それからの大洗女子学園 あんこうチーム卒業編   作:春秋梅菊

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「それからの大洗女子学園 あんこうチーム卒業編」
三年生になったみほ達の活躍を描くシリーズ2話。

あらすじ
新たな戦車道履修者獲得のため、再結集するチーム達。けれど何だか足並みがそろわない様子。おまけに今年の生徒会は非協力的で、活動自体も危うい感じ? そんなさなか、バレー部に入部希望してきた謎の転校生が現れる…。


新登場人物
川村ユング(かわむら・ユング)…大洗に転校してきた二年生。頭脳明晰・スポーツ万能の天才少女。バレー部に入部するが…。
内野沙耶(うちの・さや)…バレー部復活に触発されて、居合道部復活を目的に戦車道を履修する。二年生。礼儀正しい大和撫子。
袴野結子(はかまの・ゆうこ)…二年生。居合道部員。自称財閥の娘で高飛車。
脇野小刀(わきの・こだち)…二年生。居合道部員。冷静沈着。
太刀野間愛(たちの・まあい)…一年生。居合道部員新入生。童顔で性格も子供っぽい。ぬいぐるみ愛好家。
官有くめ子(かんゆう・くめこ)…新生徒会長。視野が狭く無能。昨年何かと優遇されていた戦車道チームを敵視する。

新戦車
ソミュアS35…第二次世界大戦初期に開発されたフランス軍の中戦車。同時代の戦車の中では比較的スペックも高く、評価を得ていた。ただし整備性や構造に欠陥あり。大洗女子学園の古い体育館倉庫にて、武部詩織達に発見される。



2話 すっごいバレー部転校生です!

 

 

 大洗女子学園内の、とある教室。

 暗闇の中、五つの人影がオレンジジュースの入ったグラスを手に、密談をかわしていた。

「ねえ、そろそろ今年の必修選択科目の履修が始まるみたいだよ……?」

「それは楽しみだね……」

「ククク、今年は何人の命知らずが、この戦車道を選ぶのかな?」

「私達の恐ろしさもわからないまま、のこのこ戦車道を履修してくるなんて、ほんと馬鹿だナー」

「……」

 五人がヒヒヒ、フフフと怪しげな笑いを発していると、教室の扉が開いた。

 パチン、とスイッチの音。

「あ……」 

 電気が灯り、五人の姿が晒される。

 教室に入り、スイッチをつけた人影――澤梓は、すっかり困惑を浮かべた。

「みんな……何やってるの?」

 室内にいたのは、大洗女子学園戦車道部履修者の二年生・うさぎさんチームの面々だった。

 坂口桂利奈が、頬を膨らませた。

「もう梓~邪魔しないでよー。せっかく後輩に脅威を与える練習してたのに」

「きょ、脅威を与える練習?」

 唖然とする梓へ、大野あやが笑顔で答えた。

「私達もう二年生なんだよ。新顔には上下の別を教えておかないと! 最初にビビらせておけば効果的でしょ」

 その隣にいた山郷あゆみも、同意の声をあげる。

「そうそう。ま、最初はこういう余興も必要じゃない? 沙希もそう言ってたよ」

 二年生になって間もないとはいえ、無邪気な性格は去年と少しも変わらない。

「みんなどこに行ったのかと思ったら、こんなことやってたわけ?」梓は辟易したが、それから気を取り直して続けた。「西住隊長から招集かかってるよ。たぶん、来週のオリエンテーションの打合せだと思う」

「ええ、またやるの~? 新学期始まってから毎日だよ~?」

 渋る宇津木優季へ、梓は決然と言った。

「ダメだよ! 西住隊長にみんなを連れてくるよう頼まれたんだから。ほら、もう行くよ!」

「はぁーい!」

 うさぎさんチームは一斉に応じて、意気揚々と教室を出て行った。

 

 

「そ、それはどういうことでありますか?」

 秋山優花里は思わず聞き返した。

「どうもこうも、今話した通りだよ。去年は角谷杏前会長の方針で色々と見逃したけど、今年はそーいうわけにいかないわけ」

 大洗女子学園生徒会長・官有(かんゆう)くめ子は、会長用デスクに座り、組んだ手の上に顎を乗せながら冷笑した。

 小柄な身長、どこか幼さの残る知的な面立ちは、前会長の角谷杏子に似ている。違うのはポニーテールにしたロングヘア―と、すぐそばに置いてある茨城名産・納豆味スナックだった。

 優花里は根気強く言い返した。

「ですが、戦車道履修者確保のためには――」

「あのさぁ。知っての通り、大洗女子学園の本来の三本柱は茶道・弓道・忍道だから。長年の実績もあるわけだし。ぽっと出の戦車道を優遇し続けて、これまで頑張ってきた三本柱をないがしろには出来ないっしょ」

「それは、わかりますが……学園が存続しているのは、戦車道での優勝があったからこそで……」

 くめ子は納豆スナックをしゃくりとかじりながら、言った。

「そこだよ、そこ。去年のデータ見たけどさぁ、あんた達随分予算を使ってくれたみたいじゃん? 戦車の整備・修理費だけで相当なもんになってるし。他にも、杏会長が個人的に用途不明の支出を何度もやってるけど、これも戦車道関連なんじゃないかなぁ……。ほんと、一体どれだけ金かけたんだかわかりゃしない。日露戦争じゃないけどさぁ、勝っても不景気じゃ無意味なんだよ。毎年こんな金がかかってたら、とても戦車道なんてやってられないね」

 一気にまくし立てられ、優花里は返答に詰まった。

「ま、そーいうわけだから頼むよ。別に戦力的にも問題ないんでしょ? 西宮流だか西本流だかの人もいるし、去年は八輛で優勝出来たんだし。まさか……今更戦力が厳しいとか言わないよねえ?」

「あなたの言い分はもっともですが――」

「結構、結構! わかってくれたみたいだね!」くめ子が強引に言葉を割り込ませ、ホチキスで束ねた資料を優花里へ投げつけた。「じゃ、今年の予算案はこれで決定するから。隊長殿によろしく頼むよ」

 

 

 大洗女子学園の戦車ハンガーの隣には、戦車道履修者専用特別教室――通称作戦会議室が設けられていた。去年は戦車道を復活させたばかりで、皆が集まる場所も無く、メンバーはもっぱら生徒会室を利用していた。大学選抜チームとの試合が終わって落ち着いた後、角谷杏が生徒会費から予算を工面して、この部屋を作ってくれたのだった。

 室内はなかなか広い。会議用のロングテーブル、椅子、パソコン、戦車道関連の資料を並べた本棚のほか、履修者全員分の個人ロッカーもある。申し分ない環境だった。

 その日も、週明けに始まるオリエンテーションのため戦車道履修者が集まっていた。

 しかし、みほはその顔ぶれを見て若干不安を禁じ得なかった。

 メンバーが全員揃っているのはあんこう、カバ、うさぎの三チームだけだ。バレー部と自動車部は新入部員向けの準備が、カモさんチームは風紀委員の仕事が忙しく参加出来ない状況だった。カメさんチームは生徒会の面々が卒業してしまったため今は無い。アリクイさんチームもぴよたんが卒業し、人員が不足してから次のメンバーを見つけ出せずにいる。

 今日だけは、全員が集まってくれると思ってたんだけどな……。

 みほは心の中で嘆息した。こういう時、杏会長の求心力が羨ましくなる。あの人には他人を巻き込む力があった。普段は表だって動かないけれども、ここぞという場面で優れた行動力や決断力を見せてくれる人だ。

