シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

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【修正】奈緒と未央の武器を修正しました。




 その声はたしかにロッカーの中から聞こえてきた。

 

 小梅たちはしっかりと閉ざされているはずの扉を見つめる。

 

 そこには不思議と人の気配が感じられた。

 

「す、すみませーん、どなたか、い、いらっしゃいませんか?」

 

 不安げな声がまたロッカーの中から発せられる。今度こそ意志のある呼びかけだ。

 

 一同のあいだに緊張が走る。

 

「この声……、プロデューサーさんか?」

 

 自然とそうなったのか、奈緒は声をひそめていた。

 

 何度か目配せをしあったあと、凛がおそるおそるといった声音でロッカーにいる人物に呼びかける。

 

「プロデューサー……なの?」

 

 ガタリとロッカーが揺れた。

 

「お、おお、その声は渋谷さんですね! おひとりですか!?」

「わ、私だけじゃない。ほ、ほかにも、いるよ」

「そ、そうですか! よかったぁ……」

 

 安堵の声を聴いて、小梅たちはすぐに角を突き合わせた。

 

 奈緒がみなをちらちらと見ながら切り出す。

 

「普通にしゃべってる……よな?」

 

 うなずかざるをえなかった。

 

 ここまでの受け答えに不審な点は感じられない。会話が成り立っている。つい数時間前、獣じみた咆哮を上げていたときとは、あきらかに様子が異なっている。

 

「ど、どうする?」

 

 凛が小梅に助言を求めた。

 

 小梅は一瞬沈思してから答える。

 

「……もう少し様子を見ましょう。なんでもいいので、なにか声をかけてみてください」

「わ、わかった」

 

 凛は息を呑むと、あらためてロッカーのほうへ体を向けた。

 

「あ、あんた、その……大丈夫、なの?」

 

 返事はすぐにあった。

 

「は、はい、大丈夫……でもないのかな? いつつ……、なんだか体のあちこちが痛くて……。んっ! え、ええと、どうも手と足が縛られてるみたいなんですよね。暗いし、狭いし……いったいどうなってるんですか、僕?」

 

 しゃべり方を聴くかぎり――いつものプロデューサーの口調に思えた。記憶は一部失っているようだが、自己認識はあるようだ。

 

 一同は顔を見合わせた。

 

 本当にプロデューサー……なのか?

 

「プロデューサーさんですよっ」

 

 声を押し殺しつつそう主張したのは、卯月だった。

 

 意表をつかれて驚く小梅に、卯月はぐいと詰め寄ってくる。

 

「正気に戻ってくれたんですよ、きっと!」

 

 卯月の鼻息がめずらしく荒い。

 

 小梅は困って凛に助けを求めた。

 

「……ありうるの? ゾンビが人間に戻る……なんてこと」

 

 凛の尻馬に乗って、卯月は期待に満ちたまなざしを向けてくる。

 

「あ、あるんですか!?」

 

 小梅は咳払いをしつつ答えた。

 

「ゾ、ゾンビ感染から回復した、という例は、案外少なくありません」

 

 みなの顔に軽い驚きが広がった。

 

 奈緒がハッと目を見開く。

 

「そ、そういえば『アイアムアヒーロー』でもヒロインの子が人間に戻ってた!」

「あれは外科的処置が功を奏して正常な意識を取り戻したという感じですが……、ウイルス性の感染で、完全なゾンビ化を免れている場合であれば、回復もありえる……のかも」

「じ、じゃあプロデューサーは、完全なゾンビにはなってなかった、ってこと?」

 

 未央の問いかけには即答できなかった。小梅は天井を見上げ、彼がそこに空けた穴を見る。ただの人間が天井に届くほど跳び上がれるとは到底思えないが……。

 

「お話ができるってことは、大丈夫だったんですよ、きっと!」

 

 なおも小梅に迫ろうとする卯月の腕を、凛が引っ張った。

 

「卯月! 気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着きなよ」

 

 たしなめられて多少でも頭が冷えたのか、卯月はバツが悪そうに目を伏せた。

 

「す、すみません。でも私……」

 

 卯月の目線はやはりロッカーのほうへ吸い寄せられる。プロデューサーが無事であってほしい。その気持ちは小梅にも痛いほどよくわかる。

 

 けれど凛の言うとおり、ここは慎重な判断が求められる局面だ。

 

 小梅は息を整えてからおもむろに口を開いた。

 

「ゾンビ化すると、大半は知性や理性を失います。けれど、なかには言葉を話すタイプが存在することもたしかです」

 

 ぼそりと返事をよこしたのは奈緒だった。

 

「たしかに、『さんかれあ』とか『これゾン』とかでしゃべってたな……」

「ええ……。正確にいえば『不死身』と『ゾンビ』は状態として異なりますが……」

 

 奈緒が挙げた例はどちらかといえば「不死身」の側面が強いといえそうだ。

 

「それじゃあ――」

 

 今度は凛が小梅に問う。

 

「そいつが()()ゾンビかどうか見分ける方法とかってないの?」

 

 小梅は少し記憶を探った。

 

「『しりとりや簡単な計算をさせる』という方法が提案されてはいますが、確立された方法とまでは……」

()()()()()がいてもおかしくない……のか」

「それに、人間的意識の存在証明とかになってくると、それこそ哲学的なアポリアになってしまいますし――」

「あ、あの~……」

 

 深みにはまりかけた議論を止めたのは、遠慮がちな男の声だった。

 

 小梅たちは一斉に振り向く。

 

 そのタイミングを見計らったかのように、ロッカーの中の彼は言葉を重ねてきた。

 

「僕、今、閉じ込められてるんですよね? できればその、外に出していただけませんか?」

 

 ついに来た! 

