仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第七話:Next(10)

「……バカなッ! このようなドライブは、ありえない……っ!」

 

 108の鬼のような面貌に、驚愕もろもろの感情が浮かぶことがない。だが、その上体の揺れこそが、彼の受けた衝撃を十二分に物語っていた。

 だが、彼は劣化していたとしても怪人だった。それも、幾度となく戦闘と謀略を重ねてきた、上位種だった。

 

 思考を切り替え、武器を持ち上げる。ガトリングが火を噴く。

 だが動揺の隙を突いて間を詰めた泊英志は、そのまま勢いを殺さずパラドックスに飛びついた。

 もつれ合いながら、水沫を飛ばし、泥水に沈み、雨にまみれ、轟く雷鳴の中で、彼は自身の分身に接近戦を挑んでいた。

 

 力の量質、技のバリエーションを組み合わせてスマートに戦っていたダークドライブが、汚れや自身の危険さえも顧みずラフファイトを繰り返している。

 ようやく、一皮剥けたといった塩梅だろうか。

 

 だが、惜しみなく別の未来の技術を投入した本来のダークドライブと違い、多くの重加速がらみの技術が凍結されたこの世界で設計されたであろうそれは、戦術の幅においても単純なスペック差においても、やや劣っている。

 

 パラドックスが、自身の手で生えた銃器を撃つのではなく、ドライブの側頭部に叩きつけた。

 火花が散る。今まで優位に立っていた英志の上体が大きく揺らいだ。

 すかさずロイミュードは、そのまま銃口を揺れる英志の頭部へと突きつけた。

 

 だが、英志の身体はその射線上から大きく逸れた。ダメージからか、否。意図的に、身体の制御を崩したのだ。相手が他ならぬ自分自身であったからこそ、彼はそういう大胆な行動をとれたのだろう。

 

 彼のいるはずだった空間に、命中するはずだった銃弾が通り過ぎていった。

 その脇の、108の死角から、英志は右手を突き出した。

 そこに握られていたのは、刀身を失ったブレイドガンナーのような武器。いや逆にそれこそが、ブレイドガンナーのベースとなった武器なのだ。

 

 ブレイクガンナー。

 チェイサーを代表する基本的な武装のひとつ。

 

〈GUN〉

 低い音声を鳴らしたそれは射撃モードに移行し、エネルギーの弾丸を射出、逆に108のボディを撃ち抜いた。

 

 姿勢の均衡を喪った両者が、おおきく転倒する。

 持ち直すのが早かったのは、被弾をなぬがれたダークドライブの方だった。

 

〈BREAK〉

 

 すばやく格闘モードに移行すると、その拳を雄叫びとともに振り抜いた。

 

 

「……少しはマシになったじゃないか」

 そこまで戦闘を観察していたギルガメッシュは、彼らから認知できない場所から控えめな賞賛を送った。

 

 病院の上層のバルコニー。雨避けのためにゴルドドライブの姿を借りたギルガメッシュ008は、そこで両者を遠視していた。

 

 そして考えていた。

 すなわち、パラドックスに加勢するか否か。

 

 形勢は英志の方向へと傾きつつある。今更108の生命など惜しくもないが、『忠勤』に励んでくれた配下をむざむざ犬死させては王としての沽券に関わる。

 

 それに、実利の面で言っても、英志とドライブシステムの復活は厄介なものだ。

 たとえヒーロー面をした連中がどれほど攻め寄せたとして、正面切って挑まれればすべて撃退できる自信がある。それは、彼らの持ち得ぬ重加速というアドバンテージがあってこそだ。

 それを無効化できる相手はいないに越したことはない。

 だからこそパラドックスの私怨による報復を黙認もしたし、仮初めのボディだって与えたのだ。

 

「まぁ、潰しておくに越したことはないか」

 

 それほど重要なことでもないが、目についた羽虫は潰さなくては気分が悪い。

 その程度の心境でもって、彼は地上に降り立つべく手すりに指をかけた。

 

