記念すべきこの日、久瑠間ドライビングスクールの地下には懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「ありゃー、小吉ですって」
その中にあって、老人は 軽い嘆きを放った。
もはや骨董品とも言っても良いガラケー。古くからある占いサイトを見せびらかしながら、困ったように眉を下げる。
現代では考えられないような小さなディスプレイと画素数で結果が表示されている。たしかに彼の言うように、運勢は微妙。ラッキーカラーは緑、ラッキーアイテムはハンカチだった。
「どうします? 延期しちゃいましょうか?」
「いやいやいや、今さらそれはないでしょ……本願寺さん」
剛は苦笑しながら答えた。
本願寺純。『困った時の本願寺参り』とも称された切れ者の彼も、いくつもの顕職を歴任した後に現職を退いて、とうに楽隠居の身であった。
だがその時のキャリアやコネクションが死んだわけではなく、今なお多方面に発言力を持っている。
今日という記念すべき日、そのきっかけを作ったのも、彼の好意と行動によるところが大きかった。
「ようやく、お前を復活させられるってんだから、なぁ?」
何箇所かの修復が施された鋼鉄のボディが、機材に固定されながら二足で立っている。銀色に輝く外装をそっと撫でながら、剛は目を細めて語りかける。
そんな彼を、後ろから特状課の面々が見守っていた。
ここに欠けた男、チェイスを復活させる。
長い年月をその一点に捧げた彼の、努力と苦心を想いながら。
その願いが、ようやく叶う日が訪れたのだ。
「でも良いんスか? お偉方を説得するために、また無理したんでしょ?」
追田現八郎の危惧を、「いやいや」と笑って本願寺は受け流す。
「チェイス君だって、大切な仲間なんですから。チャンスが来れば一肌だって二肌だって脱いじゃいますよ〜」
老人の首が、視線が、足が、そこに招かれたひとりの青年に向けられた。
「もちろん、君だって今は大切なメンバーですよ。……英志君」
そう優しげに呼びかけて、当時を知らないアウェーな空気の中でどこか居心地が悪そうにしていた彼を安堵させる。
「君この間、郷原って議員を助けたでしょう。彼に上手いこと話をつけられたから、ようやく今回の許可までこぎつけられたんです。自分のやった中でいろいろと思い苦しむこともあるでしょうけど、彼を含めて多くの人間を助けられた。そのことだけでも、誇って良いと思います」
いくらか引き締っていながらも、理知を温和さで包ませた賛辞。英志は軽く緊張を解いて、祖父代わりとも言っても良い彼に、
「はい」
まっすぐに、答えた。
英志は進み出て、自身が回収したプロトゼロのボディにベルトとシフトブレスを取り付けた。いや、返却した。これは元々、彼から借り受けていたものだ。
「良いのか?」
進ノ介が息子の背に問いかける。
力を失って、仮面ライダーでなくなって。
言外にそう問いかける父に振り返って、未練なくさっぱりと英志は笑ってみせた。
「ベルトがなくたって、もう僕は仮面ライダーだから」
彼はそう言い切った。
父もかつて、そして今も、この結論に至ったのだろうか。
いや、彼の場合は、心ある友人との別離でもあった。その決断は、今の英志の比ではないはずだった。
それでも進ノ介は、「そうか」とわずかに歯を見せただけだった。自分の想いが一部だけでも、我が子に継承されたことを、嬉しむように。
「だいじょうぶっ! 凍結されてたもう一方の計画も、再開するからっ! このまま引退なんてさせないわよーっ」
りんながそう言って英志の背後から飛びついた。その手には、『NEO CORE-DRIVIARS for KAMEN RIDER』という文字が記された、古い紙質のファイルが握られていた。
泊親子は苦笑を見合わせた。
「でもまずは、彼の復活を」
りんながそう言いかけた時、室内に呼気が響いた。
さながら鍾乳洞に迷い込んだ風のような荒い寝息は、機材に頭を預けたままに沈む剛のものだった。
「ちょっと、剛?」
眉をひそめた霧子が呼びかけると、本格的な眠りに没入する前に彼は覚醒した。
「ね、寝てない……寝てないよ!?」
あわてて否定する。だがその目の下に色濃く残るクマは、積もりに積もった苦労を察することができた。
「まさか徹夜したの!? もうっ、若くないんだから無理しないで」
「だいじょうぶだし……まだ全っ然若いし!」
そんな風に姉に強がっていたが、彼自身を支える両脚はフラついていた。
「何しろ急ピッチだったからね。でも、おかげで集積の精度は上がったと思うよ」
西城究がマーマーマンションのぬいぐるみを代弁させるように前後に揺らしながら、口をはさんだ。
