宮永咲が結婚したいと頑張るお話   作:通天閣スパイス

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※ネタバレ:照かわいい


そしてその時テルーは

 ふぅ、と。授業の終わりを告げるチャイムの音を聴きながら、私は一つ溜め息を吐いた。

 教師が教室から出ていくのを横目に、只今の授業のプリントやノートを軽く見直してみる。理解できないわけではない――わけではないが、授業での解説を聞いただけで完璧に理解出来るほど易しくはないし、私の頭の具合がよろしいわけでもなかった。数百を軽く数える単語で構成された長文を見て、復習にどれ程かかるのだろうかと少々の憂鬱を覚えてしまう。

 予習なしに解かされたのは、演習なのだから当然として。だからといって高三初めの辺りで某有名私大の過去問にチャレンジさせるというのは、如何なものだろうか。教師側も別に良い点数を取ることを期待してのものではないとは分かる、分かるが、どうにも悔しさが募る。自己採点した私の点数は、然程良いわけではなかった。

 

 白糸台は進学校としての側面もある。どこぞの開なんちゃらとまではいかないが、東京の有名私立というだけでやはり、勉強のレベルはどうしても高いものになるのだ。

 麻雀に打ち込んでいるとはいえ、私は三年。受験生だ。今まで勉強の方も手は抜かなかったとはいえ、これまで以上に重い影がのし掛かってくる時期である。これからの勉強はさらにきつくなってくるだろうことを考えると、つい気分が落ち込んできてしまった。

 

 

 

「なあ、照。ここの構文なんだが――」

 

 

 

 背後を振り返り、後ろの席に座る友人にちょっとした疑問点を尋ねてみる。同じ部活のレギュラー仲間であり、クラスメイトということもあって親密な関係を築いている彼女は、少しポンコツなところはあるものの頭が悪いというわけではない。

 二人集まれば文殊の半分くらいの知恵はあるんじゃないかと、分からない部分を彼女に質問しようとしたのだが。ニヤニヤと笑いながら、ノートやプリントをさっさと片付けた上で携帯の画面を見つめている彼女の姿を見て、思わず言葉の続きを飲み込んだ。

 

 

 

「……おい。何をしてるんだ、お前」

 

「……? 携帯見てるだけ、だけど? どうかしたの、菫」

 

 

 

 コテン、と。まるで何かおかしなことでもあるかと言いたげに、彼女は首を軽く傾げて私の問いに答えた。顔があからさまににやけていた、と指摘をすれば、彼女は少し驚いたように頬を手で押さえて。しまったと、失敗したという風に呟いた。

 その反応が気になって、彼女が何を見ているのかと携帯を上から覗き込んでみる。慌てて隠そうとした彼女の手を軽く掴んで抑え、チラリと画面に視線を向けてみると、どうやら彼女は一人の少年が映った画像を見ていたようだった。年は私とそう変わらないであろう、画面の中でお気楽に町中を散歩している金髪の少年の姿を見て、「へぇ」と驚いた言葉が口をついて出る。

 彼女に視線を戻すと、恥ずかしそうに顔を俯かせている。その反応を見て、今度は私がニヤニヤとした笑みを浮かべて。掴んだ腕を放しながら、乙女のような反応を見せる彼女に対して口を開いた。

 

 

 

「彼氏か?」

 

「……ちがう」

 

「なんだ。じゃあ、片想いか」

 

「……」

 

 

 

 コクリ、と。無言で小さく頷いた彼女を見て、私は小さく口笛を吹いた。

 

 こう言ってはなんだが、まさか彼女に春が来ることがあろうとは思ってもいなかった。いや、彼女も年頃の少女なのだから別に恋の一つや二つしてもおかしくはないのだが、何と言おうか。お菓子と麻雀しか頭の中にはないんじゃないかとまで囁かれる彼女は、そういった話とは無縁であるように思い込んでいたのだ。

 彼女は、お世辞にも普通(・・)の――友達と遊びに行き、ファッションに興味を示し、どこぞの事務所のアイドル達に入れ込むような、そんな一般的な女子高生であるとは言えない。インハイチャンピオンという肩書きがそうさせないという点も勿論あるのだろうが、天才が故の弊害だろうか、どこか抜けている彼女の性格が自身を普通から遠ざけてしまっている。