 でも、弱音は吐いていられない。今年は私が頑張らないと。大丈夫。私には支えてくれる仲間がいる。そう考えて、みほは自分を励ました。

 うさぎさんチームは楽しげにおしゃべりしていた。最初は完全に初心者だったこのチームも、今では一年間の経験を経て優秀な戦力になっている。

 優季が両手を胸の前で合わせて言った。

「二年になったんだし、うちの戦車もパワーアップしようよ~。カラーリング赤くしたり~、羽つけたり~」

 すると、あやも身を乗り出した。

「もっと実戦的な装備の方がいいんじゃない? パイルバンカーとかミサイルポッドとか、あるいは装甲を厚くするとか!」

 相変わらず可愛らしいところがあるなぁ、とみほは微笑んだ。

 それから、カバさんチームに目を向ける。こちらは車長のエルヴィンが椅子の上で腕を組み、苛立たしげに言った。

「それにしても集まりが悪いな。軍法会議ものだぞ」

「戦国時代なら打ち首である!」

 と言う左衛門左に続いて、カエサルが拳を振り上げる。

「もっと規律を高めるためにも、法整備が必要だ! ローマ法をもとに法律を作ろう!」

 おりょうがそれを引き取って、さらに続けた。

「局中法度もとい、戦車道法度を作るぜよ」

「それだ!」

 みほはくすっと笑った。歴女揃いのカバさんチームが見せるいつものやり取りだ。戦車道のメンバーにとっては、もはや日常的に欠かせない光景だった。

 カエサルが仕切り直し、みほを振り向く。

「それで、隊長? 今日の議題は?」

「うん。それなんだけど、もうすぐ優花里さんが生徒会との会合から戻ってくるから……」

 話半ばで、会議室の扉が開いた。

 入ってきたのは優花里だった。みほは微笑んで呼びかけた。

「優花里さん、良かった。今ちょうどね……」

 ところが、優花里は会議室の扉の前で棒立ちしたまま、歯を噛みしめてうなだれている。握った拳が、小刻みに震えていた。

 みほは眉をひそめた。

「優花里さん?」

「皆さん、すみません……。私の力不足で、申し訳ない報告がありまして」

 沙織が立ち上がり、優花里の手を取った。

「ゆかりん、どうしたの? とりあえず座りなよ」

 優花里は席へつくと、バッグから資料の束を取り出し、机の上へ投げ出した。そして暗い声で言った。

「今年の必修選択科目別の運営概要です。人数分コピーしてきましたので、目を通していただけますか」

 皆は不安げな面持ちになりながら、それぞれ資料を手に取った。

 沙織が、真っ先に口を開いた。  

「な、なにこれ? 予算が去年の半分しか無いじゃん!」

 彼女が見ていたのは、格必修選択科目に振り分けられている予算案のデータだ。同じページに掲載されている去年の予算と比較すると、半分以下に減っていた。

「これじゃ弾薬くらいしか買えないよ? 戦車の修理や整備も満足に出来ないじゃない!」

「ば、馬鹿な……」麻子が愕然と体を震わせた。「遅刻見逃しが無くなってる……どうすればいい」

 華が頬に手をあてて嘆息した。

「アイスや食券の特典も無くなっていますね。単位も三倍では無くなったようですし。一体、どういうことなのですか?」

 皆が、一斉に優花里を見た。

 優花里はうなだれたまま、ぽつぽつと話し始めた。

「今年になってから、生徒会は会長の官有くめ子さんを筆頭に、我々へ非協力的な立場をとっていまして。これまで何とか説得を続けてきたんですが、駄目でした。本当に、申し訳ありません。せっかく、西住殿から副隊長に任命されて、仕事を全うするべく頑張っていたのに……新学期早々、こんなことになってしまって」

 沙織がテーブルを叩いた。

「ゆかりんは悪くないよ! 問題は生徒会でしょ? みんなでその官有くめ子へ話をつけに行こう!」

 立ち上がろうとする彼女を、華が押しとどめる。

「あまりことを荒立てるのはよろしくないのでは……。新会長は戦車道を敵視しているようですし、表だって反抗の意を示せば、わたくし達の立場は悪くなるだけです」

 山郷あゆみが悔しげに言った。

「でも、どうするんです? 黙ってこんな条件を呑むんですか?」

 一同は不安げに顔を見合わせた。

 確かに、戦車道の復活から履修者勧誘、その後の活動といい、色々な面で優遇されながらも学校から批判の声が殆どなかったのは、生徒会のバックアップや影響力によるところが大きかった。今年は、その強力な後ろ盾を失ったのだ。

 少しの間、気まずい沈黙が流れた。

「大丈夫です」不意に、みほが口を開いて皆の視線を集めた。「みんな、考えて欲しいんです。もし履修の特典だけが目的だったら、今日まで戦車道を続けることだって無かったと思います。戦車が好きだからこそ、続けてこれたはずなんです。確かに優遇措置は無くなりましたけど、それは不平を言うほどのことじゃありません。きっと今年も戦車道を好きになってくれる人が集まってくれます。一番深刻な予算の問題も、私と優花里さんで繰り返し生徒会を説得してみます。今は大人しく条件を呑んで、来週のオリエンテーションを頑張りましょう」

 カエサルがふっと笑みを浮かべた。

「ふふ、三年になってから威厳が増したね、隊長」

 梓も瞳を輝かせる。

「かっこいいです……!」

 他のメンバーもみほの言葉に頷き合い、チームは自然と同意に達した。

 必ず履修者を集めてみせる、みほは心に誓った。

 

 

 

「いてて、しーちゃん、もうちょい優しく」

「ご、ごめんね」

 詩織は慌てて綾乃の腕に巻いていた包帯を緩めた。

 放課後、淵上さん達に虐められていた詩織を助けるため、綾乃と美智は怪我を負ってしまった。危ういところを穂積きりこが操縦する戦車に救われたが、さもなければ二人はもっと酷い目に遭っていたかもしれない。

 その後、詩織は綾乃と美智を自分の学生寮へ連れて、怪我の手当てをしていたのだった。

 詩織は後悔の滲む声で言った。

「二人とも、ごめんなさい。私なんか助けたせいで……」

「しーちゃん、そんなこと言わないでよ」

「そうだよぉ」

 綾乃も美智も、屈託のない様子で答えた。詩織は手に持っていた包帯の残りを、ぎゅっと握った。

「でも、やっぱり……これから私とつき合わない方がいいよ。一緒にいたら、虐められちゃうから……」

「その時は、やり返してやるだけだって」

 体中傷だらけなのに、綾乃は力強く言ってみせた。詩織は小さな笑みを浮かべて、それから俯いた。

「強いんだね、藤村さん。私じゃ、そんなこと出来ないや」

 綾乃の手が伸びて、詩織の手を包み込んだ。

「そんなんじゃ、ないよ。ただ、あたしも東京に住んでた頃、虐めに遭ってて。ここへ引っ越したのも、逃げ出したくなったからでさ。あたし、高校から変わろうって決めたんだ。強い自分になろうって。同じように虐められてる人がいたら、助けたいって。ま、ボコボコにされちゃったけど」

「そう、だったんだ……私、藤村さんは住む世界が違う人だって思ってた。綺麗だし、自己紹介も堂々としてたし」

「あんなの、演技だよ。表向きはしゃきっとしてたかもしれないけど、ほんとは怖かったんだから。ま、いいじゃん。過ぎたことはさ。これからもあたしはあんたの友達ね。オッケー?」