 

 一同はふたたび角を突き合わせた。

 

「……とりあえず問題は、今のプロデューサーが安全かどうか、ってことだよ」

 

 未央の言葉に、奈緒が反応した。

 

「さっき小梅が言ってたあれ、やってみるか? しりとりとか計算とか」

 

 奈緒は小梅をうかがう。

 

 しかし小梅は渋い表情を返した。

 

「無意味ではないとは思いますが、すでに問題ないといえるレベルでコミュニケーションが成り立っていますからね……」

 

 小梅の返答を受けて、みな押し黙ってしまった。ほかに打つ手がなにも思いつかないのか? いや――。

 

 小梅は横目でロッカーをうかがった。彼からの催促はない。その沈黙は、こちらの決定を待つという意志表示なのだろうか。

 

 視線を戻すと、みなと目が合った。小梅たちはちらちらと互いをうかがう。全員の意見がひとつの結論に傾きかけていることはあきらかだった。

 

 やがて切り出したのは、未央だった。

 

「開けて……みる?」

 

 もちろん、反対する者はいない。

 

 小梅たちは念押しをするかのごとく、互いに視線を交わしあった。

 

 最後に未央と凛と奈緒の三人が顔を見合わせてうなずきあってから、慎重な足取りでロッカーへ近づいていった。

 

 途中で奈緒が、床に転がっていたほうきを拾い上げる。

 

「念のため……な」

 

 それを見て未央と凛も、それぞれビニール傘とモップを手に取った。

 

 三人がロッカーの前で足を止めると、中から小さな物音が返ってきた。三人の気配を感じ、彼が中で身じろぎでもしたのだろう。

 

 三人は目配せをしあい、ロッカーを取り囲んだ。向かって右側に未央、左側に奈緒、そして正面に凛。

 

 未央がロッカーの取っ手に右手をかけ、ふたりに振り向く。

 

「……いくよ」

 

 凛と奈緒が重々しくうなずくと、未央はひと呼吸おいて、勢いよく扉を引いた。

 

 扉が開けはなたれるやいなや、背中を丸めた状態の男がゴロンとまろびでてきた。

 

「ぷはぁっ!」

「……っ!」

 

 三人は即座に武器を構えた。

 

 が、プロデューサーは体をくの字にして横臥したまま、かすかに身じろぎするだけ。

 

「うう……」

 

 手はネクタイでうしろで縛られ、足首にもベルトが巻かれている。

 

 そんな彼の姿を見て、未央たちはゆっくりと武器を降ろした。

 

「とりあえず大丈夫……かな?」

「そうだな……」

 

 未央と奈緒が安堵のため息を漏らす一方、小梅はプロデューサーの観察を続けた。肌の色はあいかわらず緑がかっている。しかし、血の気はうっすらとだが感じられる。額には汗がにじんでいる。だいぶ衰弱しているようだ。

 卯月もプロデューサーの容態を見て取ったのか、心配そうに眉を曇らせた。

 

「だ、大丈夫ですか? プロデューサーさん」

「う、うう……」

 

 プロデューサーは苦しげに首を縦に動かした。意識は保っているようだ。

 

「な、なにか飲み物でも持ってきましょうか?」

 

 卯月は彼の顔をのぞきこもうと、少し身をかがめる。

 

 しかしその動きを凛が制した。

 

「卯月、ちょっと替わって」

 

 凛は彼の枕元に片膝をついた。

 

 「自分がなんで縛られてるか、わかる?」

 

 プロデューサーは首を横に振った。

 

「だったら、しばらくはそのままでいてもらうよ。いろいろと訊きたいこともあるし」

 

 毅然とした態度でそう告げると、凛は小梅に目線を送ってきた。

 

 小梅は凛にうなずきかえし、プロデューサーのほうへ一歩近づいた。彼に確かめなければならないことは、やまほどある。

 

「プロデューサー……さん。小梅です……、白坂小梅。わかり……ますか?」

「ああ、白坂さん。そうか、白坂さんでしたか……」

 

 彼は目一杯首を回し、背後に立つ小梅を見ようとした。

 

 小梅は思わず眉うひそめた。今の返答……小梅の存在を認識していなかったのか? しかし彼は最初のやりとりでも小梅と対峙しているはずだ。それを覚えていないというならば、やはり記憶が混濁しているのだろうか? それとも――。

 

 ……とにかく、探りを入れてみるしかない。小梅は慎重に言葉を選んだ。

 

「……覚えているかぎりで結構です。これからする質問に、答えていただけますか?」

「ええ……了解しました」

 

 プロデューサーはふたたび小梅に背中を向けると、、もぞもぞと身をよじりはじめた。縛られた手足が気になっているのだろうか。

 

「い、痛むんですか?」

 

 痛みを感じるならば、それもまた人間の証ではあるが……。

 

「いえ……大丈夫です」

 

 プロデューサーは長く息を吐き、少し間を取った。

 

「……白坂さん、僕からもひとつ、確認させていただいてもよろしいですか?」

「え? は、はい、な、なんでしょう?」

 

 虚を突かれ、小梅は目を瞬かせた。

 

 その隙をつくかのように――プロデューサーはぼそりとつぶやいた。

 

「こんなちゃちな――」

「え?」

「――こんなちゃちな縄で、僕を拘束できたとでも思っているんですか?」

「え――?」

 

 小梅が眉間にしわを寄せた、その刹那――。

 

 バチン!

 

 なにかが弾けたような大きな音が部屋中に響き渡った。

 

 「っ!」

 

 小梅たちは反射的にすくみあがった。

 

 そして、気がついたときにはもう――。

 

 プロデューサーの姿は、小梅たちの前から忽然と消えていた。


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