シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

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 ~プロローグ~

 

 

 ほいほーい、入っていいよー。

 

 おー、おつかれー。ってキミのことだから、疲れてなんかないよ、とかつまんない冗談言うんでしょうけど。

 

 え? 差し入れ? うん、ありがと。そのへんに適当に置いといて。あとで一緒に食べよ。

 

 それよりさ、持ってきてくれた? 例のあれ。

 

 おっ、これこれ、これがほしかったんだよねー。さすが我が優秀な助手クン! 仕事が早いね。

 

 クンカクンカ……。うーん、いいねいいねー、いい匂い。これだけでもうトリップしちゃいそうだよ。

 でも……本番はこれから。

 

 楽しい化学の時間の、はじまりはじまり~。

 

 まずは……っと。

 

 こいつを一本もぎとってー、刻んですりつぶしてー、ソックスレーちゃんで成分抽出してー。

 でもって、こっちのフラスコに投入。エイヤ!

 

 さあ、どうだー……?

 

 黒から白へ……問題はここからだよ。

 

 こいっ、こい……っ。

 

 ……きた! きたよ! ついにきた!

 

 赤!

 

 赤の妙薬!

 

 あ~ん、もう、嬉しすぎてフェロモン出ちゃいそうだよー! 

 

 ふぅん……、いいフレグランス! このご褒美があるから、調合はやめられないよねー。

 

 え? これ? これはね~……、まあ、エリクサーってやつ? 

 

 なんのためって……、そんな野暮なこと、あたしの口から言わせる気?

 

 ていうかさ、ほら、飲んでみてよ! 

 

 え? なんでって、だから、実験よ、実験。ジンタイ実験♪

 

 ささ、ぐぐ~っ、といっちゃってよ!

 

 大丈夫、大丈夫。副作用とかはないと思うからさ……たぶん。

 

 まあ、さ。なにかあっても、あたしが介抱してあげるからさ、だから安心して?

 

 というわけで、あたしと一緒にトリップ……しちゃおっか?

 

 

 1

 

 

「ムムム、ムンッ!」

 

 堀裕子がカッと目を見開いた、その瞬間。

 

「……ブホッ!」

 

 星輝子が抱えていた鉢植えのキノコから大量の胞子が噴出した。

 輝子は気の毒なことに舞い上がった胞子を鼻からも吸い込んでしまったのか、ゴホゴホとむせかえる。

 

「輝子ちゃん……大丈夫?」

「フヒッ……」

 

 心配する小梅をよそに、輝子はなぜか嬉しそうな笑みを浮かべた。まるで変な薬でも飲んだみたいな反応だが……ただのキノコだし、まあ害はないだろう。

 

 小梅は輝子のボサボサの頭に積もった白い粉を払い落としてやりながら、向かいのソファでつくろいでいる面々をうかがった。

 

「お、おおっ」

 

 みな一斉に驚きの声を発していたが……これは輝子のもとで起こった異変に対してのものではない。みなの注目は、同時に起きた別の珍事のほうに集まっていた。

 

「??? い、いったいなにが?」

 

 輿水幸子が床に仰向けに倒れ、目を白黒させていた。自分の身になにが起きたのか、本人がいちばんよく分かっていない様子である。

 

 ……事の次第はこうだ。

 

 裕子の掛け声とほぼ同時に、幸子が掛けていたスツールの脚がポキリと折れたのである。そのせいで必然的に、座っていた幸子が床に投げ出されてしまったというわけだ。

 

 不幸中の幸いと言おうか、幸子はどこも痛めてはいないようだった。プロデューサーとの接見に備えて丁寧に整えたショートボブの髪が乱れてしまったくらいか。椅子から転げ落ちてその程度で済んだのなら、やはり不幸中の幸いと言うべきだろう。

 

「ご覧ください! これが噂に名高いサイキックアイドル堀裕子の超能力です!」

 

 いまだ倒れたままの幸子へわざわざ近づき、テレビの実況放送みたいにおおげさに声を張ったのは、本田未央。毛先に少しシャギーを入れたショートヘアがよく似合う、みんなのムードメーカーである。

 

 未央はマイク……に見立てたビニール傘を裕子に差し向ける。

 

「さあさあ、ユッコさん! これはいったい、なんという超能力なのですか!?」

「い、いえ! これはおそらく偶然です! そもそも、私が見せたかったのはテレポーテーションですし!」

 

 裕子はあわててかぶりを振った。高い位置で結んだポニーテールがピョコピョコと左右に揺れる。

 

