力と光と色が、嵐のように渦巻いていた。
そこは次元の狭間、いや果てとも言って良い世界。
何もにも介入出来ず、時間の流れもおおよその人類の感知できるそれとは違う。
息をするだけでも気がおかしくなりかねない、正気の見当たらない孤独な領域。
そこは、異なる世界、様々な時間軸より漂流してきた物体が、寄り集まってかろうじて土台となっていた。
だがその中で、明確に自律した意思でもって動いている存在は、ただふたつしかなかった。
そのうちのひとつ……黒くて白い、『
彼が対峙しているモノこそが、その領域における彼以外の知性だった。
と言って、彼をはるかに上回るその巨体は、人のかたちをしてはいない。
さながら
その亀裂から、ひとりの人間がコードに接続されていたのを彼は見た。その人間こそが、世界の果てまで探し抜いてまで彼が求めていた相手……敬愛すべき父親だった。
「まさか……」
幽霊の仮面をかぶった少年は、天空寺アユムは、ガンガンセイバーの柄を握りしめて独語した。
「お前が、生きていたなんて」
そのシステムは、消えたはずだった。『自分』の世界とともに。それが誕生する可能性は、摘まれたはずだった。
このアユムはそれを見たこともない。だが同一化した『アユム』の部分が、必死に警鐘を鳴らしていた。
グレートデミア。
高くそびえ立つこの機構こそが、後に世界を破滅寸前まで追いやる『悪』となる。だがそれは未然に防がれたはずだ。だからこそ、あの父も生きている世界が在るはずだった。
「生きていた、とは、違う」
『彼』の知るグレートデミアとは違う。その構造にはこの領域で取り込んだと思われる雑多なレアメタルと生体部品が多分に盛り込まれていて、より醜悪な代物となっていた。何よりそのノイズ混じりの音声には感情の抑揚がない。自分をこそ完璧にして至上の知性体と信じ、他の一切を見下すあの傲慢さがない。
「我は、いや、未来の、我、は消える直前、データの一部、を、我に、飛ばした。それによって、知った。我、が宿命。世界、のあるべき、姿。だから、消える前に、移した。データを、ここに。いつか、肉体を得て、戻る。そのために」
アユムは奥歯を噛みしめる。
馬鹿正直に語ってくれたおかげで、目の前の存在の原因、目的もだいたい察しがついた。
つまり、かつて過去に飛んだグレートデミアの一部が、デリートされる前のデミアの元データに自身の一部を転移させたのだ。
完全に人格をインプットするまではいかずとも、自身が消去されることを予期したデミアもまた、人間が干渉できないこの領域へとメインプログラムを移行させた。それが偶発的なものか、狙ったのかはともかく。
そしてここで、流入してくる物質や生物を食らいながら、再構築しようとしているのだ。
そしておそらくはそこに……
「天空寺タケルが、流れて、来た。一度失ったムゲンの力、戻りつつあった。我にも関係がある力。そのリソースを取り込めば、我は、より完全に、仕上がる。……そう、お前たちのように言うならば……格別の『
平坦だったその声に、わずかな感情が乗った。人間で言うところの、喜びと嘲り。
『自分』の知る、グレートデミアまで成長しようとしていた。
「ふざけるな!」
アユムは怒気を飛ばす。
「もう二度と、お前の勝手にはさせない!」
もはや事は父の奪還だけに留まらない。ここで食い止めなければ、あの惨劇がふたたび再現させられる。それだけは絶対避けなければならない。『自分』を含めた、散っていった多くの生命のためにも。
