シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

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 ホラー映画の鑑賞。

 

 それが、白坂小梅の趣味だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()を見ているときがいちばん幸せ、と公言するほどに、小梅はホラーが好きだ。ホラー映画ならば、洋の東西を問わず数え切れないほどの本数を鑑賞してきた。世の中を見渡しても、小梅ほどホラー映画に造形の深い十三歳はそうはいないだろう。

 

 もちろん、ゾンビものもホラー映画のいちジャンルである。

 

「ゾ、ゾンビ? って、あの、映画とかに出てくるやつ?」

 

 小梅が前髪に顔を隠しながらうなずくと、訊いた未央はぽかんと口を開けて黙ってしまった。

 

 ほかの面々も一様に怪訝な表情を浮かべていた。やはり、すんなりと受け入れてもらえるような話ではない。小梅自身、自分がホラー映画のような事態に巻き込まれることなど、さすがに想像していなかった。

 

 だがこれはまぎれもない現実なのだ。

 

 小梅はプロデューサーを閉じ込めているロッカーへ目をやった。

 

「みなさんも見ましたよね……? プロデューサーさんの、変な肌の色」

 

 沈黙が返ってきた。みなうつむいている。小梅たちは彼の手足を縛り、ロッカーまで運んだのだ。彼の異状に気づかなかったとしらばっくれることはできない。

 

「青白い……を通り越して、緑がかっていました、プロデューサーさんの顔……。血の気がないというより、()()()()()()()が体のなかを流れているような……。皮膚も、ところどころただれていました」

「うっ……」

 

 卯月があおざめた顔になって口元を押さえた。余計なことまで言ってしまったか。いたずらに恐怖を煽るつもりはなかったのだけれど……。

 

「人間じゃない……ってこと?」

 

 未央の問いかけに、小梅はあいまいに首を振る。

 

「……ゾンビの正体については諸説あります」

 

 ゾンビが「生ける屍」と呼ばれていることは、あえて口にしないでおいた。プロデューサーは生きていると、小梅も信じたい。

 

「ただ、ゾンビには一般的に、仮死状態で、本能のままに行動し、生きた人間を襲うという特徴があります。ちょうど、さっきのプロデューサーさんみたいに……」

 

 小梅はそこで天井を見上げた。天井には穴が空いていた。

 

「ゾンビになって身体能力が上がるというか、脳のリミッターが外れる例もありますから、プロデューサーさんはそのタイプだったのかもしれません……」

 

 人間離れした跳躍力だった。そのせいで彼は天井に頭をぶつけてしまい、小梅は難を逃れたというわけだ。

 

「そ、そういえば、トレーナーさんもめちゃくちゃなスピードで走ってました……」

 

 その光景を思い出したのか、幸子がぶるっと身を震わせた。

 

「そ、それじゃあ……」

 

 卯月がこわごわと廊下のほうをうかがった。

 

「プロデューサーさんだけじゃなく、外の人たちもゾンビ……になっているってことですか?」

 

 小梅は重々しくうなずいた。

 

「そう考えるしかない……と思います。感染したんです、きっと。どちらが先なのかは、わからないですけど……」

「ここだけじゃなく、街も同じ状況ってことか……」

 

 奈緒の言うとおりだろう。

 さきほどのテレビ中継で垣間見えた街の様子は、悲惨としか言いようがなかった。

 

 突然発生した停電もこのパニックの影響だろう。窓から見える街はところどころ灯りが消えているようにも思えた。電線が切られたか、あるいは発電所や変電所が壊されてしまったのかもしれない。いずれにせよ、ゾンビ発生による混乱は広域に広がっていると見てまちがいなさそうだ。

 

 小梅は自分たちを照らす電灯を仰ぎ見た。

 

「この電気は、事務所ビルに備えつけられている自前の予備電源からでしょう。停電が起きたときに自動で切り替わったんです、きっと。でも、これもいつまで保つか……」

 

 小梅はうつむいて唇を結んだ。

 

 すでにインフラの破壊が始まっているとなると、感染はもうかなりの規模で広がっていると考えざるをえない。このパニックがいつ始まったのかは定かではないが、感染のペースも早そうだ。となるとやはり、血液を介して感染するタイプの――。

