それからの大洗女子学園 あんこうチーム卒業編   作:春秋梅菊

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「それからの大洗戦車道 あんこうチーム卒業編」
三年生になったみほ達の活躍を描くシリーズ第三話。

あらすじ
何とか頭数の揃った戦車道履修者。みほは早速、新たな履修者へ模擬戦をやらせることに。しかし、それがトラブルを呼び、離反者を招いてしまう。困り果てたみほ達に助けの手を差し伸べてくれたのは、思わぬ人物で……。

新登場人物
今暮井つかさ(こぐれい・つかさ)…自動車部二年。優れた勇気と行動力の持ち主。口癖は「私にいい考えがある」。
繰富茜(くりとみ・あかね)…自動車部一年。血気盛んで口が悪い。
板部留美(いたべ・るみ)…自動車部一年。やんちゃな性格。
麻宮亜依(あさみや・あい)…大洗女子学園裏番長の一人。二年生。通り名は「ヨーヨーの亜依」。
五代舞(ごだい・まい)…大洗女子学園裏番長の一人。二年生。通り名は「鉄仮面の舞」。
風間未唯(かざま・みい)…大洗女子学園裏番長の一人。二年生。通り名は「不動明王の未唯」。


3話 新チーム結成です!

 通学路を、朝の海風が吹き抜けていく。

 近藤妙子は浮かない顔で、その道を歩いていた。脳裏に、何度もあの転校生の声が響く。

 ――大洗女子の実力はこの程度なの?

 ――後輩の出来の悪さを反省するべきね。

 川村ユング……一体、何なのよ!

 妙子は、制服の上から自分の右腕をぎゅっと握りしめた。昨日、あの転校生のボールを受けた箇所は、青あざがくっきり残っている。

 自分が不甲斐なかったばかりに、あの転校生に好き放題言わせたうえ、キャプテンの顔にも泥を塗った。

 だけど、もう二度とあんな失敗はするもんか。

 と、誰かに背後から呼びかけられた。

「おはよう、妙子ちゃん」

 振り向くと、同じ戦車道履修者の山郷あゆみがそこにいた。彼女とはクラスメートでもあり、日頃からよく話す仲だった。

 あゆみは怪訝そうに尋ねた。

「どうかした? 顔色良くないけど」

「えっ。別に。何でもないよ」

 妙子は無理に笑顔を浮かべてごまかした。

「バレー部、沢山入部希望者来たんだってね。良かったじゃん」

「うん。でも、これからが色々大変かな」

「戦車道の方も忘れないでね。ミーティングの集まりが悪くって、西住隊長も不安がってたよ」

「ごめんね。バレー部の方が落ち着いたら、参加するようにするから。あっ、そういえば、今日が戦車道の初回授業だっけ?」

「そうだよ。新しい人達が何人来るか楽しみだね」

「ホントだねー!」

 あゆみと話すうちに、妙子の気分も少しずつほぐれていった。あの嫌な転校生のことは忘れて、とにかくバレーと戦車道に打ち込もう、と決意を新たにしたのだった。

 

 

 朝のホームルームでのことだった。

「嘘、でしょ……」

 河西忍はあんぐり口を開けて、持っていたペンを落とした。

 教室の壇上、先生の横に立っているその女生徒は、ぺこりと一礼して顔を上げた。

「川村ユングです。親の転勤で、大洗女子学園に転校してきました。よろしくお願いします」

 先生がにこやかに言った。

「みんな、仲良くしてあげるのよ。じゃあ川村さん、後ろの空いている席に座って」

「はい」

 ユングは席を移動する途中、ちらっと忍の方を見やった。その眼に嘲笑いのようなものが浮かんでいる気がして、忍はふんと顔を背けた。

 あいつ、キャプテンの前でもでかい態度だったから、てっきり三年生だと思ってたのに。まさか同じ学年だったなんて。そのうえ同じクラス! やってられやしない。

 気持ちが落ち着かないまま、一限の授業。

「今日は、先週行った一年次の振り返りテストを返却します。名前を呼ばれたら取りに来てください」

 うわぁ、アレが返ってくるんだ……。忍はげんなりした。先週末に主要三科目の復習テストが行われたのだ。一年次の内容ばかりだったが、春休みの間に頑張って勉強していたわけでもなし、かなり苦戦したのだった。

 順番に生徒が呼ばれて、すぐに忍の番もやってきた。先生はふむ、と気難しい顔を浮かべて解答用紙を渡した。

「河西さん。バレーもいいけど、勉強もしっかりやるように」

「す、すみません。うえっ」

 点数を目にした途端、忍は青ざめた。解答用紙を持つ手が震える。黒板に書かれている平均点を見比べると、国・数・英どれもぎりぎり届いていなかった。

「あらまぁ、酷い点数だこと」

 ぎょっとして振り向くと、川村ユングが嘲笑を浮かべて立っていた。

「なっ、何見てんのよ!」

 慌てて解答用紙を懐に隠し、言い返す。

「チームメイトのことを気にかけるのは当然でしょ。足を引っ張るような輩なら、なおさらのことだわ」

「何ですって……」

「ふふ、確か大洗女子は、学問成績が悪いと部活動禁止だったと聞いたわよ? せいぜい気をつけてちょうだい」

 気障な物言いで、ユングは自分の席へ戻っていく。忍は歯を食いしばり、ぼそっと呟いた。

「言われなくても、わかってるわよ……」

 

 

 校舎西の体育館倉庫。

 磯部典子は壁に背を預けて座り、一人バレーボールを弄んでいた。

「キャプテン、ここにいたんですね」

 ふと顔を上げると、佐々木あけびが近づいてくるところだった。

「佐々木か」

 あけびは、典子から少し距離を置いたところで立ち止まった。もの言いたげな表情を見て、典子が促す。

「こっちに来て、座りなよ。話があるんでしょ」

「はい」

 あけびは典子のすぐ隣に腰を下ろして、同じように背を壁へ預けた。

「今日から、戦車道の授業ですね」

「そうだよ」

 あけびの持ちだしてきた話題で、典子はあらかた察した。だから何も言わず、次の言葉を待った。

 天を仰いで、あけびがおもむろに切り出した。

「この前に話した、あのことなんですけど……」

 

「いよいよ、今年最初の授業かぁ」

 作戦会議室のテーブルに一人座っていたみほは、ぽつりとつぶやいた。

 背後で、すーすーと心地よい寝息が聞こえる。部屋に一つしかない横長のソファで、麻子が眠っていた。みほは苦笑して、友人を揺り動かした。

「起きて、麻子さん。こんなところで寝ちゃ駄目だよ」

 麻子は寝返りをうち、半分しか覚醒していない意識で言い返す。

「眠るつもりはない。でも、ここにはソファがある。ソファは、柔らかい。だから、寝るしか……」

 その時、扉が騒々しい音を立てて開き、優花里が勢いよく駆け込んできた。

「西住殿! 大変です」

「どうしたの、優花里さん!」

 優花里は満面の笑みを浮かべて、みほの手を握った。

「戦車道の新しい履修者が……沢山集まったんです! 全部で三十二人も!」

「ほ、ほんと?」

「はい!」優花里は名簿を取り出してみせた。「履修者の一覧です。後でご覧ください」

 みほは大きく安堵の息を吐いた。

「よかったぁ。集まってくれて。誰もいないんじゃ、蝶野教官に合わせる顔が無かったところだから」

 今日と明日の授業は、特別講師として蝶野亜美に指導を依頼している。

 二人が話していたところ、沙織と華、カバさんチーム、うさぎさんチーム、あひるさんチーム、そしてれおぽんさんチームの面々が前後して作戦会議室に入ってきた。

 沙織が真っ先に駆け寄ってきて声をかける。

「聞いてよ、みぽりん! うちの詩織が戦車道履修したんだよ!」

「本当に?」

「うん。友達も一緒に履修するって言ってたから、これでチームが一つ出来るよ」

 そこへ、カエサルが進み出て祝いを述べた。

「やぁ、西住隊長! どうやら数が揃ったみたいだね」

 その横から、梓も勢い込んで言う。

「どんな子達がいるのか楽しみです!」

「そうだね。梓さんも今年から先輩だし、新しい人達の指導をよろしくね」

「わ、私はそんな……。まだまだ未熟ですし、教えるなんて!」

 狼狽する梓を、にやにや顔のあやが肘で小突く。

「おうおう、期待されてるねぇ」

「めざせ、次期隊長だぁ!」と桂利奈。

「澤隊長かぁ。いい響きだナー」とさらに優季。

 梓は真っ赤になった。

「もう!からかわないでよ!」

 みほがそのやり取りを微笑んで見ていると、典子がやや決まりの悪い顔で言った。

「ごめんなさい、西住さん。ミーティングにずっと出席出来なくて」

「いえ、大丈夫です。それより、バレー部も沢山の人が集まったみたいで良かったです」

「そうだ。そのことで先に報告しておきたいんだけど、バレー部の新入部員にも、戦車道の履修希望者がいるよ」

「本当ですか? ありがとう! 戦車とバレー、両方出来る仲間が出来て良かったですね」

「ええ。まあね」

 典子の返答はどこかぎこちなかった。みほが怪訝な思いで、ちらっと他のバレー部員を見ると、いずれも浮かない表情をしている。尋ねるのも具合が悪い気がして、みほはそれ以上何も言わなかった。

 そこへ、れおぽんさんチームのツチヤがやってきた。

「久しぶりだね、西住さん。ミーティング出れなかったお詫びじゃないけど、うちも自動車部員と戦車道のメンバーを確保しておいたよ。あとでまた紹介するね」

「ありがとうございます。自動車部の皆さんには、今年もお世話になりそうですね」

 れおぽんさんチームは、ナカジマ、スズキ、ホシノが卒業してしまったため、今年はメンバーが彼女一人しかいない。それが人員を確保出来たなら何よりだった。

 久々に大勢の仲間が顔を揃えたので、みほの心も躍っていた。

 しかし、アリクイさんとカモさんは、とうとう現れる気配がない。

 授業開始のチャイムが鳴り響いた。

 優花里が身を乗り出して言う。

「では西住殿。参りましょうか!」

 作戦会議室の外に、戦車道の新履修者・総勢三十二人が集合していた。それぞれ小さなグループでかたまり、あれやこれやと談笑している。

 殆どはみほの知らない顔だ。ふと、奥の列にいる武部詩織と視線がぶつかった。詩織が軽く会釈したので、みほも笑みを返す。詩織の周囲には三人の生徒がおり、楽しげに語らっている。お友達が出来たんだな、とみほは嬉しく思った。それから、優花里に渡された名簿を確認する。どうも大半が一年生のようだ。

「あのう、戦車道はここで良かったですか?」

 ふと声をかけられて、みほは名簿から顔を上げた。道着をまとった四人の生徒が立っている。そのうち一人は、奇妙な生き物のぬいぐるみを抱いていた。

 少し面食らったものの、みほは微笑んで答えた。

「そうですよ。皆さんも履修者の方ですか?」

 先頭にいた生徒が、ぱっと頭を下げる。

「は、はい。内野沙耶と申します。不束者ですが、何卒よろしくお願いします」

「こちらこそ、お願いします。ところで、その格好は一体……」

「服装は自由だと聞いたので……部活の宣伝もしたいですし」

 近くにいた華がひょいと顔を出して、尋ねた。

「どのような部活をなさってるんですか?」

 沙耶が答えるより先に、沙織が手を叩く。

「あ! わかった。剣道でしょ」

「ちょっと惜しいです」

 今度は麻子が言う。

「じゃあ弓道か?」

「それだと、かえって遠ざかっちゃいましたね。日本刀を使う武道なんです」

 華が閃いたように口を入れる。

「日本刀となると、きっとヤクザや極道の技を学ぶ武道なのでは?」

「華、それ絶対違うと思う……」

 沙織が突っ込む横で、沙耶はがっくりうなだれた。

「はぁ、やっぱりマイナーなんですね。居合道っていうんですけど」

 そこへ優花里が割り込んできて、沙耶達四人の背中を押した。

「はいはい! そこの皆さん、お話はそこまでにして整列をお願いします。授業が始まりますので!」

 それから、信号ラッパを取り出して吹き鳴らす。ぎょっとした履修者達は口をつぐみ、おのずと優花里に視線が集まった。

 えへん、と咳払いした優花里が、朗々と話し出す。

「これより、本年度最初の授業を始めます。私は大洗女子学園戦車道チーム副隊長・秋山優花里と申します。そもそも伝統武芸たる戦車道は、乙女の健全で健やかな精神を養うべく――」

