仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第三話:疾走の絆(8)

 夏の空が、ひたすら大きくて遠かった。

 そのなかを、白い入道雲が悠然と泳いでいる。

 霊山から吹き下りてくる風があるから、都心よりかは多少は快適だった。

 

 エイジたちの今いる場所が、そこにいるだけで静けさともの悲しさをともなう特殊な環境下であるからかもしれない。

 

 彼らは今、墓場に立っている。

 

「呆けた顔をしているな」

「……そりゃあ、ねぇ」

「たしかに悪趣味だが」

 

 先代住職の亡骸をおさめた巨大な墓に、敬意がさほどこもっていない合掌をしたたままに、春奈がたずねた。

 人間の倍ほどはある、眼魂状の墓石。金色を惜しみなくつかったカラーリング。瞳の中心にはめ込まれた、ドヤ顔でピースをしている白髪の老人の遺影は、故人の強烈な個性と自己顕示欲を想像させた。

 見るからに奇人変人の類とわかるのだが、それなりに人望はあるらしい。真新しい仏花が、色とりどりに献じられていた。

 

 

「いや、これもすごいけどさ。さっきの話」

 

 

 ジャベルという男が、イダルマの素性を語るに際して告白した事情は、エイジの世界観を二転三転させるものだった。

 

 眼魔が治めているという異世界の存在。

 人の願いをかなえるという超越的存在グレートアイと、その制御システムであるガンマイザーの暴走。

 それらを司っていた大帝一家の、悲劇的なすれ違いの物語。

 あらましだけでも混乱するような複雑な事情だったが、咀嚼できない内容なら、呑み込むしかない。

 

 かんたんに要約すると、その異世界でジャベルはかつて武官的立場の人間で、対するイダルマは冥術……こちらの世界で言うところの科学者だったらしい。

 イゴールという上司とともに人間世界で暗躍し、眼魂や眼魔の力欲しさに接近してくるネオシェード、財団Xといった犯罪者や権力者たちとの連絡役をしていたそうだ。

 

「イダルマは才能はともかく、とりわけ影の薄い男でした。おそらくは、アラン様……現大帝でさえ、その存在をご存知でないでしょう」

 

 かくいうジャベルも、人間界で二、三度ほど顔を合わせただけだという。

 誰も聞かれなかったということ以上に、眼魔世界の軍服を脱ぎ捨てて年老いた彼を間近に見ても、とっさに思い出せなかったという。

 

「イゴールはかつては自信家で傲慢な男でしたから、みずからがそういう雑務や交渉の場に出ることはせず、そういう場でイダルマを使っていたようです」

 

 だが、そのイゴールのもとに人間の協力者が現れた。

 西園寺と名乗ったその男は人間社会の仕組みを熟知し、かつ交渉術や人心を利用するすべにも長けていた。それゆえに重宝され、イダルマの立場や存在感はさらに希薄なものとなっていった。

 

「事件の後、肉体を取り戻したあの男がどうしていたかは、知りません。ただ二年ほど前にふいに姿を現し、イーディス長官と面会しました」

「イーディス長官、というのは?」

「おっちゃん殿の本名ですぞ。眼魔の世界では高名な天才だそうでして」

 

 御成が半ば強引に会話に割って入り、しみじみと遠い眼で虚空を眺めた。

 

「先代は何かと問題を起こす人物ではありましたが、立派な方でした。あのような非業の死を強いられるいわれなどありますまい。ポール殿も息子殿も、今は刑事殿と別行動をとられているようですが、真実を追い求めたいという気持ちは同じ。ともに手を取り合い、事件を解決いたしましょうぞ!」

 

 感激と追憶に涙ぐみながら、御成はぐっと強くふたりの手を握った。

 あいまいにうなずくふたりには、その住職をはさんでジャベルが微妙に眉をひそめたのが見えた。

 

「…………立派…………?」

 

 と小さくつぶやいた彼はそれからすぐにむっつりと押し黙ってしまった。

 

 

 それから故人の墓参りを言い訳に御成から逃げてきたふたりだった。

 クールダウンと情報の整理のための時間が必要だったとも言える。

 

「でも、人が自動車で空飛ぶ時代に、幽霊に不老不死のアバターに異世界だよ? 突飛にもほどがあるでしょ」

「空を飛ぶのはさすがに君のトライドロンぐらいだがな。君は、幽霊の存在に懐疑的なのか」

「あれ、ひょっとして照井さんは信じてる?」

 

 意外の念を込めて聞き返したエイジに、春奈は仏頂面のまま、

 

「鵜呑みにするわけでもないがな。おか」

「丘?」

 

 何かを言いかけて、言葉を詰まらせた。いぶかしむエイジの前で咳払いしてつづけた。

 

「……母も、若い頃少女の幽霊を見たらしい。それに、眼魂がらみで不可解な現象がいくつも報告されている。幽霊やオカルトも、アンノウンエネルギーや実在する原理や現象で説明できるものである可能性も捨てきれない。我々のように」

「『空飛ぶ自動車』も、ふつうの人から見れば十分に幽霊じみたものか」

 

