シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

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 準備が整い次第、すぐにでも志希の実験室へ向かうことになった。

 

「夜明けを待って……と言いたいところだが、そうもいかねえんだろ? プロデューサーに薬を飲ませるってことなら」

 

 夏樹は愛用のギターをストラップで肩にたすきがけすると、小梅のほうへ振り向いた。

 

「そうですね……あまり猶予はないと思います。でも……、どうやって向こうの建物まで行きますか?」

 

 小梅はわずかに視線を動かした。目指す別棟の入口はもう目と鼻の先とはいえ、そこに至るまでの道は左右を建物に挟まれている。もたもたしていたらゾンビに襲われる危険もある。

 

「アタシのギターで追っ払う……のも限界があるかもしれねえな。なにより、この大人数じゃ目立ちもするだろうし」

 

 夏樹はこの場にいる一同をうかがった。小梅、凛、未央、卯月、奈緒。加えて裕子と輝子、そして夏樹。計八人もの大所帯となれば、たしかにゾンビの目にもつきやすくなってしまうだろう。

 

「あっ、だったら」

 

 なにかひらめいたのか、奈緒がぽんと拳を打ちつけた。

 

「さっきのあれ、懐中電灯でゾンビをひるませる、だっけ。みんなであれをやりながら進めばいいんじゃないか?」

 

 しかし夏樹は渋い顔をした。

 

「もちろん懐中電灯も持っていくが……あいにく、ここには今使ってるふたつしか用意がなくてな」

「ふたつか……。みんなの安全を確保するには、ちょっと少ないな……」

「……わかりました」

 

 そう言って膝を叩き立ち上がったのは裕子だった。

 

「隠れ蓑の術を使いましょう。八人分だとかなりのサイキックパワーを消耗するでしょうが、このエスパーユッコ、なんとか持ちこたえてみせます!」

 

 裕子は「ムンッ」と気合を放つと、右手の掌を前に突き出した。

 

「……ブホッ」

 

 輝子が抱えていたキノコからぷしゅっと胞子が吹き出た。

 

 ……沈黙が流れた。

 

「……うだうだ考えてたって仕方ねえな。とにかく、警戒して進むってことで」

「……向こうの建物に入れば、とりあえず安全だもんね」

 

 棒読みのような口調で言うと、夏樹と凛はすたすたとドアのほうへ歩き出した……裕子を無視して。

 

「え、ち、ちょっと、夏樹さん、凛さん? サイキックパワーは? みなさん?」

 

 裕子はおろおろとみなを呼び止めるが、ほかのみなもぞろぞろと移動を始めていた。

 

「ま、まあ……あたしはパーティーにひとりは必要だと思うぜ? 裕子みたいな……お笑い担当? MMRで言うとナワヤ的な?」

「ゆ、裕子ちゃん、その……気を落とさずに! 私も頑張りますから!」

「ヒィャッハーッ! したくなったら……いつでも、言ってくれ。付き合う……ぞ……ブホッ」

「は、ははは……」

 

 思い思いに慰めの言葉をかけながら、裕子の前をとおりすぎていく奈緒、卯月、輝子、未央。……ちょっと気の毒だったが、小梅も四人の後に続いた。

 

「ゾンビがいるくらいだから……サイキックもある……んじゃないかな? ……隠れ蓑の術は、忍法だと思いますけど……」

「そ、そんなあ……」

 

 泣きっ面になった裕子は、しょんぼりと肩を落としながらも素直に後を追ってきた。

 

 ……まあ、みんなの緊張をほぐせたのなら、サイキックと言ってもいいんじゃなかろうか。

 

 

 *

 

 

 休憩室をあとにした小梅たちは、まずはバックヤードの出口までやってきた。先頭の夏樹がバリケードに身を隠しながら、オープンテラスの様子をうかがう。目指す別棟の入口へ到達するには、オープンテラス席を横切り、カフェテラスが入った建物の脇を通り抜けていかねばならない。

 

 

「……よし、いまのうちだ」

 

 忍び足でバリケードから出た夏樹に続いて、小梅たちも慎重にテラスへ足を踏み入れた。テラスを徘徊していたソンビの群れは、折よく中庭の中央付近へ向かっているところだった。

 

 小梅たちは一列になってテラスを横切る。付近にいるゾンビは、ざっと見ただけでも十数体。彼らに勘づかれ、一斉に襲いかかられたら、かなり危険だ。息をひそめ、慎重に歩を進める。

