タイトル変更とともに、今回から中後編突入です。
都心のその立体駐車場は、高層ビル群に勝るとも劣らない高さを持っていた。
そのため朝昼は日当たりに恵まれていたが、さすがに深夜ともなれば濃い闇が周囲を包み、白々とした電灯が不気味に内部を浮き彫りにしていた。
その男たちを載せた長細い通路が、吹き抜けの中を分離と結合、下降と上昇をくり返し、自動的に目当てのフロアへと運んでいく。
もっとも彼らの目的は自分たちの車などではなく、その階層で待つ相手だった。
防犯のために監視カメラは点在していたが、今夜に限ってはそれが機能することはない。そこは表向きこそ一般的に解放されたスーパーマーケットの駐車場だったが、裏では彼らが所有し、非合法な取引を行うための交流場所だった。
男たちの詰襟の白装束が人工の明かりを鈍く照り返す。
五人一組の彼らは、会話を交わすことなく、お互いがそれぞれの視界で周囲を警戒しつつ、柱のように直立していた。
彼らには法をおかしているという自覚はある。だが、悪事を行っているという自覚はない。かといって、自分たちのやり方が大義正義に通じていると信じているわけでもない。
ただ彼らにあるのは、おのれ自身と、自分たちが属する組織の損得だけだった。
地上八階。無人の駐車場で彼らを待っていたのは、無個性な白服たちとは対照的に、黒いコートで身を包み黄金のマスクをかぶった、個性的な少年だった。
その彼のすらっとした足の下には、トランクケースがあった。銀色のジュラルミン製のそれをつま先でもてあそぶように突つく彼に、男たちが近寄った。
「それがブツか」
挨拶も前置きもなく、男たちのひとりが冷えた声で本題を切り出した。
仮面を脱ぎ捨て、美貌をあらわにした少年……ギルガメッシュは、爪先でケースを叩く。肯定の意味を込めて。
先頭に立った白服が、背後に控えた同胞に目配せした。
端末を取り出したその彼は、慣れた手つきで操作する。同じように端末を懐から持ち出したギルガメッシュは、架空の口座への入金を確かめ、ケースを持ち上げたかかとで男たちの足下へとそれを押しやった。
アスファルトをすべっていくそれを、男はかがんで受け止めた。
そして、施錠を解いて開くと、色とりどりの眼球型ぼガジェットが、眠るように収容されている。
「たしかに、天空寺タケルの英雄眼魂の一部だ」
その鉄面皮にわずかばかりの好奇をにじませた彼が、長居は無用とばかりにきびすを返した、次の瞬間だった。
〈カイガン! カメハメハ! ハワイワイワイ! 治めたい!〉
という、宵闇にふさわしくない、底抜けな調子の音声が流れた。
と同時に、地上から吹き抜けを通じ、巨大なヤシの木が……いや、それを模した膨大なエネルギーが突き上げてくる。
生じた風圧が彼らをよろめかせ、そのエネルギーの上昇気流から飛び出してきた人影が、無防備となったケースをかっさらっていった。
「!?」
手の中の感触が喪失したことで驚きを見せたのもつかの間のこと。白服たちはいつもの無表情に戻り、その乱入者を改めて見た。
ゴーストドライバーを腰につけた、華奢だが異様な存在感を持つそれを。
黒いボディスーツには紫の大眼をはじめとして特徴的な文様が刻まれ、金と赤とで彩られた民族的な衣装を上からまとった姿は、異国の戦士を思わせる。
「ロボセン、手に入れた」
ケースを背後の虚空に投げると、見えない何かがそれをキャッチしたようだ。空中に固定されたまま、それはスゥッとかき消えた。
「ほう」
ギルガメッシュは金髪の切れ目からのぞく碧眼をすがめて、感嘆をもらした。
だが、その取引相手には目もくれず、白服の男たちはそれぞれベルトと奇妙な錠前を取り出した。
〈マツボックリ!〉
という音声とともにスタンバイ状態になったその錠前を、腹まわりに巻いたベルトへと押し込み、そこに取り付けられた刀のような装置を上下させると、空間にジッパーにも似たゲートが開いた。
ジッパーとその穴につながった森から、角張った装甲が降ってきて、彼らの頭を覆い包んだ。
〈マツボックリアームズ! 一撃、インザシャドウ!〉
白い服から一転、黒いスーツが頭の下を包み、頭の
〈ミックス! ジンバーマツボックリ!〉
そしてさらにギルガメッシュとの交渉にあたっていた男が身に着けたそれは、他とは多少異なっていた。
腰のベルトには、木ノ実状の錠前がふたつ並ぶ。
マスクの造形こそ同じだったが、茶褐色の陣羽織のような装いと、十文字槍とが、彼らよりもワンランク上の存在だとアピールしていた。
「やれ」
というその彼の号令一下、侵入者を排除すべく黒影たちが、銀穂をその異装の戦士に傾けて突きかかる。
それが黒いスーツを貫通する前に、『黄金の幽霊』は、空手の回し受けのような手さばきで受け流し、間隙を縫うようにして、最前の二体に掌底を叩き込んだ。
前のめりになった彼らの肩の上から、後衛に控えていた黒影たちが飛びかかった。