「優花里さん」

 みほに袖を引かれ、優花里がはっと振り向いた。

「は、はい。何でありますか西住殿」

「長い挨拶はいいから、ね?」

「え、あ、すみません。おほん……さて、本日は初回につき特別講師を招いております。教官の蝶野亜美殿です!」

 すらりとした長身の蝶野亜美が進み出て、にこやかに話し始めた。

「みんな、よろしくね! 今日は私が戦車の操縦法をレクチャーするわ。初めての人でも安心して。戦車は乗って、動かして、撃つ! これだけよ!」

「相変わらず大雑把ですね……」

 優花里が半ば呆れ顔でこぼした。みほも苦笑する。

 蝶野教官は簡単な戦車道の来歴、ルール説明、戦車操縦に関する指導を行った。新履修生達はいずれも真剣な表情で耳を傾けている。講義の後、みほ達は「初心者向け戦車道マニュアル」を配布した。これは大洗のチームが一年間の実戦経験をもとに制作したものだ。

「では、これよりハンガーにある我が校の戦車達をお見せするであります! 皆さん、こちらへどうぞ」

 優花里の案内で、全員がハンガーの前までやってきた。

 ところが、そこには既に先客がいた。

 目を見張るような美少女だ。腕を組み、閉じられたシャッターに背を預けている。

「遅かったわね。待ちくたびれたわ」

 少女の言葉に、みほは困惑した。 

「あの、あなたは……?」

 そこへ、典子が割り込んできて言った。 

「紹介するよ、西住さん。川村ユング。バレー部の新入部員で、戦車道の履修者だ」

 優花里が首をかしげる。

「履修者の名簿には、川村ユングさんの名前は無かったはずですが、どういうことでありますか?」

「昨日大洗に転校してきたばかりだからね。手続きも間に合ってなかったんだよ」そう答えた典子は、ユングを振り向くと、たしなめるような口調で言った。「ユング。どうして講義に参加しなかったの?」

「私は戦車道初心者じゃないわ。講義なんて聞くだけ退屈だもの」

「そうだとしても、あなたの立場は新履修生達と同じでしょ。そこにいる日本刀部のみんなを見てごらん。同じ二年生でも、謙虚な立場で参加してるじゃない」

「あのう、居合道部ですぅ……」と沙耶が遠慮がちに指摘する。が、このぴりぴりした情勢で彼女の言葉に耳を傾ける者はいなかった。

 ユングは大袈裟に肩をすくめてみせた。 

「御託は沢山だわ。講義が必要なら受けるし、そうでなければやらない。無意味なことはしない主義なのよ」

 傲岸不遜な態度に、その場の一同は少なからずむっとした表情を見せた。なるほど二年生のバレー部員達が浮かない顔をしていたのはこれが原因だったのかと、みほも理解した。

 優花里がなだめにかかった。 

「まあまぁ、皆さん。言いたいことはあるでしょうが、今は授業中ですから。それより、我々の戦車をご覧に入れましょう」

 すぐさま、シャッターの開閉スイッチを押す。

 皆が注目した。重々しい音を立てて持ち上がっていくシャッターの奥から……その姿が見えた。

 大洗女子学園チームの戦車達だ。

 総勢、八輌。車体はこの日のためピカピカに磨かれ、塗り直しもされている。

 新履修生達は息を呑み、あるいは目を輝かせ、あるいは感嘆の声を漏らした。

 戦車の前に立った優花里が、声を張り上げた。

「それでは右からご紹介しましょう! 二門の砲塔が織りなす独特のシルエット! 大洗の重戦車キラーこと、M3中戦車であります!」

 イエーイ、とうさぎさんチームの面々が拳を振り上げる。あやが口笛を吹けば、優季がクラッカーを弾き、桂利奈もラッパを吹きならす。そんな大仰に騒がなくても、とみほは苦笑した。

「続きまして! かのプラウダ戦でフラッグ車を務めた八九式中戦車甲型! 試合では偵察・囮役と八面六臂の大活躍です!」

 あひるさんチームもうさぎさん同様、歓声をあげる。ユングは、そんな彼らに冷ややかな視線を投げていた。

「さてお次です! 大洗女子の攻撃の要、三号突撃砲F型!」

 カバさんチームはさすがに三年生なだけあって、落ち着きのある表情で頷いただけだ。

「次にまいりましょう。幾多の局面で逆転のきっかけを作った名脇役! 38t改・ヘッツァー仕様です! その隣はフランスが誇る重戦車。自慢の装甲は伊達じゃない! B1bisであります! そして六番手はこちら! 75ミリの砲塔が眩しい三式中戦車!」

 乗り手だったカメ、カモ、ありくいのメンバーは既にいない。戦車だけが残された状況を見て、みほの胸には寂しさが込み上げてきた。優花里の紹介はなおも続く。

「続いて! 大洗の最高戦力にしてレア戦車! ポルシェティーガー!」

 去年の大活躍は、あの自動車部の面々がいたからこそだった。果たして、今年はどうなるだろうか。みほはそんなことを考えた。

「そして最後は! 大洗女子学園の中核を担う隊長機、Ⅳ号戦車D型改であります! 以上、我が大洗女子学園の戦車たちの紹介を終わります!」

 優花里が締めくくると、みほが履修者の前に立って言った。

「今日は、こちらの戦車を使って皆さんに簡単な模擬戦を行って貰います。ルールは殲滅戦、最後まで生き残った車輌の勝ちです。それでは、三人から五人のチームに分かれてください。その後で配車を行います」

 履修生達ががやがや騒ぎながら動き始める。ほどなく、三十三人の生徒はチームごとにまとまって整列した。

 優花里が指でそれを数える。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……ありゃ、九チームになってしまいましたね。三人チームが三つに、四人チームが六つですか」

「編成し直して貰いますか? 戦車は八輌しかないのですし」

 華の提案に、みほもやむなく頷いた。

「そうだね。せっかく組んで貰ったのを崩しちゃうのは申し訳ないけど……」

 そこへ、武部詩織がおずおずと進み出てきた。

「あ、あの……ちょっといいでしょうか」

「どうしたの、詩織? お腹でも痛くなった?」

 沙織が真っ先に、気遣わしげな声をかける。詩織はすぐに首を振った。

「ち、違うの。お腹は大丈夫。そうじゃなくて、一つ伝えたいことがあって」

「なになに……」沙織は妹の口元へ耳を寄せ、出し抜けに叫んだ。「ええーっ、それ本当?」

 みほが訝しげに尋ねた。

「沙織さん、一体どうしたの?」

「聞いてよ、みほ!」沙織は喜々とした様子で答えた。「新しい戦車を見つけたんだって!」

 

 

 そこは、既に使われていない体育館倉庫だった。詩織の案内で、あんこうチームの面々はそこへやってきた。

 古びたバスケットや跳び箱などが、埃にまみれてひしめいている。そのゴミ山の中、戦車は静かにたたずんでいた。

 武部詩織とその友人が見つけた、ソミュアS35だ。

 優花里が瞳を輝かせた。

「ソミュアS35ですか。大戦初期におけるフランスの名機ですね!」

「そういえば、去年小山副会長と一緒に整理していた戦車資料の中に、この車輌もありましたわ。整備不良で破棄されたと書かれていましたけど」

 華の言葉に、麻子が答えた。

「ソミュアの整備性が悪いのは有名らしいからな」

 みほは既に戦車に乗り込み、中の様子を調べていた。沙織が外から声をかける。

「どう、みぽりん。すぐに使えそう?」

 点検を終えたみほが、降車口から出てきて答えた。

「試合をするにはきついけど、ちょっと模擬戦をするくらいなら平気かな」

「え、ええと……。その戦車、私のチームで乗ってもいいでしょうか」詩織が指先をつつき合わせながら、小声で続けた。「その、私達が見つけたので、愛着があって」

「そうだね。まだ配車は考えてないから、詩織さん達が使ってくれていいよ」

「あ、ありがとうございます!」

 詩織が頭を下げる。

 優花里はみほを振り向いた。

「組み合わせの問題はこれで解決しましたね。早速模擬戦を開始するであります」

「ちょっと待って」不意に割って入った声、工具箱を手にしたツチヤが倉庫へ入ってきた。「いくら模擬戦とはいえ、いきなり動かすのは無茶だよ。五分くれる? 各部のチェックとメンテをするから」

 みほは頷いた。

「そうですね。お願いしていいですか?」

「任せといて! そうだ、ついでにうちの新メンバーを紹介するよ」

 ツチヤの後ろには、同じ自動車部のツナギを着た生徒が三人従っていた。

 短髪に長身の生徒が、最初に進み出る。

今暮井(こぐれい)つかさ。二年生です。以後よろしく」

 続いて、つかさの右側にいる生徒が、勇ましい声で名乗り出た。

栗富茜(くりとみあかね)! 一年生です」

 その隣、やんちゃそうな見た目の生徒が、笑顔で手を振り上げた。

板部留美(いたべるみ)。同じく一年生でーす」

「よしみんな。仕事にかかるよ。さっさと終わらせるからね」

 ツチヤが手を叩いて声をかけた。自動車部のメンバーは、すぐさまソミュアへと乗り込んでいく。その迅速な動きに、優花里は大きく頷いた。

「どうやら、今年の自動車部も頼りがいがありそうですね。これならポルシェティーガ――」

 その言葉が終わらぬうちに、ソミュアのエンジンが突然ポンと音を立てて炎上した。煙がもうもうと吹き出し、昇降口から栗富茜が転がり出てきた。

「ええぃ、このクソッタレ! なんて扱いにくいガラクタだ!」

 顔のすすを拭い、再び中に入っていった茜は、とんでもないことを言い出した。

「いっそバラして、一から直してやりましょうよ!」

 小暮井つかさの声が答える。

「まぁ待て。私にいい考えがある。このコードをそちらに繋いでしまえば……」

 またしても爆発。エンジンが激しく燃え盛り、中から板部留美のものと思しき悲鳴が聞こえた。

「うわぁ! ソミュアが爆発する!」

 はらはらしながら事態を見守っていた詩織が、堪えきれない様子で言った。

「あ、あのっ……あれ、大丈夫なんですか?」

「ええと、た、たぶん……」

 答えたみほも、不安を抑えきれなかった。

 五分後、顔を真っ黒にしたツチヤが笑顔でソミュアから顔を覗かせた。

「ふぅ、ごめんね。ちょっと手間取ったけど終わったよ」

 

 十分後、ハンガー前に再び生徒達は集結した。

 優花里が履修生を前にして話し出す。

「では、これより模擬戦を始めます。各チームは戦車に乗った後、戦闘フィールドの初期配置地点を目指してください。全員が地点に到達した後、戦闘開始の合図を出します。そこからは殲滅戦のルールに従い、最後まで生き延びたチームの勝利となります」

 説明を終えた優花里は、最後に笑顔でつけ加えた。

「それでは皆さん、ご武運を!」

 新履修生達の各チームは、それぞれ戦車へ乗り込んだ。配車はくじ引きでランダムに決められ、A~Iのチーム名があてられている。

 果たして、どんな戦いが繰り広げられるのか。誰もが期待に胸を膨らませていた。

 

「うわ、何コレ。狭っ!」

 詩織のすぐ後からソミュアに乗り込んだ綾乃は、窮屈な車内を見回し、顔をしかめてそう言った。

「もともと三人乗り戦車だからね」と美智。

 詩織は初めて乗り込む戦車に、胸がどきどきした。これから、みんなでこの子を動かすんだ……。少しの間、頭の中が色んな空想で満たされる。オリエンテーションで見た、戦車たちの雄々しい姿。私でも、あんなふうにやれるのかな……。

「しーちゃん。もうちょい横に寄れない? お尻ぶつかる」

「あ、ごめんねっ」詩織は我に返って、車長席のあたりまで身を寄せた。上のハッチを開ければ少しは広くなるかな、と思い、詩織は天井を押し上げた。「あれ? 開かない……」

