?」

 

女神がそう問うと、

 

「何とか食い止めてみます!」

 

ベルはそう言うと迫る地滑りに向かって駆け出した。

 

「ベル君!!」

 

女神がベルの後を追おうとしたけど、私はその腕を掴んで止めた。

 

「離せ! ヴァレン某!!」

 

「駄目………あなたが行ってもベルの足手纏いになるだけ。だったら、ベルの言った通り早く逃げた方が良い。その方がベルも安心できる。心配しなくても、ベルなら生き残れる」

 

「うるさい! 例え生き残れたとしても、この村を救えなかったらベル君は一生後悔する! ボクはそんなベル君を見たくないんだ!!」

 

「そうだとしても、貴方にできることは無い」

 

私は事実を口にする。

 

「ベル君の事を全部わかったような口振りでベル君を語るなっ!!」

 

「…………………」

 

私は無言で女神の腕を掴んでいた。

離すつもりは無かった。

だけど、

 

「“離すんだ”!」

 

突如放たれた【神威】に、体が反射的に手の力を緩めてしまう。

その瞬間に女神は私の手を振りほどいて、ベルを追って駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

迫りくる大量の土砂。

もう時間がない!

僕は左手を前に突き出し、

 

「十二王方牌………大車併!!」

 

気の分身を放つ。

六体の分身は一瞬土砂を押し返す。

だが、次の瞬間には後から来る大量の土砂を支えきれず、飲み込まれ、四散した。

 

「くっ! それならっ…………アルゴノゥト………フィンガーーーーーーーーッ!!!」

 

右手に闘気を集中させ、白い波動としてそれを放つ。

 

「はぁああああああああああっ!!」

 

闘気を放つ間は食い止めていられるが、

 

「くっ……………!」

 

闘気が途切れた瞬間、再び大量の土砂が迫りくる。

一時的に抑えるだけじゃだめだ。

この大量の土砂を一気に吹き飛ばさないと…………!

でもどうやって?

アルゴノゥトフィンガーソード?

駄目だ。

中央を切り裂くことが出来ても周りから土砂が流れ込む。

僕の今習得している技では、対抗できない。

…………………………………………打つ手が………無い………!

僕の心に絶望と諦めの感情が広がってゆく。

四肢から力が抜け、拳も握れない。

せめて神様だけは逃がせたのが不幸中の幸いだ。

アイズさんならきっと逃げ切れる筈。

僕が最早迫りくる大自然の力の前に抗う気力すら無くしかけたその時、

 

「ベル君っ!!」

 

この場に聞こえるはずの無い声がした。

僕は思わずその声がした方に振り向く。

そこには、転んでしまったのか泥だらけになりながらも肩で息をし、僕を真っすぐに見つめてくる神様の姿があった。

 

「神………様………?」

 

僕は何故神様がここにいるのかと呆然となる。

どうして………アイズさんと一緒に避難したんじゃ………

 

「何で………どうして戻ってきちゃったんですか!? 神様!!」

 

僕は叫ぶ。

これじゃあ神様を守れない。

僕の力じゃこの村も、神様さえも救えない。

僕は、英雄にはなれない。

その事実を突きつけられ、僕は涙を流す。

でも…………

 

「ベル君!!」

 

神様に呼びかけられ、僕は顔を上げる。

すると、

 

「信じてるぜ、ベル君!」

 

神様はいつも通りの笑顔を浮かべ、一点の疑いすら持たない瞳で僕を見ながらサムズアップをした。

 

「……………神様」

 

何故だろう。

先程まであった絶望感や諦めの心が、神様の一言で綺麗サッパリ洗い流されていく。

四肢に力が戻り、僕は両手の拳を握りしめる。

神様が僕を信じてくれている。

僕はその信頼に応えたい。

僕は再び迫りくる土砂に意識を向ける。

もう諦めの心は無い。

僕は思考をフル回転させ、対抗する方法を考える。

考えろ。

どうすればこれだけの土砂を防げる?

どうすればいい?

師匠ならどうする?

師匠なら………!

師匠ならっ!!

その時、ある言葉が思い浮かんだ。

 

『大自然の力………それは人間よりも遥かに大きな力を持つ…………!』

 

そうだ。

大自然の力にたった一人の人間が抗おうとしても無理だ。

ならば、方法は唯一つ。

大自然の力には…………大自然の力で!

…………だけど、出来るのか、僕に?

僅かに生まれる不安。

それでも、

 

「ベル君!!」

 

神様の一声がその不安すらも押し流す。

 

「やるしかない!!」

 

僕は両手を腰だめに構え、目を閉じて精神を集中し、闘気を高めていく。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!!」

 

そして右手を前に伸ばし、手を開く。

その手に、辺り一帯の自然から気を集めて集中させていく。

物凄い気の奔流が僕の身体を駆け巡ろうと、暴れようとする。

 

「ぐっ…………!」

 

僕はそれを気合でコントロールする。

膨大な気の力を右手のみに集中させる。

 

「…………今こそ放つは、流派東方不敗が最終奥義………!」

 

僕は右手を握りしめ、再び腰辺りに構える。

目の前には、今にも僕を、村を飲み込もうとする土砂の津波。

その瞬間、僕は目を見開き、

 

「石破ッ………天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

右の拳を繰り出すと共に、極大の気弾を放った。

僕の放った拳型の気弾はその中にキング・オブ・ハートの紋章を輝かせ、大量の土砂を吹き飛ばし、突き進んでいく。

そして、着弾と共に轟音が響き、目の前が爆煙に包まれる。

 

「…………………………」

 

僕は、ただ前だけ見ていた。

そして、砂煙が晴れた時、そこには村の背後にあった山岳の山頂付近が丸々吹き飛び、景観すら変えた光景があった。

 

「………はぁ………はぁ……………う、撃てた………?」

 

僕は少しの間自分が放った技の実感が持てず、呆気に取られていた。

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

私は、精神的に打ちのめされていた。

地滑りが起きた時、私は逃げる事しか考えてなかった。

だけど、ベルは何とかこの村を救おうとし、女神もベルを信じていた。

最初ベルは大量の土砂に成す術なく呑まれようとした。

だけど、女神の一言でベルは沈みかけていた心を奮い立たせ、そしてこの土壇場で最終奥義を会得し、この村を救った。

女神はベルの事を疑いもしなかった。

女神とベルの絆は本物だった。

私の入り込む隙間が無いと思えるほどに…………

私はあの女神に…………勝てない………

そう、思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




第五十三話です。
ヘスティアのターンとか言っておきながら、視点はベルとアイズだけでした。
でも、ヘスティアの逆襲とも言うべきものは書けたと思います。
まあ、ベルの石破天驚拳に全部持ってかれると思いますが。
山吹き飛ばしたのはやり過ぎだったかなぁ?
それでは次回にレディー………ゴー!!

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