 美智も横から身を乗り出した。

「えへへ、私も友達だからね」

「うん」詩織は涙をこらえるので精一杯だった。「ありがとう……!」

 綾乃がうんと伸びをしながら言った。

「それにしても、戦車凄かったねー。実物見たの初めてだけど、感動しちゃったよ。なんだっけ、ソーナンス35?」

「ソミュアS35だよ」

 美智が訂正すると、綾乃がぽんと手を打った。

「そうそう、それ! つーかやっぱあんた戦車好きじゃん! なんで機体の名前まで知ってんの?」

「えっと、あはは……たまたまだよぉ」

 どういうわけか、美智は戦車のことを言及されるとはぐらかしてしまう。

 もっとも、綾乃も詩織もあえて追及することはしなかった。お互いのことを、理解し始めていた。三人それぞれが過去の傷を背負っていて、だからこそ新しい高校生活に賭けているのだと。

 戦車、か。

 姉から話を聞いていた頃は、別段意識していなかった。むしろ姉と比べられるのが嫌だから、戦車道は履修しないつもりだった。

 でも、今日私を救ってくれた戦車の姿は……何だか、私の全てを変えてくれる気がした。

  

 

 週明けの月曜日。生徒会の呼びかけで、全校生徒が体育館に集まった。

 生徒会長・官有くめ子が納豆スナック片手に簡単な挨拶をした後で、上級生による各必修選択科目のオリエンテーションが開催された。茶道、香堂、弓道、合気道……いずれも特徴的なパフォーマンスを見せ、生徒達の注意を引き付けた。

 いよいよ、戦車道の紹介になった。

 詩織は綾乃と美智に挟まれて座りながら、ごくりと唾をのんだ。

 壇上の台に、姉の友人・秋山優花里さんがマイクを持って現れた。

 彼女が指をはじくと、背後のモニターに映像が浮かぶ。

 画面に向かって迫る戦車、巨大な砲撃音、そして赤文字で書かれた「戦車道」のロゴ。凄い迫力だ。

「せええええんしゃどォ!」優花里さんが拳を振り上げて叫んだ。「それは、熱き戦車達の闘い!」

 バックの映像が次々に切り替わり、激しい戦闘場面が流れていく。

 優花里さんが、先ほどにも勝る勢いで叫んだ。

「せええええんしゃどォ! それは、人生の縮図ッ! 乙女のロマンであります!」

 走馬燈のように流れる戦車の映像を、詩織は食い入るように見つめた。

「ふえーっ、迫力あるなーっ」

 綾乃が感心したように言えば、美智もうっとりしながら呟いている。

「うわぁ、あれはティーガーだぁ。あっちはT-34かな。凄いなぁ。かっこいいなぁ」

 他の生徒達も、少なからず引き込まれた様子だ。優花里さんが謎のポーズを決めながら、解説になっているようななっていないような、よくわからない調子で続けた。

「戦車道とは! 通信・操縦・装填・砲撃・指揮! 見よッ、砲塔は赤く燃えている! 大洗の未来を守るため、是非戦車道を履修しましょう! 戦車乙女達、カアアアァム・ヒアアァッ!」

 数十の戦車が砲弾を放つ映像と共に、優花里さんも言葉を締めくくった。咳払いすると、それまでと打って変わった落ち着いた声でつけ加える。

「それでは、我が大洗女子学園戦車道チームの隊長・西住みほ殿よりお言葉をいただきましょう! どうぞ!」

 ガチガチに緊張した様子のみほさんが、壇上へ姿を見せる。歩く間、右手と右足が同時に出ていた。顔は真っ赤に染まり、びっしょり汗をかいているのが、詩織の位置からでも見えた。

 一年生のいる列から、密やかなざわめきが聞こえてきた。

「ちょ、あれが隊長? 威厳なくない?」

「なんか見た目普通だねー」

「戦車やるっていうから、コワそうな人想像してたのに……」

 生徒達に向き直ったみほさんは、胸の前でマイクを握りしめ、視線をきょろきょろとせわしなく動かしていた。それから大きく息を吸い、明らかに震えているのがわかる声で話し始めた。

「あ、あのう……えっと、戦車道は、その、とても楽しい武道です。で、ですから皆さんの、参加を……お、お待ちしています! ぱ……パンツァー・フォー!」

 唐突に謎のフレーズを叫んで、拳を振り上げる。

 が、威厳の無い話しぶりと、理解不能なフレーズのせいで、生徒達の反応は薄かった。まばらに起こった拍手で、一層気まずさが増した。

 みほさんは「しまった。失敗した」と言わんばかりの表情で、逃げるように退場していく。何とも後味の悪い終わり方になってしまった。

 綾乃が目をしばたいて、詩織に囁いた。

「最後、なんつった? パンツはアホって言わなかった?」

「私もそう聞こえちゃった……」

 美智が苦笑気味に言った。

「えっとね。パンツァー・フォー。戦車前進って意味なんだ」

「やっぱ詳しいねアンタ」

 そんなやりとりの間に、生徒会長のくめ子が再び壇へ上がる。今週中に履修科目を決めるように云々の話をした後で、集会は解散となった。

 

 

「本当に、ごめんなさい……。最後の最後で台無しにしちゃって。もっと言わなきゃいけないこと、あったはずなのに。頭真っ白になっちゃって」

 昼休みの作戦会議室。みほは両手に顔を埋めながら、暗い声で皆に謝罪した。カエサルには威厳が増したと称賛されたが、見知ったチームメイトの前で話すのと、見知らぬ大勢の生徒の前で話すのでは、まるで状況が違う。

 沙織と華が、口々に慰めた。

「みぽりん、大丈夫だって! 恋愛もうぶな感じが一番人をひきつけるんだし! ああいう路線で良かったよ」

「必死な感じがみほさんらしくて、わたくしは好きです」

「むしろ、前半の秋山さんの紹介が意味不明だった」と麻子。

「ええっ、そうでありますか? 私なりに、パフォーマンスを必死に考えたんですが……」

「映像の方はともかく、話が意味不明」

 淡々と述べる麻子に、今度は優花里がショックを受けた顔になる。沙織が慌てて口を入れた。

「まぁまぁ! 人事は尽くしたんだし、後はうまくいくことを祈るしかないじゃん? それより、早くご飯行こうよ」

「そうですわね。大分お腹が空いてきました」

 華も笑顔でお腹をさする。五人は食堂へ向かった。あたかも昼食時、食堂は生徒でごった返していたが、みほ達は何とか席を確保することが出来た。

「新学期始まってから、いつも混んでるね。新入生が多いみたいだけど」

 みほの言葉を聞いて、向かいに座っていた華が答えた。

「ええ。入学したばかりの頃はみなさん、食堂へ行きたがりますから」

 納豆をかき回していた沙織が、唐突にため息をつく。

「あーあ。春といえば、何か素敵な出会いがあってもいいのに~。私の恋にはいつ春が来るのかなぁ」

「女子校で学校生活しているんだから、そんなのが来ないのは当たり前じゃありませんか」

 華が呆れ顔で言うと、沙織はすかさず噛みついた。

「なによ! 華はずるいよ! ハワイで沢山男の人捕まえてたくせに!」

 先日、華が春休み中ハワイ旅行に出かけていた話を聞いて、沙織とみほはその時の写真を見せて貰った。が、どれもイケメンな外国人と一緒にうつっている華の姿ばかり。中には連絡先まで交換している者もいた。それを知って以来、沙織はすっかり膨れている。