「あ、ソミュアのキューポラにはハッチがついてないんだ」

 美智の指摘に、綾乃は愕然とした。

「ええっ、じゃあこんな狭苦しいところにずっと缶詰状態ってわけ?」

「えへへ、すぐ慣れるよぉ。あ、そうだ。ポジションはどうしようか? 普通は車長、通信手、砲手、装填手、操縦手に分かれてるけど、ソミュアは三人乗りだから、車長が通信手と砲手も兼任する感じかな」

「えっ、一人で三つもやるの……?」

 目を丸くした詩織へ、綾乃が提案した。

「あたしら四人いるんだし、役割分ければいいじゃん? あたしは砲撃やってみたいな。美智、あんたは?」

「私下手くそだから、どこでもおんなじだよ。でも、選べるなら装填手がいいなぁ」

「んじゃ、決まりね。穂積さんは……」

 綾乃がきりこを振り向くと、彼女は既に操縦席で黙々と各部をいじりまわしている。綾乃は肩をすくめた。

「オッケー。そっちやって貰おっか」

 詩織は指を折って残りのポジションを探し、綾乃へ尋ねた。

「あの、私は通信手でいいんだよね……?」

「そーだね。あと、車長もやってくれない?」

「えっ」

 綾乃が両手を首の後ろへ回し、壁にもたれながら言った。

「あたしらを戦車道に巻き込んだのはしーちゃんなんだし、その熱意で引っ張って貰おうかなって」

 その横で、美智も微笑みながら言った。

「私も、詩織が車長やってくれると嬉しいなぁ。穂積さんはどう思う?」

「私に聞く必要はない。そっちに任せる」

 きりこがそっけなく告げた。

 詩織はうろたえた。

「わ、私なんか、ダメだよ……。人に何かを命令したことなんかないし、むしろ、命令される側だし……。それに普段から優柔不断だし、車長なんか出来ないよ……」

 綾乃は朗らかに笑った。

「そんな命令とか優柔不断とか、そーいうことじゃなくてさ。しーちゃんの戦車への気持ちが、あたしや美智や穂積さんをここまで連れてきてくれたじゃん? うまくいえないけど、しーちゃんの熱意が、あたしらをまとめてくれそうな気がするんだよね」

 そうだよ……。私、変わりたくて。戦車に出会って、ずっと昔から憧れてた「強さ」を見つけた気がして。だから戦車道を選んだ。心から戦車道をやりたいって、思った。だから、友達もついてきてくれた。

 今更、尻込みなんかしていられない。

 詩織は汗ばんだ手を握り締めて、言った。

「わ、わかった。私、やってみる。うまくやれるかわからないけど、頑張ってみる……! みんな、よろしくね」

 綾乃、美智、きりこが大きく頷いた。

 詩織は息を吸い、命令を発した。

「じゃ、じゃあ、発進!」 

 

 居合道部のメンバーも、くじ引きで割り当てられた三式中戦車へと乗り込んでいた。

 車長の席に座った沙耶へ、結子が声をかけた。

「ちょいと、沙耶さん」

「はい?」

「何であなたが車長をやってるんですの? この居合道部トップ剣士であるあたくしを差し置いて!」

 詰め寄られて、沙耶はたじたじと答えた。

「ええっと、あたし一応居合道の部長ですし。その流れで車長かなあって」

「何をいけしゃあしゃあと! 部長を譲ったのは雑務だの会議だの面倒な仕事が多かったからですわ! ただ座って命令するだけのおいしいポジション、あたくしがすんなり渡すと思いまして?」

 それから、操縦席にいる間愛を鋭く振り向くと、指を突きつけて怒鳴った。

「こらっ、そこの一年! ここにぬいぐるみなんか持ち込むんじゃありません!」

 間愛はひっと呻いてたじろいだが、ダイオウグソクムシ人形をきつく抱きしめ、必死になって言い返した。

「で、でも! グソクーヌは友達なんです!」

「ただでさえ狭苦しい戦車に、そんな物を置ける場所があると思ってるんですの?」

「落ち着きなさい、結子」小刀がたしなめた。「もともと戦車内は狭いものよ。ぬいぐるみがあろうと無かろうと、大した違いにはならないでしょう。それと、あなたのついた砲手のポジションは戦車の花形。重要さでは車長に引けをとらない。立派な大役だと思うわ」

 結子は顔を背けたが、まんざらでもない口調で言った。

「まぁ、そこまであたくしの実力を買ってくださるなら、砲手をやってもよろしくてよ?」

「乗せられやすいんだなぁ……」と沙耶が小声で呟く。

「何かおっしゃって?」

「いえいえ! 何でもありません」

 慌ててごまかした沙耶は、間愛を振り向いた。

「間愛ちゃん。操縦お願いね!」

「はぁい! 間愛、頑張りまぁす!」

 威勢良く答えて、操縦桿を握る。小刀は装填手、結子が砲座にそれぞれ身を置く。

 沙耶が号令した。

「それでは! 初期配置地点へ向かいましょう!」

 

 九輌の戦車は、ぎこちない動きで割り当てられた初期地点を目指していった。

 みほ達をはじめとする戦車道チームは、観覧席からその様子を眺めていた。

 華が真っ先に感想を口にする。

「やっぱり、最初は動かすのも大変ですわね」

「あっ、でも見て! Cチームが結構いい動きしてるよ」

 沙織が南の森林地帯を進むヘッツァーを示した。操縦しているのは自動車部の新メンバー達だ。整備の腕は何やら怪しかったが、操縦の方はしっかりしているらしい。

「FチームのⅣ号もスムーズに動いてるな」

 そう言ったのは麻子だ。みほが配車を確認すると、あの問題のバレー部員・川村ユングがいるチームだった。

 前の席にいたエルウィンが典子へ尋ねた。

「あの川村とかいう子、随分な自信家だが、腕は確かなのか?」

「さぁ、どうだろうね。前の学校で戦車道をやっていたとしか聞いてないから」

 カエサルが腕を組んで言った。

「ならば、お手並み拝見といこう」

 五分が経過した頃、全ての戦車が初期配置地点へ到達した。蝶野教官が戦場のスピーカーを通じ、指示を発した。

「全車輌、初期配置地点到達を確認。これより、模擬戦を開始!」

 

 いよいよ始まった。

 九輌の戦車が、緩やかに動き出す。各チームの初期配置地点はそれぞれ異なっており、他のチームがどこにいるかを把握していない。そのため、どの戦車も敵との接触を警戒して、かなり慎重に移動していた。

 観覧席の後ろの方に陣取っていたウサギさんチームは、模擬戦が始まるなりすっかりはしゃいでいた。

 ただ一人、梓はリーダーだけあって自重し、チームメイトをたしなめる。

「みんな、少しは静かにしてなくちゃダメだよ。お祭りじゃないんだから」

 優季がやれやれと肩をすくめる。

「梓ってば堅いナァ。もっと楽しもうよ~」

 不意に、あゆみが戦闘フィールドの南側にある森林地帯を示して叫んだ。

「見て! M3だよー!」

 皆が揃って注目すると、果たしてM3中戦車が、木々の間を抜けてぐんぐん進み、八九式を追跡していた。M3に乗っているのは一年生四人で構成されたDチームだ。対する八九式に乗っているのはEチーム。こちらも一年生が四人だ。

 桂利奈が身を乗り出し、拳を振り上げながら叫ぶ。

「撃て―! ぶっ殺せー!」

「やっぱり自分達の戦車を応援しちゃうよねー」とあや。

 M3と八九式の距離は、ぐんぐん縮まっていく。初心者ながら、Dチームは技量もそこそこで、姿勢もアグレッシブだ。八九式は既に射程圏内、今にもM3の砲塔が火を噴くかと思われた瞬間――。

 出し抜けに、轟音が轟いた。

 M3の側部が爆発を起こし、車体は転倒していく。

 シュッと音を立てて、白旗が揚がる。

 蝶野教官が素早く判定を下した。

「M3中戦車、走行不能!」

 優季が不満げにこぼした。

「えーもう終わりー?」

 他の面々も喚くやらうなだれるやら、口々に騒ぎ出す。

 そんな中、梓だけは思案顔で呟いた。

「今の射撃、どこのチームなんだろう……。あんな奇襲、初心者の技量に見えないけれど」

 

「ふん、あっけなかったわね」

 Ⅳ号戦車の車長席にいた川村ユングは、行動不能になったM3を見てほくそ笑んだ。

 砲手を任せていた二年生が、興奮した様子でユングを振り向く。

「すごーい! 川村さんの言うとおりにやったら当たったよぉ」

「これならあたし達で全部倒せるちゃうかも!」

 操縦手も微笑んでそう言った。チームメイトの浮かれている様子を機敏に察したユングは、即座に叱責した。

「何をのんびり喜んでるの! 敵は一輌じゃないのよ。すぐに機首を転回して、森林地帯の外へ向かいなさい!」

「は、はい!」

 操縦手が慌てて車体の向きを換えようとする。が――。

「あれ……回らない? なんで?」

 首をかしげる操縦手に、ユングが舌打ちした。

「馬鹿ね! 周りの地形をよく見て! 後ろの木に引っかかってるわよ」

 そこへ、砲手が悲鳴をあげた。

「川村さん! べ、別の戦車が来たよ!」

 ハッチから身を乗り出すと、八九式がこちらへ迫ってくるのが見えた。ユングはすかさず命じた。

「砲塔を回すのよ! 射線に敵を捉えたら撃って! 照準を合わせる必要は無いわ」

 砲手はうろたえ気味に訴えた。

「で、でも……間に合わないよ! 向こうの方が先に撃ってきちゃう――」

「どきなさい!」

 ユングは乱暴に砲手を押しのけた。弾頭を装填し、砲塔を回転させる。

 八九式の主砲が放たれた。が、相手は所詮初心者、砲弾はⅣ号のキューポラ近くを掠めただけで、直撃に至らなかった。もとより、八九式程度の攻撃力など驚異ではない。

 Ⅳ号の砲身が、相手を捉えた。

 不利を察したか、八九式は慌てて離脱しようとする。

「遅いわよ、今更!」

 せせら笑ったユングは、砲弾を発射した。

 直撃だった。爆発が起こり、八九式が白旗を掲げる。

 これで二輌。どうせ残る六輌も初心者ばかりだろう。自分一人でも片づけられる、とユングは思った。

 砲手の生徒が、おずおずと進み出た。

「か、川村さん、ありがとう……」

 ユングは役立たずのチームメイトを睨みつけた。

「あの程度のことでうろたえないでちょうだい。私の指示に間違いはなかったでしょ?」

「あの、うん。そうだけど……」

 のろまの言葉など聞く必要は無い。ユングは片手を振って遮り、相手をろくに見もせず言った。

「わかったならいいわ。持ち場へ戻って。さっさとここを離れるわよ」

 

 

 模擬戦開始から六分。詩織達はまだどの敵とも接触していなかった。ソミュアS35は、狭い道をゆっくりと前進し続けている。

 窓から外の様子をうかがっていた綾乃が、出し抜けに詩織へ尋ねた。

「なんか、あっちの方で凄い音しなかった?」

「うん……。どこかのチームが戦ってるのかな」詩織は曖昧に応じて、隣の美智を見た。「栗林さんはどう思う?」

 ところが、美智は酷く強ばった表情になっていて、詩織の言葉も聞こえていないようだった。

「栗林さん?」

 もう一度呼びかけると、美智がはっと振り向いた。

「えっ、あ、呼んだ?」

「大丈夫? 具合悪そうだけど」

「え、えへへ。ごめんね。緊張しちゃって――」

 言葉はそこで途切れた。突如、車体が激しく揺さぶられた。

 きりこが淡々と呟いた。

「敵だ」

 綾乃が泡を食った様子で言った。

「て、敵ぃ? どこ? どっから撃ってきてるの?」

「八時の方角」

「八時ってどっちよぉ!」

 慌てふためく綾乃へ、詩織は必死に呼びかけた。

「ふ、藤村さん、落ち着いて! えっと、えっと……」

 落ち着けと言っておきながら、詩織本人も何をどうすればいいのかわからない。助けを求めるように、戦車道経験者の美智を振り向いた。

「栗林さん、どうしよう?」

「わっ、私? ええとぉ……とりあえず、こっちは奇襲を受けてるから、どこか安全な場所へ……」

 皆まで聞いている余裕は無かった。敵の砲弾はひっきりなしに飛んでくる。詩織はきりこに命じた。

「穂積さん、お願い!」

 きりこは無言で発進した。放火がいったん止まる。それから敵の戦車が岩陰から姿を現し、こちらを追ってきた。詩織はキューポラの窓越しに目を凝らした。砲塔の固定されたシルエット……恐らく三号突撃砲だ。