 そんな彼女に、片想いの相手が出来た。その事実に私が感じた最初の感情は、彼女も女の子だったのだなぁ、という安心に近いものだった。

 

 

 

「……あまり、言い触らさないで。からかわれるのも嫌だから」

 

「分かってる分かってる、誰にも言わんさ。……しかし、そうか、お前がなぁ……」

 

 

 

 感慨深げに、目の前の彼女を見つめる。頬を少し赤く染め、どこか拗ねたように唇を尖らせる彼女の姿は、正しく年頃の乙女そのものである。初めて見る、友人の女の子女の子している姿に少し驚くと同時に、まるで子供が知らないうちに成長していた時のような――無論、私にとっては想像の域を出ないけれど――喜びを感じた。

 彼女とはかれこれ二年、今年で三年の付き合いになるが、まだまだ子供だと思っていた。麻雀には優れていてもその他のことは私達の手を煩わせてばかりのような、そんな良くも悪くも大人になれていない彼女が、いつの間にやら大人の階段を登り始めていたのだ。これを喜ばずしてどうするというのか。

 まあ、私には彼氏も好きな人もいない、という事実はこの際置いといて。今はこの可愛らしい親友を、色々と手伝ってやることにしよう。

 

 

 

「どんな奴なんだ? この、お前の想い人の少年は」

 

「……優しい。あと、家事とか、得意」

 

「へぇ。家事の出来る男か、それは随分と魅力的だな」

 

「うん、ホントに。――あいつには勿体ない」

 

「……えっ?」

 

 

 

 ふと。気のせいだろうか、一瞬彼女の顔が黒くなったような気がして。思わず聞き返した私に、「何でもない」と彼女は返した。

 ……まあ、きっと私の見間違いか何かだろう。こいつがあんな、昼ドラの姑のような顔をするとは思えない。私の知る彼女は、もっと純粋だ。

 

 

 

「そ、そうか。まあいい……。それよりほら、どうしてこの少年を好きになったんだ?」

 

「……偶然、見かけて。面識はなかったけど、妹から彼のことはよく聞いてて、見かける度に目で追うようになって。……いつの間にか」

 

「ほほう……。つまりあれか、一目惚れか。初々しいなぁお前は」

 

 

 

 ニヤニヤ、と。からかうような笑みを向けると、彼女は再び恥ずかしそうに顔を俯かせた。

 からかうなとばかりに軽く睨んできた彼女に謝りながら、私はニコリと微笑んで。生暖かい眼差しを送りつつ、彼女への言葉を続ける。

 

 

 

「ま、なんだ。お前の初恋が叶うよう、私もせいぜい手伝ってやるさ」

 

「……ほんと?」

 

「勿論だとも。友達じゃないか、私達」

 

 

 

 私がそう言うと、彼女は一瞬キョトン、とした表情を浮かべて。やがてすぐに喜色を満面に浮かべると、彼女がよく浮かべる取材用の演技のものではない、心からの笑みで「ありがとう」との感謝を溢した。

 その表情は、同性の私が一瞬見惚れるくらいには魅力的で。普段の彼女とのギャップという点もその魅力の一因ではあろうが、それを抜きにしてもそんじょそこらの男ならこれで落とせるんじゃあないか、などと。内心ふと、そんなことを考えた。

 

 

 

「……コホン。それでだ、照。彼と直接の面識はあるのか?」

 

 

 

 とりあえず、咳払いを一つ。気を取り直すと同時に、大事なことを彼女に尋ねてみる。

 彼女の話では、彼のことは妹から聞いて知ったのだという。妹がいたという事実も私は初耳なのだが、それは後で追求するとして、まず今は親友の恋愛話だ。こんなにも面白――もとい、大事そうな話題をみすみす逃すわけにもいかない。

 

 私の問いに、彼女は首を横に振った。話したこともないのかと聞けば、彼女は一言、「恥ずかしい」と小さな声で呟いた。

 ……何とも、まあ。最近の女子には珍しいほどに奥手なものだと、呆れを通り越して感心すら覚える。好きな人と話すことを恥ずかしがる少女なぞ、最早創作物の中にしかいないものだと思っていたのだが。

 

 

 

「おいおい……。じゃあ、この彼の写真達に彼がカメラ目線のものが一つもないのは、あれか。隠し撮りか」

 

