シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

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 小梅が後部座席に乗り込むとすぐに、夏樹は車を発車させた。

 

 通路を塞いでいたアイドルたちをギリギリで避けながら車を走らせると、夏樹は案内板を頼りに、地下駐車場の出口へ向けてハンドルを切った。

 

 やがて車は、地上へ続くスロープへさしかかる。

 

「へっ、いつの間にか朝になってやがるじゃねえか……」

 

 さして長くもない傾斜の先から差してくる薄明に目を細めながら、夏樹がつぶやいた。小梅たちを乗せたロングバンは、白々とした光の中へ飛び込んでいく。

 

 スロープを上りきった車は前庭を一気に突っ切り、門を抜けた。ついに事務所から脱出したのだ。

 

「……あいつら、いなくなってるな」

 

 車両の真ん中あたりの窓際に座っていた奈緒が前庭のほうを振り返ってぼつりと漏らした。

 

 たしかに、前庭を徘徊していたゾンビの姿が消えていた。陽の光を嫌ってどこかへ隠れてしまったのか、それとも生前の記憶に従って別の場所に移動したのか……。

 

「なんだか、いつもどおりの朝、って感じですね……」

 

 小鳥の鳴き声さえ聞こえてきそうな静かな街の風景を眺めて、裕子がしみじみとつぶやいた。無論、世界は大きく変わってしまっている。しかし、そう言いたくなる気持ちも分かる。

 

 夜は明けた。そして朝が来た。

 

 小梅たちの長い戦いは、ついに終わったのだ。

 

「あとはこれを届けるだけか……」

 

 凛が、隣に座る裕子の膝の上に置かれたアタッシェケースを見つめた。志希が残した、ゾンビ症状を回復させるための薬である。

 

「そういや、これからどこへ向かえばいいんだ?」

 

 運転席の夏樹がちらりとうしろを振り返って尋ねた。とりあえず道なりに車を走らせてはいるが、たしかに目的地を定めていない。

 

 小梅は少し考えてから口を開いた。

 

「委託先の候補は志希さんがリストにして挙げてくれていますが……とりあえず近くの大きな公共施設へ行くのが得策じゃないでしょうか。そのほうがリストにある機関にも連絡をとりやすいでしょうし」

「公共施設? 役所か警察か?」

「び、病院とか、学校でも……いいんじゃないか?」

 

 輝子が口を挟むと、卯月があっと小さく声を上げた。

 

「この先にたしか、大きな大学病院がありませんでしたっけ?」

「ああ、あそこか。たしか――」

 

 奈緒が有名な大学の名を諳んじた。たしかにそこならば、医者も化学者もいるだろう。薬や実験ノートを見てもらう人材を探すなら最適な場所といえた。

 

 後部座席で互いにうなずきあう小梅たちの雰囲気を察したのか、夏樹は「よし」と快活に相槌を打った。

 

「決まりだな。まずはその大学病院へ向かう。未央、カーナビの操作、頼んでいいか?」

 

 夏樹は助手席の未央へ目配せを送った。

 

「オッケー、任せといて」

 

 未央はすかさず身を乗り出して運転席との間に備えつけられた機器をいじりはじめた。

 

「ええと……、たぶんここを押せば……よしっ、設定完了!」

 

 手際よくカーナビの操作を終えた未央を、夏樹が横目でちらりとうかがう。

 

「おっ、ずいぶん手慣れてるじゃねえか」

 

 未央は得意気に鼻をこする。

 

「へへ、家族で車乗るときにさ、たまにいじらせてもらってたんだよね。そういや夏樹も、不安とか言ってたわりにばっちり運転できてるじゃん、車」

「まあな。オートマだし、車体感覚に慣れちまればバイク転がすのとそう変わらねえよ」

「へえ、そういうもんなんだ。……ね、あとで運転代わってよ。私もやってみたい!」

「バカ言え。おもちゃじゃねえんだぞ。だいたいおまえ、免許も持ってねえだろ」

「えー、それ言い出したら夏樹だってそうじゃーん」

 

 夏樹と未央はその後も、そんな楽しげな会話を続けていた。

 

 一方、後部座席のほうでもリラックスしたムードが流れはじめていた。

 

「あ~~~っ、疲れたあ!」

 

 けだるげな声を出し、シートにだらしなく身を沈めたのは奈緒だ。

 

 しかめっ面で目頭を揉む奈緒を見て、隣の席に座っていた凛が少し頬を緩める。

 

