およそ二十年前。
かつて、その世界は二つに分かたれていた。
文化も歴史も酷似する世界が、ごく近しい位相に存在していた。
あえてその差異を挙げるとすれば、その片割れには天にも届く巨大な壁がそびえたち、極東の島国を三つに分割していたことか。
北と西、そして東に分かれた三国は、再統一を図ることなく、そうなった原因たる一個の箱をめぐって謀略と戦争をくり返した。
まるで神話のような話だが、それはすべて、二十年足らず前に起こった現実での出来事である。
そしてその二つの地球における冬のみぎり。
両星の衝突による対消滅を狙った事件を、それぞれの世界における英雄たちが未然に防いだ。
この一件はある時を機にリセットされたが、それを未だ知らないふたりが、勝利を飾って凱旋した時点まで、事は遡る。
「ウィーヤッホー! フッフゥーッ!」
ジッパーのように開かれたワープホールをくぐったロングコートのその男は、両手を挙げて奇声をあげた。自称ではあるが本来は理知的な天才物理学者ではあるからして、本来感情的なキャラクターではないのだが、この時ばかりは、次元間を通過するゲートを体感しては、好奇心を抑えられなかった。
いったいどういう物理法則で成り立っているのか。それを模索する数式で頭は埋め尽くされ、疲労困憊、グロッキーでその場にへたり込んだ相棒のことなど後回しに、情動のままに頭髪をかき回し、それに合わせてつむじのあたりが飛び出た。
そんな異世界の若き英雄たちを、その次元の扉を作った『神』は、苦笑とともに見守っていた。
「すごいね神様、何でもありじゃん」
子どものように目を輝かせながら顧みるその男に、「そうでもないさ」と神様……仮面ライダー鎧武はかぶりを振って答えた。
「できないことだってそれなりにある。……この世界もオーズの言う通り、救うためにはまだまだ手が足りない」
建造物の隙間から立ち上る不気味な赤い輝き、国を隔てる障壁スカイウォールのエネルギーを、彼らは遠く望んだ。
男もまた、複雑な感情でもってその壁を見つめていた。
「戻ってきて本当によかったのか?」
ふいに投げかけられた問いに、彼は「え」と言葉を詰まらせた。
「俺たちの世界にも、いろんな技術や知識がある。そこからだって、この世界を救う方法は見つかるかもしれない。俺たちだって力を貸してやれる」
試すように、『神』は問う。
一瞬心臓が跳ねたのは、その提案に科学者としての自分が魅力を見出したからだろう。
たしかに戦いに終始するより、技術の発展に尽力して平和的に解決を図る方がよっぽど有意義だし、可能性は大きい。
十年前のスカイウォールの惨劇。その有無から分岐したであろう並行世界が、どういう発展を遂げたのかにも興味がそそられる。
それでも、
「せっかくだけど、断るよ」
迷わず答えた。
「これは、俺たちの戦いだ。たしかにこの世界で戦う限り、これからもっと辛いことがあるかもしれない。けれど、そこから逃げ出すわけにもいかないし、今その瞬間に苦しんでいる誰かを見捨てることなんてできない」
科学者であったとしても、彼の本質はたとえ綺麗事であろうとも人の善性と可能性を信じて守ろうとする甘ちゃんだった。たとえそれが空っぽの自分を創る形骸であったとしても、愛と平和のために戦えるヒーローだった。
「だから俺は、ここに居るよ。ラブ&ピースのため、人々の明日を創るために。それこそが、俺たち仮面ラ」
「うおおぉぉえっ!」
「…………」
聞こえてきた豪快なえづきに、男は表情を引きつらせた。
さすがに公衆の面前で汚物を撒き散らすことはしないだろうが、この世界におけるもうひとりのヒーローは、重苦しげな表情で
「酔い止め持ってねぇ?」
と、男に尋ねた。
「……お前ね。俺今すっげぇ良いコト言おうとしてたのよ?」
「はぁ? 知らねーよ……なにこれ乗り物酔いとか? それとも時差ボケってヤツかな?」
ふらふらと覚束ない足取りで男の渋面を横切り、肩でぶつかり、その場を後にしようとしていた。
「最ッ悪だ……どこまで空気の読めないバカなんだ、あいつ」
やはり、この世界は離れられない。
あんなバカひとりにヒーローの真似事をやらせるのは、不安すぎる。
男は、そう決意を新たにした。
険しい顔をしていたのは『神』も同じだった。
「ね、どうしようもないでしょ、アイツ」
と同意を促す彼に、
「……なぁ、あの
と、妙にまじめな調子で問い返した。
「どういうって……ただのバカですけど」
意表を突かれてキョトンとする科学者に、しばしの沈黙の後、鎧武は肩をすくめて
「――まぁたしかに、お前たちなら大丈夫かな」
と笑って男の腕を突いてきた。
「いいもんだな、仲間って」
恥じらいもせずサッパリと言ってのける『神様』に、逆に男の方が照れてしまって、頭を力なくかき乱す。
そんな彼の目前に、手が差し伸ばされた。
「それじゃぁ行くよ。……いつか、また」
男は、顔をほころばせて握り返した。
「遠くない未来で、きっと」
再会を約束したふたりは、そうして別れた。
鎧武が開いた異次元の口――クラックをくぐって消えていく彼を、男は最後まで見届けた。
わずかに感じる寂寥と、名残惜しさ。
それを吐息に換えてこぼしつつ、コートの襟もとをただして気合いを入れなおす。
そして、遠のいていく相棒の背を追うべく振り返った。
その、矢先だった。
頭上で、ふたたびジッパーの口が開いた。
「は?」
「のぉあああ…………!」
「あぁぁぁあ!?」
その向こう側にあるうねりの中から二色の男の悲鳴が聞こえて、やがてそれが大きくなっていく。
落ちてきたのは、三つの人影。
「ったー……やっぱり無茶なワープはするもんじゃねぇな……あとは、ジオウの影響か」
派手に尻もちをついて悶絶する彼の姿は、同伴者の存在や服装の差異こそあれ、ついさっき別れたばかりの『神』。仮面ライダー鎧武こと葛葉紘汰そのもので、
「――いやいやいや、未来遠くなさすぎでしょ」
と、男は思わずぼやいた。
そのつぶやきに、葛葉は目を上げた。
男の顔を軽く驚いたように凝視した。それこそ、シワの数を数えるほどに。
ややあってから、
「そうか、ここは統合前の時間軸……壁があるほうの旧世界か」
と、ひとり合点しつつ、自らが連れてきた少年と、意識を失っている男に語り掛ける。
「えーと……?」
要領を得ずに戸惑う彼に、ふたたび現れた『神』はイタズラ小僧のような笑みを称えて言った。
「『戦う時は一緒』って、前に言ったよな?」
「……いや、つい一時間ぐらい前?」
「悪いが、ちょっと付き合ってくれるか。……ビルド」
仮面ライダービルド、
「へ?」
と、ただ間の抜けたように目を丸くするほかなかった。