仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第八話:スタートミッション2035(8)

 ――時は、前後する。

 

 

 

 彼らはふたりでひとりの探偵だった。

 自分たちの愛する街に平穏をもたらし、そして今も、街の守護神として人知れず戦っている。

 

 今日も今日とて探偵事務所を営んでいた彼らだったが、その様子はいつもとは変わっていた。

 素性と性格ゆえに、ガレージに引きこもりがちのその魔少年が姿を現し、彼にしか閲覧できない白紙の本をぱたりと閉じた。

 

「じゃ、そろそろ行くかァ」

 

 それに合わせて、ソファにうつ伏せに横たわっていた彼の相棒が上体を起こし、気分によって選んだ白いソフト帽を目深にかぶる。

 

「まぁ、翔太郎君の身体はお留守番だけどね~」

 

 そんな半熟探偵を締める所長が、オホホと口に手を当ておちょくった。

 彼女の挑発に子どものように乗るのが常のこと。

「うるせーよ!」

 とがなった探偵は、自身の声で腰の痛みをぶり返し、「おぉーぅ……」と患部に手をあて悶絶した。

 

 そんなおのれに苦笑をこぼしながら、信頼の視線を相棒へと傾けた。

 

「いつものように、半分だけ力貸せよ。相棒」

「あぁ」

 すでに慣れ親しんで久しいその呼び名をごく当たり前のように受け止めて、もうひとりの探偵は掌を虚空に突き出した。

 

 その手に納まった恐竜型のガジェットを手の内で組み替え、そしてボタンを鳴らす。

 

〈FANG!〉

 

 

 

 彼は、少しのお金と明日のパンツがあればいいというのが信条だった。

 それは、かつて求めればたやすく満たされた欲望と、そしてそんな環境と自分自身に裏切られたこで生まれた渇望の果てに導き出された彼の人生観だった。

 

 だが、そこに後悔はない。その望みの先にあった出会いは間違いなんかじゃないと、彼は思い、そして今日もパンツとその手に納まる富を片手に旅をしている。

 

 だが今日は、その旅を少し寄り道していた。

 

「へぇー、珍しいなぁ。まだあったんだ」

「なにこのおっきな箱?」

「いや、昔は転送とか高速ドローンとかなかったからね。これにお金を入れてジュースとか買ってたんだけど……」

 

 などと、ある自動販売機の前で他愛ない会話をしていた親子の前に、

「あ、ちょっとごめんね。すみません。ちょっと離れてもらっていいですか?」

 と、物腰柔らかく割り込んだ。

 

 不審がる彼らに、

「これ、変わるから」

 と説明になっていない説明を伝え、いぶかし気な親子の前でポケットから日本円ではない、銀の硬貨(メダル)を取り出し、指ではじいてキャッチし持ち直す。そして入り口に挿入してボタンを押した。

 

 すると自販機は前のめりに倒れながら自身を組み替え、一台の大型バイクの形へと変わった。

 

 

「……パパ、これって、こういうものなの?」

「……いや、こんな自販機見たことない」

 

 ぽかんと親子そろって口を開けている彼らに、旅人はいたずらっぽく微笑んで、

 

「はい変わった」

 

 と言ってみずからそれにまたがった。

 そして誰かの明日へ続く一本道を、走り抜けていく。

 

 

 

 その教師はかつて、青春バカと称されたその学園の転校生だった。

 だがすべての障害を打ち砕く無鉄砲さと底抜けの人の好さと銀河級の懐の深さはあらゆる人間の善悪を受け止め、多くの人間の心を惹きつけ友情を結んだ。

 

 そして今はその友情を胸に、教師として全力を注いでいた。

 ――が、今日は、教師である前に誰かの友人だった。

 

 自習の二字を液晶版に張り付けて教室を出て、廊下を疾走する。

 

「如月先生、おはよっ!」

「おはようございます」

「チャオ」

 