 華が肩をすくめた。

「あれは向こうが勝手に寄ってきただけで……。私から誘ったわけではありませんし」

「やだもー! 勝利宣言されたー! みぽりんも何か言ってよぉ」

 みほが指先で頬をさすりながら言う。

「ええと、沙織さんもハワイに行ってみればいいんじゃないかな。きっと声かけて貰えるよ」

 途端に、沙織は瞳を輝かせて起きあがった。

「だよね! だよね! ようし、決めたよ。私、夏休みはハワイに行ってくる! やっぱ今時は国際恋愛だよね!」

「国内恋愛もしていないのに、国際恋愛に走るんですか?」

 華がすかさず突っ込みを入れる。

 その時、誰かが背後からみほの肩をつついた。

 振り向くと、そこにいたのは腰まで伸びた長い髪にぐるぐる眼鏡の生徒。ありくいさんチームのねこにゃーだ。すぐ後ろにはチームメイトの二年生・ももがーもいた。

「こんにちわ、西住さん。ちょっと、いいかな」

「うん。なあに?」

「あ、あの。凄く言いにくいことなんだけど……」ねこにゃーは両手の指をつつき合わせながら言った。「今年は戦車道、ボク達は参加出来なくても大丈夫かな」

 あんこうチームの面々は揃って驚きを浮かべた。

「ええっ、どうして?」

「実は、気の合うチームメイトが見つからなくて。ネットで募集かけたんだけど、全然集まらなかったんだにゃ。さすがに二人じゃ戦車は動かせないし」

「え、えっと。それは――」みほが対応策を考えていたところへ、また別の一団がやってきた。カモさんチームの三年生・後藤モヨ子――通称ゴモヨと、金春希美――通称パゾ美だ。

「西住さん。ちょうど良かったです。話したいことが」パゾ美が淡々とした調子で言った。「私達、今年は戦車道履修しません」

 みほは愕然とした。

「え……カモさんもですか?」

「風紀委員は今、内部的な問題が多いの」

 パゾ美の言葉に、ゴモヨがこらえきれない様子で口を出した。

「何事も無いような口ぶりだけど、その原因を作ってるのはあなたなのよ? 少しは自覚してよ!」

「悪いのはお互い様。こんなところでケンカする気?」

「そういうつもりじゃ……だけどあなたの言い方は!」

 二人の険悪な様子を見た沙織は、机の下で麻子の袖を引き、密やかに尋ねた。

「え、やだ。どうしちゃったのあの二人……」

「そど子が卒業してから、後釜争いをやってるらしい。そど子は次期委員長にパゾ美を任命したが、後輩や同輩の支持が厚いのはゴモヨの方で、内部分裂が起きてると聞いた」

「あちゃー、そういうことなんだ。最悪の状況じゃん」

 ゴモヨとパゾ美は、おろおろするみほの前でぎゃあぎゃあ言い争った挙句、最後にこう告げた。

「とにかく、私はゴモヨと一緒の戦車に乗って戦うのは不可能です」

「私もパゾ美と一緒の戦車に乗りたくはありません! 必修選択科目は、個人でやれるものにします。申し訳ないですけれど、そういうことでお願いします!」

 二人はきびすを返して歩き出した。その間も、口論が絶えなかった。

「それじゃ、ボクも……」

 風紀委員達を追いかけるように、ねこにゃーも一言残して足早に去っていった。 

「み、皆さん待って……」みほが呼び止めた時には、もう遅かった。すっかり当惑して、友人達を振り向いた。「どうしよう……?」

 経験者がチームから離脱すれば、大幅な戦力低下は免れない。

 焦るみほへ、華がなだめるように告げた。

「落ち着いて対応を考えましょう。履修科目の最終決定までには、一週間あります」

「そうだよ。みんなで説得しようよ!」と沙織。優花里と麻子も頷いて、同意を示した。

 チームメイトの決意を目にして、みほの不安も幾らか和らいだのだった。

 

 

「藤村さん、どうしちゃったんだろうね」

「うん……」

 詩織は、持ち主のいない机を見つめていた。

 昼休み、綾乃は用事があるといって抜け出したきり、とうとう教室へ戻らず、そのまま早退してしまったのだった。詩織と美智は不安でならなかった。せめて、何か連絡くらいくれてもいいのに。

 詩織はため息をついた。

「三人で、相談したいことあったんだけどな」

「何を?」

「必修選択科目のこと」

「あ、詩織はもう決めた?」

「うん」詩織はおずおずと言った。「戦車道にしようかな、って」

「えっ」

 何故か、美智はたじろいだ。

「栗林さんは?」

「あ、ええとぉ……まだ決まってないや」

「え……戦車道は? オリエンテーションでも、楽しそうにしてたのに」

「戦車道は、その、ダメなんだ。私、昔ちょっとやってたんだけど、本当に才能無くて。履修しても、きっと落第しちゃうと思う。だから……別のにしようかなって」

「そう、なんだ……」

 美智は申し訳なさそうにつけ加えた。

「ごめんね」

「あっ、そんな。謝ることなんかないよ」

 慌ててそう返したが、内心がっかりしていた。出来ることなら友達と同じ科目を選びたかった。けれど、美智は嫌がっているようだし、無理強いもしたくない。

 綾乃なら、戦車道を選んでくれるだろうか?

 午後の授業が終わり、下校時間。詩織の携帯に、ラインのメッセージが入ってきた。

 送り主は綾乃からだ。

『ちょっと話せる?』

 校内は電話禁止なので、詩織は一度学校の外へ出て、連絡を入れた。

「もしもし……」

「あ、詩織? ほんっとゴメンね! 連絡も無しに早退しちゃってさ。ちょっと大事な用事があってさ」

「ううん。大丈夫だよ」

 大事な用事と聞いて、そういえば綾乃は先週の月曜も用事で早く帰ったっけ、と思い出した。

「そっか。よかった。明日はちゃんと学校いけるからさ。美智にも伝えといてよ」

「うん」せっかく電話したのだし、詩織はもののついでに聞きたかったことを尋ねた。「あの……藤村さんは、必修選択科目決めた?」

「あー、あれね。まだ決めてないけど」

「せ、戦車道とか、どう……?」

「戦車道かぁ。ちょっと、ムリかな」

「え……どうして?」

「それは、その」

 綾乃が言葉を濁すと、詩織もすかさず言った。

「あ、ごめんね。話したくないことなら……」

「いいよ。詩織は友達だし、話しちゃうね。でも、他の人達には内緒だよ。実はあたし、仕事やってるんだ。今はまだ大丈夫だけど、忙しくなったら授業も出れなくなるかもしれない。戦車って、一人じゃ動かせないでしょ。きっと、周りの人に迷惑かけるよ。だから、別の科目を考えてる」

「お仕事してたんだ……。藤村さん、スタイルいいし可愛いもんね。やっぱり、モデルとか何か?」

「あはは。そんなんじゃないよ。声優なんだ」

「えっ。せ、声優さんっ?」

 ちょっと予想外の答えだった。詩織の驚きをよそに、綾乃が気恥ずかしい声で続ける。

「昔から子役で活動してたんだけどね。あたし、アニメ好きだから、そのうち声優中心にシフトしてって。でも……それが原因で、前にいた学校じゃ虐めにあっちゃって。出来れば、ここじゃ同じこと繰り返したくないんだよね」綾乃はいったん間をおくと、声の調子を明るくして続けた。「あ、ごめん。急に重たい話しちゃって。必修選択科目のことは、また話そうよ。じゃ、また明日ね」