 

「ウウ……ウウ……」

 

 のろのろとテラスを歩きまわるゾンビたちは、さいわいまだ小梅たちに気づく様子はない。このままとりあえず建物の角まで到達したいところだが――。

 

「……あっ」

 

 小梅の背後で、小さな声が上がった。

 

 とっさに振り向いた小梅は、一瞬にして心臓が凍りついた。

 

 最後尾を歩いていたはずの輝子の姿が、消えていたのだ。

 

「し、輝子ちゃん?」

 

 周囲に目を走らせる。輝子はすぐに見つかった。

 

「ま、待て……」

 

 輝子は腰を低くし、なにかを追いかけていた。あれは……植木鉢か!

 

 つまずくかなにかして、大事にしている植木鉢を落としてしまったのだろう。緩い弧を描きながら転がっていく鉢を追いかけるのに夢中で、輝子は小梅たちからどんどん離れていってしまっていることに気づいていない。

 

「し、輝子ちゃん、ダメ、そっちは――」

 

 警告を発したときには、もう遅かった。

 

「つ、捕まえた……」

 

 ようやく植木鉢に追いつき、顔を上げた輝子のすぐ目の前に――。

 

「……あ」

 

 一体のゾンビが立っていた。

 

「し、輝子ちゃん!?」

 

 たまらず叫んだ小梅の声で、先行していた一行も振り返り、事態に気づいた。

 

「ちょっ……! なにやってるの!?」

「な、夏樹っ、ギ、ギター!」

「お、おうっ!」

 

 未央に急かされ、夏樹はすぐに背中に背負っていたギターを下ろそうとした。しかし――。

 

「しまっ……!」

 

 ストラップが引っかかってしまい、胸の前でギターを構えられない!

 

「ヴ、ヴ、ヴ……」

「お、おい……、よ、よせ……」

 

 焦る夏樹をよそに、ゾンビはすり足で輝子に近づいた。輝子は腰を抜かしているのか、依然として尻もちをついたままだ。

 

「サ、サイキックビーム!」

 

 構えを取った裕子を見て、未央がハッとした。

 

「そ、そうか! 懐中電灯!」

 

 未央はストラップで首から提げていた懐中電灯をすかさずつかみ、輝子に襲いかかろうとしているゾンビに向けて突き出した。強い光を当てればゾンビはひるむはず。だが――。

 

「な、なんで!? つかない!」

 

 未央がスイッチを押しても、懐中電灯は反応しなかった。照射口内部の電球は弱々しく点滅しただけで、すぐに消えてしまう。何度スイッチを押し直しても駄目だ。

 

「も、もう一個の懐中電灯は!?」

 

 奈緒がみなに向かって叫んだ。

 

 卯月が前方を指さす。

 

「し、輝子ちゃんです!」

 

 そうだった。ふたつある懐中電灯のうち、ひとつを輝子が持っているのだった。しかし輝子自身がそのことを忘れているのか、あるいはそんな余裕すらないのか、首から提げた懐中電灯を手に取ろうとしない。

 

「あ、う……」

 

 這うようにして逃げようとする輝子に、ゾンビもじりじりと迫っていた。

 

「グアァ…ッ」

「し、輝子ちゃん!」

「くっ……!」

 

 このままでは輝子がやられる。そう思ったのだろう、凛が決死の表情で輝子を助けに飛び出した。ところが――。

 

「……グウ」

「え――?」

 

 ゾンビが突然きびすを返したのを見て、凛は急ブレーキを踏んだように足を止めた。輝子に背を向けたゾンビは、そのままなにもすることなく、中庭の中央へ向かって立ち去っていった。

 

 唖然としたように立ち尽くす凛の背中に、未央が呼び声をぶつけた。

 

「し、しぶりん!」

 

 ハッと肩を震わせた凛は、ふたたび輝子のもとへ駆け出した。急いで輝子を助け起こすと、凛は切羽詰まったまなざしをこちらに送ってきた。

 

「ほかのやつが来るかも! 急いだほうがいい!」

「仕方ねえ……、一気に突っ込むぞ!」

 

 夏樹の掛け声で、一同は別棟の入口めがけて駆け出した。先刻までの慎重な足取りとはうってかわってバタバタとうるさく足音がたったが、もうなりふりかまっていられない。さすがに近くにいた何体かのゾンビが振り返ったが、小梅たちはかまわず全速力で狭い通路を走り抜け、雪崩を打ったように別棟へ駆け込んだ。