 

 そこで小梅の脳裏に恐ろしい考えがよぎった。

 

「み、みなさんっ、怪我はないですか!?」

 

 小梅があわてた声を出すと、みなは一斉にぎょっとした顔を返した。

 

「え、ええと、はい……。どこも痛いところはないですけど……」

 

 プロデューサーに最初に襲われた卯月が、戸惑いながらもみずからの手足を眺め回した。

 

「あたしらも別に……なあ?」

 

 奈緒が視線を送ると、凛と未央は揃ってうなずきかえした。

 

「幸子ちゃんは!?」

「え!? わ、私も大丈夫だと……思います」

 

 ぎょっとしつつもうなずいた幸子を見て、小梅はほっと胸をなでおろした。

 

 感染――。

 

 そう、ゾンビパニックにおいてもっとも恐れるべき事態は、これである。

 

 ゾンビに噛まれたり傷を負わされたりした者は、みずからもゾンビになってしまう。ゾンビとは一種の感染症なのだ――それも、極めて感染力の高い。

 

 とはいえ、小梅たちがプロデューサーとの攻防を終えてから、すでに三十分以上は経過している。もしも誰かが彼の、あるいは廊下にいる連中の凶手にかかっていたとすれば、そろそろゾンビ化の兆候があらわれていてもおかしくない。それがないということは――とりあえずはひと安心と言っていいはずだ。

 

「な、なあ、なんかマズイことでもあるのか? どっか怪我してたら……?」

 

 奈緒から不安げなまなざしを向けられ、小梅はあわてて首を振った。

 

「い、いえ……、薬や包帯もないですし、治療が難しいかなと思っただけです……だ、だから、みなさん、今後も、き、気をつけてください」

 

 へたに脅すこともはばかられ、小梅はとっさにそんなふうにごまかした。

 

「まあ……それもそっか」

 

 奈緒たちは互いに顔を見合わせ、あいまいにうなずきあった。

 

 なんとかごまかせたかと思ったが――。

 

「……小梅」

 

 ただひとり、小梅を鋭く見返してきたのは、凛だった。

 

「えっ、あっ……」

 

 小梅は途端に緊張で胃がきゅっとしぼんだ。ごまかしたことを見抜かれた? きっと叱られる――。

 

「――アンタは、大丈夫なの?」

「……え?」

 

 思わず目を閉じてしまった小梅が聞いたのは、しかし予想とは違った言葉だった。

 

「だから小梅、アンタはどこも怪我してないのかって訊いてるの」

「えっ……? あっ! は、はい、わ、私も……だ、大丈夫、です」

 

 しどろもどろになりながらも答えると、凛はつっけんどんに「そう」と言って、小梅から顔をそらした。

 

 え……?

 ひょっとして心配……してくれたのか?

 

「とりあえず、これからどうするかだね……。小梅ちゃん」

「え? あっ、は、はい」

 

 名前を呼ばれ、小梅はあわてて未央を見返した。

 凛のことを考えていたのを見抜かれてやしないかと、少し顔が熱くなる。

 

「なんでも言ってよ。できるかぎり協力するからさ」

「あっ……」

 

 気づけば未央だけでなくみなが小梅に視線を集めていた。

 

 小梅はとっさに前髪のうしろに隠れてしまう。

 

 弱ったな……。

 なまじゾンビにくわしいところを見せてしまったから、リーダー扱いをされてしまっているらしい。

 

 リーダーになるならきっと凛さんのほうがふさわしいのに――小梅は前髪の隙間から凛の様子をうかがうが、もちろんそんな考えを口に出せるはずもない。

 

 小梅はほんのわずかに嘆息したのち、おもむろに口を開いた。

 

「……外の状況も正確にはわかりませんし、今へたに動くのは危険です。だから……とりあえずここに留まって救助を待ちましょう」

 

 みなからうなり声が返ってきた。

 

 待機――小梅の出したその案は、きっとみなの期待に応えるものではなかったのだろう。

 でも――。

 

 ほかに選択肢がなさそうなこともまた、きっと誰もが理解していた。


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