 自虐的にそうつぶやいたエイジに向かって、ちらりと女捜査官は目を向けた。

 墓前から立ち上がった彼女は、エイジの脇を通りすぎた。

 

「ようやく理解したか? 君の力は、この二〇三五年においても過ぎた技術と力だ。容易に開放していいものじゃない。それよりも異常な連中も目につけられている。それを理解したらさっさと手放すことだな」

「なんでそういう方向に持っていくかな……」

 

 うんざりした気分を隠さず、彼女の方へと振り返り、

 

「しょうがないでしょ。そりゃ力も世のため人のために使うでしょ。僕、もう仮面ライダーだし」

 

 と答えた。

 表情も見せず、春奈は鼻で嗤った。

 

「父親の一挙一動にうろたえる仮面ライダーか」

 

(……ほんとうに、可愛くない)

 痛いところを端的に、かつ正論で突かれた。しかも、まだ新しい心の傷をだ。

 

 普段なら聞き流すこともできただろうが、さきほどの進ノ介とのいさかい、その苦い記憶を思い返して攻撃的な気分になっていた。

 なので、悪意はなかったが、ついその反論する口調にもトゲがあった。

 

「照井さんなら、わかってくれると思ってたんだけどな。さっきも家族や地元とあんまり仲良くできてなさげだったし」

 

 墓地を出ようとした照井春奈と足が止まった。

 次の瞬間、彼女はきびすを返していた。

 ひるがえったジャケットの下から腕が伸びて、エイジの胸倉をつかむ。

 

 表情に劇的な変化はなかった。

 ただ、明らかにその眼光はいつも以上に鋭く、冷たく光っている。

 にも関わらず、その瞳孔の奥底には、激しい怒りの火が渦巻いていた。

 

「キサマと一緒にするな。私があの街を出たのは、より広く世界を守るためだ。父親への意地だけでヒーローを気取るようなヤツに、なにがわかる……ッ!」

 

 女性とは思えないほどの腕力でエイジの痩身を、イーディスの墓石へと突き飛ばした。

 尻餅こそつかなかったが後頭部を打ち付けて、激痛にもだえる。

 

 エイジはそれ以上反論しようとしなかった。まだ口論の余地はあったが、頭の鈍痛で口を開く余裕はなかったし、これ以上何をどう言ったところで折り合えないことは予測がつく。

 それに、彼は自分が不用意に口にした言葉を、明らかに竜の逆鱗に触れていたことを自覚していた。

 

 どうにも迂闊な発言の多い日だ、と彼は反省し、自重をみずからに課した。

 

「ごめん……っていうかキサマとかいう女子、究さんから借りたマンガ以外ではじめて見たよ」

 

 というジョークでお茶を濁し、背にもたれていた墓石に手をついて体勢を立て直した。

 

 だが墓に触れた指の合間から、淡い光が漏れだした。

「え?」

 彼が触れた場所が、青白い光を放ちはじめた。

 やがてそれは彼らの全身を飲み込んだ。

 

 

 ……訂正しよう、とエイジは心のなかで思った。

 迂闊なのは言葉だけではなく、行動もだった。

 

 気が付けばエイジと春奈は夏空の下の墓地でも寺でもなく、薄暗がりの広がる閉鎖的な空間の中にいた。

 天井の穴からかすかに陽光の差し込むそこは、どこかの地下施設のようだった。

 

 すすけた旧式のPC、かたむいた本棚、空っぽのキャビネットに、顕微鏡などの実験器具。

 それと相対するかのように、倒れた燭台や祭壇のような、オカルティックなオブジェが倒壊しかけていた。

 

 今まで嗅いだこともないようなひどい埃の臭いに、エイジはせき込んだ。

 

「……これは」

 何より目を惹くのは、その祭壇の奥の巨大な石板だった。

 いや、元は石柱か。あるいは太古の化石か。

 今はもはやその残骸といっていいほどに半壊していたが、そこに刻まれた紋章には、さんざん見覚えがある。

 仮面ライダーギルガメッシュや、ダークゴーストの胸にあった、あの目玉の刻印だ。

 

「部分的なワープドライブか。あのバカみたいな墓に、そういうトラップが仕組まれていたと考えるのが妥当だな。……また君は、余計なことをして面倒に巻き込んでくれたものだ」

「待ってよ、そもそもは照井さんが突き飛ばしたからだろ!?」

 

 あまりに理不尽な叱責に、エイジは反発し大声を出した。

 大きく反響するその声に、

 

「うるさいぞ。奴らにばれる」

 

 と、声が返ってきた。

 春奈の声ではない。渋いがよく通る、男の低音だった。

 彼らの背後の、ロフトにつながら階段の裏。そのスペースに、箱詰めの荷物に埋もれて男が座っていた。

 痩せぎみの細い手足、体温というものを視覚的に感じさせない白い肌。

 

「墓地では静かにする。それが、人間のルールではないのか?」

 

 そして、ピッチリとフィットした紫色のライダースーツに身にまとった男は、抑揚なくつづけたのだった。

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