 不意に、きりこがソミュアを急停止させた。綾乃が困惑した声で叫んだ。

「どうしたの? なんで止まっちゃうのよ?」

「行き止まり」

 きりこが短く答えた。見れば、前方は土砂で道が塞がれている。その間にも、敵はじりじりと接近してくる。詩織はすっかり狼狽しながら、きりこへ言った。

「に……逃げられないの?」

「援護が要る。当てなくていいから、敵を撃って。相手が怯んだ隙に、その脇を抜けるから」

「わ、わかった。撃てばいいんだね? 藤村さん、お願い」

「撃つのはいいけど、あれっ……弾は? 弾が入ってないよ!」

 動転してしている綾乃のもとへ、美智が砲弾を抱えてきた。

「待って。今装填するから。うんしょ……わっ!」

 敵の攻撃を食らい、ソミュアに衝撃が走る。そのはずみで、美智の腕から砲弾が滑り落ちる。慌てて拾い上げようと屈み込んだが、またしても車体が揺れ、砲弾はころころと操縦席まで転がっていった。

「あわわ……ま、待ってぇ!」

 狭い一本道の中、きりこは車体を巧みに左右へスライドさせ、敵の砲弾を回避していた。が、敵は射撃しながら徐々にこちらとの距離を詰めてくる。これ以上接近されて攻撃を受けたら、恐らくソミュアは沈黙してしまう。

「美智、はやくしてよ!」

 綾乃が焦りの滲む声で言った。

「今行くから! うわっ――」

 ようやく砲弾を拾った美智は、またしても足を滑らせ、その場に転倒した。

 ソミュアの内部がきしむような音を立てた。耐えられても、次が限界だろうか。そんなことを詩織が思った矢先、三突の後部が突然爆発した。

 何が起こったのか見定めるより先に、きりこがソミュアを前進させ、炎上する三突の横をすり抜けていった。

 

 Cチーム・ヘッツァーの操縦手を務めていた留美が、行動不能に陥ったGチームの三突を目にして喝采した。

「やったやった! 初撃破!」

「待った。あっちにソミュアもいる。まとめて撃破てやりましょうよ!」

 砲手の茜が勇んで言うのを、つかさがなだめた。

「そう慌てることはない。敵の背後をついて、一気にしとめる。留美、距離をとって追いかけて」

「りょーかい!」

 ヘッツァーが前進を始める。と、空を切って砲弾が車体を掠めた。木々を隔てた向こうに、戦車の影が見える。

 つかさは不敵に笑った。

「おっと、どうやら別の敵がお出ましのようだ」

「ルノーですよ。あっちからスクラップにしてやる!」

 茜がそう言い、素早く砲弾を装填する。

 ルノーを操縦しているのは、二年生三人で構成されたHチームだ。奇襲が失敗してやけくそになったのか、次々に砲撃を繰り出してくる。つかさが声を張り上げた。

「留美、ヘッツァーは砲塔が不自由だ。回避運動をしつつ、車体を敵に向けて!」

「ほいさ!」

 数秒に一回の間隔で飛んでくる敵砲をかわしながら、ヘッツァーはじりじりと向きを変えていく。

 茜がスコープを操作し、狙いを定めた。

「もうちょい……もうちょい! よし、ファイヤー!」

 放たれた一撃は、ルノーのキューポラを直撃した。もうもうと煙が巻き上がる中で、白旗が見えた。

 つかさは次の命令を発した。

「よし、ソミュアを追う! Cチーム、アターック!」

 

 観客席で、優花里が記録をつけながら言った。

「D、E、G、Hが走行不能ですか。残りは半分ですね」

 沙織が指を折って数えた。

「自動車部のヘッツァーに、川村さんのⅣ号、詩織のソミュアでしょ、それと何とか部の三式……あれ、ポルシェティーガーは?」

「そういえば見あたりませんわね」

 そう言って、華が戦場の各所へ視線を振る。麻子は飽きてしまったのか、彼女の肩に寄り添い寝息を立てていた。

 そこへ、みほが遠慮がちに告げた。

「たぶん、あれじゃないかな……」

 指で示した先には、地面に履帯の半分が埋まって、身動き出来ない戦車の姿があった。おまけにエンジンに不調があったのか、車体後部から黒い煙を立てている。

 沙織が身を乗り出した。

「うわぁ、完全に動けなくなってるじゃん。ていうか、やっぱあれ初心者に動かせる代物じゃないよね……」

 みほも苦笑して言った。

「今日はしょうがないかな。次の授業からは、きちんと乗り手に合わせて配車するつもりだから」

 ふと、梓がやってきて隣に腰を下ろした。

「西住隊長。あのⅣ号、操縦や砲撃の技量自体は高くないですけど、進行方向や奇襲の位置が的確です。きっと車長の指揮が優秀なんだと思います。川村ユングさんは、確かに初心者じゃないのかも」

 みほは微笑んだ。

「よく見てるね、梓さん。乗り手の特徴をきちんと分析するのは、戦場で大事なことだよ」

「あっ、いえ……思ったことをただ口にしただけで、分析なんてつもりじゃ……」

 そこへ、横からあやの声が飛んだ。 

「梓、顔が赤いぞ~」

「ホント西住隊長大好きなんだからぁ」

 優季も口を揃えて茶化しにかかる。梓は真っ赤な顔で言い返した。

「もう、みんな! こっちは真面目な話をしてるのに!」

 

  

「まったく! 一体どういうことなんですの? 散々走り回ったのに、一度も砲撃しないままだなんて!」

 砲座についていた結子が、苛立たしげなリズムで足を踏み鳴らしている。沙耶が横からなだめた。

「まぁまぁ、いいじゃないですか。ルールでは最後まで生き残ったチームが勝ちみたいですし。居合の精神と同じですよ。戦わないに越したことはありません」

「戦わなかったら練習になりませんわ! 大体、車長のあなたが、あっちへ進めこっちへ進めと、いい加減な方向を指示したのがいけないんですのよ!」

「二人とも、それくらいにしておきなさい」

 小刀がたしなめた。操縦席の間愛が、ダイオウグソクムシ人形へぼそっと話しかける。

「ねぇグソクーヌ、結子先輩って怖いね。眉間にしわが寄ってるよぉ」

「こらっ、そこの一年! 言いたいことがあるなら直接おっしゃいな! こっちは――」

 結子の言葉は、突然車体に走った衝撃で途切れた。

「しゅ、襲撃ですわ!」

 沙耶はすぐさまハッチを開けて、周囲を見回した。

 林の向こうから、Ⅳ号戦車が接近してくるのが見える。

「戦車がこっちに来てます! みなさん、戦闘準備を!」

「おーほっほ! いよいよ出番ですわね!」

 結子が発射管を握り、砲塔を敵のいる方角へ回転させる。が、その間にもⅣ号の攻撃は続いた。

 砲弾を装填しつつ、小刀が叫んだ。

「止まっていたらいい的だわ! 間愛、前進して」

「はぁい!」

 間愛はエンジンを全開させた。しかし、距離を開けたのもつかの間、速度を上げたⅣ号が追いついてくる。

 それを見るなり、沙耶は焦った。

「結子さん、はやく反撃を!」

「あたくしに命令するんじゃありません!」

「だってあたし車長ですよぉ!」

 言い争う間に、再びⅣ号の攻撃が始まる。間愛が悲鳴をあげた。

「もう嫌~! 追ってこないでぇ!」

 ようやく、結子は砲塔を回転させきった。スコープ越しに敵を狙い定める。

「覚悟なさい!」

 勢いよく放たれた砲弾は、Ⅳ号戦車の遙か上を飛びすぎ、明後日の方向へ消えていった。

 沙耶が呆然と言った。

「結子さん、全然当たってませんけど」

「うるさいですわね! 初心者なんだから当然ですわ!」

「とにかく、撃ち続けるしかないわ。攻めてくる敵に応じて、後の先をとるのが居合の基本よ」

 言いながら、小刀が次の弾を装填する。

 沙耶も拳を握った。

「ですね! こういう時こそ居合道魂でいきましょう! 結子さん、鞘の内からの一撃でしとめちゃってください!」

「言われなくても、そのつもりですわ!」

 応じた結子は、小刀との連携で三発ほど砲撃を繰り返した。が、Ⅳ号に当てることはおろか、掠りもしない。苛立ち紛れに、間愛を振り向いて叫んだ。

「ちょいと! 射撃の時ぐらい止まってくださいな! きちんと狙えませんわ」

「止まったらこっちが撃たれますぅ!」

 間愛も叫び返す。小刀は沙耶へ言った。

「沙耶、どうするの?」

「どうするって……こんな状況じゃ、逃げ回るしかないですよぉ!」

 三式は敵に背中をさらしながら、戦場を駆け抜け続けた。

 

 

 何とか窮地を脱した詩織達は、敵のいない場所で小休止をとっていた。きりこは普段と変わりなかったが、詩織と綾乃は緊張から解放された安堵で、ぐったりと戦車の壁に寄りかかっていた。

 美智が、おずおずと声をかけた。

「みんな、さっきはごめんね……」

 身を起こした詩織は、微笑んで言った。

「ううん。栗林さん、謝ることなんかないよ」

「そーそー、あたしなんかパニクっちゃってたし」

 綾乃も慰めの言葉をかけたが、美智の面持ちは晴れない。

「でも……ほんとは私だって、穂積さんと同じで経験者なんだから、もっとみんなを助けてあげなくちゃいけないのに。それなのに、足引っ張っちゃった」

「経験者にも、色々ある」それまで沈黙を保っていたきりこが、ふと口を開いた。「あなたは一種の戦場恐怖症に陥ってる」

 綾乃が訝しげに尋ねた。

「せんじょうきょうふしょう? 何よそれ」

「試合や練習で生じたストレスで、まともに戦車に乗れなくなる。私の学校にも、そういう子がいた」

 きりこの答えに、詩織は不安を募らせた。

「病気なの?」

「人による。乗り越えられる子にはただの壁だし、そうでない子には一生の病気」

 美智はうなだれた。

「穂積さんの言う通りだよ。私ね……実家が戦車道の名門だったんだ。でも、私には全然才能無くて。家族やチームメイト、色んな人に迷惑かけて。最後には、もう戦車道やらなくていいって、親に言われたの。

 そんな時にね、この学校のことを知ったんだ。あの西住みほさんのことを……。雑誌を読んでたら、インタビューの記事が載ってて。黒森峰での失敗を、大洗に来て乗り越えたって書いてあった」

 西住みほさんの話は、詩織も姉から度々聞かされていた。大きな挫折があって、それを大洗の仲間達と乗り越えたことを。美智は話し続けた。

「だから、思ったんだ。今までと違う場所、違う仲間となら、こんな私でも変われるかもしれないって。それで、転校してきたの。でも、最初は戦車道をやるのが怖くて。詩織が誘ってくれたおかげで、ようやく決心が出来たんだ。今度こそ、頑張ろうって思ってた。

 でも、やっぱりダメだった。私は西住さんなんかと違うもんね、才能なんか、ほんとに無いんだもん。やっぱり、戦車道やらない方が良かった、あはは……」

 無理矢理笑ってみせたが、それはたちまち嗚咽に変わり、顔を覆って泣き出した。

 きりこは顔を背け、綾乃も俯いた。

 詩織が、出し抜けに口を開いた。

「む……昔のことなんか、関係ないよ!」

 美智が、真っ赤な瞳で詩織を見返した。詩織は美智の手を握ると、整理されていない言葉で必死に話し続けた。

「あ、あの。私も、うまくいえないけど……、家が名門だったとか、才能が無いとか……そんなの全部、忘れることって出来ないのかな」

「え……」

「私も、昔の自分が大嫌い。内気で、のろまで、努力も出来なくて。ずっと変わりたいって思ってた。でも、そんなの簡単じゃなくて……今の今でも、私はやっぱり昔のままだと思う。でもね、みんなと会ったおかげで、嫌いな自分のこと、少しだけ好きになれた。人から虐められてるような私でも、友達だって、言ってくれたから……」