「うん……」

 電話を切って、ため息をつく。綾乃も美智も、戦車道を選ばない。

 それなら、私も別のにしようか。

 でも、本当は戦車道が……。

 空気を裂く砲音、地を揺るがす履帯の響き。昔から詩織が憧れていたような「強さ」が戦車道にはあった。

 教室へ戻ると美智が待っていた。笑顔でバックを手渡しながら言った。

「詩織、どこ行ってたの。早く帰ろっ」

「えっと……ごめん。ちょっと寄りたいところがあるから、今日は先に帰っててくれないかな?」

「え、いいけど」

「本当にごめんね」

 詩織は何度も謝って、美智と別れた。

 

 

 

 詩織が向かったのは、体育館倉庫だった。言うまでもなく、先週自分を救ってくれた戦車・ソミュアS35が置かれていた場所だ。

 扉が開きっぱなしになっていた。そっと顔を覗かせると、暗がりの中からカチャカチャと機械的な音が聞こえる。目を凝らすと、穂積きりこが一人で戦車をいじくり回している姿が見えた。

 詩織は勇気を出して、中に踏み込んだ。

 気配に気がついたきりこが、レンチを動かす手を止め、ちらっと詩織を見た。

 その場で立ち止まった詩織は、おずおずと挨拶した。

「あ、あの。こんにちわ」

「何しに来たの」

 まったく歓迎するような口調ではない。詩織は指で頬をかいた。

「ええっと、先週のお礼、かな」

「礼ならもう聞いた。二度も必要ない」

「ああ、うん。なんていうか……ちゃんとしたお礼っていうか――」こういう時、口の達者な姉が羨ましくなる。うまい言葉が浮かばなくて、詩織は咄嗟に話題を変えた。「あ、あの、まだ整備してるんだね」

「長いこと使われなくて、ガタついてる」

「どうして倉庫裏に戦車が?」

「知らない」

 きりこの返事はにべもない。何とか会話を繋げようと、詩織は必死に声をかけ続けた。

「で、でも、よく見つけたね。こんな人の立ち寄らない倉庫の奥で」

「近くを通りかかったら、嗅ぎ慣れた臭いがした。それでここに入ったら見つけた」きりこは冷ややかに告げた。「用が無いなら帰って。気が散る」

「あぅ……えっと、て、手伝えること、無いかな……」

「無い」

 きりこは即答した。

「あ、うん」詩織は精一杯勇気を出して、食い下がった。「み、見ててもいい?」

「好きにすれば」

 近くに、古いパイプ椅子があった。詩織はそれを引っ張ってきて座り、きりこが黙々と整備するのを眺めた。見たいとは口にしたものの、何をやっているのかさっぱりわからない。段々じれてきた詩織は、また尋ねた。

「穂積さん、必修選択科目は……もう決めた?」

「決めてない」

 よし。聞こう。勇気を出して、聞かなきゃ。詩織は椅子の上で身を乗り出した。

「せ、戦車……好き、だよね? それなら、戦車道とるのかなって――」

「大洗女子学園の戦車道なんて、所詮遊び」

「へっ?」

「ここには、私がいた戦場にあった、息詰まるような殺気がない。馴れ合った穏やかさすら感じられる」

「そ、そうなんだ。何だか、凄い経験者みたいな口振りだね」

「ずっと戦車道をやってたの。小学校の頃から」

「それじゃ、どうして戦車道にしないの?」

「私にとって、忌まわしいものだから」きりこの操るレンチが、きりきりと詰まるような音を発した。「私のいた学園艦・[[rb:義留亀巣 > ぎるがめす]]中学は、長いこと廃校の危機にあった。唯一、戦車道で優秀な成績をおさめていたから、そのおかげでどうにか存続していた。毎年、優勝しなくちゃいけなかった。私も戦車道で戦った。最初は学校のためと信じて。けれど、いつまでも学校に平穏は訪れなかった。戦っても戦っても、廃校の危機は常にそこにある。そして私が三年生の時、とうとう試合に負けた。その年、学校は満足に戦車を整備する予算もなく、優れた選手もいなかった。結局、廃校は阻止出来なかった。ずっと戦ってきたことが無意味に感じて、私は疲れた。みんなが疲れてた……」

 詩織は息一つつけないほど、きりこの話に聞き入っていた。大洗女子学園も、去年廃校の危機にさらされたばかりだ。だけど、きりこの学校のように、切羽詰まったような状態ではなかった気がする。姉からの話を聞く限り、大洗の生徒は学校の危機にも前向きに立ち向かっていた。それに比べると、きりこはまるで地獄を渡り歩いていたような口ぶりだ。

 何も言えないでいる詩織へ、きりこは冷たく告げた。 

「余計なことを話した。もう帰って。これ以上、気を散らされたくない」

 

 

 綾乃も美智も穂積きりこも、戦車道を選ばない。

 どうしようもない。

 かといって、一人で選択するとなると、腰が引けてしまう。

 困った詩織は、姉に電話をかけた。まるで待ち構えていたように、姉はすぐ出てくれた。

「お姉ちゃん」

「どうしたの、詩織?」

「必修選択科目のことなんだけど」

「うんうん」

「せ、戦車……私にも乗れるかな」

「やだぁ! どうしたの? ずっと戦車道はやらないって言ってたじゃん!」

 姉の声は嬉しそうだった。

「ん……そうだけど、ちょっと気になって」

「そっかぁ。大丈夫、詩織だって出来るよ! 私もまるっきり初心者だったんだから」

「でも私、お姉ちゃんみたいに器用じゃないし、努力家じゃないし」

「心配ないよー。戦車はチームで動かすんだから、お互いに補えあえばいいんだって。ポジションも沢山あるし、詩織が頑張れそうなところを選べばいいよ」

「あ、あの……まだ、はっきり決めたわけじゃなくて。その、友達はみんな、戦車道以外の科目にするみたいだから」

「えーそうなの?」

 姉の声のトーンが、数段くらい下がった。

「どうしたらいいかな? やっぱり、友達と一緒の方が、いいよね?」

「そうだね~。私も友達に合わせるかなぁ」

 やっぱりそうか。詩織が肩を落とした矢先、姉が続けて言った。

「でも逆に、友達に合わせて貰うって手もあるかもよ?」

「え……」

「あんた戦車道やりたいんでしょ? 友達には、そのことちゃんと伝えた?」

「あ、ううん。まだだけど」

「だったら、自分の気持ちだけははっきり言っておきなよ。そうすれば、少なくとも自分の中でけりはつくじゃん? あんたの熱意が伝われば、みんな考えを変えるかもしれないし」

 やっぱり姉は凄い。詩織は心からそう思った。

「そっか。そうだね……! 私、話してみる」

「そうしなよ」

「ありがとう。お姉ちゃん」

 

「私……戦車道にする!」

 その日の朝、詩織は必修選択科目の履修用紙を、綾乃と美智へ突き出した。戦車道の欄に丸がついている。

「ど、どうしてもやりたくて。出来れば……二人もやってくれないかなって、思ってる」

 綾乃は肩を落とした。

「昨日も話した通りだよ。あたしはちょっとムリ」

 そうそう簡単に同意してくれるとは、詩織も思っていない。根気強く話し続けた。

「わ、私ね、藤村さんの気持ち、少しはわかると思う。周りに迷惑かけたくないから、個人で出来る履修科目を選ぼうとしてるんだよね。でも、迷惑になんかならないよ。藤村さんが授業に出れないぶんは、私が力になるから。なれるように努力するから」

