最近忙しくて本も読めない状態が続いています。しばらくは更に亀になりますがご了承ください
ハリーがサラの隣に座ってしばらく、組み分けはほとんど難なく進み、ついに『W』の行まで来た。
サラの視界の端でハリーが居心地悪そうに席に座り直し姿勢を正した。フレッドとジョージが何かが賭け事でもしているようで、囁き合う声とチャリ、と小銭の擦れ合う小さな音がした。
「ウィーズリー、ロナルド!」
ロンはひどく青い顔をして、もう列とも言えないそこからよろよろと前に出た。死にそうな顔だった。しかし帽子は彼の頭に触れるか触れないかくらいのときにはもう叫んでいた。
「グリフィンドォオオオル!」
サラもハリーも皆と一緒に彼に拍手をおくる。後ろからは小さな舌打ちと「どーも」と囁くジョージの声が聞こえた。
ロンは顔面蒼白のままふらふらとグリフィンドールのテーブルまで歩いて来て、ハリーの隣に崩れるように座った。
「ロン、よくやった」
横からパーシーがもったいぶって声をかけた。
残りの2人の組み分けも終わり、マクゴナガルは巻紙をクルクルと仕舞い、帽子を片した。ハリーは目の前の空っぽの皿をぼんやりと眺めていたが、まだ晩餐は始まらない。例年通りなら、ダンブルドアの挨拶…とも言えないが、二言ほど話があるはずだ。
上座の真ん中のアルバス・ダンブルドアが立ち上がり両手を広げた。
「おめでとう!ホグワーツの新入生諸君、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせてもらおうかの。では……そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」
いつも通り。ダンブルドアは変わりないようで、彼が席に着くと全員が拍手し歓声を上げた。
こういう時の長ったらしい話は苦痛でしかない。それをよく心得ているダンブルドアは、やはりサラの尊敬に当たる人だ。少しズレているのが玉に瑕かも知れないが。
「あの人…ちょっぴりおかしいね」
ハリーが言った。
ロンはさあね、とでも言うように肩を竦め、それから目の前の黄金の大皿に手を伸ばした。サラもくすりと笑い、サラダのトングに手を伸ばす。ハリーは突然現れた料理たちに目を丸くしていた。ステーキの焼ける香ばしい匂いが鼻腔を満たし、フライの狐色やサラダの瑞々しい色が視界を彩る。
「おかしいだって?」
パーシーはウキウキして声を上げた。
「あの人は天才だ!世界一の魔法使いさ!…あー、でも、少しおかしいかな、うん。僕は天才というのは少なからずどこか周りとは違うんだと思うよ」
パーシーは誰に向けてか、そう言うとサラをちらりと盗み見た。
ハリーはパーシーの話は程々に、彼の持つ山盛りポテトの皿やテーブルの上に所狭しと並ぶステーキやソーセージ、ベーコン、ローストチキンの大皿に目を輝かせて嬉しそうにこくこくと頷き、自分の皿を差し出した。
ハリーのそんな様子に、事情を知るサラは悲しくなった。ウィーズリー家も貧しいとはいえ、ハリーほど飢える事はない。ハリーの飢えは人為的なのだ。悔しくて仕方がない。
「ハリー、サラダはどう?…ロン、お肉ばっかり食べてちゃダメよ」
「ありがとう、サリー!」
肉料理ばかりに手を伸ばすロンに注意しながらハリーの皿にサラダを盛りつければ、彼は嬉しそうに微笑んだ。
どの料理も変わらず美味しく、途中ニックの乱入があったものの賑やかにメインディッシュが終わり、デザートに入る頃、新入生たちの話題は学校のことから家族のことへと移った。
シェーマスという男の子や列車でカエル探しをしていたネビルも話に加わって賑わっている。
一方でサラはフレッドとジョージのイタズラ専門店についての話に加わっていた。時折パーシーを気にしたが、彼はハーマイオニーとの話に華を咲かせていて、額を寄せ合って声を潜めるサラたちには気付く様子もなかった。
「━━━ほら、やっぱり結構な金額が必要になるだろ」
フレッドが眉をひそめて言う。手元には小さな紙切れとかなりの数字がずらり。彼らの出店資金の見積もりだ。
「その金額は……私も協力しかねるわね。それに、その上維持費や材料費もかさむでしょう?」
サラが言うと、フレッドは肩を竦めた。
「俺たちも流石に全部サリーに頼るつもりはないよ。資金の事ならそれなりには考えてるさ。……それで、全部組み込んだら…これくらいかな」