 が、その刹那、鋭い飛び蹴りが彼の軽さを咎めるように、その胴をついた。

 生身の人間の飛び蹴りなど、ダメージがあろうはずもない。その蹴りを跳ね返されたその男にしてみても、ほんのあいさつ代わり程度の不意打ちだったのだろう。ただ、憮然とした表情で姿勢をただし、白いジャケットの襟元を掻き合わせる。

 

「よりにもよって、その姿かよ……」

 などと毒づいて。

 

 その男の横顔は、ギルガメッシュたちや財団Xが収拾した情報の一項と合致した。

 

「詩島剛か。悪いが、ライダーになれないお前になど興味がない……と言いたいところだが」

 

 赤い視覚センサーが、正面を向いた剛の腹部へと向けられる。

 中年男性のものとも思えない引き締まったその上から、銀のベルトが巻かれていた。

 マッハドライバー炎。

 だが泊進ノ介が使用していた量産型のものではないはずだ。新品同様に輝くパーツのディテールは、数回使って破損するような、粗悪品のそれではない。

 

「ハーレー・ヘンドリクソンの置き土産(かたみ)か。墓場からでも掘り出してきたか?」

 とおちょくると、怒りに顔をしかめながらも

「りんなさんが預かってたのさ。てめぇみたいな小悪党をブッ倒すために使う日のためにな」

「だが俺の前でそのベルトを巻く意味、わきまえているのか?」

 

 重加速に対抗できるものはこれ以上はいらない。

 要はこの男は、わざわざ自分に倒されに秘蔵の武器を持ち出してまでやってきたというわけだ。

 

「お前こそ、わかってんのか。そんなふざけた格好でオレの前に立った意味を」

 冷ややかな怒りとともに、剛は応じた。

 だが、そんな自分をあえてたしなめるように首を振った。

 

「――いいや、それだけじゃない。よくもオレの兄さんを、かわいい甥っ子をさんざんに痛めつけてくれたな。その落とし前は、キッチリつけさせてもらうぜ」

 

 そう気を吐いた剛の手が、ベルトのマフラーを模した部分を持ち上げる。

 そしてそこに、白いシグナルバイクをセットしたのだった。

 

 

 

〈シグナルバイク!〉

 ベルトから、懐かしい音声が聞こえ、全身を振動と熱とを伝播させていく。

 

 甥の確固たる決意、変わりたいという悲痛な願望の叫びは、剛の耳にも届いていた。

 そして同時に、彼の心を深く強く打った。

 

(そうだ、英志。人は変われる)

 

 たとえどんな呪われた出自だったとしても、どれほど道を違えようとも。

 清く幸福に生きたいと手を伸ばしつづける限り、いつかは。

 

 それを証明するために、そんな誰かを守るために、彼は、詩島剛は仮面ライダーで居続ける。

 

「さぁ、英志! Let's……変身っ!」

 

 高らかな宣言とともに、彼はスロットを拳で押し込んだ。

 ミュージックホーンのような調子のシークエンスの後、その全身は雨をもはじくまばゆい白光に包まれた。

 

 ゴルドドライブに扮したギルガメッシュがそれが完全に形作られる前に動き出した。

 

「追跡!」

 

 剛はそれを難なくかわし、挑発的に指さした。

 

「撲滅!」

 

 それに乗ったギルガメッシュが繰り出した二撃目を全身を旋回させながらくぐり抜ける。すかさず三撃目のナックルが飛んできた。腕部に装着された白いグローブが、それを挟み込んで直撃を防ぐ。

 

「いずれも、マッハ!」

 

 右手に展開された射撃武器、ゼンリンシューターを水車のように回して反撃を畳みかける。

 

「仮面ライダー……マッハ!」

 

 名乗りの隙を突く形で仕掛けられた足払いを、狙われたほうの片足を持ち上げてやり過ごす。

 ギルガメッシュの正拳が風を切り裂く。白と赤のマフラーをなびかせて、仮面の戦士となった剛は今度こそ真正面からそれを受け止めた。

 

「もうオレに隙はないッ!」

 

 そして、戦士、仮面ライダーマッハは完全復活と同時に得意げにうそぶいたのだった。


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