どこかで、爆発音が聞こえたような気がした。閃きが垣間見えた気がした。だが、それは雷光や雷鳴にかき消され、雨の帳の中には、両者の闘争のみが存在していた。
純粋かつシンプルな殴り合い。いつまで続くのかさえ分からない決定打に欠ける不毛な応酬が続いていた。万一見る者がいたとすれば、目を背けずにはいられない。そんな惨状が、そこにはあった。
やがて示し合わせたように、それぞれが打ち出したパンチがほぼ同時に直撃してのけぞった。
わずかに開けたその
危機感によるためらいは、ほんの一時。
だが次の瞬間には、ゼロ距離射撃がそれぞれの胸で衝突した。
一発撃って終わりではない。終わりにしない。終わりにさせない。狼同士が食い合うような、連射が続く。
苦悶の声を絞り出す。苦痛の嘆きが漏れ出す。だがそれらはすぐに、互いの聴覚を殺すような気がします雄叫びへと変わった。つんざくような鉄の弾ける音曲。その果てにあったのは膝を突いた両者の、白煙とスパークだった。
「おのれぇぇ……!」
108は憤る。英志は溺れるような呼吸を反復させる。
108の機関砲は、多くの弾丸を浴びて大部分をえぐられ、根元から折れて崩れた。
だが、露わになったその手中には、複数のバイラルコアが握られていた。
わずかに躊躇を見せた後、パラドックスは左右に広がった胸部からそれを埋め込んだ。
そこにプログラムされている武装の情報を過剰に取り込んだ機械の身体が、膨張と変異をくり返す。
金銀左右非対称の色を持つ、コウモリの翼、蜘蛛のボディ、
あるいはそれを組み込んだ巨大な自動車。
本来の形状とはかけ離れた暴走体となったロイミュードは、絶叫にも似た咆哮とともに雷雨の中で飛翔する。
当然、イレギュラーな変形に、コアが無傷でいられるはずがない。尋常でない負荷がそこにかかり、自我には破綻が生じる。
だがそれでもロイミュードは、みずからが殺すべき相手を確実に捕捉していた。
本来のダークドライブとは無縁の今の形態では、ネクストライドロンとのリンクがつながっていない。呼び出すことはできない。
よって上空よりの攻撃に対し、今の英志には迎撃手段がなかった。
地上で往生している英志に、容赦なく砲撃がばら撒かれた。だが、彼にそれが触れる寸前、自走してきたその『一台』が、彼らとの間に割り入り防いだ。
くすぶる火煙の中から、死神のごとき銀の髑髏がその顔を覗かせた。
黒いボディとそれを彩る紫の炎も組み合わさって、敵を連れていく地獄の光景を想起させる。
ライドチェイサー。
それを模したシグナルチェイサーと同様に、呼ばれもしないのに封印を破って唐突に現れたそれを、英志はしばし呆然と見ていた。だが、すでに上空ではすでに第二射が装填されている。そこで停止する選択肢は、ない。
飛びつくようにまたがった英志は、グリップを回した。
仮の主を乗せて、死神の愛馬は疾駆する。
矢次ぎ早に射出される空爆を、その車体を左右に振り分けながらかわし、被害の拡大を避けるために、隣接する立体駐車場へと飛び込んだ。
それを追って、暴走したパラドックスもまた飛び込んでくる。
それで良い。これで、高低差は埋められる。
坂道を駆けあがり、上のフロアへ。パラドックスの車体の両サイドから展開された機関銃が、容赦なく英志の背へと迫っていた。
大きくターンをしながら、その弾丸と向き合う。
その手に、バイクに格納されていた武器が吸いついた。
〈シンゴウアックス!〉
信号機と大斧が一体化した、製作者のセンスが爆発したような奇妙なその武器は、英志の手に納まった瞬間自身の名を告げた。
おおきく横薙ぎに一振り。自分に迫っていた攻撃を払いのける。
だがその弾幕が晴れたときには、すでにあの巨大な車体の姿がなかった。
風の流動を、センサーが捉える。英志はライドチェイサーを急発進させた。
闇の中から、駐車場の支柱を粉砕しながら108が横合いから奇襲を仕掛ける。間一髪それを避けたダークドライブだったが、またも視野から怪物の姿が消えていた。
だが上昇していく英志の背を、機を見計らって、執拗に蛇の尾が追撃を仕掛けてくる。
タイヤのすぐ近辺を穿ち、コンクリートに無数の空洞を作っていく。飛んでくるその破片を避けながら、英志は上を目指す。シンゴウアックスに、自身のシフトブレスから抜いたシグナルバイクを装填する。
〈ヒッサツ! マッテローヨッ〉
と斧の音声は待機を促すが、状況は停滞を許さない。
絶え間なく繰り返される爆撃、射撃、砲撃、突撃。
暴走しているとは思えない執着と精密さで多種多様な攻めを仕掛ける108に対し、英志はその攻撃の変化に応じて、またシグナルチェイサーのマニピュレーターの制動の助けもあって、小規模な破片の衝突こそあったものの、直撃は避け続けた。
ふたたび、夜景の灯りが眼前に現れた。
何層ものフロアを踏破し屋上に出た。
だがその光明は、おおきな影によって遮られた。
先回りしたパラドックスが、上空から急降下してきたものだった。今まで散漫に撃っていた武装をダークドライブ単身に一曲化させ、集中砲火を浴びせてきた。
その破壊力、その余波で、駐車場の上層部が崩落する。
いかな超人であっても助かりようがない。
そのはずだった。
〈イッテイーヨ!〉
だが、彼はふたたび現れた。
無茶な急降下から体勢を立て直し切れていない108の頭上。
前輪を高く浮かせて火炎を突っ切り、紫電を帯びた大斧の一斬が108の両翼をもぎ、返す刃がおおきく旋回してボンネットに叩き込まれた。
飛行ユニットを破壊された暴走体は、獣の咆哮とともにきりもみしながら落ちていく。
英志はシートの上で立ち上がると、シグナルチェイサーを自分の腕へと戻し、ベルトのイグニッションキーを回した。
〈GET! NEXT!〉
ライドチェイサーを踏み台に、仮面ライダーは飛んだ。
「これで終わらせる。僕は……次に進むッ!」
その背に、タイヤにも似たリング状の
今まで追い続けてきた英雄たちの残像が、その背を押す。
今まで聴き続けてきた彼らの言葉の残響がその身体を突き動かす。
明日へ手を伸ばせと。
次へと進めと。
いつか来るその『次』に、自分自身が胸を張ってそう告げるために。
過去の残影を、青年の
〈バカなッ……ワタシ、が、キサマ、ごとキ……一度殺した相手にさえェェェェェ!〉
幻影が、すがるような調子で何かを叫んでいる。構わない。すでにそれは踏み抜いて、通り過ぎて背の向こう側だ。
ため込んでいたエネルギーが、誘爆を起こす。
ふたりの『エイジ』の接点から放たれた雷電が、天を衝いて轟かせる。
それが、静止した時間の中で起こった、最後の輝きとなった。