仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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最終話:父よ、あなたはだれに今を託すのか(13)

 ……時は、前後する。

 いやそも、その世界に正常な時間の経過などあるのだろうか。

 この死者が眠り(スリープ)につく、寝室とも言うべきこのノスタルジックなガレージで。

 

「すまないね、進ノ介」

 その男、クリム・スタインベルトは、まず詫びを言った。

 

「ここには私と君の経験が全て収容されている。だが、私自身が持て余しているデータもまた、存在する。書き換え不可能な領域にあるブラックボックスは、何らかの理由で破損していて開くことができない。どうやら、そこに一時的に、傷ついた君の意識が入り込んでしまったようだ。なにぶん、あの神様が君をここに招いたのでね。こちらの受け入れ準備が不十分だった」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ということは、ここって……」

「Exactly。ここは休眠状態にある、ドライブシステムのネットワーク内部だ」

 

 そんなことを聞きたいわけじゃない。そんなことを語るよりも優先したいことがある。そんな焦れる気持ちを抑えて、進ノ介はじっとかつての相棒に耳を傾けた。

 

「しかし、君もとうとう人の親か。どうかな、『跳ねっ返りの若者』に走りを合わせていた、あの頃の私の苦労も少しは分かってくれたかね?」

 

 イタズラっ気を込めた皮肉を織り交ぜて、クリムは微笑んだ。

 

「……親目線だったのかよ。ていうか、言ってないのによく知ってるな」

「まぁ、私が眠ったあとも色々とあったからね」

 

 クリムは虚空に手をかざした。

 彼の指の動きとサイズに合わせて、タッチパネルが浮かび上がり、まるでピアノ奏者のような華麗な捌き方で、それを操作していく。

 

「だから眠っている間にも、少しだけ『目』を開いていくことにした」

 

 彼の手の先で、タッチパネルがモニターへと変形した。分割された。

 そこにはいくつもの情勢、空に開く亀裂や緑の隕石に恐れおののく住民たち、病室で昏睡する現実世界の自分と、それにしがみつく霧子。そして無数の怪人たちを突破していく仮面ライダーたちの戦場があった。

 

「……あんたこそ、秘密主義は相変わらずか」

 進ノ介は苦笑まじりに皮肉を返した。

「だがやはり、その判断は正しかったようだ」

 クリムはそう言って、そのモニター群の中心にあった一枚を引き出して、拡大した。

 

 ダークドライブと、タイプトライドロンに上半身の酷似した、異形のライダーが戦っていた。

 自分が斃れたあと、様々な苦労もあっただろう、苦悩と向き合ってきたのだろう。英志の攻撃には無駄な気負いもなく、常に最適なコースで、最速で技を繰り出し、最大限の力を出して奮闘していた。

 

 だがそれでも、あのライダー、おそらくはギルガメッシュの全身全霊の猛攻には遠く及ばない。防戦一方と呼ぶことさえためらわれる、一方的な蹂躙が行われていた。

 

「英志……」

 

 我が子が、殴られている。蹴られている。痛めつけられても、世界のために、市民のために、そして自分自身や家族のために懸命に立ち向かおうとする彼を嘲笑うかのように、敵は彼の反撃をことごとく無効化し、ドライブの装甲を飴細工のように痛みを与えるように引き剥がしていく。

 

 自分には、今ここで何もできないのか? 世界の危機に、仲間が、息子が、いや今を生きる人間ひとりひとりが、懸命に自分の使命を全うしようと戦うなか、安穏と。

 記憶の中で、誰かに世界を託されながら。

 

 進ノ介は、モニターの片隅で眠るおのれを睨みつけた。

 データであろうと痛みを感じられるほどに、拳を硬く握り締めた。

 

 そんな進ノ介の震える腕を、噛み締められた唇を、クリムは横目で見つめていた。

 

「進ノ介」

 やがて口を開いた。

 

「ここに至るまでの状況を観察していたが、ギルガメッシュについてひとつの仮説を立てた。聞いてくれるかね」

「仮説?」

 

 すでにその正体も出自も、そしておそらくは目的も知れた。

 そのうえ、今さら何を知ろうというのか。

 それを知ることで、この状況を好転させられるのか。そもそも英志に知らせることができるのか。

 

 疑問が無数に浮かび行く。だが、このクールで知的なバディは、無意味にこのタイミングで言うはずがない。その信頼が、疑惑の泡を打ち消していった。

 

「彼は、ことあるごとに泊英志の前に立ちはだかった。何故だろうか」

「それは……英志のシフトカーの中に、108が潜んでいたから」

「だが、ほかに警戒すべきライダーはいくらでもいた。こう言ってはなんだが、力と肩書きに振り回されていた彼よりも、真に強い者はいくらでもいたはずなんだ。そもそも、目的に必要だったのは彼のトライドロンだ。それだけを奪う方法だってあったが、ギルガメッシュは執拗にダークドライブのシステム自体に固執していた」