「今回はどんなアプローチでチェイスを復活させようとしてるんです?」
その人形をかがんでのぞき込んで、霧子は尋ねた。
「ギルガメッシュの本拠地を探り当てた時のプログラムを一部流用したの。やり方としては、一〇八体プラスアルファいるロイミュードの中からあえて特定のナンバーを探るんじゃなくて、ドライブシステムとロイミュード、両方の特性を持つデータをあらかじめ絞ってサルベージする。そうすれば、いくつかのプロトコルを省略できるし、確実性も増す」
「でもそれって、結局チェイス以外も結構当てはまらないか? ハートならまだしも……それこそギルガメッシュがよみがえる可能性だって」
「ギルガメッシュの基となっていたのは、あくまでゴーストドライバーのテクノロジー。ハートはあなたの、ドライブのデータと彼ら自身のコアそのものが基になっている。それらの条件を除外するようには、もちろんセットしてある」
進ノ介の危惧するところは、すでにりんな達によって検証済みだったのだろう。
すらりと出た答えに対し、進ノ介は肩をすくめてみせた。
「それじゃ早速ぅ! 起動っ!」
酩酊したような呂律の回ってなさで勇むや、誰の準備も待たずに装置の起動ボタンを押した。
「あぁっ! そんないきなり~!」
苦言を呈するりんなだったが、彼女もすでに整備は万端であったという自負はあるのだろう。制止の言葉に焦りはない。
……その、はずだったのだろうが、設備から過剰なまでのスモークが吹き上がった。
どひゃー! と本願寺が飛び上がり、ほかのメンバーも大小の狼狽を見せる。
冷却装置が過剰に働いただけだとりんなが説明し、ようやく収束を迎え、面々はあらためて煙幕の中へ目を凝らした。
薄れゆく白煙の向こう側で、紫のジャケットを着込んだ、男のシルエットが輪郭を作りつつあった。
ギルガメッシュの、少年然とした華奢な影ではなかった。
ハートの王者たりうる堂々たる体躯でもなかった。
細身の、青年の影だった。
確信とも言って良い期待や、歓びとともに、細い脚から徐々に視線を持ち上げていく。
「チェイ……ッ!」
眠気も一瞬で忘れたように、剛が表情を華やがせた。
「……なぜ……」
戸惑いながらも、明確に理性を持った声が聞こえてくる。
そして最後の霧が晴れた。
メガネ、ハンカチ、そしてマッシュルームカット。
「なんで私がここにいるんですかァ〜!?」
肉体を得たそのロイミュードは、情けない悲鳴をあげた。
その日、世界は、静止した。
「まーた貴方たちですか……令和にもなって何をやってるんだか……ってなんだかめっきり老けてませんか?」
動いているのは、そのロイミュード003……個体名ブレンだけだった。
「は、ハハハハハ……まぁ二度あることは三度あるってーかなんてーか……?」
再会すべき友人に今にも抱きつこうとしていた剛は、薄笑いを浮かべたままに白目を剥いた。そのまま仰向けに倒れた。
その衝撃音によって、堰き止められていた時間が一斉に動き始めた。
「ちょっと剛、剛!?」
「息してない! 剛君息してないよ!?」
「ふざっけんな! なんでよりにもよってお前なんだよ!?」
「なんですかいきなり!? 相変わらず理不尽で身勝手で意味不明な人たちだ」
「テメェそもそも仮面ライダーじゃねぇだろ!」
「だーかーらー! 私も仮面ライダーになったんですってば!」
「ほら、返せ! 身体から離れろ!」
「冗談じゃない! こっちは合計でも数分程度しか活躍してないんだから! せめて四十五分は……あ、剥がれた」
「あーあ……まだまだ先は長いわねぇ
「やっぱり小吉でしたねぇ。いや私もね? 妻や娘たちと久々に温泉旅行行ったんですけどその時やっぱり小吉が出たんですけど」
「とまりーん! 事件だよー!」
「え!? 誰!?」
「僕だよ正夫だよ! この間いっしょに戦ったんじゃない!」
「その英志に言ってもしょうがないだろ! まぁ詳しいことは言えん! とにかく未来に来い! ネオズンボガンボロイミュードに対抗できるのはお前だけなんだ!」
「ズンボガンボ!?」
「そう、ズンボでガンボでタイヘンなんだよ!?」
「ズンボでガンボ!」
誰かに、呼ばれた気がした。
ふと懐かしい、夢を見た。
夢の中で出会った彼らは相変わらず騒がしく、何を揉めているのかは分からないが、新しい顔も見受けられたがその明るさは変わらない。
ひとまず彼はそのことに安堵した。これがメモリーの反芻現象が引き起こした幻であれ、正真正銘の現実であれ、彼が愛した人が、守ろうとした人々が、あの頃と同じ日々を送っている。そのことを、噛み締める。
そしてふたたび、まどろみに沈む。
だが、陽は明るい。その眠りは、浅いものとなるだろう。
目覚めの朝は、きっとすぐ……
仮面ライダー NEXTジェネレーションズ
完