 

「はあ、はあ……っ」

 

 最後尾になった奈緒が入口のドアを閉ざした。

 

「ぜ、全員無事か!?」

 

 一同は荒い息をつきながら奈緒にうなずきかえした。その中にはきちんと、凛と輝子の姿もあった。

 

「輝子、怪我はない?」

 

 凛の問いかけに、輝子はぎこちなくもこくこくとうなずいた。

 

「あ、ああ……、だ、大丈夫……だ。ト、トモダチも……」

 

 輝子はしっかりと胸に抱いたキノコの植木鉢を見下ろした。輝子のトモダチはみな、植木鉢のなかで元気に傘を張っていた。

 

「……勘弁してくれよな、輝子。心臓に悪いぜ」

 

 夏樹が額に浮かんだ汗を拭う。ギターを使えず、本気で焦っていたのだろう。

 

「う、うう……す、すまん……」

 

 輝子のほうも本気で反省しているのだろう、めずらしくしょんぼりとした顔を見せていた。

 

「まあ、とりあえずよかったじゃん。あいつ、キノコちゃんには気づかなかったんだな」

「ですね」

「……」

 

 未央と卯月はそんなふうに話していたが、小梅は先ほどのゾンビの行動に拭いがたい違和感を覚えていた。

 

 あのゾンビは、確実に輝子の存在に気がついていたはずだ。あんな至近距離にいて視界に入らなかったということはないだろうし、()()()()()()()()()()。なのになぜ、彼は輝子を無視したのだろう――?

 

「――小梅ちゃん、どうかしましたか?」

 

 ハッと我に返ると、少し離れた階段の手前で、裕子がこちらを振り返っていた。ほかのみなはもう階段をのぼりだしている。小梅が考え事をしているあいだに、みなは出発していたらしい。

 

「い、いえ、なんでもありません」

 

 小梅は小走りで裕子たちに追いついた。

 

 ……考えるのはあとだ。

 

 今はとにかく、先を急がねばなるまい。

 

 

 *

 

 

「くっそう……、これ、もう使えないのかなあ?」

 

 小梅のひとつ前を進む未央は、さっきから何度か懐中電灯のスイッチを押していた。

 

 志希の実験室がある階は夏樹たちにもすでに伝えてある。さきほどと同じく夏樹を先頭にした隊列を作って、一同は非常階段を上っていた。

 

「……電池切れだと思います。でも、電池は温めることで蓄電が少し回復しますから、いちど抜いてポケットに入れておきましょう」

「おお、そうなの?」

 

 小梅がゾンビ映画で知った知識をもとにアドバイスを送ると、未央はさっそくそれを実行に移していた。

 

「……すみません、私たちが調子に乗ってサイキックパワーを使いすぎたのかもしれません……」

 

 うしろから小梅たちのやりとりを見ていたのだろう、裕子がしゅんとして謝ってきた。きっと、裕子たちがしていたという「見回り」で、それなりに懐中電灯を使用していたのだろう。

 

「仕方ない……ですよ。もともと電池が切れかかっていたのかもしれませんし……」

 

 ゾンビから身を守る手段として懐中電灯を使っていたのだから、誰も裕子たちを責めることなどできない。

 

「でも、やっぱり暗いですね、ここ……」

 

 未央の前を歩く卯月が、周囲を気にしながら言う。もうひとつの懐中電灯は輝子から小梅の手に渡っているが、節約のため、そちらも今はつけていない。小梅たちは非常灯の弱い明かりだけを頼りに、慎重に階段を上っていた。

 

「まあ、真っ暗よりはいくらかマシだろ……おっ、次じゃないか」

 

 奈緒が踊り場に掲げられた階数表示を指さした。もうひとつ階段を上がれば、志希の実験室があるフロアだった。

 

「小梅、どこかわかる?」

 

 廊下に出ると、凛が小梅を振り返った。以前に訪問したことがあるので、小梅は志希の実験室の詳しい場所を知っている。

 

「右手に進んで、左側のふたつめの部屋です」

 

 みなが一斉に息を呑むのがわかった。目的の場所が想像以上に近くにあったせいだろう。

 

「……ドアを開けた途端ヤツらが……ってこともありうる。油断は禁物だぜ……」

 