「……」

 

 クリムの疑問は、根本的なものであると同時に誰しも見逃していた点でもあった。

 現場から離れ、戦局の全体を見渡していた彼だからこそ、たどり着いたのだ。

 

「思い出したまえ進ノ介。我々が、かつて戦った強大な敵のことを」

 追憶しろ、考えろ。暗にそう言いたげなヒントに促されるまま、進ノ介は逸りを自身から排し、思考する。

 感情の熱さはそのままに、その熱でもって頭脳のタービンを回していく。

 

 今まで戦った中でも強敵、そして今回の件に関わった怪魔たち。

 情景が、まるで万華鏡のように様々な色彩でもって、泊進ノ介の頭上を駆け巡る。

 

「……敵はZZZを吸収した。そのためロイミュードと同じ弱点を抱えてしまった……」

 宇宙からの敵、メガへクスを、ギルガメッシュと財団は流用した。

 

「まさか……時空を超えてドライブを身につける……! 私と同じ力を!?」

 ギルガメッシュと結託しながらもそのボディを彼の素体として利用されていたパラドックス。

 

 それぞれには全く接点がその二体が思い浮かんだ。ギルガメッシュという点が線を結ぶ。

 

「……つながった……!」

 進ノ介は声をあげる。クリムのたどり着いた結論……いや、打開策に、自分も至ったことを確信する。

 

「奴は、108のボディを使っている……! けどそれはメガへクスと同じく、その弱点まで引き継いだということに他ならないんだッ!」

「YES! すなわち()()ドライブは、彼にとって天敵となりうる。本人がそれを自覚していたかはしらないが、だからこそ、それになり得るダークドライブを奪っておきたかった!」

 

 クリムもその熱に当てられて、昂りを見せた。だが、すぐに落ち着きを取り戻した。一刻を争う。実証せずして、喜んでいる場合ではない。

 

「……あの時とは逆だが、条件はクリアしている。私を信じ、ついてきてくれるか?」

「当たり前だろ」

 進ノ介は迷いなく言った。何をしようとしているのか理解し、信じた。

 

合図(サイン)は君に任せる。君が望む、最善の形で私も答えよう」

 

 進ノ介は、少し考えた。少し、笑った。

 固めていた拳を解き、右腕を差し伸ばす。

 

 面食らった様子のクリムに、進ノ介は歯を見せた。

 クリムもまた、最高のバディの意図を理解した。

 握り返してくれる。お互い、実体を持たないデータだ。この感触だって、幻のようなものだ。でも理屈じゃなかった。知らずこぼれ落ちた二筋の涙が、頰を熱く濡らした。

 溢れた雫が、握手の上に落ちる。そこから生まれた光が、ふたりの男を包んだ。

 

「あのお別れの時から、ずっ夢見てた。あんたの手を、ちゃんとこうして握れたらって」

「……私もだよ、進ノ介」

 

 しみじみと、噛みしめるようにいった。そして、湿っぽさを振り払うように、クリムは声高に言い放った。

 

 

 

「START YOUR  ENGINE!」

 

 

 彼らを象徴する、最高の号令を。

 

 

 

〈クワガタ・エレキ・エジソン〉

 

 神罰にも似た雷が、ギルガメッシュの全身から放出された。屋上をあまねく焼いた。

 避けるすべもなく、英志はその身を貫かれた。

 

「ぐぅぅぅああああ……は!」

 

 ままならぬ四肢を投げ出したまま、膝を屈する。

 しゅうしゅうと溶けゆくダークドライブのアーマーは、その一撃でもって完全に解けた。

 

 無防備にさらされた白い喉輪を、ギルガメッシュが絞り上げる。

 

「勝負あったな」

 失望にも似た低いトーンで、王は無慈悲に宣告する。その声が、黒いシミのように、英志の心を絶望へ染め上げていく。絞り上げ、何もできないままに吊るし上げられた。

 

「当然の帰結だ。お前はひとりでは何も成せん。だがこの俺は、単身でいくつもの伝説を踏破した。その生涯には友と呼べるものもいたが、縋ったことはただの一度もない。根本のところで、お前は俺に勝てない」

 

 誉れでなく事実として、淡々とそう語るギルガメッシュは、力任せに英志を持つ腕を振るい上げた。

 

 手放された。浮き上がったのは一瞬のこと。あとは落ちていくだけだった。

「ではな。生きていたのなら、せいぜい俺の創る世界を謳歌しろ」

 

 その姿が見えなくなりざま、そう言い捨てた。彼にとってはすでに自分は過去の敗北者でしかなかった。

 ――ここまでか。

 諦めたわけではない。だが状況のすべてが、自分に抵抗をやめろと恫喝をかけてくる。

 