「……そんなストーカーみたいなことは、しない。ただ遠くから、ちょっと、バレないようにこっそり――」

 

「それを隠し撮りというんだ阿呆」

 

 

 

 バッサリと。彼女の言い訳染みた言葉を、短く切って捨てた。……溜め息が出る。まさか友人がストーカー一歩手前の行為に及んでいようとは、さすがに予想の範疇を越えていた。

 彼女も大人になってきたかと思ったところだったのに、このポンコツ具合である。何故勇気を出して話しかけるのではなく、あえてストーキング的な道に足を踏み入れようとするのか。彼女には彼女の立てた考えの筋道があるのだろうが、どうも私には理解出来る気がしない。

 

 

 

「お前なぁ……。あのな、ストーカーは立派な犯罪だからな? というか照、お前は仮にも有名人なんだから、そういう外聞の悪い行為は慎めと言うか……」

 

「大丈夫。……長野まで行く時は、ちゃんと変装してるから」

 

「――おい待てお前まさか東京から長野までストーカーしに行ってるのか」

 

 

 

 フンス、とドヤ顔で胸を張った彼女の言葉に、私は開いた口が塞がらなかった。

 そういえば、ここのところ毎週、彼女は予定があるとかで週末は出掛けているとかいう話を聞いたような覚えもあるけれど。どうせ散歩か何かだろうと気にも留めていなかったが、まさかこんな真相だったとは露知らず。

 東京から長野まで、わざわざ彼を見に行くためだけに行くその行動力は本当に凄いと思う。……思うが、そんなものがあるなら勇気を出して話しかけてみたらいいじゃないかと、そんなことを思わずにはいられない。

 

 

 

「……」

 

 

 

 私は無言で、携帯電話を取り出す。正直、もう形振り構っていられるような状況ではない。こいつ一人に任せて何か問題を起こされるような事態は、何がなんでも防がなければならない。

 大人に頼るという選択肢はない。インハイチャンピオンがストーカー紛いのことをしていたなど、話が漏れただけで大事だ。教師達に話せば色々と面倒な事態になり、それは少なくとも彼女にとっては良い結果は生まないだろう。彼女の初恋を叶えてやりたいというのは、まごうことなき私の本音なのだ。

 幸い教室内は騒がしく、今の話を聞いていた人間は私達以外にはいないはずだ。故に今出来る最善の解決法は、ストーカー云々は内緒にした上で、彼女が暴走しないように彼と付き合わせてやること。そのための手段として、私は迷いなく自らの頼れる仲間達へと連絡を取った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で。その結果がこれ、か」

 

 

 

 次の日曜。何だかんだと仲の良い部のレギュラー達に連絡して、皆に照の初恋への助力を頼んだ後のこと。

 部活後に集まって色々と話し合った結果、『私達がついていって彼と引き合わせ、普通に正攻法でいけばいいのではないか』という結論に達した私達は、ろくな私服を持っていないという彼女をとりあえず皆でコーディネートすることにした。

 大星が原宿で可愛らしい服を買い、尭深が渋谷で化粧道具を揃えて、亦野が小物を整えて行く。他のメンバー達も色々と楽しんでいたのだろう、ノリノリで彼女を飾り付けていた。

 そんな私達の悪乗り、かつちょっとした暴走の結果が、今目の前にいる彼女の姿であり。それを見つめる私達の表情は、予想外の――傑作を見るようなものだった。

 

 

 

「……うっわ。磨けば光るんだねー、テルー」

 

 

 

 キャピキャピした私服に身を包んだ大星が、驚いた様子で呟いた。目の前の少女から普段の彼女を連想出来ないのか、信じられないような目を彼女に向けている。

 私もその気持ちは分かる。視界に映る彼女は、まるでドラマの登場人物のような美少女だった。くるり、と姿見の前で回って自分の格好を見ている彼女を、いつもの彼女を知らない人間が見てもその正体には気がつけないだろう。

 

 ふんわりとした、淡い卵色のワンピース。ピンクのケープを上に羽織り、鍔の長い茶色い丸帽子を被っている。そんな一見すると儚げな雰囲気すら感じさせるような少女が、今の照である。

 化粧によって顔つきが少し柔和に見えていることもあるし、何よりそういう風に見せるような服を大星と店員が選んだということが大きいとはいえ、まさかここまで化けるとは、と私は内心で少々の戦慄を覚えていた。

