ギルガメッシュ。
その名は、大学の講義のなかでわずかに触れたことがあった。
紀元前三千年の昔、ティグリス・ユーフラテス両川流域にあった、シュメール人の都ウルク。
そこを治めていたのが、半人半神の王ギルガメッシュだ。
おのれのため、友のため、永遠の生命をもとめる冒険譚。それこそが、世界最古の叙事詩『ギルガメッシュ』だ。
つまり、彼の名を自称するこの仮面ライダーの言う通りに、ギルガメッシュはこの世でもっとも最初に生まれた『英雄』だ。
だが、その名を聞いただけで怖じるわけでもない。
車も仮面ライダーのスーツもひとりでに動く時代に最古だの神だの、それこそナンセンスで、眉唾物だ。
「START OUR MISSION」
声紋認証によってドライブの手首から転送されたネクストスペシャルシフトカーを、自身のブレスにセットする。
「変身」
〈OK……DRIVE! TYPE NEXT!〉
隣に立っていたダークドライブの装甲が一度データ化して分散されると、エイジの全身を鎧う。
それを余裕たっぷりに見届けてから、斧を肩にかついでギルガメッシュは手招きした。
「来いよ、遊びたかったんだろ? この俺と」
「ふざけるなッ」
とことんおちょくられたことによる怒り。その激情のおもむくまま、ダークドライブに変身したエイジはブレイドガンナーの引き金をしぼった。
発射された光弾をものともせず、ギルガメッシュは前進する。軽々とふるう大斧が、風切り音をうならせてダークドライブのアーマーへ叩き付けられた。
今まで味わったことのない衝撃に、マスクの奥でエイジはうめいた。
まるで重量なんてものを感じさせない動きで、縦横無尽に斧は振るわれる。
重い斬撃をかわしながら、リーチ差を埋めるべく、エイジは後退した。
勢いを増して追撃してくるギルガメッシュを、顔面めがけての連射によってけん制する。
ダメージは通らないが、目くらましにはなる。
手入れの行き届いた花壇を挟んで、ふたりの仮面ライダーは並走した。
その間にも、ブレイドガンナーを引き絞りながら、銃撃をやめることはなかった。
それを弾き飛ばしながら、ギルガメッシュの斧の刃先が輝きを増していく。くり出された横薙ぎの一閃とともに、地面をえぐりながら衝撃波がエイジを襲った。
避けることはできない。やむを得ず、彼は真正面からそれを受け止めた。
しかし、圧迫感に耐えきれずに力負けし、背にある支柱まで吹き飛んで激突した。
すぐさま起き上がろうとした。
だがその時には距離を詰めたギルガメッシュの刃先が、その喉元に突きつけられていた。
「なんだ、この程度か。実につまらんな」
そう言って、黄金のライダーは無機質な仮面の奥でせせら笑う。
彼の慢心の隙を突いて、エイジはそれとなくベルトから一台のシフトカーを手元へ呼び寄せた。
「おっと」
だが、ギルガメッシュの足が、その右手を踏みつけた。
激痛が、エイジにくぐもった声をあげさせた。
「小賢しいマネはやめてもらおうか。……まったく、こんなのが英雄を騙ろうだなんてな」
「そういう、お前はどうなんだ? 法律に背いてまで……あんな私刑をくり返すことが、正義だっていうのか?」
「お前がそれを言うのか? 仮面ライダーダークドライブ。お前だって所詮は自警団まがいのグレーゾーンじゃないか。それに俺は正義で動いてるんじゃない。ただスリルと愉しみと金を求めてのことだ」
手首にかかる圧迫は、弱まることなく、むしろ一層強くなっていく。
苦悶の声をあげるエイジを見下しながら、人類最古の英雄はつづけた。
「だが俺は俺のルールでこのゲームを楽しんでいる。俺の信念のために惜しみなく与え、俺の目的のために容赦なく奪う。誰かの決めた倫理や法にただ従うお前やお前の親父たちとは違う」
「父さんを……みんなを、悪く、言うな……っ!」
握りしめた拳が、圧迫によって次第に力を弱めていく。
だが、それは感じている痛みゆえに、ではなかった。
「あぁ、そうだな。所詮お前ら凡人と、俺とでは理解し合えない」
それについては同意する。この短いやりとりの中、エイジもまたこの男に同様の印象を持った。
この男、ギルガメッシュとは相容れない。
(そして何より、こんなヤツに仮面ライダーを名乗る資格なんてない)
だが通じているものが、ないわけでもない。
――それは、勝利を確信して、お互いマスクの裏側でほくそ笑んでいるということだ。
手のひらからこぼれ落ちた、黒い車体に紫のラインを持つシフトカー。
ネクストデコトラベラー。
主人の危機を感じ取り、彼はサイケデリックな光を放射し、渋い演歌を奏で始めた。
「なんだ、このやたら目と耳に障るのは!?」
戸惑うギルガメッシュに、ようやく隙ができた。
踏まれていた腕をすばやく振り払い、ブレイドガンナーのエネルギー弾が斧を持つ手を撃ち抜き、得物をはじき飛ばした。
しかしギルガメッシュもまた、ガンナーを蹴り飛ばし、地面へと滑らせた。
おたがいに武器を拾っている余裕はない。次の一手で決着をつけるべく、ダークドライブはイグニッションキーを回す。
〈NEXT!〉
ぎちぎちと、黒いライダーが顔の横で音が鳴るほどに握り固めた右拳に、青い炎のように力が絡みつく。
エイジはそのまま地面を足でたたいた。
腰をひくめてひねってくりだしたパンチが、ギルガメッシュの胸についた目玉の刻印を叩き込まれた。
それを中心として広がった爆炎が、エイジの視界を白く塗りつぶした。