 詩織は握った手に力を込め、美智を見つめた。

「だから、いいよ。美智が世界で一番下手な戦車乗りだって構わない! ずっと美智と一緒の戦車に乗る。美智もこれまでのことなんか忘れて、一からやり直そうよ。せっかく始めたのに、ここでやめちゃうなんて、やだよ……」

 涙目の美智は鼻を大きくすすり、感極まって詩織へ抱きついた。

「うわぁん! 詩織……いいんだね? 私、迷惑かけちゃうよ。本当に、下手くそなんだからね? でも、ありがとう……嬉しいよぉ……」

 詩織は何度も頷いて、美智を抱きしめ返した。美智は綾乃ときりこを振り向いた。

「二人も、私と一緒でいいの……?」

「当たり前じゃん。戦車は一人で動かすもんじゃないんだし!」

 綾乃がにっと笑って答えれば、きりこも言った。

「下手くそとは何度も組んできた。問題ない」

「ありがとう……ありがとう……」

 涙と鼻水を垂らしながら、美智が何度も感謝を繰り返す。詩織も指先で頬をつたう涙を拭い、三人へ言った。

「さぁ、みんな。戦車に乗ろう!」

「おう!」

 四人はソミュアへ搭乗し、配置についた。きりこがエンジンをかけて、すぐさま発進する。

 綾乃が窓から周囲を探りつつ、詩織へ尋ねた。

「敵はあとどれくらい残ってるのかな?」

「砲撃の音はあちこちから聞こえてたけど……」

 と、きりこが急にソミュアを大きく旋回させた。車体が揺れ、詩織と綾乃の体が壁に押しつけられる。

 次の瞬間、ソミュアが進行していた方向に砲弾が落下し、爆発を起こして地面を大きくえぐり取った。

 きりこが呟いた。

「敵だ」

 茂みの中から、車高の低い戦車が躍り出てくる。ヘッツァーだ。

 綾乃がすかさず反撃に出た。

「ちっ、食らえぇ!」

 ソミュアの砲塔が火を噴く。矢のように飛んだ弾は、ヘッツァーの上部装甲に当たったが、あっさりと跳ね返された。綾乃が愕然とした。

「き、きいてない?」

「ヘッツァーの正面装甲は堅いから、側面を狙わないと」

 美智の言葉を受けて、詩織はきりこへ尋ねた。

「穂積さん、回り込める?」

 答えの代わりに、きりこはソミュアを素早く動かした。しかし相手もさるもの、巧みに車体を転回し、なかなかつけ入る隙を与えない。綾乃が何発か撃ったものの、全て強固な装甲にはじき返された。

 不意に、詩織は短い悲鳴を上げた。

「あっ……」

「どうしたの、しーちゃん?」

「前から、別の戦車が来てる!」

 三式中戦車と、Ⅳ号戦車だ。

 

 

 Ⅳ号のユングは不敵に口端を持ち上げた。新手が増えたところで、いずれも初心者だ。恐れるには足らない。

「ふん、まとめて始末してあげるわ」

 砲手の生徒が、困惑した様子で尋ねてくる。

「川村さん、どの戦車を最初に狙ったらいいの?」

「うろたえるんじゃないわ。先に攻撃力の高いヘッツァーを狙って、残りは後回しよ!」

「は、はい!」

 

 

 突然現れたⅣ号と三式を見て、茜が叫んだ。

「どうします、司令官? 敵は三輌に増えました! ヘッツァーの側面をつかれたら……」

 つかさは落ち着き払った声で答えた。

「焦ることはない。予定通りソミュアから倒す! Cチーム、アターック!」

 

 

 沙耶はたじろいだ。

「な、なんか敵の数が増えちゃったんですけど!」

「ちょうどいいわ、沙耶。この混乱に乗じて、一度戦場を離脱しましょう」

 小刀の提案に、結子が食ってかかる。

「敵に背を向けるなんて!」

 結子の言葉も一理あるが、背後から追ってくるⅣ号だけでも持て余していたところだ。沙耶はすかさず言った。

「結子さん、今は仕方ありません。間愛ちゃん!」

 しかし、操縦席の間愛はすっかり泡を食っている。

「逃げるって言われても、右も左も敵ばっかりですー!」

「間愛ちゃん、落ち着いて! バックして後ろの道へ行きましょう」

「うわーん!」

 泣き叫びながら、間愛がエンジンを全開にする。沙耶の体は、ぐいと後ろの壁へ押しつけられた。

「ちょ、間愛ちゃん! 逆です逆! 前進しちゃってる!」

 三式はヘッツァーとソミュアの間を、勢いよくすり抜けていった。それでもなお前進を続け、突然車体が大きく沈んだかと思うと、坂道を物凄い速度で疾走していた。

 沙耶が慌てふためいて叫んだ。

「ストップ! ストップしてくださーい!」

「ダメー! 止まらないよ~」

 

 

 三式が戦場を離脱する中、ヘッツァーは執拗にソミュアを狙ってくる。綾乃は舌打ちした。

「どうすりゃいいのよ、この状況!」

 不意に、Ⅳ号が発砲した。恐らくヘッツァーを狙ったのだろうが、砲弾は車高の低いヘッツァーの上をすり抜けて、奥にいたソミュアを叩いた。車体が左右に激しく揺れる。

「うべっ――」

 ガツン、と美智が壁面に頭をぶつけた。砲弾を取り落とし、くるくる目を回しながら倒れていく。

「く、栗林さん? しっかりして!」

 詩織は美智の体を揺らしたが、反応は無い。完全に気を失っている。

「どうしよう……」

 狼狽する詩織に、綾乃が言った。

「しーちゃん、装填やって! あたしが撃つ」

「わ、わかった!」

 きりこは操縦桿を巧みに動かし、見事な回避運動で敵の攻撃をかわし続けた。が、ニ対一の不利な状況では、いつまで持つかわからない。

 詩織が砲弾を掴み、両手で持ち上げた。

「お、おもい……」

 何とか装填した矢先、Ⅳ号の一撃でソミュアが揺れ、詩織と綾乃の体は床に投げ出された。次いでエンジンがプスプス音を立てたかと思うと、ソミュアは動かなくなってしまった。

 きりこが操縦桿をニ、三度上下させたが、反応はなかった。

「エンジンがショートした」

 詩織はゆっくり頭を持ち上げ、窓の外を見やった。ヘッツァーの砲塔が、こちらを狙っている。

 まさに絶対絶命。

 詩織はきつく瞳を閉じた。

 と、ソミュアの砲塔が火を噴いた。

 眩い爆発が広がり、ヘッツァーの白旗が揚がる。

「や、やった! 藤村さん、凄い――」

 喝采した詩織は、綾乃がすぐそばに倒れているのを見て、言葉を失った。

 あれ、じゃあ、今撃ったのは……?

 そして、見た。

 力強い瞳をかっと見開き、背をしゃんと伸ばして砲手の席についている美智の姿を。

 詩織は混乱した。眼前の美智は、普段のほんわかして猫背気味の美智とは、明らかに雰囲気が違う。

 美智は勇ましい声で叫んだ。

「見たか! ソミュアS35の力を! どうやら状況は最悪らしい。ここは私に任せて、どうぞ休んでいてくれ!」

 綾乃があんぐり口を開けた。

「あ、あんたどうしちゃったの……?」

 そこへ再び衝撃。Ⅳ号の砲撃だ。あれを倒さなければ、危機を脱したとはいえない。

 美智が呟いた。

「装甲は限界か……。きりこ、エンジンは?」

 詩織と綾乃が美智の変化にうろたえている間、きりこは操縦席のパネルを引っ剥がし、配線をいじり回していた。ほどなく、ソミュアのエンジンが唸りをあげて稼働する。

「復帰した」

「よし、勝負をかける! みんなの命、私が預かった!」美智はⅣ号を睨み据え、拳を握った。「ゼロ距離射撃でいく……!」

 

  

 既に満身創痍だったはずのソミュアが、にわかに動き出した。ユングは微かにたじろいだ。

「まだ動けるっていうの?」

 操縦手が悲鳴をあげる。

「川村さん、敵が近づいてきたよ!」

「懐へ入られる前に撃ち返して!」

 砲手が言われるままに発砲したが、慌てたせいだろう。まるで見当はずれな方向に飛んでいった。

「役立たず! どいて!」

 ユングは砲弾を脇に抱えて叫ぶと、砲手を押しのけて素早く装填した。しかし、ソミュアは恐るべき速度でⅣ号の側面に肉薄してきた。

 ユングは全力で砲塔を回した。

「こいつっ!」

 両者は、ほぼ同時に砲撃した。

 

 

「居合道部、見参っ!」

 四人の声と共に、三式中戦車は坂道を乗り上げて戦場に舞い戻ってきた。

 沙耶が拳を合わせる。

「さぁ、今度はがんがんやっつけますよ! って、あ、あれ……?」

 ヘッツァー、Ⅳ号、ソミュアはいずれも白旗を立てて、動きを停止している。明らかに戦闘は終わった後だった。

 そこへ、蝶野教官のアナウンスが響く。

「Ⅳ号およびソミュア、走行不能! よってAチームの勝利!」

 居合道部のメンバーは、この幕切れにしばらくポカンとしていた。ややあって、沙耶が拳を握ってガッツポーズを決めた。

「やったぁ! やりましたよ! 私達の勝ちですって!」

「わぁい! わぁい!」と間愛も飛び跳ねる。

 結子は憮然とした顔つきで言った。

「釈然としませんわ」

「ビギナーズラックね。とはいえ、勝利は勝利よ」

 小刀がそう言って、にっこりと微笑む。

 

「みんなグッジョブベリーナイス! 素晴らしい模擬戦だったわ。今後もこの調子で頑張って。わからないことがあったら、いつでも連絡してね!」

 整列した新履修者を前に、蝶野教官が惜しみない賛辞を送った。その横で、優花里が声を張り上げる。

「一同、礼!」

「ありがとうございました!」

 新履修生は声を揃えて身を折った。

 

 

「栗林さん、大丈夫?」

 詩織は、美智の体を肩で支えながら尋ねた。戦車を降りた途端、美智はすっかり放心状態で、自分の足で立つことも出来ない有様だった。

「ふえぇ……なんか、変な夢見てた感じ」

「そりゃこっちのセリフだって」詩織の反対側で美智を支えている綾乃が言った。「何が起こったのかと思ったよ」

「極度のパンツァー・ハイ」

 きりこが横から口を出した。

「え、何だって?」

「戦闘の緊張感で、日頃眠っている意識が目覚めた。美智は自分を下手だと思いこんでいるから、普段は本来持っているはずの実力を発揮出来てない」

「つまり、追いつめられればさっきみたいになるって?」

「確証は無いけど」

「なーんだ、やっぱ名門の生まれってことじゃん! さすがぁ!」

 綾乃は笑いながら、美智の背中をバンバン叩く。

「みんな、なんの話してるのぉ?」

 困惑する美智へ、詩織が笑いかけた。

「栗林さんは下手なんかじゃないって話だよ」

「わ、私が? なんで?」首をかしげた美智は、それから酷く大事なことを思い出したように、勢い込んで言った。「あ、そうだ! 詩織、模擬戦で励ましてくれた時、私のこと名前で呼んでくれたよね?」

「えっ……」

 詩織は真っ赤になった。そういえば、そんなことがあったような。気がつくと、慌てて言い訳がましいことを話し出していた。

「あの、あれは……なんか、必死になってたから、つい――」

「えへへ、嬉しかったよぉ。もうこれからはずっと、美智でいいからね」

「う、うん……」

 綾乃が口を尖らせる。

「えー、何それずるいじゃん。しーちゃん、あたしのこともこれからは綾乃って呼んでよ?」

「え、あうぅ……」

 返答に困っていた矢先、誰かに背後から勢いよく飛びつかれた。

「しーおーり!」

「お、お姉ちゃん……」

 満面の笑みを浮かべた姉が、そこにいた。すぐ後ろには、あんこうチームの面々が続いてくる。

「よく頑張ったね! 初めてにしては上出来じゃん!」

 姉の言葉に、詩織は頬を染めた。

「えへへ。でも、負けちゃった」

「だけど凄かったよ! 最後のⅣ号との一騎打ち!」

 綾乃が身を乗り出した。

「あ、もしかして。しーちゃんのお姉さん?」

 詩織が答えるより先に、姉が名乗り出た。

「武部沙織です! いつも妹がお世話になってます! みんな、戦車道とってくれてありがとうね。困ったことがあったら何でも聞いて! これでもアマチュア無線の資格持ってて、戦車にも詳しいんだから! あと恋愛もね!」