「今日……じゃなくて昨日か。レッスンが終わったときには、まさかこんなことになるとは夢にも思ってなかったもんね」

「ホントだよな。仕事の話とやらが終わったら急いで帰ろうと思ってたのにな――あっ!」

 

 いきなり大声を上げたかと思うと、奈緒はあわてたようにシートから身を起こした。

 

「ど、どうしたの奈緒!?」

 

 ぎょっとして身構えた凛に、奈緒は愕然とした表情を返した。

 

「昨日放送分の深夜アニメ、録画してないじゃん! 帰ってから見られると思ってたから!」

 

 奈緒の大真面目な顔つきを見て、凛はハァと大きなため息を落とした。

 

「なんだ、そんなことか……」

「いや、やばいんだって! 今期の覇権アニメだったんだって!」

 

 なぜか凛に対して窮状を訴える奈緒。そんなふたりに、通路を挟んだ席に座っていた卯月が口を挟んだ。

 

「あの~、奈緒ちゃん。私思うんですけど、こんな状況じゃ、そもそもテレビも放送してないんじゃないですかね?」

「あっ、そっか」

 

 卯月の指摘で、奈緒はあっさりと納得した。

 

「だったらあらためて放送するよな。よかったー」

 

 安堵したように汗を拭う奈緒を見て、凛はふたたびため息をつく。

 

「緊張感ないわね、ホント……」

「あ、あはは……」

「まあまあ、凛ちゃん、卯月ちゃん。いいことですよ、楽しいことが待っているというのは」

 

 卯月の隣から、裕子がにゅっと身を乗り出してきた。

 

「おふたりはにかないんですか? 家に帰ってからやりたいこととか」

 

 裕子に問いかけられ、凛は少し考え込むしぐさを見せた。

 

「私はそうだね……、家族と、あとハナコに会いたいな」

 

 大切な家族の顔を思い出したのか、凛がふと優しげに目を細めた。ハナコというのは、彼女が可愛がっている飼い犬の名前である。

 

「私も、パパやママたちに会いたいです……。おばあちゃんも大丈夫かな……」

 

 卯月が膝の上で不安げに拳を握ると、裕子はその上にそっと手を重ねた。

 

「きっとご無事ですよ、みなさん。あっ、なんなら私が千里眼で様子を探ってあげましょうか!? ムムムンッ!」

 

 筒のように握った両手を目に当てて、窓のほうへ体を向ける裕子。

 

 窓にひっついてうなり声を上げる裕子を眺め、卯月と凛は苦笑を浮かべた。

 

「あ、ありがとうございます……」

「う、うん……。でも、超能力は遠慮しとくよ……」

「え? そうですか……。それは残念……」

 

 やんわりと断られた裕子は、しぶしぶといった様子でシートに体を戻した。……あいかわらずだが、凛も卯月も、裕子の明るさにきっと救われているはずだ。

 

 会話が途切れかけたところで、卯月と裕子のひとつうしろの座席に座っていた輝子がぼそりと口を開いた。

 

「わ、私は、部屋で留守番してるト、トモダチの様子を……見に行きたい」

 

 トモダチというのは、言うまでもなく例のキノコのことだ。

 

「輝子ちゃん、寮でもキノコを育てているですね」

「よければ私の千里眼で――」

「い、いい」

 

 すかさず自分の超能力を売り込もうとした裕子だったが、輝子にすげなく拒絶され、コントみたいにがくっと肩を落とした。……まあ、いいんじゃないだろうか。

 

「うう……、帰ったら私もさらにトレーニングに励まねば……。もっとみなさんから頼りにされるエスパーになれるように……、そう、さっきの卯月ちゃんみたいに!」

 

 唐突に名前を出され、卯月は目を丸くした。

 

「え、ええ!? 私ですか!?」

「はい! だって、お手柄だったじゃないですか、最後のあれ。『撮りまーす! 笑顔でーす!』ってやつ! あれだけの人数を瞬時に手玉にとってしまうとは……まさにサイキックパワー!」

 

 きらきらと目を輝かせて拳を握る裕子とは裏腹に、卯月はあわてふためいた様子で両手を振る。

 

「い、いえいえっ! あ、あれはその、ただ無我夢中だっただけで……」

「でも実際、あれには私も驚いた。卯月、じつは本当に超能力者だったりしてね」

「そ、そんなあ。凛ちゃんまで……」

「フフフ」

 