 それから、美智へ顔を向けた。

「栗林さんも、考えて。才能なんか無くても、栗林さんは戦車のこと沢山知ってる。きっと私なんかより、ずっと戦車道やれると思うよ」

 綾乃が肩をすくめて、美智を見た。そして苦笑しながら言った。

「ったくもぉ。どーする? こんな熱心にアタックされちゃ、断るの野暮だよね? ぶっちゃけ、戦車道以外にどうしてもやりたい科目があるわけじゃないしさ」

 美智も遠慮がちに頷く。

「詩織と綾乃が一緒なら……。や、やってみようかなぁ」

 二人は、戦車道の項目へ丸をつけた。

「ありがとう……!」

 詩織は感謝を述べて、つけ加えた。

「あと、もう一人誘いたい人がいるんだけど」

「もう一人? あ、わかったぁ」美智がぱんと手を叩く。「穂積さんでしょ!」

 

 

「あれ……いない」

 綾乃と美智を連れて体育館倉庫にやってきた詩織は、人気が無いのを見て呆然とした。

 と、美智が悲鳴をあげた。

「あっ、戦車が……!」

 詩織も気がついた。倉庫奥にたたずむソミュアS35はあちこちにへこんだような傷がつき、落書きがされていた。明らかに、誰かが悪意を持ってやったに違いない。

 美智はソミュアを目にして瞳を潤ませた。

「ひ、酷いよぉ。こんなことするなんて」

 詩織は戦車のそばに工具が落ちているのを見つけた。紛れもなく、きりこが使っていたものだ。何だか、胸騒ぎがする。

「穂積さん、どこかな……。私、探してくる!」

「あっ、ちょっと! しーちゃん!」

 綾乃が呼び止めるより先に、詩織は体育館倉庫を飛び出していった。

 探すあてがわるわけでもなく、ひたすら倉庫の周囲を走り回る。

 校舎裏のゴミ捨て場まで来た時、聞き慣れた声がした。

「オラァ! さっさと謝るっすよ!」

「これだけやっても逆らうなんて、マジ強情なんだけど」

 中上さんと茅野さんの声だ。詩織は背筋がひやっとした。ゆっくり身を乗り出してうかがうと、淵上さん達五人が誰かを囲んで、しきりに罵声を浴びせている。

 囲まれてるのは……穂積きりこだ。よほど手酷くいたぶられたのか、あちこち痣だらけ、制服もすっかり汚れている。そのうえ、バッグの中身がぶちまけられて、教科書や筆記用具が周囲に散らばっていた。

 どうしよう。そうだ、藤村さんや栗林さんを呼んでこよう。そう考えて駆け出した矢先、足下に転がっていた空き缶を思い切り蹴飛ばしてしまった。その物音を、淵上さん達が聞き逃すはずもなかった。

「武部さん」淵上さんはにっこりと微笑んだ。「何しに来たの?」

「あぅ、その、私――」

「今日は武部さんに用無いから、帰っていいよ」

「穂積さんに、何してるの……」

 尾崎さんが冷笑した。

「見てわからないんですか? お仕置きです。戦車を使って私達を脅すなんて真似をしたんですから、当然でしょう?」

「でも、ひ、酷いよ。こんなこと……」

「アァ? いちいちうるさいっすよ! なんか文句あるっすか?」

 中上さんが吠える横で、井口さんも言った。

「ちょうどいい、武部。ついでだからクリームパン全員分買い出しに行ってこい。あとアンコーヒーもな。お前の金だぞ」

「買うよ……! 買うから、穂積さんを離してあげてよ!」

「何よあんた? それが人にものを頼む態度ォ?」

 苛立たしげに言い返した茅野さんが、きりこを蹴り飛ばそうとする。

「やめて! やめてったら!」

 詩織は衝動的に飛び出し、茅野さんを突き飛ばした。途端に、猛烈な反撃が来た。井口さんに押し倒され、中上さんと尾崎さんに何度も背を踏みつけられる。

「ざけんじゃないっすよ、武部! うちらに逆らうつもりっすか!」

「あなたもっ――お仕置きが必要ですわ!」

 どれくらい経っただろう。ようやく興が冷めたのか、淵上さん達は引き上げていった。詩織は全身の痛みを堪えながら、のろのろ体を起こした。

「大丈夫? 穂積さん」

 詩織と同じく傷だらけのきりこは、無表情のまま聞き返した。

「そっちは?」

「私は平気。こういうの、慣れてるから。えへへ……」

 立ち上がった詩織は、あちこちに散らばっているきりこのノートや筆記用具をかき集めた。そして、疲れと痛みに負けないよう笑みを浮かべて、それらを差し出した。

「穂積さんのこと、探してたの。倉庫へ行こうよ。みんな待ってるはずだから」

 

 

 体育館倉庫へ戻ると、綾乃が出迎えた。

「あっ、しーちゃん! それに穂積さんも!」綾乃は、ぼろぼろになった詩織の姿を見て目を丸くした。「ちょっと、どうしたのその怪我!」

 美智も近くへ来て、顔色を変えた。二人へ心配をかけまいと、詩織が強いて笑みを浮かべた。

「大丈夫。そんなに酷くないよ」

 それでも綾乃が不安そうなので、ひとまず淵上さん達に暴力を受けたことを語った。綾乃も美智も、歯ぎしりして口惜しがる。ようやく話が一段落ついたところで、綾乃は背後の戦車を示した。

「今、美智と二人でソミュアをなおしてたとこでさ。とりあえず、落書きは消しといたよ」

 詩織は、きりこを振り向いた。

「穂積さん、私達もやろうよ」

 きりこは無表情のまま頷いた。

 四人は手分けして戦車の修理を始めた。たっぷり二時間かけて、日が海の向こうへ沈む頃、ようやく戦車は――完全とはいえないまでも――元通りになった。

「ふぁー、おわったー」

 綾乃が伸びをして、ぐったりとその場へ座り込む。美智は綺麗になったソミュアを、惚れ惚れと眺めている。

 詩織の隣に座っていたきりこが、ぽつりと尋ねた。

「どうして、助けたの」

「ん……えっと」詩織は頬を赤く染めて、まごついた。必死に正しい言葉を探して、ようやく答えた。「と、友達だから、かな……」

 友達。自分からそんなことを口にするのは、何年ぶりだろう。

 きりこは無表情のまま詩織を見つめていたが、不意に顔を背けて言った。

「友達か。何やら照れくさい。でも……今日の借りは清算させて貰う」

 カバンから必修選択科目の履修用紙を取り出した。筆を手に取り、迷いなく戦車道の欄へ丸をつける。

「私も、戦車道をやる」

 詩織はぱっと笑みを浮かべた。

「穂積さん……! うん、よろしくね!」

 

 

 

 静寂な道場の中、空を切る刃の音。

 道着をまとった女子の影。

 大洗女子学園・居合道部の面々は、黙々と稽古に勤しんでいた。

 居合道とは――。古来より伝わる抜刀術から発展した現代武道であり、日本刀の操法を通して健全な肉体・精神を養う由緒正しき伝統的な武道なのである!