 小梅はひそかに苦笑した。嘘でも「これがハンドパワーです」なんて言い張っておけばいいのに……。

 

「あわわ……、だ、大丈夫ですか? 幸子ちゃん」

 

 未央と裕子がコントめいたやりとりを続けるさなか、幸子の介抱に向かったのは、島村卯月である。

 眠たげな目で瞬きを繰り返し、いまだ訳が分からないといった様子で天井を見上げている幸子を、卯月はそおっと抱き起こした。

 

「あ、頭……大丈夫ですか?」

 

 ……悪気はないのだろうけど、その訊き方はいかがなものだろう……。

 

「し、心配はいりません。なんたってボクは、世界一カワイイですからね」

 

 幸子は後頭部を押さえながらも不遜な笑みを卯月に返した。なるほど、本当に頭は大丈夫らしい。いつもどおりの幸子だ。

 

「おかしいですね……。ビンビンきてたはずなんですけど……」

 

 他方で裕子は、首をひねりながらもまた「ムンッ、ムンッ」と、彼女の言うサイキックパワーを発動させようと試みていた。小梅は隣の輝子に目をやるが、今度は謎の胞子噴出が始まる気配はない。

 

「ある意味、イマジンブレイカーだな……幸子のほうが」

 

 ソファから遠巻きに事態を眺めていた神谷奈緒があきれたように鼻を鳴らした。本人はうまいこと言ってやったと思ったらしく、太めの眉をくいと持ち上げて、となりに座る渋谷凛をちらりとうかがう。

 

「イマジン……なに?」

 

 だが凛は眉をひそめる。奈緒のオタクネタは残念ながら通じなかったらしい。

 

 それにしても……端正な顔立ちの凛が眉間にしわを寄せると、どうしてもおっかない印象が強くなる――小梅はなんとなく、伸びすぎた前髪で視界を遮った。

 

 クールで大人びた雰囲気の凛に対し、小梅は少しだけ苦手意識を抱いていた。凛から邪険に扱われたとか、威圧的な態度をとられたとか、そんな覚えはまったくない。それでも彼女を前にするとなぜか、小梅はいつも以上におどおどした態度をとってしまう。

 

 仲良くなれたら、とは思っているんだけどなあ……。

 

 ショートカットのくせに伸ばしすぎた前髪に隠れて凛をうかがっていると、彼女が壁にかかった時計を何度も見上げていることに気づいた。

 

「まだ来ないのかな……プロデューサー」

 

 ああ、そうか……。凛は、プロデューサーのことを気にしていたのか。

 

「そういや遅いね」

 

 凛の漏らしたつぶやきに、未央が反応した。いつのまにか始めていたスプーン曲げの真似事をやめて、未央も時計を見上げる。

 

「用事済ませたらすぐ行くって言ってたのにね」

「お仕事、忙しいんでしょうか?」

 

 卯月は心配そうに眉を曇らせた。

 

 いっぽう奈緒は、むっつりとした表情で同室している面々を見渡した。

 

「そもそも、なんで集められたんだ、あたしたち?」

 

 本田未央、島村卯月、渋谷凛、神谷奈緒、星輝子、堀裕子、輿水幸子、そして白坂小梅。この八名が今回プロデューサーに呼ばれたメンバーだった。

 

 仕事の打ち合わせをしたいから、休憩室で待っていてほしい――小梅たちが担当プロデューサーからそう声をかけられたのは、今日のレッスンが始まる直前だった。

 

 レッスン終了後、小梅たちは更衣室へ向かうほかのメンバーと別れ、この休憩室へ入った。すぐに向かうと言ったプロデューサーの言葉を信じ、レッスン着のまま着替えもせずに待つことにしたのだ。

 

 しかし待つこと三十分――現在時刻は午後七時五分。

 

 プロデューサーはまだ姿を現さない。

 

 すぐ行くと言っていたわりには、たしかに遅い。

 

「ま、怒られるわけじゃなさそうだし、待つのは別にいいんだけどさー」

 

 未央は革のソファにどっかりと腰を降ろした。新人アイドルにあてがわれた部屋の調度にしては豪奢だが、じつは事務所内の別の接客室で使っていたもののお下がりである。

 

「未央はなんの話か聴いてるの?」

 

 向かいに座っていた凛が少し身を乗り出した。

 

「いや、私も仕事の打ち合わせだとしか聴いてない」

 

 未央は頭の上で手を組んだまま首を振った。

 

