陸堂市大天空寺。
「これ、この間のお礼です」
居間に通されたエイジは、茶饅頭の包みを御成という坊主に差し出した。
「これはありがたい。拙僧、饅頭に目がなくてですな」
小洒落た丸テーブルを挟んで相好を崩した御成は、社交辞令か本音かどうか分からない反応を見せた。
聖職者らしからぬ俗っぽい発言だったが、エイジはあいまいに笑って聞き流した。
そもそもこの居間自体が、点心料理のレストランの、そのまた個室のようなつくりで、寺の一室にしては異色だ。だが、広くはないに関わらず、不思議とくつろげた。
「して、今日はお連れの女性は?」
いそいそと包みを解きながら、坊主は尋ねた。
「今日は、別件です」
席につきながら答えたエイジだったが、彼にしても詳細な情報を教えられたわけではない。
最低限伝えられたのは、ギルガメッシュの関係のある組織……財団Xの構成員を、昨晩確保したということだけだった。そうなった経緯さえ定かではないが、それを伝えた春奈のわずかな渋面を見る限りでは、それは彼女らインターポールにとってもイレギュラーな事態らしい。
それこそ、監視任務にあたっていた春奈が、エイジの側を離れなければならないほどの。
(と言って、完全にこっちをほっといてくれてるわけでもないけど)
窓の外に、時折UFOガジェットの影がよぎる。
気づかれないようそれとなく振り返りながら、エイジは軽くため息を漏らした。
「いよいよ真相に近づいてきた、というわけですな!」
言葉少ない返答に、御成は自身の想像を膨らませ、興奮したようだった。
エイジはあいまいにうなずいた。
嘘ではない。真相には近づいている。ただ、御成たちの知りたがっていること、『おっちゃん殿』の死因やタケル失踪の原因などは、すでに明らかになっているというだけだ。
ただ、それをエイジの口から言うことは憚られた。
タケルの件は、せめてその生死が確定してから言うべきだろう。
『おっちゃん殿』の二度目の死は……エイジの口から伝えるには、あまりに重すぎた。
「あぁそう言えば」
それとなく追及を避けながら、エイジは本題を切り出した。
わざわざ郊外までふたたび足を運んだのは、茶菓子をつまみながら世間話をするためではない。
一応現職の『不可思議研究所』として、多くのゴースト関係の事件に関わった彼に、聞きたいことがあったからだ。
「タケル殿やおっちゃん殿のほかにゴーストドライバーを持つ方、ですか?」
「はい、タケルさんの件に関わってる……と思しきヤツを追跡しているなか、それをつけた奇妙な仮面ライダーに出会い……出会ったって、照井さんが」
ははぁ、と相槌を打ちながら、御成はむずかしい顔をつくった。
麦茶を冷蔵庫から取り出しながら、二個の湯呑みにそそいでいく。
「一度はある試みの中にて、大量に作られはしましたな。それでも粗製乱造のならいと言いますか、ことごとく使い物にならなくなってしまいまして。それに、純正のゴーストドライバーは使い手を選ぶのです」
「使い手を、選ぶ」
「ゴーストが見えるか、など……いわゆる霊感的な資質が欠かせぬものだそうで。拙僧もかの石川
と、口惜しげに御成は言った。
(あ、やっぱり)
とエイジは思ってしまったが、それは本人には言わず、用意された麦茶で喉の奥へと流し込んだ。
「開発者であるおっちゃん殿が亡き今、現存するのはタケル殿、マコト殿のもの……もしや、その御仁というのはタケル殿ではありませんか!?」
「それは、ないと思います」
御成には悪いが、エイジはその希望には懐疑的だった。
根拠はある。
伝え聞くだけでも、タケルの人となりは公明正大で、懐深く情に厚い。あのゴーストが現れたのは、この大天空寺からさほど遠くはない距離だ。無事を伝えるだけなら、容易なはずだ。
たとえばおっちゃんことイーディスのように後ろめたい事情があるならまだしも、そんな人物があえて言わないということがあるだろうか。
それに、この御成やイーディス、ジャベルを見ればわかるが、タケルの身近な人々は特状課に勝るとも劣らぬクセモノぞろいだ。そんな相手を不安がらせて、あえて暴走させる危険にさせるだろうか。現に、その独断専行によってイーディスは今度こそ還らぬ人になったばかりだ。
心底残念そうにうなだれた御成をどうフォローしようか。悩むエイジが口を開きかけたとき、
「……あとひとり、ゴーストドライバーを持っている者がおります」
すでに彼の剃り上げた頭の中は、別のことに切り替わっているらしかった。
苦い表情で瞑目したまま、坊主は重い口を開いた。
「生前のおっちゃん殿いわく、高い
「その人はっ?」
「ただ、果たして本当にその人物かどうか……」
「もったいぶらずに教えてください! いったい誰なんです?」
自身の今後の行動、ひいては天空寺タケルの生死やギルガメッシュとの戦いにも影響する要素でもある。
渋面を作ったままの彼の肩に手を伸ばしかけた、その時だった。
「もーらいっ」
という少年の声とともに、ほっそりとした手が目の前の空間を横切った。
おどろく彼らをよそに、かすめとられた茶饅頭は現れた彼の口に運ばれていった。
見たところ、高校生になりたてといったところか。
やや袖のあまるカッターシャツの上から和柄のフードパーカーを着崩し、刀の鍔のようなものを首から提げた姿は、とても褒められた恰好ではなかった。が、それを咎められない程度には、顔だちのきれいな少年だった。
美少年というよりかは、愛嬌があるといったほうがしっくりくる。人懐こい印象は受けた。
あっけにとられるエイジの向かいで、御成は厳しい顔を向けた。
「アユム殿、行儀が悪いですぞ」
「たかが饅頭でとやかく言わないでよ」
御成の咎めを無視して、少年は二個、三個とつまんで菓子を平らげていく。
その様子を、御成は目を左右させながら見送ったあと、咳払いした。
「こちら、泊英志殿。お父上の行方を捜してくださる同志の方です」
軽い会釈で返すエイジに対し、「ふーん」とアユムと呼ばれた少年の反応は薄い。
「アンタも大変だね、こんなことに付き合わされて」
「こんなことって……お父上が行き方知れずなのですぞ!?」
禿頭を赤くして怒る御成に、新たに口に入れた饅頭を飲み下してから、少年は言った。
「だいたい、それが疑問なんだよね。ホントに行方不明なの? 遠出なんて、今までいくらでもあったでしょ」
「しかし、音信不通ということはなかったではありませんかッ」
「にしたって、仙人のじっちゃんが死んだからって、みんな気ィ張りつめすぎ。人なんていつかは死ぬもんだから、それについてあれこれ深入りするほうも、どうかと思うな」
それに、とつけくわえ、含みのある物言いで彼は言った。
「もしなんかあったとしても、父さんなら自分でなんとかするでしょ。『天空寺タケルは、みんなの
それから御成の制止を振り切るように、小走りで自分の部屋のあるらしい方角へと進んでいった。
「どこで育て方を間違ったのやら」
深いため息をつき、まるで母親のような愚痴をこぼす御成に、
「……今のは?」
遠慮がちに、エイジは尋ねた。
ひどく言いにくそうにしていた御成だったが、意を決したように顔を持ち上げ、天をあおいで目を細めた。
「あれが、天空寺アユム殿。タケル殿のご子息にして……ゴーストドライバーの所有者です」