 焦りを抑えるためだろうか、自分自身に言い聞かせるようにうなずくと、夏樹は先陣を切って問題のドアへ近づいていった。小梅たちもあとに続く。

 

 夏樹は忍び足でドアの前を一旦通り過ぎ、すぐ脇の壁に背につけて、小梅たちをうかがった。

 

「……誰か、そっちからドアをあけてくれ。私が中の様子をのぞく。あいつらがいる気配がしたら合図を出すから、すぐにドアを閉めてくれ」

「わ、わかった。私がやる」

 

 凛が進み出た。夏樹の反対側に回って、ドアノブに手をかける。

 

 小梅たちは正面からドアを取り囲み、不意の襲撃に備えた。あまり考えたくはないが、もしドアをあけた途端ソンビが飛び出してくるようなことがあれば、なんとしても夏樹の身を守らなければならない。

 

 奈緒と未央がほうきを構えたのを確認し、凛と夏樹は互いに視線を送りあった。間合いをとるようにうなずきあうと、凛がドアノブの握る手に力を込め、慎重にドアを引いた。

 

「う……っ!」

 

 わずかに開いた隙間から室内をのぞいた夏樹は、すぐに顔をしかめ、口元を押さえた。

 

 連中がいたのか!? 小梅たちは身構えたが、夏樹は片手を挙げてこちらの動きを制した。

 

「……大丈夫だ。ただ、臭いがな……」

 

 臭い?

 

「……うっ」

 

 凛の手でドアがゆっくり開けられた途端、小梅たちは夏樹が息を詰まらせた理由を理解した。部屋の中から、生臭い異臭がただよってきたのだ。

 

「は、入っても……平気なんでしょうか?」

 

 鼻をつまんでいるらしく、裕子の声は少しくぐもっていた。

 

「とりあえず大丈夫……だと思います」

 

 毒ガスかなにかが発生しているという可能性も考えたが、それならばとっくに体の異状を覚えていてもおかしくはない。それに、たしかに独特の臭いではあるが、慣れてくるとそこまで嫌な臭いという気もしなかった。

 

 念のためハンカチや服の袖で口元を押さえながら、小梅たちは志希の実験室へ足を踏み入れた。

 

 室内は暗かった。かろうじて非常灯がひとつ灯っていたが、視界はほとんどきかない。

 

「小梅、照らして」

「は、はい」

 

 凛の要望に応え、小梅は懐中電灯のスイッチを入れた。ビーム状に射出された光で、ゆっくりと室内を照らしていく。部屋の中央には頑丈そうな長テーブル。その上には試験管やシャーレ、顕微鏡などの実験器具がところせましと並べられていた。壁ぎわの戸棚の中に収まっているのは……薬品の瓶だろうか。戸棚の横に置かれた大きな機械は計測や分析に使う装置と思われる。小梅が以前訪れたときよりも、化学実験室としての本格度が増しているように思えた。

 

「志希さん? いませんか?」

 

 おそるおそる呼びかけてみるも、応答はない。

 

「お出かけしてる……んでしょうか?」

「逃げてる……のほうが、まだ希望が持てるけどね……。奥の準備室にいないか、探してみよう」

 

 卯月と未央がそんな言葉をかわしながら、テーブルを頼りに部屋の奥へ進む。

 

 ふたりのあとに続いていた裕子は、テーブルの上に置かれていた本に手を伸ばしていた。

 

「ずいぶん古めかしい本ですが……志希さんのものでしょうか? ヒ、ヒエロ……? う……まったく読めません……。が、外国の本? サイキック関係の書物ではなさそうですが……」

 

 一方、夏樹と凛は、実験テーブルの上に残されていた試験管やビーカーを手に取っていた。

 

「中身が入ってるな……。においのもとはこれか?」

「なにかの薬品……かな?」

 

 これも志希が残していったものだろうか。しかし、いくら失踪癖があるといっても、化学者でもある志希がこんなふうに薬品を無造作に放り出してどこかへ出かけるとは考えにくい。そうなるとやはり、なにか不測の事態が生じて――。

 

「う、うわぁぁっ!」

 

 突然大きな悲鳴が上がり、小梅たちは一斉にその場に凍りついた。

 

「ど、どうした!?」

 

 いちはやく反応した夏樹に続き、小梅も声のしたほうへ懐中電灯を向ける。

 

 夏樹と凛のいる実験テーブルの、ちょうど向かい側だった。そこで、輝子が尻もちをついて、唇をわななかせていた。

 

「し、輝子ちゃんっ、ど、どうしたの!?」

「あ、あれ……」

 

 輝子は震える指で実験テーブルを差した。テーブルの上になにか……いや、下か! テーブルの下だ!