 あ――。

 幸か不幸か、この点に関して、小梅には思い当たる節があった。

 

 凛と言葉をかわすチャンスである。

 

「あ、あの……」

 

 小梅がおずおずと手を挙げると、凛と未央が同時にこちらを見た。当たり前のことなのだが、小梅は少し緊張した。

 

「なに? 小梅」

 

 凛に訊き返され、小梅は無意識に目をそらしてしまう。声も、自然と小さくなる。

 

「映画……みたいですよ」

「え?」

 

 凛の眉間にしわが刻まれるのが目に入り、小梅はあわてて言葉を足す。

 

「あ、あの、プ、プロデューサーさんの、お話です。映画……の撮影がどうとかって……」

「ああ……」

 

 凛は大きくうなずいたあと、キリッとした目でふたたび小梅を見返した。

 

「ホントなの、それ?」

「あ、い、いえっ、プロデューサーさんが電話でそんな話をしているのを立ち聞きしただけなんですけど……」

 

 答える声はだんだんとしぼんでしまう。別に責められているわけではないと、頭では分かっているのに。

 

 救いだったのは、未央と卯月が会話に割り込んできてくれたことだ。

 

「へえ、映画かあ」

 

 楽しげに目を輝かせたのは未央。

 

「え、映画……ですか」

 

 対象的に、卯月は少し不安げな表情をのぞかせた。

 

「お芝居なんて……私、自信ないです」

「それ以前にさあ、映画って、このメンバーでかぁ?」

 

 奈緒も話が耳に入っていたらしい。怪訝そうに片眉を上げつつ集まった面々をあらためて見渡した。

 

「……言われてみればたしかに、めずらしい組み合わせかも」

 

 凛が一瞬こちらを見た気がし、小梅はとっさに前髪で顔を隠した。

 

「まあねえ、映画っていうよりはバラエティ向きの面子だよね」

 

 未央におどけた口調で切り返されると、凛は反応に困ったのか、苦笑を浮かべてセミロングの美しい黒髪を耳に掛けた。

 

 小梅のほうを見ては――いない。

 さきほどの視線はやはり、気のせいだったのか。

 小梅はひそかにほっと胸をなでおろした。

 

 いっぽう未央は、おもしろい話題を見つけたと思ったらしい。

 

「しかし、しまむー……、このメンバーだと、私たちは必然的にツッコミに回らざるをえないよ」

 

 未央は腕を組み、真剣な面持ちで卯月を見る。

 

「ツ、ツッコミですか? あわわ……私、うまくできるでしょうか……」

 

 どう考えても冗談なのに、卯月は真に受けてしまったらしい。あいからわず素直だ。

 

「ご心配でしたら、ここはひとつ、私の予知能力で未来を占ってみせましょうか!?」

 

 おろおろする卯月に、裕子がここぞとばかりに超能力を押し売りを始める。

 

「え、ええっと……」

 

 らんらんと目を輝かせて迫る裕子をいなしきれず、卯月は視線で未央に助けを求めた。

 

「しまむー、ツッコミ、ツッコミ!」

 

 未央が小声で返したのは、そんな非情な指示だった。業界用語で言うところの無茶振りというやつである。

 

「え、ええっ!?」

 

 卯月は当然、うろたえるばかり。まあ、未央もそれを狙っていたのだろうが……。

 

「フッフーン! ツッコミならこのボクに任せてください! 世界でいちばんカワイイこのボクが、どんなボケにも完璧なツッコミを入れてみせますよ!」

「いや、さっちーはどう考えてもボケだから……」

 

 薄い胸に手を当ててふんぞりかえる幸子に、未央がすかさずツッコミを入れた。

 

 ……なんか本当にこのメンバーでバラエティ番組ができる気がしてきた。

 

「……」

 

 ちなみに凛は、とばっちりを避けるためだろう、さりげなくソファの端まで逃げ、未央から懸命に目をそらしていた。こういうところは、ちょっとかわいいのだ。

 

「……輝子ちゃんはどう? バラエティ番組、出てみたい?」

 

 小梅が水を向けると、輝子は立派なキノコが生えた植木鉢を胸元に抱き寄せた。

 

「バラエティ……、ど、どう考えても、ぼっち向きじゃない……危険。うう……」

 

 ぼそぼそとつぶやくと、輝子はふらりと体を傾け、談笑の輪から外れた。

 

「し、輝子ちゃん? どこか行くの?」

 

 輝子は振り返って、小梅にひきつった笑みを見せる。

 