 綾乃が目を丸くした。

「えっ、戦車と恋愛って関係あるんですか?」

「もっちろん! 戦車道は乙女のたしなみ! 極めればモテモテになるんだよ!」

「へー知りませんでした。じゃあ、沙織先輩はイケメンな彼氏さんがいたりするんですか?」

「うっ」

 成り行きからしてごく普通の問いだったが、姉は雷でも浴びたように仰け反り、ショックな顔つきのまま硬直してしまった。

 背後の麻子さんが、呆れ顔で肩をすくめる。

「さおり、自ら墓穴を掘るとは……」

 こちこちになっている姉を後目に、みほさんがにこやかに声をかけてきた。

「詩織さん、模擬戦は楽しかった?」

「は、はいっ! とっても――」

 詩織の言葉が終わらないうちに、脱力していた美智ががばっと顔を上げた。詩織と綾乃の腕を振り払って飛び出すと、みほさんの手を握りしめて激しく上下に揺さぶり、感激の面持ちで言った。

「ウワァ、西住みほさん! ずっとお話したかったんです。あ、あの、栗林美智っていいます! 西住さんに憧れて大洗に来たんです!」

「そ、それは、どうも……」

 困惑気味にみほさんが応じる間も、美智は夢中で話し続けていた。

 そこへ――。

「あんた達のせいで負けたのよ! わかってるの?」

 

 

 かん高い叱責の声。グラウンドにいた誰もが、そちらを振り向いた。見れば川村ユングが、模擬戦で組んでいたチームメイトに激しい非難を浴びせている。そのうち一人は、唇をぎゅっと結んで涙を流していた。

 いち早く異常に気がついた典子は、すぐさまその場へ割って入った。

「川村、落ち着け!」

 差し伸べた手を、ユングが乱暴に振り払う。

「キャプテンさんの出る幕じゃないわ!」

 遅れて駆けつけてきた妙子と忍が、口々に叫んだ。

「いい加減にしなさいよ! 少し戦車道の実力があるからって、やっていいことと悪いことがあるでしょ!」

「そうだよ! 同じチームメイトを罵るなんて!」

「河西、近藤。二人もやめろ!」

 典子が鋭く声を飛ばすと、二人は渋々矛をおさめて引き下がった。そこに、みほがゆっくりと近づいてきた。

「磯部さん、大丈夫ですか?」

「ええ、隊長。心配しないで。川村のことは、同じバレー部員としてしっかり引き受けるから」

「き、キャプテン! まさか彼女をチームに加えるんですか?」

 妙子が驚いて聞き返せば、忍も反発した。

「必要ありませんよ。八九式は四人で動かせるんですから!」

 典子は首を振った。

「いや、これからは川村を加えた四人で戦う」

「え、四人……?」

 妙子と忍が、思わず聞き返す。

「お前達に伝えておかなきゃいけないことがある。佐々木は、今年戦車道を履修しない」

 それまでずっと言い争いに加わっていなかったあけびが、静かに進み出てきた。そしておもむろに切り出した。

「ごめんね。二人とも。ずっと言い出せなくて」

 妙子は、呆然とあけびを見つめた。

「なんで……なんで戦車道やめちゃうの?」

「うちの親、ずっと私が戦車道をやるのに反対してて。去年は廃校がかかってたし、一年きりのことだったから許して貰ってたの。でも、今年は……」

「そういうことだ。今後は、川村と近藤、河西、それに私の四人チームで戦う」

 忍はなおも食い下がった。

「そんなの、容認出来ませんよ。こんなチームワークのかけらもない奴と組むなんて!」

 ユングが冷ややかに応じた。

「私もお断りだわ。キャプテンさんはともかく、あんたとそっちのハチマキは役不足よ」

「なんですって!」

「いい加減にしないか! バレーも戦車道も、チームワークと根性だ! それが守れないなら、どちらもやめてしまえ!」

 声を張り上げた典子は、周囲に大勢の新履修者がいたことに気がついて、自分の軽率を恥じた。案の定、何人かは不安げな面持ちでこちらを見やり、ひそひそと言葉をかわしている。優花里が気を利かせ、手を鳴らしながら言った。

「今日の授業は終わりですから、皆さんすみやかに解散をお願いします!」

 一部の者を除いて、生徒達はグラウンドを去っていった。

 

 

「二人とも、本当にごめんね」

 三人での帰り道。あけびは前を行く妙子と忍へ、呟くように言った。振り向いた忍が、包み込むような笑顔を向ける。

「いいよ。あけびが謝ることないじゃん」

「そうそう」と妙子。

 あけびは小さく頷いたきり、俯いた。バッグのストラップを握り締めて、弱弱しくつけ加えた。

「本当は、今年も戦車道やりたいの……」

 忍が両腕を後ろに回しながら尋ねた。

「両親はなんで反対してるの?」

「それが、理由を詳しく話してくれなくて。ただ戦車道をやるなの一点張りだから」

「そうなんだ。まぁでも、バレーはこれからも一緒に出来るし、そっちを頑張ろうよ」

「ありがとう。戦車道大会の時は、必ず応援に行くから」

 妙子はため息まじりに言った。

「でも、これからどうなっちゃうんだろうね。あの川村って子と、バレーにしろ戦車道にしろ、ちゃんとチームでやってけるのかな……」

「やっていくしかないじゃん。新入部員も沢山入ったし、キャプテンも今年で卒業だし。今から弱音なんか吐いてられないよ」

 忍の励ましに、妙子も大きく頷いた。

「そうだね。がんばろっか!」

 

 

 生徒会室に、夜の帳が下りてきた。

「会長。今年の必修選択科目の選択を振り分けたリストです」

 副会長から差し出されたリストを目にした官有くめ子は、思わず眉をひそめた。納豆スティックをかじりながら、訝しげに漏らす。

「おんやぁ? 戦車道が意外に集まっちゃったか。物好きな連中っているもんだね。去年は最初二十人も集まってなかったから、今年も似たような感じだと思ってたんだけどねぇ」

「ご心配なく。今からでも手は打てます」

 副会長が黒縁の眼鏡をくいっと片手で押し上げ、淡々と答えた。

「そ? じゃあ任せるよ」くめ子はリストを投げだした。「悪いけど、戦車道に出しゃばられちゃ困るんだよね……今年はさ……」

 

「ふあぁ、眠い……」

 大きな欠伸をしながら、澤梓は戦車道作戦会議室の扉を開けた。今日の一限は、二回目の戦車道授業がある。新しい履修生達は、まだこの作戦会議室に入ったことがない。そこでお披露目のために掃除をしておこうと思い立ち、梓はいつより早く登校したのだった。

 こんな時間だし、多分作戦会議室には誰もいないだろう。そんなことを思いながら、中へと入る。

 あにはからんや、そこには先客がいた。

「に、西住隊長っ? おはようございます!」

 慌てて身を折りながら挨拶する。顔を上げると、微笑んでいるみほの姿があった。手には箒を持っている。

「おはよう、梓さん。早いんだね」

「えっと、あの、掃除しようかと思って来たんです。綺麗にしておけば、新履修生の印象も良くなりますし」

「わぁ、嬉しい! 私も同じことを考えてたの。それじゃ、手伝って貰っていいかな?」

「はい! 喜んで!」

 二人は手分けして掃除を始めた。一限開始まではゆうに一時間以上ある。みほも梓も手際よく片づけたので、三十分もすると室内はすっかり綺麗になった。

 梓がふっと息をついた。

「これで終わりですね」

「うん。あ……あれをやっておかないと!」

 みほは鞄からファイルを取り出し、さらにその中から名前の印刷されたシールを引っ張り出した。

「それ、何ですか?」

「個人用ロッカーに、新しい履修生の名前シールを貼っておこうと思って、昨日パソコンで作ってきたの」

 梓は瞳を輝かせた。

「そこまで考えてるなんて、流石先輩です!」

 二人はラベルシールをロッカーに貼っていった。新履修生は三十三人。しかし空きロッカーの数はその半分しかない。仕方なく、一つのロッカーに二人分のラベルを貼り、共有で使って貰うようにした。

「これで全部かな。梓さん、手伝ってくれてありがとう」

「今日の授業も楽しみですね!」

「そうだね。みんなが気持ちよく戦車道の授業を受けてくれたら嬉しいなぁ」

 みほは微笑んだ。

 まさか、その笑顔を打ち砕く事件が起こるなんて、この時の梓には思いも寄らぬことだった。

 

 

 一限のチャイムが鳴り響く。作戦会議室は戦車道メンバーで埋め尽くされていた。

 ちょっと窮屈になったけど、賑やかでいい感じだな。そんなことを思っていたみほのもとへ、一人の二年生が声をかけてきた。

「西住みほ先輩、ちょっといいですか。話したいことがあるんですけど」

「はい。何でしょう?」

 よく見ると、その生徒は十数人近い生徒を従えていた。いずれも新履修生だ。これだけ大勢で話を持ちかけるなんて、何事だろう。眉をひそめるみほへ、二年生はさらに続けた。

「その前に、人払いをして貰えますか。西住先輩以外の方には、聞かれたくない話なので。五分ほどお時間いただければ結構ですから」

 みほは不審に思ったが、相手の要求をはねつけるだけの理由も無かった。

「わかりました」みほは現役のメンバーへ呼びかけた。「皆さん、すみません。ちょっと外へ出て貰えますか?」

 あんこうチーム以下の面々は、訝りながらも退室した。残ったのはみほと、二十人近い新履修生だった。ぱっと見る限り、武部詩織とその友人、自動車部、居合道部や川村ユングは含まれていないようだ。

 先ほどの二年生が、緩やかにみほの前へ進み出た。

 

 

 カバさんチームの面々は、作戦会議室の窓に顔を張りつけ、中の様子をうかがっていた。

 新履修生の集団はいずれも表情が険しく、空気が穏やかではない。みほ一人を残したのは、まずかったのではないか。

「どうも様子がおかしい……まるで討入り直前の池田屋ぜよ」とおりょう。

「革命の予兆か!」とエルウィン。

「ブルータスの裏切り!」とカエサル。

「奇襲間近の桶狭間!」と左衛門左。

「それだ!」

 

 

「西住先輩。私達、今日で戦車道はやめます」

 突然の宣言に、みほは面食らった。その衝撃から立ち直れないうちに、二年生の生徒が追い打ちをかける。

「まだ仮履修期間だから、やめても大丈夫でしたよね? これは私達二十人の総意ですから、そのつもりでお願いします」

「あ、あのっ、待ってください! 一体、どうしたんですか? どうして、急に……」

「あからさまな差別をされたりしたら、やめる気持ちにだってなりますよ!」

 みほは一層混乱した。

「さ、差別? 一体、何のことですか?」

「この前の模擬戦のことです! 一年生の武部詩織さんのチームには、戦車道の経験者が二人もいたって聞きました! それじゃ強いのなんか当たり前です。しかもその武部さん、お姉さんが戦車道やってるって! もしかして、わざとチームメンバーを操作してたんじゃないですか?」

 その横から、別の生徒も叫んだ。

「私達の乗ってたポルシェティーガーって戦車、いきなりエンジンが爆発して操縦どころじゃなかったんですよ! ネットで調べたら欠陥兵器って書かれてましたし! なんでそんな戦車があるんですか? なんでそんなものに初心者を乗せるんですか?」

 新履修生は、口々に不満をぶつけてきた。組まされたチームメイトが横暴だの、八九式が弱すぎるだの、理にかなったものから、言いがかりとしか思えないようなものまであった。みほは元々、こういう局面の対処が得意ではない。履修生の剣幕にすっかり圧倒され、雪崩のように降ってくる言葉の数々に混乱した。気がつくと、必死に謝罪を繰り返していた。けれども、下手に出るほど履修生達はつけあがり、ますます言いたい放題になる。

「とにかく、今日限りで戦車道はやめますから。そのつもりでお願いします」

 それで終わりだった。二十人の生徒は、足早に引き上げていった。

 

 