 困った顔になる卯月を見て、凛がめずらしく失笑した。彼女もやはり、緊迫した戦いから解放されて気が緩んでいるんだろうか。でも、あんな笑顔の彼女も、悪くないな。

 

 そんな視線を感じ取ったというわけでもないだろうが、凛が座席の上から顔を出し、最後列の席にひとりで座っていた小梅に声をかけてきた。

 

「小梅は? 寮に帰って、なにかやりたいことある?」

「わ、私ですか? 私はやっぱり――」

 

 いのいちばんに頭に浮かんだことを口にしようとしたが、小梅はすんでのところで言葉を止めた。

 

「小梅? どうしたの?」

「あっ、いえ……そうですね、私はお風呂に入りたい……かな」

 

 小梅がとっさに思いついたあたりさわりのない答えを返すと、奈緒がすぐに反応した。

 

「あー、たしかに。昨日からずっとレッスン着のまんまだもんなあ。かなり動き回ったし、もう汗だくだよ」

 

 汗ばんだ自分のジャージを不快そうに見下ろす奈緒。ほかの面々も汚れた自分の身なりに気づいたようで、それぞれ顔をしかめて衣服を摘んでいた。

 

 ……よかった。うまくごまかせたみたいだ。うん、これでいい。小梅が本当にやりたいことを言っても、今はまだブラックジョークにしか聞こえないだろう。

 

「ああ、そういえばさ、このあいだちょっと小耳に挟んだんだけど、私たち主演の映画を撮るって話が――」

 

 話題を変えてしゃべりはじめた未央の声を聴きながら、小梅はシートに背を預けた。

 

 車の天井をぼんやりと眺める。

 

 ……やりたいこと、か。

 

 疲れを癒やしてくれそうなのは、あれかな。いや、なにも考えずに楽しめるという意味では、あっちでもいいかもしれない。そうだ、思いきって凛たちを誘ってみようかな。

 

 楽しげな情景が脳裏をかすめると同時に、不意に眠気が襲ってきた。頭が重くなり、小梅はこくりといちど、大きく船を漕いだ。

 

 そのときだった。

 

「――っ!?」

 

 チクリ、と――。

 

 すねのあたりに走った鋭い痛みで、小梅は強制的に覚醒させられた。

 

 なにが起きたのか――起きているのか、すぐには理解できなかった。

 

 小梅はゆっくりと視線を下げる。みずからが座る座席の下へ。

 

「ヴ、ヴ、ヴ……ッ。ヴォ、ヴぉくが……」

 

 あ――。

 

 声を上げたつもりだったが、実際それは声になっていなかった。

 

 座席の下から頭をのぞかせた()()は、小梅の脚にまとわりついていた。

 

 彼女は噛みついている。歯を立てている。犬が骨をしゃぶるように、あるいは、赤ん坊が母親に甘えるように、小梅のすねを食んでいる。

 

「ヴォ、ヴォ……ヴォクがいちばん……、せ、世界うぃちカ、カワイイにきま、決まってまズ……」

 

 薄暗がりのなかに浮かび上がった顔――。

 

 ほんの数時間前に別れたばかりだというのに、なんだかとても懐かしい気がして、小梅は目を細めた。

 

()()……」

「ヴォクがイチバン、ヴォグガァ……」

 

 膝をつたってはいあがってきた幸子を、小梅は胸元に抱き寄せた。幸子は小梅の腕の中でもなおモゴモゴと口を動かしていたが、小梅はかまわず彼女を強く抱きしめた。

 

 噛まれた足の傷跡もズキズキと痛んだが、そんなことはもう気にならなかった。ただ愛しい気持ちだけが胸に込み上げる。

 

 さみしかったんだね、幸子。私たちと一緒といたかったんだよね? だからこの車の中で待ってたんだね、ずっと……。

 

 前方では、未央たちが談笑を続けていた。

 

「あの、みなさん――」

 

 小梅の弱々しい呼びかけは、いちどで前まで伝わり、みなを振り向かせた。

 

「え? どうしたの、小梅――」

 

 小梅は幸子を胸に抱き締めたまま、前髪から顔を出して、仲間たちに微笑みかけた。

 

「――寮に帰ったら私、お気に入りのゾンビ映画をみなさんと観たいです」

 

 

(THE END――)

 




※本編はまだ続きます。引き続き次話をお読みください。

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