改めて弾き出した数字は、約870ガリオン。
今まで呪文や魔法薬で魔法省や各学界から権利の買収や奨励金やらでかなりの金額を手に入れているサラでも、流石に一千ガリオン近いとなると、話は別だった。これではサラの金庫を空にしても3分の2になるかならないか程度だ。
「今まで通りにゃ変わりないな」
ジョージが言った。
「私もできることが━━」
「イタッ!」
隣の席で他の1年生たちと盛り上がっていたハリーが唐突に声を上げ、自らの額を手で覆った。
「どうしたの?」
突然のことで思わず振り返り、ハリーを見た。彼は「痛い」と言った割にはポカンとして、何が何だか理解できていないような顔をしていた。ただ、真っ直ぐに上座の一点を見つめていた。
「な、なんでもないよ、急に痒くなっただけ…」
ハリーは誤魔化すように傷痕の辺りをポリポリと掻いて微笑んだが、顔色はあまり優れない。サラは顔をしかめ、誤魔化し笑いをするハリーを覗きこんだ。
「誰を、見ていたの?」
至極小さな声で尋ねた。ハリーはハッとしたようにサラを見る。
サラが気付いているとわかったのか、ハリーはしばらく答えあぐねるように目を泳がせ、そして口を開いた。
「……あの、クィレル先生と話してる黒い髪の鈎鼻の…目が合った途端、急に」
「スネイプ先生が?まさか…」
「サリー?どういう……?」
ハリーが尋ねるが、サラは深く考えて込むように一点を見つめて、ハリーの言葉は聞いてもいなかった。そんな彼女に代わり、パーシーがセブルス・スネイプについて説明し始める。
「セブルス・スネイプ先生だよ。彼は魔法薬学を教えているんだが━━━━」
遠くでぼんやりとパーシーの声を聞きながら、サラの脳みそは猛烈に回転していた。
ダンブルドアからハリーについて少しだけ話を聞いた。昨年度のことだ。何を考えているかわからない彼のことだから全てを話してくれたとは思わないが、ハリーが置かれている状況、例のあの人が死んでいないということ、賢者の石のことは粗方聞いた。
つまり、はっきりとは言わなくてもそういうことだ。
11年前ハリーを殺し損ねた例のあの人はハリーをもう一度確実に殺すため、復活を試みるはず。それには少なくとも十分な魔力と生命力が必要になる。あの人は必ず、賢者の石を狙ってくる。
ならばここに例のあの人がいても可怪しくはない。
だがハリーが痛みを訴えたのが『スネイプと目が合った瞬間』であることがどこか引っ掛かった。セブルス・スネイプがダンブルドアの最も信頼のおける人物であることは、彼らの過去を深く知らないサラでも何となく察することができた。そんな彼が、わざわざここホグワーツで例のあの人に協力するだろうか?ダンブルドアの城であるここで、折角築き上げた信頼を易く無下にするような真似をするだろうか?
否、しないはずだ。はっきり言って根拠はない。だが『彼がそんなことをするはずがない』という思いだけが胸に浮かんでいた。
ふとサラは顔を上げ、スネイプを見た。目が合った。
黒い光のない目は一瞬だけサラを見つめ、ほんの少し目を細めると、弾かれたように他所を向いた。
隣でハリーはまだパーシーからスネイプについて話を聞いている。憶測ばかりが飛んでいたが、サラは彼らに口を出すことはなくしばらくスネイプの横顔を見つめていた。彼は二度と、サラを見なかった。
しばらくして、とうとうテーブルからデザートが消え、ダンブルドアがまた立ち上がった。広間が再度水を打ったように静まり返る。
「オホン━━全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。1年生に注意しておくが、校内にある森には入らぬように。これは上級生にも、何人かの生徒に特に注意しておこうかの」
ダンブルドアはいたずらっ子のようなキラキラとした目で双子を見た。
「管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないように、とのことじゃ。また、今学期は2週目にクィディッチの予選がある。寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡するように」
ここでダンブルドアは一度話を切り、今度は真剣な表情で生徒を見回した。