 騒々しい音を立てて、作戦会議室の扉が開く。険悪な表情の履修生が次々に出てきて、そのまま去っていく。

 とうに嫌な予感を覚えていた優花里は、真っ先に作戦会議室へ飛び込んだ。そこには、地面に崩れてうなだれているみほの姿があった。すぐさま駆けつけて、みほの肩を揺さぶる。

「西住殿! 何があったんですか」

 みほはのろのろと顔を上げた。瞳は真っ赤になり、頬を涙がつたい落ちていく。

「いなく、なっちゃった……」声は震えて、途切れがちだった。「みんな、やめるって……」

「ええっ、そ、そんな馬鹿な!」

 優華里が愕然とする。後から入ってきた戦車道メンバーも、すっかり困惑した様子だった。沙織が呆然と言った。

「やめるって、どういうこと……? あんなに沢山の生徒が、いっぺんに……?」

「おかしいですわ。そんなことってあるでしょうか」

 華の言葉に、麻子も同意した。

「きっと何か裏があるな」

 ウサギさんチームの面々も、すっかりショックを受けている。あやがため息をついた。

「せっかく沢山の人が来たと思ったのに、いなくなるなんて……」

「何か悪いことしちゃったのかなァ」

 優季が肩を落とし、桂利奈も髪をくしゃくしゃにして喚いた。

「いきなりやめるなんて、わけわかんないよー!」

 作戦会議室の隅にいたユングが、鼻を鳴らした。

「ふん。やめたけりゃ、やめればいいじゃない」

 冷ややかな一言で、室内に緊張が走る。忍はユングを睨みつけた。

「川村さん! まさか、あんたが焚きつけたんじゃないでしょうね」

「私が? そんなことするメリット無いわよ」

「よさないか、河西。仲間割れをしている時じゃないぞ」

 典子がすかさず抑え込む。

 沙織は、詩織達のチームを振り向いた。

「詩織、他の履修生がやめるって話、聞いてた?」

 詩織はすぐに首を振った。

「ううん。私達、全然聞かなかったよ」

「自動車部にも、そういう話は無かったね。あったら気がつくはずだし」とツチヤ。

「あのう……ちょっといいですか?」

 おずおずと進み出てきた沙耶を、沙織が振り向いた。

「あ、確か、日本刀部の――」

「居合道です……」

「あっ、ゴメン! 居合だよね、うん! それで……何を話そうとしてたの?」

「実は昨日の放課後、私達のところへ戦車道をやめないかって誘ってきた人達がいて。もちろん、私達は戦車道続けたかったから、突っぱねたんですけど」

 沙織は怒りで身を震わせた。

「何よそれ……! まさか、誰かが意図的に履修生を減らそうとしたってこと?」

 その時、入口からとぼけたような声が聞こえてきた。

「こんちー。邪魔するよ~」

 納豆スナック片手に入ってきた小柄な人影。生徒会長の官有くめ子だ。彼女は明らかに作り物じみた笑顔を浮かべ、みほに近づいてくる。

「あ、どーも。西本さん」

「西住です。間違えないでください」

 優花里が食ってかかった。くめ子はまるで気にしていない様子で、軽く手を振った。

「あぁ、ごめんごめん。まー細かいことはさておきね、ちょっと話しておかないといけないことがあってさ」

 みほは袖で涙を拭い、立ち上がった。

「はい。何でしょうか?」

「必修選択科目なんだけど、今年から新しいルールが出来てね。定人数に達しなかったら、その科目は授業停止だから」

「ええっ」

 戦車道のメンバーは、一様に目を丸くした。それを後目に、くめ子が話し続ける。

「定人数は三十五人ね。まー、今年は戦車道にも沢山人が来てたっぽいし、問題ないよねぇ?」

 みほ達は返答に窮した。新履修生が二十人以上抜け、残っているのは武部詩織とその友人の四人、自動車部の三人、居合道部の四人、それと川村ユングの合計十二人。それに現存のメンバーを足しても、三十五人には届かない。

 くめ子はさも不思議な様子で、部屋を見回した。

「あれれ~おっかしいなぁ? なんか思ってたより数が少ないねぇ。もしかして、やめちゃったとか? ま、そこらへんはそっちの問題だし、生徒会でも協力のしようがないしね。今週中に定人数集まらなかったら、その時は廃止ってことで、よろしく頼むよ?」

 優花里が叫んだ。

「そんな! いきなり急すぎます。そもそも、廃止する理由だって無茶苦茶であります!」

「いやいや考えてごらんよ。沢山選択科目を作っちゃうと、学校はそれだけ諸々の経費もかかるわけ。特に戦車道はねー。それに、人が集まらない科目は存在意義が低いじゃん? ま、そういうことだから納得してよ」

 沙織が手近な机を叩いて、声を荒げた。

「酷い! 余りにも一方的じゃない!」

「まるで文科省の局長みたいなやり口ですわ」と華。

「おっとぉ、言葉には気をつけた方がいいねー。度が過ぎると、学校にいられなくしちゃうよ?」くめ子は沙織達へ納豆スナックを突きつけながら釘を刺し、それからみほを見た。「ほいじゃ、そういうことだからお願いね、西重さん」

 ショックで言葉を返すことも出来ないみほを捨て置き、くめ子はのんびりした足取りで立ち去った。

 その背中を見ながら、妙子が真っ先に口を開いた。

「あの人、絶対何か企んでますよ」

 あゆみがすぐさま同意した。

「だね。まるでこっちが困ってるのを知ってたみたい」

 優花里は、ちらっとみほを見やった。履修生の離反に、生徒会長の脅迫。二つの難事に、すっかり打ちのめされている様子だ。ここは自分が何とかしなくては。気持ちを奮い立たせ、声を張り上げた。

「皆さん、ひとまずは履修生の確保に全力を尽くしましょう。まだ時間の猶予はあります」

 華と沙織が真っ先に頷いて、同意を示す。麻子が手を挙げて言った。

「それと並行して新入りの指導もすべきだと思う」

「さすが冷泉殿。失念していました。では、アヒルさんチームとウサギさんチームは、残った履修生達の訓練をお願いします」

「わかりました!」と梓。

 典子も拳を合わせて言った。

「そうと決まれば、早速訓練開始だ。新履修生は私達と一緒にハンガーへ行くよ!」

 アヒル・ウサギの両チームは、履修生を連れて会議室を出ていった。

 しばし、沈黙が室内を満たす。エルウィンが口火を切った。

「さて、これからどうしたものかな。皆の意見は?」

 沙織が手を挙げた。

「生徒会に抗議しようよ! 無茶苦茶な要求ばかりしてきて、私達を困らせてるんだから」

「いや待った」カエサルが鋭く遮る。「それよりも履修生の獲得が優先だ」

 すると、おりょうがすかさず反駁した。

「獲得といっても、どうするぜよ。仮履修とはいえ、余程の理由がなければ科目の鞍替えをする生徒はいない」

「まだ科目を決めていない生徒もいるのではありませんか?」と華。

 それを聞いて、左衛門左も唸った。

「うーむ。オリエンテーションも終わった今、新たに生徒を引き込むのは難しいと思うが」

 皆が口々に意見を述べたが、一向にまとまる気配は無かった。それどころか口論は次第にエスカレートしていき、険悪な空気が広がった。沙織やカエサルは周囲もはばからずに声を張り上げるし、麻子と華は不機嫌そうに顔を背けている。エルウィンは苛立たしげに足を踏みならし、普段にこにこしているツチヤすら、どこか険しい表情だった。

 しびれを切らした優花里が、ソファに座っていたみほへ意見を求める。

「西住殿は、どう思われますか?」

 

 ずっと論争に加わっていなかったみほは、突然のことに不意を突かれた。

 皆は口をつぐみ、彼女の答えをじっと待っている。

「私は、その……」

 言葉が咄嗟に出てこない。

 皆があれこれ意見を飛ばしている間、ずっと考えていたのだ。

 去年のみほは、ただ試合のことに責任を負っていれば、それで良かった。それ以外を――予算やら、人員確保やら、雑務やら――全て杏会長達が引き受けてくれたのだ。

 でも、今年はそうはいかない。全てが自分の肩にかかっている。

 これが、真の隊長としての務めなのだ。去っていく履修生、まとまりを欠いたチームメイトを目にして、みほはようやくリーダーの責務とその重さを感じた。そして理解した。去年の自分は、半分もその務めを果たしていなかったのだと。

 このままじゃ、いけない。今こそ、隊長としてリーダーシップを発揮しなければならない。

 でも、どうしたら? どうしたら、大洗女子学園の隊長に相応しい西住みほになれるんだろう?

 真っ先に、杏会長の顔が浮かぶ。ダメ、私はあんな風にはなれない。人を引っ張っていく勢いや強引さも、どんな事態にも対処出来る落ち着きも、行動力もない。

 それから、姉のことに思い至った。姉は二年の頃から黒森峰をまとめ上げてきた。みほやチームメイトに見えないところで、きっと並々ならぬ苦労をしていたに違いない。けれど、同じ西住流であっても、姉と自分の選んだ戦車道はまるで異なっている。やはり真似は出来ない。

 ふと、エリカのことを思い出した。黒森峰で、姉の後を継いだエリカ。空港で別れたあの日、彼女の背後には新しいチームメイトが粛々と従っていた。きっと彼女は、立派に隊長の務めを果たしているのだ。他校のライバル達だって、そうだ。

 だから、私だってそうならなきゃいけない。こんなところで躓いていたら、試合どころじゃない。私のせいで、戦車道自体が無くなっちゃう……。

「西住殿?」

 顔を上げると、気遣わしげな優花里の顔がある。みほは自分の不甲斐なさを恥じた。私、何やってるんだろう。みんなの前で、不安を煽るような態度を見せるなんて。

 みほはソファを立ち上がった。

「ごめん、優花里さん。ちょっと具合が悪くて。少し、外すね」

 言い捨てるなり、作戦会議室を出た。近場のトイレに逃げ込んで、個室に閉じこもる。

「はぁ、はぁ……」

 まるで何キロも走ったように、息が切れていた。体が後ろへふらつき、冷たい壁に背がぶつかる。

 みほは、天井の無機質なタイルを見上げ、血が滲むほどきつく拳を握った。

 私、何やってるの?

 具合が悪いなんて、嘘。

 逃げただけ。

 こんなの、隊長のすることじゃない。私がこんなままじゃ、大洗の戦車道は無くなる……。

 ぎゅっと瞳を閉じる。思い出したくない光景が蘇った。

 渦巻いて濁った河、黒い雲から吐き出される雨、水に呑まれていく戦車。全てが終わった時の、姉やチームメイトの表情……。

 何度忘れようとしても、過去はいつもそこにある。

 やっと見つけた自分の場所で、また同じような間違いを犯すのは、とても耐えられなかった。

 いつの間にか溢れた涙が、頬を滑っていった。

 

 

 放課後の作戦会議室。

 澤梓は忘れ物があったのを思い出して、授業の帰りにそこへ立ち寄った。

 ドアが開きっぱなしになっていた。明かりがついていないところを見ると、誰かが鍵を閉め忘れたのだろうか。

 また優季ちゃんかな、と梓は思った。鍵当番はうさぎさんチームが担当し、毎日交代で行っている。六人の中で最もその役目を忘れるのが優季で、その度に「あれ~、今日私だっけ~?」と、とぼけるのが常だった。

 が、梓の予想は外れた。

 西住みほが、取り残されたようにぽつねんと、作戦会議室にいた。爪の先で、ロッカーに貼られた新履修生のネームラベルを、一枚ずつ剥がしていた。今朝、梓と二人で貼ったばかりのラベルを……。あの時は二人とも気分が高揚していて、あんなことが起こるなんて想像もしなかった。

 みほの寂しげな背中を見て、梓は胸を引き裂かれる思いがした。

 ここにはいられない。忘れ物は、明日取りに来よう。きびすを返して、立ち去りかけた時――。

「梓さん」

 呼びかけられて、梓はぎこちなく振り向いた。

 みほは笑っていた。けれど、目の縁が真っ赤だった。

 それを見ているだけで、胸がきゅっと痛くなる。梓は、決まり悪げに言った。

「す、すみません。お邪魔だったみたいで」

「ううん。そんなことないよ。入って」

 断れるはずもなく、部屋に入る。

 みほはロッカーを離れ、冷蔵庫を開けた。

「何か飲む? 麦茶が冷えてるよ」

「えっと、はい。じゃあ、それで……」

 麦茶のボトルを出したみほは、続いて食器棚を開け、茶碗に手を伸ばした。

 がちゃん、と音がして、梓は飛び上がりそうになった。見れば、みほが床に屈んで、必死に茶碗の破片を集めている。梓が慌てて駆けつけると、顔色を変えたみほが拾う手を引っ込めた。指先に、血の玉粒が膨らんでいる。