 

 小梅は身をかがめ、実験テーブルの下を懐中電灯で照らした。

 

「っ!」

 

 光に照らし出されたシルエットに、さすがの小梅もぎょっとした。

 

 人が、いた。

 

「なっ……、し、志希!? 志希なのか!?」

 

 反対側から回り込んできてテーブルの下をのぞきこんだ夏樹も、驚きに目を見張った。

 

 実験テーブルの脚にもたれかかるようにして、髪の長い女性が体を丸くしていた。なぜか白衣は足元に脱ぎ捨ててあったけれど、まちがいない。一ノ瀬志希だ。

 

「く、癖で、テ、テーブルの、し、下を……の、のぞい、たんだ。そ、そしたら……」

 

 いつも以上に言葉を詰まらせながら、輝子が志希を見つけた状況を説明した。ひょいとのぞいたテーブルの下に人が倒れていたら、おとなしい輝子がめずらしく悲鳴を上げるのも無理はない。

 

 遅れて集まってきたほかの面々も、変わり果てた志希の姿を見てまずは言葉を失った。

 

「お、おい、ぶ、無事なのか!?」

 

 奈緒にうながされるまでもなく、夏樹は志希の手首を取り、脈を確かめていた。しかし、夏樹は志希の手をそっと下ろし、重々しく首を横に振った。

 

「残念だが、もう……」

 

 卯月が「ああっ」と悲しげな声を上げて、顔を両手で覆った。

 

「そんな……せっかく志希を見つけたのに……」

 

 凛は悔しげに眉を曇らせる。

 

「し、志希にゃんも、ゾンビにやられちゃったってこと?」

 

 未央の問いかけに、小梅は小さくうなずいた。

 

「おそらくは……。あれを……見てください」

 

 小梅はお腹の上に重ねられた志希の右腕へ懐中電灯の光をあてた。肘の少し下、前腕のあたり。そこにうっすらと、歯型のような傷が見えた。

 

「噛まれたのか……」

「はい……。ただ、少し変……かもしれません」

「変?」

 

 小梅にみなの注目が集まった。小梅は志希から光を外し、みなのほうへ向き直った。

 

「もしも志希さんがゾンビに噛まれたのなら、ここで眠ったままでいるのは変です。ゾンビウイルスに感染したなら、目を覚まして動きまわっているはず……」

「あ……」

 

 小梅の指摘に、一同はハッと目を見張った。

 

「たしかに妙だな……。アタシが確かめたかぎりじゃ、たしかに脈がなかったんだが……」

「顔とかも綺麗なままだしね……」

 

 凛がちらりと斜め下を見てつぶやく。凛の言うとおり、志希の顔にゾンビ特有の皮膚のただれなどは見られなかった。苦しんだ様子もなく、表情だけ見ればまるで眠っているだけのようにも思えた。首から下も綺麗なもので、少なくとも服の上からでは腕の歯型以外目立った傷跡は見当たらなかった。どのくらい前に息絶えたのか定かでないにせよ、ゾンビ化の兆候がまったくうかがえないのはやはり妙だ。

 

「ゾ、ゾンビにはならずにお亡くなりになった……ってことでしょうか?」

 

 裕子がおそるおそるたずねた。

 

「その可能性もありますが……やっぱり気になります。志希さんが襲われたときの状況もわかるといいんですが……」

「わかった。探してみようぜ」

 

 奈緒の掛け声で、一同はまた室内を探りはじめた。

 

 が、発見は意外に近くでなされた。

 

「お、おい……、これ……」

 

 声を上げたのは、志希が倒れているテーブルの下にもぐりこんでいた輝子だった。小柄な体格を活かしてテーブルの下を探っていたらしい輝子は、なにかを手に持ってはいでてきた。あれは……?