「最後に、とても痛い死に方をしたくない人は今年一杯は4階の向かって右側の廊下に入ってはならぬ」
一瞬、小さな笑いが起こったが、ダンブルドアが生徒を見回すとそれもすぐに鎮まった。
「まじめに言ってるんじゃないよね?」
ハリーがパーシーに向かって呟くのを聞いた。
「いや、まじめだよ」
パーシーはしかめっ面でダンブルドアを見ながら言い、少し残念そうに続けた。
「変だな、どこか立ち入り禁止の場所があるときは必ず理由を説明してくれるのに…森には危険な動物がたくさんいるから、先生に直接許可をもらった人しか入れないし…それは誰でも知ってる。せめて僕たち監督生には教えてくれてもよかったのに」
パーシーのことなど露知らず、ダンブルドアは一転して朗らかに笑った。
「では、寝る前に校歌を歌おうかの」
いつものように言うダンブルドアの声に、他の教授たちは顔を強張らせた。スネイプはいつにも増して眉間のシワが濃くなっていた。
「ああ、私これ、嫌いなのよね」
思わず呟くと、ハリーが振り返った。
「どうして?」
「すぐにわかるわ」
ダンブルドアは杖をヒョイッと軽く振り、杖先から金のリボンを出すと空中に文字を書いていく。
「それでは自分の好きなメロディで。さん、し、はい!」
掛け声に合わせ、学校中が大声でうなった。
ホグワーツ ホグワーツ
ホグホグ ワツワツ ホグワーツ
教えて どうぞ 僕たちに
老いても ハゲても 青二才でも
頭にゃなんとか詰め込める
おもしろいものを詰め込める
今はからっぽ 空気詰め
死んだハエやら がらくた詰め
教えて 価値あるものを
教えて 忘れてしまったものを
ベストを尽くせば あとはお任せ
学べよ 脳みそ腐るまで
全員がバラバラに歌い終わった。早々に歌い終えたハリーはサラを振り返り「やっぱり、あの人ってちょっと変だね」と囁いた。サラは微笑み、否定することなく肩を竦めた。
当のダンブルドアは、とびきり遅い葬送行進曲を歌うフレッドとジョージに合わせて杖を指揮棒のように振っていた。
歌い終わり、まるで舞台俳優のように優雅にお辞儀をする双子に、ダンブルドアは誰にも負けないくらい大きな拍手を送った。
「ああ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ」
感激の涙を拭いながらダンブルドアは言った。
「さあ諸君、温かいベッドが待っておる。就寝時間じゃ。かけ足!」
先の涙はどこへやら、元気の良い掛け声とともに広間は唐突に動き始める。サラも席を立ち、生徒たちの流れとは逆に向かった。
ダンブルドアのキラキラとした青い目がサラを捉えていた。
出口へと流れる人混みをやっと抜けたとき、ダンブルドアの後ろにはスネイプが立っていた。
「お久しぶりです、ダンブルドア先生、スネイプ先生」
人混みに揉まれ、上がった息を整えてからぺこりと軽く頭を下げればダンブルドアは朗らかに笑った。
「おお、久しぶりじゃのう。休暇はどうじゃったかの?」
「久々にゆっくりと過ごせました。ところで、お話とは?」
「おお、そうじゃ!」
楽しそうにニコニコと笑うダンブルドアとは対象的に、彼の後ろに立つスネイプはいつもの通りサラを見ながら無表情を決め込んでいる。変わりはないらしい。
「お墓参りについてじゃよ。今年はまた忙しくなりそうじゃからの、早めに決めておくべきじゃろうとな」
そこまで言うと、ダンブルドアはサラに顔を近付け、イタズラをする幼い子どものような表情で囁いた。
「ちなみに、セブルスの提案じゃ」
すぐさまスネイプがイライラと釘を刺す。
「聞こえておりますぞ」
「はて、何のことかのう」
当然のようにダンブルドアはすっとぼけ、スネイプは今すぐにでも、この目の前のボケ老人を殴り飛ばしたいような無表情で(それでも無表情だった)ダンブルドアを睨みつけた。
「…少々脱線してしもうたの。時間とルールはいつもの通りじゃ。どちらも厳守するように。良いな?」
ダンブルドアが言った。
「はい。ありがとうございます」
「セブルスも」
確かめるように彼はスネイプを振り返り、片眉を釣り上げた。やはりスネイプは表情を崩すことなく、更には唇も殆ど動かすことなく応える。
「わかっています」
ダンブルドアは微笑んだ。
「なら良い。では、解散じゃ。フィルチさんのお仕事を増やさぬように。おやすみ、サラ」