死角から不意を打たれた乱入者は、肩口に槍を振り下ろされてうめいた。鮮やかな連携を前に苦戦する彼の側面に、最初の二体が体勢を立て直して回り込む。
〈マツボックリスパーキング!〉
刀のパーツを上下させた彼らが、天井すれすれまで飛び上がる。
体の上下を逆転させ、その槍、影松と一体化しながらきりもみして落下してくる。
その姿は、まるでミサイルのようでさえあった。
肉薄する黒影たちの胸部装甲を蹴り飛ばした『幽霊』は、その反動で後ろへ飛び退いた。
〈ムサシ!〉
握りしめた赤い眼魂のスイッチを押して。
煙と共に眼魂から飛び出た浮遊霊のような存在が、両腕から伸びた短刀を振りかざし、追い討ちをかける槍兵たちを抑え込む。金色の衣装を脱ぎ捨てた主人を守護する。
〈カイガン! ムサシッ! 決闘ズバッと超剣豪!〉
裾を翻して主人と一体化すると共に、乱入者は手にした大剣を二振りの刀と分解した。
様々な角度から迫る槍撃を、その二刀が防ぐ。
だが、猛然と襲いかかる黒影たちの勢いは止まらない。
赤いゴーストを取り囲み、押し包み、槍衾が防戦する彼を上から押さえつけた。
だが、折り重なったその穂先を、下から突き上げるようにして押し返した。
がら空きになったボディスーツめがけて、鮮やかな太刀筋が叩き込まれた。
地面に倒れ伏す四体の脇を、陣羽織の槍兵がすり抜けた。
悠然と闊歩としていた彼は散らばっていた影松の一本の柄を、強く踏んで浮き上がらせてつかむ。
そして両手に槍を取った彼は、ムサシ魂の二刀流に対しての、二槍流といったところだろうか。
身を抱えるようにして後退する黒影トルーパーたちに挟まれるようにして、面相や表情を隠した両者が対峙する。
槍を手にしたまま、その黒影は指を前後させて手招きした。
二刀を振りかざし、ゴーストは飛び上がった。
それとほぼ同時に、離脱したトルーパーが壁の装置を操作した。
彼らを支えていた足場が変形や分離をはじめる。いや、立体駐車場自体が歯車のようにうごめきはじめた。
生じる亀裂、そこから落下しながら、彼らは刃を交えていた。
お互いがまったくの無言だった。ただ、互いに相手を圧しようという意志の強さがにじみでていた。
「ぐぅぅ!」
「おおおお!」
押し合いに勝利したのは、甲高い声を発したゴーストだった。
黒影を壁へと突き飛ばし、とどめとばかりに刀を振るって空を泳ぐ。
だが、黒影は手にした十文字槍を壁へと突き立てた。
耳をつんざくような鉄の音を響かせて、彼の落下速度がゆるんでいく。
完全に止まった時、突き立った槍を足場に立った彼は、鋭い回し蹴りでゴーストを撃墜した。
きりきりと舞いながら柱や下層の床に激突しながら、ゴーストは落ちていく。
その手には、新たに緑に瞳を輝かせる眼魂が握られていた。
〈カイガン! グリム! 心のドア、開く童話!〉
それをドライバーに装填すると、新たなパーカーゴーストが覆いかぶさるように憑依する。
彼の両肩から、ワイヤーのようなものが射出された。
先端に取り付けられたペン先のような突起物が突き出た柱を絡めとり、彼の命をつなぎとめる。
〈ダイカイガン! グリム! オメガドライブ!〉
柱を軸として大きくその身を旋回させた彼は、その勢いを殺し切らないままワイヤーを切り離した。
深緑色の輝きを放つキックが、陣羽織の黒影を襲う。
壁から槍を抜きはなつと同時に壁を蹴った黒影も、二槍をたずさえベルトのバックルを操作した。
〈ジンバーマツボックリスカッシュ!〉
松カサにも似たエネルギーの光輝を伴い、振りかざされた槍が、紙一重でゴーストの通過したあとの空間を切り裂いた。
必殺を期した槍の合間を縫って、ゴーストの飛び蹴りが黒影のアーマーを穿つ。
そんな交錯のあと、苦悶の声をあげた黒影のスーツが剥がれ落ちていく。白服にもどりながら、男はその下の階層に倒れ伏し、白目を剥いて脱力した。
そのままゴーストは、ワイヤーを頼りに落下の速度を調整しつつ着した。
そしてよろめきながら、息を切らして立ち上がった。
ギルガメッシュはその死戦の行く末を、協力者である財団Xの構成員が逃げ散ったあとも高みから見物していた。なかなかに見ごたえのあるサーカスだった。
彼にはどちらに加担する気もなかった。
元々彼が天空寺タケルから略奪した英雄眼魂の一部になど、興味がなかった。財団にほしいとねだられたから、くれてやっただけだ。
(武蔵、グリム……そう疑問は、天空寺タケルとともに異空間に放り込んだ残りの一部が、どうしてアレが持っているかだが)
天空寺タケルではない、誰かの変身したゴーストが、じっとギルガメッシュを見上げている。
だが、連戦のリスクを悟ったらしい。未練がましく数秒間睨みつけた後、背後に眼玉の文様をえがき、それを潜り抜けて姿を消しこんだ。
「面白いことになりそうだ」
ひとり残されたギルガメッシュの分霊は、そう独語した。
彼の視線の先、その亡霊が立っていた場所には、真っ白い砂のようなものが、山のように積もっていた。