 普通では考えられない教師の姿に、行きかう生徒や教師は慣れた調子であいさつすつ。

 

「おう、おはよーさん竜次! あぁ、悪い七夫! みんなに今日自習って伝えといてくんねーか!?」

 

 あわただしくもそれぞれに一対一(タイマン)で向き合い、言魂を交わす。

 引き留めようとする校長が、残り寿命の少ない髪を逆立て怒っているのを詫びとともにすり抜け、サスペンダーの音を背で受け流す。

 

 そして校門に躍り出た時、懐かしいフラッグが視界を覆った。

 それは学生時代、彼らの青春の象徴だったクラブのもの。

 焼ききれ、焦げ付き、布地は経年劣化していても、そこに秘めた想いは不滅だった。

 

 それを手にした宇宙工学の権威は、彼を知る者ならば驚くであろう柔和な笑みとともに、もう片方の手で小型のコンソールのようなものを差し出した。

 

「ロールアウトがようやく終わった。……長く待たせたな」

 

 もがき苦しんでいた生徒の心を救うために一度は喪失したそのドライバーを、教師は足を止め、しばしじっと見つめていた。

 それから歯を見せてさっぱりと笑い、その『戦友』を強くつかみ取った。

 

 昔、ともに戦った仲間に手を貸すために。そしてまだ見ぬ『友人(ダチ)』と、心を通じ合わせるために。

 

 

 

 その宇宙の神は、かつてはどこにでもいるダンサーだった。

 何者でもなかった自分から、変身するために必死にあがいた。

 何度も現実や仲間が、彼を裏切った。無慈悲で理不尽な悪意を前に、幾度となく心が折れそうになった。

 だがそれでも彼は最後まで諦めなかった。自身が花道と信じる一筋を突き進み、最善と信じたステージに達した。

 

 それでもなお人としての優しさを失わず、救いを求める声に応じ、戦いに身を投じる。

 

 そして今、彼の故郷悲痛な叫びを発していた。

 だから彼は舞い降りた。

 この悲劇に幕を下ろすために。同じく救いを求めながらも孤独の中であらがっていた少年たちや、異世界の友人(ダチ)とともに。

 

 次元の壁を突破し、転がりついた先は高架下だった。

 多少それぞれの座標にズレがあったのか、連れてきた少年と青年は捨て置かれたバスケットコートの中、そして神はフェンスを隔てて外側にいた。

 

「佐藤太郎アニバーサリーツアー……ってことは本当にここは未来なのか」

 興味深げに電子板を眺めていた青年は、やがて空を覆い包む異変に気付いてのけぞった。

 

「おわ、なんかスゲーことになってる!?」

 

 妙に緊張感のない声をあげる彼に、急いている心が少し和んだ。

 かすかな苦笑を漏らすと、

 

「時間がない、先に行く。準備を整えてから来てくれ」

 

 と、手短に伝える。

 マントを翻し、フェンスに背を向ける。

 同時に黄金の輝きが彼を覆い包み、光の速さで空間を跳躍した。

 

 

 

 

 取り残された青年は、天才物理学者だった。

 実は世界を統合させるというアイデア自体は、将来の彼自身の発想と決断から端を発しているのだが、二〇一七年時点の彼ではまだ知り得ないことだった。

 

 ――そして、二〇三五年、この世界にいる『現在』の彼もまた、各地で蜂起した財団Xの残党との暗闘に専念していた。

 

 この時間軸に一度跳び、そしてその結末を見届けているがゆえに。

 その後、ベストマッチな仲間たちとどんな苦境でも諦めず、それが正しかったと証明したがゆえに。

 

 ただそのことを、この彼は知るべくもない。

「さて、じゃあまぁ出遅れずにいきますか」

 コートをはためかせて軽やかに言った彼を「あの」と父親を抱きかかえた少年が呼び止めた。

 