「ト、トモダチが恋しくなった……。ち、ちょっと様子を見にいく」

 

 輝子はそう言って、胸に抱えている鉢植えに目を落とした。

 

 トモダチ――輝子は趣味で栽培しているキノコ類をそう呼んでいる。

 

「でも……もうすぐプロデューサーさん、来るかも」

「う、うん……。でも、トモダチがいるのはプロデューサーの部屋だし、と、途中で会えるかもしれない。そ、それに、ちょっと気になることもあるし……。す、すぐ戻るから」

 

 輝子はやはりぎこちなく微笑むと、小梅に対して親指を立ててみせた。

 

 プロデューサーと入れ違いになる可能性もあるけど……まあいいか。これが今生の別れになるわけでもないし。

 

「分かった。じゃあ、いってらっしゃい」

「あっ、ハイハイ! 待ってください、私も行きます!」

 

 小梅が輝子を送り出そうとした矢先、会話が聞こえていたのか、裕子が元気よく手を挙げた。

 

「それなら私も一緒に出ます! じつはずっとトイレに行きたかったのですよ!」

「生理現象だからしかたないけどさ、アイドルが大声で発表しちゃっていいのかね? そういうこと……」

 

 未央が苦笑しつつツッコんでいたが、裕子は特に気にするそぶりも見せず、軽やかな足取りで輝子の横に並んだ。

 

「途中まで一緒に行きましょう、輝子ちゃん」

 

 輝子はこくりとうなずいた。輝子は小梅に負けず劣らずの人見知りだが、裕子とは不思議と仲が良い。

 

「それではみなさん、またのちほど」

 

 妙におおげさな台詞を残し、裕子は輝子と連れ立って休憩室から出ていった。

 

 それから五分ほど経った頃だろうか。

 

 ドンドン、と、外からドアをノックする音が聞こえた。

 

「あっ、プロデューサーさんでしょうか?」

 

 真っ先にソファから腰を上げたのは卯月だった。

 

 輝子たち、やっぱり入れ違いになっちゃったかあ……と思いつつ、小梅は来訪者を出迎えに向かう卯月を目で追った。

 

 それにしても――。

 

 ドンドンドン!

 

「ひゃっ……!」

 

 小梅は思わず肩をすくめた。

 

 ノックがやけに乱暴な気がした。

 

「はあい、開いてますよ」

 

 卯月も急かされたようにドアへ駆け寄り、誰何もせずにノブを引いた。

 

「あっ、お疲れさまです、プロデューサーさん」

 

 ドアを開けた卯月は、床を舐めるような足取りでぬっと入室してきた人物に、明るい声で挨拶をした。

 

 ダークトーンのスーツを着た若い男性。背丈はわりと高いほうで、太りすぎても痩せすぎてもいない。顔立ちもなかなかに端正。黙っていれば好青年に見えなくもない――小梅たちを担当するプロデューサーで、まちがいなかった。

 

「お疲れさまです」

 

 卯月につづいて小梅たちも立ち上がって挨拶をした――のだが。

 

「……プロデューサーさん?」

 

 なにか――様子が変だった。

 

 いつもならば陽気に応答するはずなのに――今日のプロデューサーは、無言のままでうつむいていた。

 

 うつむくどころか――頭を異様なまでに下げ、両手もぶらんと下ろしている。

 

 生気がない。

 

 なにか様子が――変だ。

 

「大丈夫……ですか? プロデューサーさん」

 

 彼の目の前に立っていた卯月も異変に気づいたらしく、心配そうに彼の顔をのぞきこもうとした。

 

 そのときである。

 

「プ、プロデューサーさん!?」

 

 彼はいきなり卯月の両肩を正面からつかんだ。見様によっては卯月に迫っているかのようだ。卯月がうろたえるのも当然といえた。

 

 プロデューサーの思いがけない行動に小梅たちも呆気にとられていたのだが――おもてを上げた彼を見て、今度はぎょっとした。

 

 せざるをえなかった。

 

 緑。

 どす黒い緑色。

 プロデューサーの顔色の話である。

 

 生気がない――どころの騒ぎではない。

 

 緑――である。

 

 人間の顔の色じゃない。

 

 人間じゃ――ない。

 

「う、卯月さんっ!」

 

 小梅はとっさに叫んだ。

 

 離れて――と続けようとした。

 

 しかし、それよりも早く。

 

「ヴがヴヴぉがげぐごげがぁっ!」

 

 プロデューサーは大口をあけ、卯月に襲いかかった。

 


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