孤島のように点在する岩石や鉄骨などを足場に、接近を試みるアユムを前に、グレートデミアの生体部分からいくつもの肉塊が分離した。
花弁を模した頭部を持つ、貴族めいた肉体。
その形状ゆえに行動できないグレートデミアの代わりに精製されたアバターだった。
五、六体ほど分離したそれらは、直剣をたずさえてアユムの突進を防ぎ止めた。
五方向から繰り出される剣撃をさばきながら、アユムは一度後退しながら捌き切る。そしてわずかな隙を見出したアユムは、自身のドライバーに薄緑がかった眼魂をセットした。
〈カイガン! ダヴィンチ! 一切! 合切! 超天才!〉
全知全能、神にも等しき才覚を持つとされる天才、レオナルド・ダヴィンチ。そのパーカーゴーストをまとったアユムの周囲に、無数の絵画が展開される。
それに押しつぶされる形で拘束されたグレートデミアの分身体の中心で、アユムはドライバーのレバーを左右に押し引く。
〈ダイカイガン! ダヴィンチ、オメガドライブ!〉
背後に膨れ上がったエネルギーが、持ち上げたアユムの爪先に集中する。激しさを増すエネルギーのほとばしりが、まるで何本も手足が増えるかのように錯覚させ、ヘリコプターのローターのように旋回した足が分身体を一気に薙ぎ払った。
連続して起こる爆発。だがそれが晴れぬ間に、正面から熱源が迫り、足場もろともアユムを焼き飛ばした。
自身の分身の残骸もろとも、グレートデミアの刻印がアユムにレーザーを放射したのだ。
あまりに無慈悲なその奇襲はアユムからダヴィンチ眼魂を乖離させ、苦悶の声とともに通常のフォームに戻された彼を、血管にも似た赤黒いコードが絡め取った。
「諦めろ」
自身の目の刻印に引き寄せながら、グレートデミアは宣告する。
「どうせ、天空寺タケルの生命は、残り少ない。そんなモノを守って、なんとする? この男のように、自分の命も無駄にする気か」
グレートデミアの『眼力』には、その気がなくとも屈して肯んじたくなるような威圧感と魔性が内包されている。
アユムとて、その事実を知っている。いやもうひとりの『自分』から流入した記憶が、父母も伏せていたその酷な真実を教えてくれた。
眼魔界の怪人ダントン、その血液や細胞組織をもとに精製されたリアクター。それを動力源に生きていた母に新たな生命を吹き込むために、タケルはムゲンの力や自身の生命を犠牲に彼女に与えた。その代償として、自身の寿命を大幅に削ったということを。
そうしてふたりが築き上げた愛情の証明が、自分なのだ。
自分はそんなことさえ知らず、今まで漠然と生きていた。
(けれども)
屈するわけにはいかない。目の前に、その恩と愛に報いるべき相手がいる。
「お父さん、は……」
自身を戒める肉縄を握りつぶしながら、アユムは足掻き続けた。
「お父さんの戦いは、その命は、無駄なんかじゃない。他人の命も自分の命も諦めない……ッ、その答えがあの世界だ! ぼくだ、ボクなんだ! だからボクも諦めない! 最後の一瞬まで、命を燃やす!」
もう、恥じたり誤魔化したり茶化したりなどしない。
今まで失っていた者たちも、これから生まれてくる誰かも。すべての生命を背負う覚悟でもって、彼は吼えた。
「無駄だ」
その情熱を否定しながら、デミアは嘲笑を含ませ、捕縛を強めた。
「あの時と、同じだ。ここでは、天空寺アユムの声は、誰にも届かない。ここで押しつぶされろ」
喉輪に噛み付くその縄を解こうとするアユムの間近で、ふたたび不気味な色合いの輝きが広がり始めていた。
剣に手をかけたままだが、指先一本動かない。
(それでも、それでもだ!)