「おじさんは、大丈夫なの?」

 少年の目に映り込む男は、たしかに消耗している。

 勝利したとは言え、最上魁星との死闘による疲労や傷は当然癒えきっておらず、そして時間跳躍の直後である。

 どこぞのバカと違い、神経をすり減らさないほうが、どうかしている。

 

 それより今の発言こそが、彼にとっては問題だった。

 

「おじさんじゃない。お・に・い・さ・ん」

 

 つかつかと歩み寄って少年の眉間を小突き、また正面へと向き直る。

 

「もちろん、行くに決まってるでしょ。でないと俺、なんのために呼ばれたのよ」

 

 その無理難題を、彼は当たり前のように背負って立つ。

 それこそが、偽りだったとは言え彼が志した英雄の姿だったのだから。

 

 青年はチラリと、親子の姿を盗み見た。

 その見知らぬ少年もまた、仮面ライダーなのだろうと青年は見た。それも未来の。

 だが、父親と推測される『ゴースト』の状態を案じているらしく、膝をついたままに動かない。この時代、この瞬間にも、彼の仲間が戦っているに違いなかった。今すぐにでも、助けに赴きたいはずだった。

 父親と仲間、その板挟みになって、強張った少年の肩を、叩いてなだめすかす。

 

「仕方ない。悩み多き若者のために、大天才の大先輩が、手本を見せてあげますか」

 

 コートから引っ張り出した二本のボトルを上下に振り、腰に巻いたドライバーにセットし、レバーを回す。相反する成分がベルトの回路を駆け巡り、ランナーが彼の前後に形成された。

 

〈Are you ready?〉

 

 ベルトが彼に覚悟を問う。

 できてるよ、と答える代わりにファイティングポーズをとり、そして鋭く声をあげる。

 

「変身ッ!」

 

 天才物理学者。

 未成熟とはいえ、未だ空っぽの英雄像とは言え、愛と平和(ラブアンドピース)を信じる想いの強さは、『現在』にも決して劣らなかった。

 

 

 

 父は、一度死んでよみがえった。

 いや、一度では済まないほどに肉体や魂の消滅の危機を迎え、そのたびに命の尊さを訴えてきた、みんなにとっての英雄だった。

 

 その声望が、かつては少年にとっては妬ましかった。

 ひけめに感じていた。そんなもの、まぐれ続き、奇跡に頼った結果じゃないかと非情な罵声を内心で投げたことだってあった。

 

 けれども、今は違う。

 少年は知っている。もうひとりの自分の意識を通じて、痛感していた。

 

 その奇跡は、父が自分で引き寄せたものだった。

 他人の生命や幸福を無条件で願い、矛盾だとしつつもその命さえそのために擲つ、無償の愛。

 それこそが、彼が祖父から受け継ぎ、そして母に託し、自分に巡ってきた、力の源だ。

 生きていることそれ自体が、あらゆる生命にとっての奇跡のようなものなのだと、身をもって知っていたから父はそのために命を燃やして今その一時一時を戦い、そしてそのたびに希望と奇跡を引き起こせたのだ。

 

「お父さん……」

 

 少年は、父を呼ぶ。

 詫びたいことが山ほどある。交わしたい言葉がいくつも残っている。

 父のために、自分にできることはないかと模索する。

 

 思えば自分は与えられてばかりだった。父に何かを返せていたことなど、一度もない。

 その歯がゆさが握った拳の力となる。涙を生む。

 

 その時、不思議なことが起こった。

 こぼれ落ちた一滴が、父の頬に落ちた瞬間、父の顔に血色が戻ってきた。

 父の懐の中で、白い眼魂が輝きを放ち、彼らを包む。そして少年自身のドライバーの中で、彼の眼魂が共鳴を始めた。

 

 うっすらと開いていく父の目。

「あぁ、そうか」と。少年は、自分の力の由来(ルーツ)と、そして自分の中に返せるものがあることを知った。

 

