静止した時間の中、風が、静寂のドアを叩いた。
強い力が唸りをあげながら加速をつけて流れ込み、戦場に満ちる野望の軍勢に穴を穿った。
〈スーパー! タトバ、タ・ト・バ! スーパー!〉
三色一対の光は、英志に触れんとしていた刃をその持ち手ごとに粉砕し、目にも留まらぬ速さ、いや速度や時間の概念さえ超越した軌道で敵を切り払っていく。
「重加速の中で、動けるだと……?」
その乱入者の登場に、王の模倣体が呟いた。
それを受けて、英志の安全を確保した『彼』はその足を止めた。
「悪いけど、これ、ここよりちょっと未来のコアメダルだから」
と返しつつ、腰のベルトに触れながら。
多少くぐもっているが覚えのある声。その仮面ライダーの乱入に当惑する英志の前で、彼はバックルの傾きを水平にして変身を解いた。
鷹をあしらったマスクの奥にあったのは、自分と同じ名の響きを持つ、旅人。
「火野さん……!?」
「ここまでよく頑張ったね、泊君」
思いも寄らなかった恩人の登場に、英志は面食らった。
その彼の隣に、音もなく軽やかに白いライダーがマフラーをなびかせて降り立った。
「よっ! クリーニング品のお届けに参りましたよ、ってね!」
溌剌なその調子の声の正体は、あえて変身を解かずともわかる。
そのライダー、マッハに変身する資格があるのはこの世でただひとり、叔父の詩島剛だけだ。
彼が無造作に投げ渡したものを、英志は慌ててキャッチした。
シフトカー、ネクストスペシャル。
叔父たちに預けていた、自分本来の力の源。
「ピッカピカの新品同様だ。ついでに、こんな機能も付け足してある」
剛が中指と人差し指で宙を切ると、シフトカーから青い粒子が放出された。それが、周囲に散布されていた重加速を取り込み、もろともに消えていく。
自分たちの周りだけじゃない。一帯に広がっていた時間の減速現象が、無効化されるプログラムがインストールされている。
ということは、春奈の方も。
顧みた英志は、流星のように降り注ぐないくつもの光の筋を見た。その内のいくつかは春奈を守るように、地上へと降り立った。
〈SHOULDER FANG!〉
獣の牙にも似たナイフが、宙を乱舞し敵を斬りとばす。その間隙を縫うように、真紅のライダーの放つ、何もかもを振り切るような斬撃が敵を爆散させていく。
宙から反撃をしかけようとした鳥や羽虫のような怪人たちを、
「ライダーきりもみクラッシャァーッ!」
大気圏を突破するような勢いの力の塊が、大きく旋回しながらそれを撃ち落としていく。それと並走していた青い流星は、一足先に降り立ち、自身の中に春奈を取り込み、銃撃から彼女を護っていた。
〈大丈夫か? 春奈ァ〉
その傍らに、ダブルが降り立った。
風都タワーの戦闘中にも様々に左右の色を切り替えていたそのライダーは今、白と黒の猛々しい形状となっていた。だが、聞こえてくる声はまさしく左翔太郎のものだ。
「べつに、助けてくれなどとは頼んだおぼえはないですけどね」
青い球体の中から現れた春奈がそう毒を吐いた。
ダブルの右側から、かすかな笑いがこぼれる。
「ツンデレ。その感情はとっくの昔に検索済みさ」
得意げにそう言う彼……いや彼らを、春奈は複雑に睨み返した。
「だが、その調子なら平気そうだな」
青い球から現れた隕石のマスクを持つライダーは、冗談めかしくそれを拾った。
多少変声が入っているが、語調には覚えがある。
「先輩こそ、時間がかかりすぎなんじゃないですか。月面でも経由してきたんですか」
とシビアに返された皮肉で、英志はようやくその人物が自分も会ったことのある春奈の『先輩』だと気づかされた。
未だ姿勢を立て直しきれていない彼女に、手が差し伸ばされた。
その赤いライダーのデザインの胴体のアーマーは、どことなく春奈のT3アクセルと似ている。おそらくは、その前世代。
「立てるか……春奈」
手が春奈に向けて差し伸ばされる。そのぎこちない所作と同様に無骨な声にも、覚えがある。彼女の、父親だ。
春奈は一瞬の戸惑いの後、父親よりも一段不器用な動きでその手を取って起き上がった。
彼らの間に、ロケットのようなオレンジのライダーが白煙とともに着地した。
ベルトの四つのスイッチを一気に両手の指で持ち上げると、変身が宙へと引き上げられるように解除され、中からグレーのスーツを着た、リーゼントの男が現れた。