 さて、この大洗女子学園居合道部は現在、問題を抱えていた。

 それは、部員が僅か三人しかいないことだった。

 居合道部の部長にして二年生の内野沙耶(うちのさや)は、額に汗をほとばしらせながら刀を振るっていた。長い黒髪を後ろで結い、きりっとした中に柔和さを含む顔だちは、まさに大和撫子そのものだ。

 沙耶は大きく息を吐いて刀を納めた。新入部員が一人も入らないこの状況の焦りを、稽古に集中することで解消していたのだった。

 その時、横合いから声が飛んだ。

「ちょいと、沙耶さん」

 声をかけてきたのは、同じく二年の袴野結子(はかまのゆうこ)だ。高飛車な性格で、どこで学んだのやら常に上品ぶった口調で話す。自称財閥の娘だが、その話を沙耶は全く信じていない。

「はい? 何ですか?」

「はい、じゃありませんわ! 新学期が始まってはや一週間、仮入部真っ只中の時期なのに、一人も新入部員が来ないとはどういうことなんですの?」

 激しく詰め寄られて、沙耶はたじたじと後ずさった。

「いや、あたしも頑張ったんですけど、こればかりはしょうがないじゃないですか。ポスター貼ったり、ビラ配ったり、真剣使った巻き藁切り演武もやりましたし……」

「大体、もう少し危機感を持ったらどうですの! うちの学園、五人以下の部活は、部活として認められないんですのよ。このままでは廃部まっしぐらですわ!」

「わかってますよぉ! だけどうちは一つ上の先輩がもともといなかったですし、その上の先輩達も卒業しちゃったし、人数の危機は昔からのことじゃないですか」

「二人とも、やめなさい」穏やかにたしなめたのは、同じく二年生の脇野小刀(わきのこだち)。背の高いクールビューティで常に冷静沈着、居合道部の副部長でもある。「仮入部期間はまだあるのだから、諦めないで待ちましょう」

 沙耶はがっくり肩を落とした。

「居合道、どうして人気ないのかなぁ。刀を持った道着女子って、かっこいいと思うんだけどなぁ」

「学園艦の方針を変えて貰って、居合道を必修選択科目にして欲しいくらいですわ」と結子。

 小刀が話を切り上げた。

「さぁ、喧嘩もそこまでにして、稽古を続けるわよ」

「はい。あれ……」

 何気なく道場の扉付近へ目をやった沙耶は、見慣れない生徒がぽつねんと立ち尽くし、こちらを見つめているのに気が付いた。もしかして、と思い、すぐさまその生徒のもとへ駆けていく。

「あなた、新入生? 見学に来たの?」

 その生徒は声をかけて貰うのを待ちわびていたように、ぱっと顔を輝かせた。背が低く、童顔で、まるで小学生のように見える。ふんわり広がった金髪の髪は、まるで人形のように愛らしかった。

「は、はい! 普通科一年C組の太刀野間愛(たちのまあい)です! チラシを見て、ここに来ました」

 そう言って、鞄から居合道部のチラシを取り出して見せる。沙耶達が先週配っていたものだ。

 結子と小刀も前後してやってきた。結子が口元に手をあてて、驚いたように言う。

「あらまぁ、あのビラを見て来てくれたんですわね」

「今、ちょうど稽古をしていたところよ。良かったら見学していきなさい」

 小刀の言葉に、間愛は大きく頷いた。

「はい!」

「ところで――」沙耶は、間愛が脇に抱えている謎の物体を示した。「それ、何なのかな?」

「あ? これですか?」

 間愛が笑顔で「それ」を三人の眼前へ大きく差し出す。

 大きなぬいぐるみだった。

 が、普通のぬいぐるみではない。普通、ぬいぐるみというのはクマとかイヌとかネコとか、可愛らしい生き物をモチーフにするものだ。

 ところが、間愛の持っているぬいぐるみは、巨大なダンゴムシのような風貌をしていた。

 沙耶は酷く狼狽しながら、また尋ねた。

「えっと、これは、一体――」

「ダイオウグソクムシ! 私の友達! 名前はグソクーヌっていうの!」

「だ、だいおうぐそくむし、ですか……?」

 確か深海生物の一種だ。一応、沙耶も前に何かのテレビ番組で見たことがあった。ぬいぐるみは幾分かデフォルメされているが、実物はかなりグロテスクな生き物だった覚えがある。間愛は唖然とする三人を尻目に、喜々として話し続ける。

「はい! 深海生物のぬいぐるみが大好きなんです! ほかにもゴエモンコシオリエビとかダイオウイカとか、色々持ってます!」

 突然、結子が沙耶の腕を掴み、強引に道場の奥まで引っ張っていった。そして歯ぎしりしながら耳元へ囁く。

「ちょいと、沙耶さん! 一体どういうことなんですの? あれこれ手を尽くして勧誘活動したのに、ようやくやってきた入部希望者は、ヘンテコなぬいぐるみ愛好家一人だなんて!」

「そんなことあたしに言われても……。でもこの部活って、基本的に変な人ばっかり集まるじゃないですか。結子さんだって、時代劇系の乙女ゲームから居合に興味持ったんですよね?」

 結子が間愛を指さしながら反駁した。

「あたくしはまともです! あんなのと一緒にしないでくださいな!」

「と、とにかく! まずは体験入部して貰いましょうよ。せっかく来てくれたんですし」

 沙耶は無理やり話を切り上げて、間愛達のもとへ戻った。ちょうど、小刀が彼女と話し込んでいるところだった。

「ところで、どうして居合道に興味を……?」

「はい! マイナーなものが昔から好きなんです! 深海生物のぬいぐるみもそれがきっかけで集め始めて! 居合道のマイナーなところに惹かれました!」

 うんざり顔になった結子が、ぴしゃりと手で顔を覆う。沙耶はあはは、と苦笑するしかなかった。

 その時、チャイムが鳴り響いた。稽古の時間は終了だ。

 沙耶はたちまち表情を引き締め、声を張り上げた。

「稽古やめ! 整列!」

 号令をかけると、三人で揃って正座し、稽古終了の礼法を済ませる。礼に始まり礼に終わる。これが居合の基本だ。それから刀と道場の片づけをして、戸締りにかかった。

 道場の扉を閉めた結子が、鍵を沙耶へ投げ渡す。

「それじゃ部長。事務室へ鍵の返却お願いしますわ。あたくし、先に戻っていますので」

 優雅に手を振りながら、すたすたと歩き出す。

 沙耶は頬を膨らませ、ぼやいた。

「もう、あたしに部長をやらせたのって、絶対こういう雑務押しつけるためだったんだろうなぁ」

 小刀が沙耶の肩へ手を置いて言った。

「沙耶。私は間愛ちゃんを部室へ連れて、部の説明をしておくわ。鍵を返したら来てね」

「あ、はい。それじゃお願いしますね」

 その場で二人と別れ、事務室へと向かう。

「はぁ。ようやく一人来てくれたけど、五人集めなかったら廃部かぁ。どうしようかな……」

 途中、体育館を通りかかると、何やら人込みが出来ていた。興味をそそられて、沙耶は首を伸ばした。

 そこはバレー部専用の体育館だ。中ではバレー部員達が華麗なプレーを見せていた。制服姿の見学者は、紛れもなく入部希望の新入生達だろう。少なくとも二十人以上いる。

「うわ、バレー部の入部希望者凄いなぁ。あれ……そもそもうちのバレー部って廃部になってなかったっけ?」

 考えをめぐらせて立ち止まっていると、突然背後から声をかけられた。

「何をしてるぜよ」

 ぎょっとして振り向くと、沙耶の知っている顔がそこにいた。

「あっ、おりょう先輩! お久しぶりです」

 大洗女子学園三年生のおりょう――本名・野上武子――は、中等部からの長いつき合いになる沙耶の先輩だった。

「ぼんやり突っ立って、何を考えてた?」

「実は、部員が集まらなくて。三年生がいなくなってから、うちも随分数が減ってしまったので、このままじゃ廃部になっちゃうかもって」

「ほう、つまり部員を集める手立てが欲しいと?」

「はい」

 おりょうがほくそ笑んだ。

「それなら、いい考えがあるぜよ」

 