「あのっ、先輩。私がやりますから。ソファに座っていてください」

 梓はすぐに、掃除用具入れから箒とちりとりを持ってきた。茶碗の破片をまとめると、ゴミ箱へ捨てる。

 それから救急箱を開けて、絆創膏とガーゼを探した。

 ソファに座っているみほは、放心状態だった。ようやく必要な物を見つけた梓は、まずガーゼで指の血を拭い、その上から絆創膏を巻きつけた。そこまでやって、ようやく胸をなで下ろした。

 消え入るような声で、みほが言った。

「ごめんね」

「そんな。これくらいのこと何でもありません」梓は、ロッカーを横目に見た。先輩が落ち込んでいるのは、あれが原因なのだろう。「二十人も、いなくなっちゃいましたね」

「梓さん」みほが、ぽつりと言った。「私って、リーダーの素質無いのかな……」

「え……」

「杏会長のような人望があれば、今日みたいなこと、無かったのかもしれないって、思って。風紀委員の皆さんや、猫田さんだって辞めなかったかもしれない。戦車道の予算や特典を減らされることもなかったかもしれない。新しい履修者ののみんなが離れることも。試合以外じゃ、私は隊長の役目を果たしてない……」

 思わず、梓は立ち上がった。

「そ、そんなことないです! 先輩は立派な隊長です! 西住隊長以外の隊長なんか、私には考えられません!」

 みほは頷いたが、うなだれたままだった。

「ありがとう。でもね、きっと何か、私には足りないんだと思う……」

 そんなことありません! なんで、そんなこと言うんですか? 梓は悲しくなった。

 必死に、先輩を励ます言葉を探した。でも、いい言葉が見つからない。先輩が、こんなに辛そうなのに……。

 気がつくと、梓は肩を震わせて泣いていた。

 みほが、不意を打たれたような顔になる。

「あ、梓さん……? どうしたの?」

「だって、悔しくて」梓は両手で、流れてくる涙を拭った。「西住先輩が、苦しんでるのに。私、何の役にも立てなくて……」

「ごめんね。梓さん。困らせちゃって」みほが手を伸ばし、梓を抱き寄せた。「私が弱音なんか吐いていたら、駄目だよね」

 梓はみほの胸の中で、激しく首を振った。

「違うんです。私がいけないんです! 先輩が色々抱え込まなくていいように、助けにならなきゃ。そう思ってるのに、私、ちっとも力になれてません……!」

 それ以上は言葉が続かず、ただの嗚咽になった。まるで子供のように、泣き続けた。

 すると、みほの包容が強くなった。

「ありがとう。梓さん」

 意外な言葉に、梓は顔を上げた。

 みほはもう泣いていなかった。穏やかで、力強い笑みを浮かべていた。

「今、わかったの。みんな必死なんだよね。私も梓さんも、他のみんなも、きっと同じように弱くて。それでも、自分に与えられた役割をこなすしか……それしかないんだよね」

「先輩……」

「ごめんね。さっきまでの私は、自分の立場に押し潰されそうになって。もう、大丈夫だから。梓さんが気づかせてくれたの」

「わ、私がですか?」

 困惑する梓へ、みほはまた微笑んだ。

「そうだよ。だって、一年間戦い抜いてこんなに立派になった梓さんでさえ、悩み続けてるんだもん。だから私も、悩み続けるしかないかなって、吹っ切れたの」

「私なんか、まだまだダメです。もっと、西住先輩に近づかなくちゃ」

「私だって同じだよ。お姉ちゃんに杏会長、他校のライバルのみんな……。隊長として、目指すべき人が沢山いる。だから、一緒に頑張っていこうね」

 梓は何度も頷いた。

 その時、着信音が鳴り響いた。みほの携帯だ。梓は、急に自分が先輩に抱きついていることを意識して、はっと体を離した。

 みほが携帯を手に取った。

「もしもし……」

「やっほー! に~しず~みちゃーん」

 スピーカー越しの声は小さかったが、梓にも聞こえた。みほは目を丸くした。

「あ、杏さん!」

「元気にしてたぁ?」

「は、はい」

「実はちょっと小耳に挟んだんだけどさ、戦車道が大変らしいじゃん? しかも生徒会が関わってるって聞いちゃったしさ~。これはあたしが一肌脱がなきゃだよねぇ」

「え、どこからそんな情報が?」

「まー細かいことは気にしない気にしない! とりあえず、あたしの方からとびっきりの助っ人を送っておくから、西住ちゃんは後輩の指導に専念してよ。そんじゃ、大会楽しみにしてるからね。ばいば~い!」

 みほと梓は、呆然と顔を見合わせた。

「助っ人って、何なんでしょう?」

「私にも、わからないけど……」

 

 

 星空の下、詩織はチームメイトと共に学生寮を目指していた。下校後にカフェへ立ち寄り、おしゃべりしてからの帰り道だった。

 綾乃が伸びをした。

「あ~、今日の訓練は良かったねー! 模擬戦じゃわからなかったことが、一杯わかったよ」

 詩織も同意した。

「うん。戦車道って、本当に奥深いんだね」

 今日の授業で、彼女達は磯部キャプテン率いるアヒルさんチームに指導を受けたのだった。

 美智が満ち足りた様子で言った。

「私も、凄く勉強になったなぁ。穂積さんは?」

「別に。あの程度、中学時代からやっていた」

 相変わらずにべもないが、三人ともきりこのこうした態度には慣れ始めていた。綾乃はしきりに感心している。

「ま、きりちゃんは磯部先輩の課題も楽々こなしてたもんね。あたしらとは別格だよ」

 そんな調子で談笑していると、道の曲がり角から三つの影がぬっと姿を現した。大洗の制服を着ている。真ん中にいた黒縁メガネの生徒が、つかつかと歩み寄ってきた。

「武部詩織だな?」

「な、何ですか?」

 詩織は身構えた。会ったことのない生徒だが、態度や言動からして、どうも上の学年らしい。

「少し話がある。どうだ、戦車道の履修をやめる気はないか?」

「えっ」

 これには詩織だけでなく、綾乃や美智もぎくりとした。

「知っての通り、大洗女子学園の戦車道は、現在定人数に達していない。このままでは廃止は必須だ。もし今のうちに他の科目へ鞍替えしてくれたら、特典として三倍の単位を与えると約束しよう」

 綾乃が憤慨しながら口を挟んだ。

「ちょっとちょっと! 黙って聞いてりゃ勝手なことばかり言って! 大体あんたどこの誰よ? 口約束なんか信用出来ると思うわけ?」

「お前は藤村綾乃だな?」

「うえっ? なんであたしのこと知ってるの?」

 面食らう綾乃へ、黒縁メガネは微笑しながら続けた。

「名前だけではなく、色々知っているぞ。お前は確か、学校の許す範囲で仕事をしていたな。それは結構だが、学業と仕事の両立は難しいだろう。どうかな? 戦車道以外の科目を選べば、単位をとるのはたやすいぞ」

 詩織は聞いていられなくなり、叫んだ。

「や、やめてください! そんな話! 私達は、本当に戦車道がやりたいんです!」

「ふん。賢い選択ではないな」

 黒縁メガネが指を打ち鳴らす。背後に控えていた屈強な二人の女生徒が、ゆっくり前に出てきた。

 詩織が声を震わせた。

「な……なにを、するんですか?」

「ふふ、なぁに。ちょっと事故に遭って貰うだけさ。戦車道履修者への見せしめとしてな……」

 美智が詩織の手を握った。

「詩織、逃げよう! うべっ――」

 背後へ駆けていこうとした美智は、突然壁のようなものにぶつかって、その場に尻餅を突いた。引っ張られていた詩織も、一緒に倒れる。見れば、六人ばかりの女生徒が横並びになって、行く手を塞いでいる。前後を囲まれ、逃げ場は完全に無かった。

 黒縁メガネが、命令を発した。

「やれ!」

 六人が雪崩のように襲いかかる。詩織が悲鳴をあげかけた瞬間――。

 小さな流星が、物凄い勢いで目の前を飛びすぎ、先頭にいた生徒の胸を直撃した。

 詩織は、ぎょっとした。流星は糸のような物で繋がれ、生き物のように自在に宙を舞う。目を凝らし、ようやくその正体を見極めた。

 ヨーヨーだった。尋常でない威力からして、鉄か何かで出来ているらしい。

 瞬く間に、六人の生徒がその一撃を受けて倒れ伏した。

 この事態に、黒縁メガネは激しく狼狽した。

「だ、誰だ!」

「ここさ!」

 皆が顔を上げると、塀の上に、月光を背にした影が立っていた。可憐ながらきりっとした顔、やや雑にまとめたポニーテールの黒髪、風にたなびくロングスカート。そして手中には、先ほどのヨーヨーが握られていた。

「大洗女子学園、二年C組・麻宮亜衣(あさみやあい)。またの名を、ヨーヨーの亜衣!」名乗りをあげたその生徒は、塀から軽やかに跳躍し、地面に降り立った。「大洗きっての風紀委員だったあたしが、何の因果か落ちぶれて、今や学園裏番長。笑いたければ笑うがいい。だがな……てめえらみてぇに、魂まで薄汚れちゃいねえぜ!」

「ふん。誰かと思えば裏番のクズだったか。構わん、畳んでしまえ!」

 その声が終わらないうちに、風を切って飛来した小さい光が、黒縁メガネの左右にいた二人の胸を打った。昏倒していく二人の足元を、透明なビー玉がころころと転がる。

 通りの向こうから、幽鬼のように一人の女生徒が近づいてきた。異様な鉄の仮面を被り、左手の指にはビー玉を手挟んでいる。

 彼女は黒縁メガネの前で足を止めると、右手で鉄仮面をはぎ取った。ふわりとした長い黒髪、力強い瞳の美少女が姿を現す。仮面を投げ捨て、女生徒は名乗った。

「同じく二年C組、五代舞(ごだいまい)。通り名は、鉄仮面の舞! 鉄仮面に顔を奪われ、十と七とせ、生まれの証さえ立たん。けんどなぁ、こんなあてぇでも、義理と人情だけは忘れちょらんきに! 学園の正義を踏みにじるおまんら、許さんぜよ!」

 黒縁メガネが歯ぎしりする。

「おのれ、次から次へと……うおっ!」

 悲鳴を上げた彼女の体は、突如背後から迫った何者かによって、高々と持ち上げられた。

 黒縁メガネ持ち上げていたのは、短く切りそろえた髪の、ボーイッシュな容貌の娘。両腕は赤塗りの篭手をはめている。

「どん尻は同じく二年C組、! 人呼んで、不動明王の未唯じゃ! 大洗女子学園に邪悪をなす闇の住人ども、このわちが許さんかいねっ!」

 名乗りながら、黒縁メガネを投げ飛ばす。無様に地面へ落下した黒縁メガネは、現れた三人組を睨みつけた。

「ちっ、裏番長どもが揃いも揃うとは。まさか、杏前会長の差し金か……」

 麻宮亜衣がヨーヨーを構え、その左右を五代舞と風間未唯が隙間無くかためる。亜衣は冷ややかに告げた。

「とっとと失せな。それとも、まだやるかい?」

「……行くぞっ」

 黒縁メガネが、生徒達を引き連れて去っていく。呆然とする詩織達へ、亜衣が声をかけた。

「怪我は無いかい? あんた達」

「は、はい。大丈夫です」

「会えてちょうど良かったよ。あんた達の隊長に、伝言頼んでいいかい。戦車道のメンバーは明日にでも確保するから、心配するなってな!」

「えっ、え……どういうことですか……?」

 困惑する詩織を捨て置いて、三人の裏番長は闇の中へと消えていった。

 

 続く

 

 

次回予告(CV/武部沙織)

 

結束していくチーム。生徒会の陰謀。ライバルとの再会。始まった大会。応援席に立つ、懐かしい先輩達。

物語が、今動き出す。

次回「第六十四回全国大会です!」

この次も、ほーげきほーげきィ!

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