そして春奈と英志の顔を相互に見やると、「よっ!」とまるで十年来の知己のように手を挙げ、さっぱりと笑いかける。
「オレは仮面ライダーフォーゼ、如月弦太郎だ。よろしくなッと!」
その勢いに唖然とする英志の春奈の手を拳で叩き、打ち鳴らし、そして固く握り合わせる。
「うーし! これでお前らもオレのダチだッ。ダチのピンチだ、手を貸すぜ」
言葉もなくされるがままになっていたふたりに白い歯を見せて彼は明朗に言い放った。
「……なんなんですかこの人。いろんな意味で」
「慣れろ、これが弦太郎だ」
憮然と呟く春奈に先輩が答えになっていない答えを返す。
苦笑交じりでありながら、その声にはどこか誇らしげな響きがあった。
改めて、英志は一帯を見渡した。
見知った姿、資料で情報だけは知っている者、まったく見知らぬ存在のヒーローたち。それらが一同に会し、数こそ劣るものの、それぞれのまっすぐに、敵と対峙していた。
「僕らが出会った人々の中に、偶然ライダーがいたなんて」
知らずこぼれ落ちた言葉に、「それは違う」と、最後に何もない空間から降り立ったライダーが答えた。
世界の絶望を一瞬でぶっ飛ばすほどの、ルビーの輝きを閃かせて。
「こればかりは、奇跡でも魔法でもない」
白銀の武者が神々しい輝きを帯びて、この争いを終わらせるべく、希望の言葉を継ぐ。
「助けを求める声があるなら、オレたちはどんな遠く離れた世界からでも駆けつける」
その彼の背後で、見覚えがある目の刻印が浮かび上がる。
そこから現れた少年は、英志の姿を認めるや、ほがらかに笑いかけた。
「アユム君」
「久しぶり、英志兄ちゃん」
「君が戻ってきた、ということは……」
その少年、アユムの背後からもう一回り大きな人影が現れた。
アユムの仮面ライダーとしての形態と同じタイプ。先代のゴースト。
その中には父と同様に彼を見知った仲もいたようで、同じ時代に生まれた彼らは仲間の生還を喜んだ。
その歓声を受け取って、しっかりとした、それでいて温かみのある声を響かせた。
「たとえ時代が違っていたとしても、俺たちの心は、魂は……ずっと一緒にある」
「そして繋いだ命は、もっと多くの人々の命へと繋がっていく」
ゴーストの言魂を引き継ぎ、ドクターライダー……エグゼイドが記憶に残っている声で唱和し、心音を熱く高鳴らせる。
「人類の科学は技術はそうやって、いつだって願いや意思とともに明日の平和を創ってきたはずだ」
チョークを持つような指使いで、赤と青のライダーが左右非対称な触覚をなぞる。
冷静でありながら強い情熱を秘めた彼のメッセージは、心に触れて英志たちの胸に届いて伝わる。
若者たちの肩を、火野映司がやわらかく手を置いた。
「つまりこれは、君たちや、君たちのお父さんたちがかつての『今日』その時に、明日へと手を伸ばしつづけたからってこと。だからこそ、俺たちはここに集まることができたんだ」
たとえば、誰かを助けようと差し出した手。あるいは逆に、誰かへ向かって救いを求めて差し伸ばした手。そして出来たつながりの輪が、今この終結と助力だと映司は告げてくれた。
「だから使って。俺たちの力」
自分たちがしてきたことは、誰かの策謀のためじゃない。すべてが無駄だったということは、決してない。
理屈じゃない喜びと達成感が、英志の心の炉をたぎらせた。
沈みかけていた顔を上げ、今割れんとしている青空を仰いだ。
「お願いします。先輩方」
ありったけの誠心誠意で、自分たちのヒーローだった人々に、託す。
映司は曇りのない笑顔でその想いに応え、メダルを取り出した。
そして、弦太郎と並び立った。
「そっか。オレらももうとっくに先輩か」
「どこかで聞いたことのあるセリフだね。あの時とは逆だけど」
「けど、悪い気はしねぇ」
くすぐったげにはにかみながら彼らは視線をかわす。それ以上の言葉は、彼らの間には要らなかった。
三色のコインが映司のベルトに投入される。
四種のスイッチのボタンが、リズム良くふたたび押され、起動を始める。
〈3・2・1!〉
「変身!」
「変身ッ!」
声をそろえて発する。
〈タカ・トラ・バッタ! タ・ト・バ! タトバ、タ・ト・バ!〉
腰と腕をひねり、あるいは交差させる彼らの身体が、星と命のきらめきが覆い包む。
それが晴れた時、平成の英雄たちは、ふたたび若者たちの前途を切り拓くべく、姿を現した。
「宇宙キターーーッ!」
「あ、やっぱりそれは言うんだ……」