 

 

 空から迫りくる死の宣告は、都心部からも見えていた。

 だが、明確に危機と感じている者はまだ少なかった。ゲーム感覚でカメラをかざし、興奮で騒ぎ立てる。その世界の命運を賭けたゲームは、自分たちもまたプレイヤーであることを、まだ知りはしない。

 だが、交差点を白衣をなびかせ歩く男には、それを咎めることはできなかった。

 

 その男は、小児科医だった。

 かつて親からも見放され、空虚な心を抱えて生きてきた彼もまた、道を行き交う人々のように、ゲームが世界の中心だった頃があった。

 

 いい大人になった今でも、ゲームは彼にとって人生の中で大きな意味を持っている。

 

 それを介してでなければ癒せない人物がいると知っているから。

 いつか『彼』の高らかな笑い声が、他人への侮蔑ではなく、世界や自分に対する絶望の裏返しではなく、純粋のゲームを楽しめるように、自分はそうなることを願いつつ、今でも彼と向き合い、『治療』を続けている。

 

 今もまた、医者として彼は世界の危機に向かっていた。

 本来ならば自分が戦うべきはあの病院でなのだろう。

 だが、今頭上に迫りつつあるそれもまた、世界を病ませる病巣だった。

 

 思い悩む彼の背を押したのは、同じ病院で働くチームの皆だった。

 

「小児科医。お前の存在は今はノーセンキューだ。……全力で、お前にしかできないオペをしろ」

「そうそう。ここは自分らに任せて、ノリノリでかまして来い!」

「ピプペポピンチ! の時には、みんなで力を合わせないと!」

「少しでも手ェ抜いて無様さらしたら許さねぇぞ」

「ねぇぞ!」

 

 個性豊かな仲間たちに希望を託し、医者は自分のたしかな鼓動をたしかめるように、ぎゅっと胸に拳を握って当てる。

 

 自分はもう、空疎な水晶ではないと、心の底から言える。

 

「――行こう、パラド……!」

 

 自身のうちに在るもうひとつの生命に語りかけ、ゲームドクターは世界という患者を癒すために駆けだした。

 

 

 

 霧子の前に突き出された箱からは、甘い香りがただよっていた。

 そのことが、彼女が飲まず食わずで看病していたことを思い出させた。

 

「これ、お見舞いの品。それと、こっちは預かりもの」

 

 その甘い箱……ドーナツ屋のギフトセットを霧子の手に落としてから、あっけにとられた彼女の脇をすり抜け、男はコートのポケットから円形のものを取り出した。

 

 それは、奇妙な錠前だった。

 赤く塗装されたそれには、今や懐かしい、夫のもうひとつの(マスク)がレリーフとして施されている。

 もだえる怪我人にそれを握らせると、そこからほとばしった輝きが、波打ちながら進ノ介の全身を駆け巡った。

 

 そして嘘のように手足から力が抜け、夫の相貌には眠りにつくかのような安らかさが戻っていた。

 

 ――例えるならさながらそれは……

 

「さっすが神様のお守り、ご利益てきめん」

 

 男は軽やかな口調でそう言った。だが彼の横顔には、心の底からの安堵の表情が浮かび上がっていた。

 

「あなたは……?」

 とりあえずの警戒心は緩めながらも、恐る恐る誰何する。

 あっという間にその場に溶け込んでしまった彼は、ふわりと微笑んではにかみながら答えた。

 

「おせっかいな神様に頼まれた、おせっかいな魔法使いってところかな。まぁ昔この人には、ちょっとした手品(サプライズ)に付き合ってもらったから、そのお礼も兼ねて」

 

 

 そう言うと、彼は右手の指を立てた。

 中指にはめられた、やや大振りな真紅の指輪が閃く。

 そして魔法使いは強く誓った。

 

 

 

「大丈夫、もうみんな集まってる。……俺が、()()()希望だ」


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