自分の叫びは、たしかに届かないのかもしれない。
『天空寺アユム』のように、孤独な戦いを強いられるかもしれない。
だがそれでも、一度は折れた『自分』が父に教えられて戦い続けたように、天空寺アユムは、そうでなければならないのだ。
――それでも、自分は、絶対に諦めない。
と。
「その通りだ」
声が、聞こえた。
声が、届いていた。
〈スイカ双刃刀!〉
回転する赤と緑の大太刀が、鋭く虚空を抉る。軌道を描いて、アユムを巻き取るコードを切り裂いた。
「絶対に諦めない。その心さえあれば、どんな残酷さにだって屈しはしない。閉じた道は必ず開ける」
適当な足場に落下したアユムは、前に降臨した彼の姿を視た。
白銀の鎧には、父のムゲンと同じく極まった強さを感じさせる。
身の丈ほどにある異形の大剣を右手で肩に載せ、黒マントを翻し、柔らかな虹色の眼光を傾けて、
「悪いな、さすがに手間取った」
と苦笑まじりに、そして気さくにその『英雄』は語りかけた。
自分を顧みたその彼の背に、無数の触手が迫ってきていた。
危ない。そう声をかける間もなく殺到するそれらを見もせず、その白銀の鎧武者は左手をそこへとかざした。
すると、半透明の障壁が黄金の色を波打たせながら出現し、彼らを守護した。
弾かれたコードの類を、手にした大剣の一振りが薙ぎ倒す。
「まだ立てるだろ? 帰りを待ってるヤツらが、いるはずだ」
救援がやってきたことへの喜びよりも、その神々しさに目を奪われるよりも、取り戻した使命感を噛みしめることをアユムは優先させた。
そうだ。これがすべての決着ではない。再会を約した家族がいる。再戦を契った戦友がいる。
「だったら、こんなとこで立ち止まんなよ! さっさと片づけようぜ」
差し伸ばされた手をうなずきながら、握り返し、立ち上がる。
そして自身が財団Xより取り戻した眼魂のうち、最大級の火力を持つ一個を取り出した。
〈カイガン! ノブナガ! 我の生き様! 桶狭間!〉
覇王の魂を宿したパーカーゴーストに呼応し、ガンガンセイバーの形が変形する。取り付いたバットクロックと結合し、ライフルの形態となったそれを、ドライバーに読み取らせる。
その銀色の仮面ライダーは、大剣を虚空へと放り投げる。
〈火縄大橙DJ銃!〉
代わりにその両手には、重厚感のある大筒が握られていた。
イチゴの形を形をした錠前をその中心へとはめ込む。
〈ダイカイガン! オメガインパクト!〉
〈ロックオン! イチゴチャージ!〉
砲口から撃ち出された真紅の散弾が、ふたたび伸びる触手のことごとくを撃ち落とす。
アユムとグレートデミアとの間に、遮るものは何もなかった。
増殖したガンガンセイバーが、隊列を組んでゴーストの背後に展開し、十字砲火をただ一点、モノリスの中央に狙いをしぼって、アユムがトリガーを引くとともに射放たれた。
中折れした石碑から、雑音交じりの断末魔が聞こえる。その全体に亀裂が広がり、やがて核たる目玉を割った。
明滅とノイズをくり返し、内側から爆発したそれが、瓦解を始めた。亀裂の中から、コードにくるまれたタケルがこぼれ落ちた。
跳躍とともに落下する残骸の中へ、アユムは飛び込んだ。懸命に腕を伸ばす。
――今度こそ、自分の手で……。
力のよりどころを喪失したグレートデミアの残骸が、異空間の奥底へと引きずり込まれていく。
その引力から脱したアユムたちは、固い地面を選んで降り立った。
父を呼び慕いながら、その安否を確かめる。
その声に反応する様子はない。かすかに聞こえる息遣いに、少年は安堵の声を漏らして変身を解いた。
「よう『二代目』。先代は、なんとか無事みたいだな。……ひとりでここまでよく頑張ったな」
そう言って、眼前に歩み寄った鎧武者もまた、ベルトに取り付けられたふたつの錠前を閉じて引き抜き、変身を解除した。
光の粒子から現れたのもまた、金髪に白と銀の帷子という超然とした姿だった。だがやがてその装いもまた変化をはじめた。
最終的に彼がとったのは、黒髪の短髪に小柄な、それこそ自分や泊英志とたいして年齢差を感じさせない、救命胴衣のような上着を羽織った青年の姿だった。
感謝や喜びよりも、おおよそこの異質で孤立しているはずのこの空間にはあまりに不釣り合いなその在り方に、そして父を知るかのような口ぶりに、興味や当惑のほうが勝った。
「あなたは、いったい……?」
おずおずと聞きたいことを切り出すアユムに、屈託なく歯を見せて青年は答えた。
「オーバーロード