 

「みなさーん!」

 沙耶が勢いよく部室の扉を開くと、結子が顔をしかめて怒鳴った。

「もう、騒々しい! 扉くらい静かに開けてちょうだいな」

「戦車道やりましょう! せ、ん、しゃ、ど、う!」

 小刀が訝しげに尋ねる。

「いきなり、どうしたの?」

「去年廃部だったバレー部が、戦車道のおかげで沢山部員を集めたんです。私達もやりましょうよ!」

 結子が吐き捨てるように言った。

「戦車ですって! あんな鉄臭い骨董品を乗り回して何が楽しいんですの?」

「でもでも、戦車道は乙女のたしなみとも言われてますし! 同じ武道なんだからいいじゃないですか!」

「あたくし達の優雅な居合道を、あんな騒がしい武道と一緒くたにされては困りますわ」

 小刀が割って入った。

「落ち着きなさい、二人とも。沙耶、どこで戦車道の話なんか聞きつけたの?」

「おりょう先輩です。あの方が是非って、言ってくれたんですよ」

 結子も顔色を変えた。

「まぁ、あのおりょう先輩が」

 小刀も頷く。

「あの方の話ならば、一考する価値もあるわね。どのみち、必修選択科目は履修しなければならないし」

 沙耶は、部室の隅でダイオウグソクムシ人形を抱いている間愛へ尋ねた。

「間愛ちゃんもどう? 必修選択科目決めた?」

「まだです!」

「じゃあちょうどいいじゃない! みんなで戦車道にしましょうよ。部活以外でも一緒に助け合えるし!」

 間愛は笑顔で応じた。

「はい! やります! 居合道も戦車道も!」

 間愛の姿を見て、結子と小刀も同意に達したようだ。

 沙耶は拳を振り上げた。

「それでは! 居合道部復活を目指して、全員戦車道を履修しましょう!」 

「おー!」

 

 

 放課後の体育館。

「いっつも!」

「心に!」

「バレーボール!」

 大洗女子学園バレーボール部二年生の面々・近藤妙子、佐々木あけび、河西忍は、はちきれそうな喜びで満ちていた。見学の新入生達が去った後も、残った高揚感を発散するべく、三人だけで練習を続けていた。

 ジャンプアタックでボールを叩きつけた妙子は、うーんと大きく伸びをして床にばったり倒れた。全身汗だくになり、発育した胸が規則的なリズムで上下している。疲れてはいたが、満面笑顔だった。あけびと忍も笑顔を浮かべたまま、その場にゆっくり腰を下ろす。

 あけびが最初に口を開いた。

「とうとう来たんだね! バレー部の時代が!」

 忍も拳をぐっと握る。

「そうだよ! あんなに沢山の新入部員が集まるなんて!」

 妙子が上半身を起こして言った。

「私達の努力が実ったんだね!」

 三人は笑いあった。喜びの声が体育館の壁や床へ反響し、いつまでもやまなかった。

 ややあって、妙子が立ち上がった。

「さぁ、そろそろ片づけして帰ろうよ」

 忍も頷き――突然、顔色を変えて叫んだ。

「妙子、危ない!」

 驚いて振り向いた妙子の眼前に、バレーボールが物凄い速度で迫ってきた。あけびが咄嗟に飛び出し、ブロックを決める。が、ボールの威力は凄まじく、あけびは三歩たたらを踏んで、ようやくその場に踏みとどまった。

 妙子がボールの飛んできた方角へ叫んだ。

「一体、誰なの?」

 見れば体育館のドアに、大洗の制服を着た人影がたたずんでいた。暗がりに半身が隠れていて、顔はよく見えない。

「あなた達、大洗女子学園のバレー部ね?」

 謎の生徒の声に挑戦的な態度をかぎ取り、忍がむっとした調子で答えた。

「そうだけど、何か用?」

「バレー部なら結構だわ。受けてみなさい!」

 その言葉がまだ終わらないうちに、三個のボールが恐るべき勢いで妙子達に放たれた。三人は即座に、レシーブの姿勢で迎えた。

 が、相手のサーブの威力は、想像を遙かに越えていた。

「あっ」

「うっ」

「きゃっ」

 両手で受けたボールの重みはあたかも鉄球のよう、三人は堪えきれず、無様に尻餅を着いてしまった。じんじん痺れる腕に、ボールの痕がくっきりと浮かぶ。余りの威力に、妙子達は揃って驚愕した。

「アハハッ! 大洗女子の実力はこの程度なの? 失望したわね」相手は高らかに笑うと、再びボールを宙へ放り、打ち込んだ。「これはおまけよっ!」

 三人に、無慈悲なサーブの一撃が迫る。

 あわやという瞬間、横合いから小さな影が立ちはだかり、鮮やかなレシーブでボールを受けた。

 妙子、あけび、忍が、ぱっと顔を輝かせた。

「キャプテン!」

 三人の窮地を救ったのは他でもない。

 バレーボール部三年生にしてキャプテンの、磯部典子だった。

 謎の生徒は鼻で笑った。

「あら、多少は出来るのがいたのね」

 典子も不敵な笑みを返す。

「あれくらいのサーブを受けられきゃ、バレー部のキャプテンは務まらないからね」

「へえ、あなたがキャプテンさん?」

 暗がりにいた相手はそう言うなり、つかつかと体育館の中へ踏み込んできた。

 つり目に細い顎、きつい顔立ちだが、目を見張るほどの美少女だ。赤みがかった髪と白い肌からして、ハーフのようだ。背は妙子達と同じくらいだった。その足取りや体つきを見れば、かなり鍛えているのがわかる。

 美少女は典子に手を差し伸べた。

「よろしく。川村(かわむら)ユングよ。今週、大洗に転校してきたの。バレー部に入部を希望するわ」

 典子は腕を組み、握手には応じなかった。

「私の後輩達に、随分な挨拶をしてくれたみたいだね?」

「あら、謝罪が必要かしら? そちらの後輩の出来が悪いのを反省するべきじゃない?」

 人も無げな言い方に、妙子達は猛烈に腹を立てた。しかしユングの強烈なサーブを返せなかったのは事実、言い返したい気持ちはあっても、口には出せなかった。

「確かに、一理ある」典子は一度認めながらも、続けて反駁した。「だけど、今日の三人は大勢の入部希望者が来たことで、気持ちが浮き足立ってた。それに練習の後で体力も消耗してる。万全の調子で戦ったら、さっきのようにはいなかったはずよ」

「フフン。まぁ、そういうことにしてあげるわ。キャプテンさん。それじゃ、明日正式な入部届を出すわね」ユングはきびすを返し、数歩もしたところで足を止めた。「そうそう、あなた方バレー部は戦車道を履修しているそうね?」

「ええ。それがどうしたの?」

 ユングはにやりと笑った。

「私も履修するわ。その戦車道をね」

 典子をはじめ、バレー部の面々は驚きに目を丸くした。ユングはもう振り向くことなく、去っていった。

「川村ユング、か……」

 ぽつりと呟いた典子は、厳しい表情を浮かべたまま、体育館に立ち尽くしていた。

 

 続く

 

 

次回予告(CV/内野沙耶)

大洗女子学園・戦車道チーム。

ここに私達の願いと、そして未来があります。

ようこそ、戦場へ!

次回「新チーム結成です!」

戦車乙女にロマンの嵐!

こんにちは……。戦車さん。

 

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