 

「……キノコ?」

 

 円柱型の容器に傘状の物体がにょきにょきと生えていた。キノコを植えられた、プラスチック製の鉢だ。もともと持っていた植木鉢は脇に抱えているから、それとは別のものである。

 

「ト、トモダチ、だ……。い、いなくなってた……」

「いなくなってた?」

 

 なんの話かわからず、小梅は眉をひそめた。

 

「あっ! ひょっとして、プロデューサーさんのところからなくなってたと言っていたやつですか!?」

 

 こちらの様子に気づいて口を挟んできたのは裕子である。小梅が裕子と輝子を交互に見比べると、輝子のほうが口を開いた。

 

「す、少し前から、プロデューサーの机の下に住まわせてたトモダチが……、ひ、ひとり行方不明に、な、なってた……んだ。プ、プロデューサーに訊いても、し、知らないって言うから……、さ、探してたんだが……」

「それが……その、鉢……なの?」

 

 輝子はこくりとうなずいた。

 

「は、鉢の底に、トモダチになった日付と、あと名前が書いてあるから……ま、まちがいない」

 

 輝子は鉢を傾け、小梅に底を見せた。たしかに、マジックペンの書き込みがある。数字は株を植えた日付だろう。名前というのは、輝子の署名かと思っていたが、そうではなくてどうもキノコに与えられたものらしかった。

 

「どうした? なんか見つかったのか?」

 

 小梅たちのやりとりに気づき、夏樹が声をかけてきた。ほかの者も家探しの手を止めてこちらへ振り返る。

 

「あ、いえ、輝子ちゃんが探していたキノコが見つかったんですよ。志希さんのいたテーブルの下から」

「キノコ? そりゃまあ探し物が見つかったのはいいが、今はそんな場合でもないだろ」

「いえ……、ちょっと待ってください」

 

 しかし小梅はなにか引っかかりを覚えた。

 

「輝子ちゃんのキノコが、どうして志希さんのところに……? これ、輝子ちゃんが志希さんに預けたとか……じゃないんだよね?」

「あ、ああ……。ま、前に何回か、志希さんが、じ、実験に使いたいって言ってきたから、わ、分けてあげたことはある……。レ、レンキンがどうとか……。け、けど、こ、この子はまだ成長途上だから、わ、渡してなかった……はず」

「キノコを実験に……?」

 

 小梅は妙な胸騒ぎを覚え、室内を視線を巡らせた。キノコを使った実験……? ひょっとして、さっき夏樹と凛が見ていた試験管に入った薬品がなにか関係しているのか? いや――。

 

「……ん?」

 

 窓際に置かれたライティングデスクに、小梅は目を止めた。デスクの上にノートパソコンがある。液晶ディスプレイは開かれたままで、なにも映っていないが、目を凝らすと電源ランプが点滅している。休止モードになっているようだ。

 

 小梅がノートパソコンに近づくと、凛も近くに寄ってきた。

 

「小梅、それは?」

「なにか記録が残っていないかと思って……。使えるようになっているといいんですが……」

 

 小梅は凛に応えつつ、ノートパソコンの電源ボタンを押した。ディスプレイにログイン画面が表示される。パスワードが必要か、と思ったが、ノートパソコンはそのまま休止モードから復帰した。

 

「よかった。自動ログインの設定になっています」

「なにかある? 手がかりになりそうなもの?」

「ええと……」

 

 デスクトップ画面に目を走らせる。すると、画面の中央付近にぽつんと置かれていたテキストファイルに目を引かれた。

 

「confesion……?」

 

 凛が英語のタイトルを読み上げた。

 

「告白……いや、懺悔、でしょうか?」

 

 奇妙な名を与えられたそのファイルを小梅はダブルクリックして開いてみる。

 

 小梅と凛は、開かれたテキストになにげなく頭から目を通したのだが――。

 

「ち、ちょっと、これ!」

「っ!」

 

 冒頭の数行を読んだだけで、ふたりは驚きに目を見張った。

 

「お、おい、今度はどうした?」

 

 バタバタと駆け寄ってきた夏樹たちに、凛は今見たことを説明しようとしたようだが、唇を動かすのが精一杯で、言葉が出てこないようだった。たしかに、この衝撃的な内容を口にするのは難しいだろう。

 

 それでも小梅は、なんとか気を鎮めて、みなの顔をゆっくりと見回した。

 

「み、みなさん、おちついて聴いてください。ノートパソコンにあったメモは、やはり志希さんが書いたもののようです」

 

 そこで一旦言葉を切ると、みな一様にごくりと喉を鳴らした。

 

 小梅も動揺を抑え、志希が打ち明けてくれた内容をみなに伝える。

 

「志希さんはおそらく……、今回の一件を引き起こした張本人です」


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