 

 

 

「ま、少なくとも、これなら変に見られることはないでしょ。後は先輩が相手さんとどう仲良くなるか、っすかねぇ」

 

 

 

 ふむ、と顎を手で擦りながら、亦野は然程驚いた様子も見せずにそう言った。

 照ほどではないが、あまりこのようなこととは縁がないように思っていた――無論、私の勝手な思い込みであった――彼女だったが、意外にも集めた仲間達の中では一番乗り気だった。元々ファッション等に興味はあったということなのだろう、彼女自身にはあまり似合わさそうなアクセサリーを楽しそうに選んで照へと渡していた。

 

 ちなみに、彼女にも彼氏はいない。と言うより、ここにいるチーム虎姫全員が独り身である。

 部活云々で忙しい中の貴重な日曜日、こうして集まれるという時点で色々とお察しではあるが、今のところ照以外には男の影も噂もないのはどういうことだろうか。年頃の少女としてこれでいいのかと、何だか無性に不安が掻き立てられる。こう、何と言うか、今のうちに男をゲットしておかないと取り返しがつかなくなるような、そんな予感が――

 

 

 

「……あの。今更なんですけど、その。インハイ予選が近づいてるのに、私達、こんなことしてていいんでしょうか」

 

 

 

 ハッ、と。恐ろしい考えに行き着きつつあった思考から、尭深の声によって呼び戻される。

 コーディネート中は大星達に混ざってノリノリで化粧を施していた彼女だったが、一度冷静になると少し不安になったのだろう、練習せずに遊んでいる現状に疑問を投げ掛ける。が、私は別段狼狽えることもなく、彼女に視線をやって。不安そうに視線をあちこちに飛ばしている彼女を安心させてやるべく、その返答をした。

 

 

 

「まあ、絶対に大丈夫だとは言わんが、構わないだろう。部活に手を抜いているというわけでもなし、休みもあった方が能率も結果も良くなるしな。

 ……それにな、尭深。万が一照を放っておいてみろ。一人で勝手に振られて、メンタルが不味いことになりかねん」

 

「……ああ……」

 

 

 

 チラリと照を見て、どこか納得したように返事をした彼女は、果たして私の答えの前後半どちらに納得をしたのだろう。照に向ける視線が生暖かいという時点で察することは出来るが、あえての明言は避けておく。

 メンタル面は軽視されやすい、と言うより実力面という分かりやすいものがあるために目立たないものではあるが、決して見くびることは出来ない重要な要素の一つである。いくら実力はあろうが、本番のメンタルがボロボロなら普段通りの活躍を見せるのは不可能に近い。それは高校最強とも目される宮永照とて例外ではなく、失恋のショックが彼女を襲えば今年のインターハイが悲惨なものになりかねなかった。

 だから、彼女の恋は成就させる。例え競争相手がいようが、どこぞのアラサーが呪いを振りかけてこようが、絶対に照をハッピーエンドに導いてみせる。宮永照という絶対的なエースの存在は、私達には必要だ。

 

 だから、見知らぬ長野の少年よ。私を恨んでくれても構わん。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふふ。これなら、京ちゃんも見惚れてくれるかな。

 あ、そうだ。お弁当とか、作っていった方がいいかな。……えっと、包丁を持つのって、孫の手でいいんだっけ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――我々のために、死んでくれ。

 

 

 

 

 




ミッソーカッツ誕生記念。私は名古屋コーチン弁当が好きです。


Q.きのこたけのこ

A.おう皆喧嘩せずに仲良くやろーや(コアラのマーチ派)

Q.ガッツは復活するってオッチが言うとったで!

A.(更新を)思い出しました。

Q.なんでのどちゃん逆行COしたん……?

A.回収する予定もない裏設定なんでぶっちゃけますが、潜伏でやっちゃうと咲との仲が修復不可能なくらいに拗れちゃうかもしれないと考えたから。何だかんだで大事なんですよ、咲も。

Q.次の更新はよ

A.葵ちゃんとひじりんがサクセスで攻略出来るようになったら。

Q.お嫁さんは豊音さんがいいと思うんだよー

A.原作の終局時の泣き顔が凄い可愛いと思った(こなみ)


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