 節くれだった地面が、凄まじい勢いで迫ってくる。

 生身ではとうてい助かりそうにないし、変身しようにも、ドライバーのAIが正しく機能せず、どれだけキーを捻ろうともプロトコルが実行できない。

 

「それでも……!」

 

 呻きは、咆哮に変わる。

 地を睨み、天に食いかかるように。

 

「それでもこのベルトもつけている限り、最後の一瞬まで諦めない! 僕は……!」

 

 その言葉を、結ぶことはできなかった。

 数秒後には自分の頭蓋を砕くだろう地盤を前にしては、目も口も閉じてしまう。

 

 そして闇と静寂が、彼の意識を覆い包んだ。

 

 

 

〈――そう、君の父親も、ピンチに陥ったときは同じことを口にした〉

 

 

 声が、聞こえる。

 どこかで聞いたことのある声。だが自分の知るものとは違い、人の心がこもっている。

 

 音が、聞こえる。

 クラクションにも似たような調子が弾む。それが、止まりかけた心臓の鼓動となる。

 

 光が、灯る。

 ギルガメッシュの持つ神々しさや眩さと違い、穏やかな赤く淡い電子の光。だがそこには、人に寄り添うぬくもりがあった。人の前途を照らす明るさがあった。

 

 目を、開く。

 自分は、宙に浮いていた。

 いや、周囲に寄り添う資料でしか見たことのない、封印されていたはずのシフトカーが彼を近くを周回し、重力を奪って自分が体勢を整えるまでその身を留めていた。

 

 もがきながら、正しく頭頂を天へと向け直した時、すとんと両足が地に着いた。

 

 

〈やぁ、君が泊英志か。あらためて目にしてみるとなかなかに複雑な気分だ〉

 

 声は、ベルトから発せられたものだった。ディスプレイには本来、ダークドライブのシンボルマークが表示されているはずだが、その円の中には顔文字がにこやかに笑いを見せている。

 

「まさか……本物のクリム・スタインベルト!?」

 

 驚きとともにみずからのベルトを見つめる英志の周囲では、今なおガレキが宙に浮かんでいる。一度彼から離れたシフトネクストスペシャルが、空いたその手に下りてくる。

 

〈だが君が諦めずにエンジンに火を点そうとしたからこそ、我々もここへ自分たちを転送できた。その不屈さこそ、君が名乗ろうとした存在に必要な素養だ〉

 

 クリムは、『我々』と言った。『自分たち』とも。

 つまりそれは、どういうことか。

 

 考えるまでもなかった。

 

 燐光が隣できらめいた。やがて、人の輪郭を、自分もよく知る人物のヴィジョンと成っていく。

 

 未だ病院にいるはずの、泊進ノ介の姿に。

 再現映像か。いや違う。父がいる。自分のそばに。

 

 父は、一度英志の全身を眺めた。次いで、腕に巻かれたおのれのネクタイを。我が子の顔を。そして、強く頷く。

 息子もまた、父に目を合わせて頷き返した。

 

 言葉を交わす必要はなかった。ただそれだけで、親子のわだかまりは瞬時に、完全に氷解し、時間が動き出した。

 

  何をすれば良いかは、心で理解できた。

 アドバンスドイグニッションをひねる。シフトカーを、自分が使う黒い側ではなく、今まで試そうにも使えなった、黄色のサイドを上にしてセットする。

 

 英志と進ノ介は、並び立って突き出した両腕を大きく回し、シフトブレスを上下させた。

 

「変身!」

 

 異口同音。そのコードを唱えると、進ノ介と英志はドライブとダークドライブへと変身した。そしてドライブとなった父の影が、ダークドライブに変わった自分とスライドして重なり合った。

 

〈DRIVE! TYPE SPECIAL!〉

 

 黄色の稲妻が、英志の道を彩る。

 目元の険しさは取れて、だがトパーズのような、揺らぐことのない重厚な輝きが宿る。

 

 ネクストライドロンから放たれたのは、赤いラインの入ったタイヤ。その身で受け止めると、パワーに押し負けそうになるもののそれを受け流し、受け入れ、四肢へと流し自分たちが戦うための力と替える。

 

 その力のままに、英志は跳んだ。一息に、みずからが落下した王城の頂にまで。

 

 着地の音に驚き、振り向くギルガメッシュ。未だその頭上の空は神威をもってしても破られてはいない。まだ手招くようなほどに深く澄んだ青さを保っている。

 

 その下で、三位一体のヒーローは告げた。

 

『俺は……いや、俺()()はッ!』

 

 あえて言い直した父の言葉を、意思を、子が継いだ。

 

「仮面ライダードライブ!」

 

 腰を深く沈めて左脚を伸ばす。

 仮面ライダードライブタイプスペシャルは、相乗りするふたりの声で言霊を発した。

 

 

「さぁ……ひとっ走り、付き合えよ!!」

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