大天空寺を後にしたエイジは、石段の下から改めてその場所振り返ってみた。
あのアユムという少年は、いまごろ御成に説教でも食らっているのだろうか。のらりくらりと、それをかわしているのだろうか。
御成がゴーストドライバーの所持者として彼の名を挙げることを渋っていた理由は、なんとなくわかる。
妙に大人ぶって悟ったふうに振舞っているが、あれはどちらかといえば、責任逃れの現実逃避でしかない。
どこか地に足のつかない言動は、戦う人間のものではない。
だが、どこはかとなく……エイジ自身に似ている、ような気がした。
だが、あの謎のゴーストとつながる候補者が他にいないのは確かだ。
今日は直接話し合う機会を失ったが、また後日改めて会ってみよう。
そう思いながら正面へと向き直ったエイジだったが、
「ぶっ!?」
ついさっきまでにはそこになかった分厚く硬いものが、彼の進行をはばんだ。
額をしたたかにぶつけると、小気味よい金属音を響かせる。
「誰だよ、こんなところに車停めた……の?」
最初は、トラックかと思ったエイジだったが、前方に広がる壁のようなものに言葉を喪った。
『車』には違いなかった。
視界を完全にふさぐほどに黒くて長いボディ。無数についた車輪の下には、どこからともなく現れたレールが敷かれ、頭には、牛のような飾りが取り付けられている。
ただそれは自動『車』と言うよりも、
「ってなんだこの列『車』!?」
かたわらにいるのは、鳥の面をした黒づくめ大男。
「どうも」
「なんだこの怪人!?」
さらに車両から飛び出てきたのは茶髪の男。
「なんだこのオジサン!?」
「オジサン言うな!」
勢いに乗じて失礼なことを言ってしまったエイジの前で、男はロボットにも似たその怪人の頭をはたいた。
「オイ、デネブ! むやみやたらに接触するなつったろ! ただでさえややこしい事態なのに、余計ヘンなことになるだろうが!」
「ごめん……でも、コソコソ監視するのはよくない。聞きたいことがあるなら、直接聞くべきだ」
怪人は気弱げで、かつ朴訥な口調で返した。その声には、いかつい容姿に反した人の好さがにじみ出ていた。
男のほうもその性分は理解しているらしく、「ったく」としょうがなさげに怒りをおさめた。
そして、やや季節と時代から外れたフリースを翻して、あらためてエイジの方を向いた。
「お前、泊と霧子の息子だな」
「は、はぁ……そう、ですけど」
その列車な何なのか、とかこの怪人連れの男は何者だ、などはとりあえず思考のすみに追いやって、エイジは聞かれたことに対して首肯した。
すると男はあからさまに皮肉を浮かべて鼻で笑い、
「あいつらが結婚して子供まで作るとか、笑えるな」
と言った。
その傍らで、デネブと呼ばれた怪人は首をかしげた。
「え? いやぁ、あの時から二人は仲良しさんだったけど」
と、余計なことを言いそうになる彼を、男は厳しく横目で睨んだ。大柄な身の丈を縮こまらせるようにして、デネブは口をつぐんだようだった。
「……あなた達、なんなんです? 父さん達の知り合い?」
突如現れた凹凸コンビに当惑しながら、ようやくエイジは逆に質問を返すことにした。
「俺は、桜井。
と、眉間にシワを寄せたまま、気難しそうな男はゆったりした口調で名乗った。
「で、こいつがデネブ。後ろにあるのが、時を渡る列車、ゼロライナーだ。くわしい説明はお前の親にでも聞け。今は説明してるヒマがない」
突き放すような言い方とともに腕組みをし、列車にもたれて桜井と名乗った男は言った。
「それよりも、お前に聞きたいことがある」
そう居丈高に放った侑斗の前に、デネブが立った。
さすがに間近に立たれると、威圧感がある。
「俺たちは、ある人間を捜してる。そいつはこの未来に干渉しようとして」
「ハイ、これはあいさつ代わりの、デネブキャンディーだ」
「あ、どうも」
「……過去に干渉して変えることも許されないが、今この世界の時間軸を正しいことに保つことも俺たちの」
「それと、これはご両親の結婚祝いだ。遅れてゴメンって、伝えておいてくれ」
「…………それに、お前にも無関係な話じゃない、何しろお前は本来なら」
「あぁ、これは、渡せなかった安産祈願のお守りだ。それと、こっちが出産祝い。で、こっちがエイジの一歳からの誕生日プレゼントで」
「デェーネェーブゥー!!」
キャンディーやらプレゼントのボックスやらをエイジの腕の中へ積み重ねていくデネブに、悠斗は憤怒の形相を向けた。
勢いをつけたラリアットが、怪人の側頭部に直撃する。
「どうしてッ、毎度毎度お前はッ! そう空気が読めないんだぁ!?」
突き倒されたデネブにキャメルクラッチやチョークスリーパーを仕掛ける。
「ごめん! でもこんな時じゃないと、渡せなくて!」
もがいで抵抗はしてみせるものの、彼がダメージを受けた様子はない。
その行為の無意味さを悟ったのか、それともあくまで彼らにとっては日常のコミュニケーションの一環だったのか。
「もういい! お前中入ってろ!」
解放されて立ち上がったデネブを列車の内部へ強引に押し込んだ。乱れた服装と呼吸と表情とを整えてから、改めて、エイジに難しげな顔を向けた。
「お前、天空寺アユムを見たか?」
――その唇から聞こえてきたのは、意外な人物の名前だった。
それが誰の名なのかは知っていたが、それを本人ではなく自分に聞く意味がわからない。何より、この場所で聞く意味もわからない。すぐ目と鼻の先に、彼がいるではないか。
エイジが視線を天空寺に投げやると、
「もう良い。今の反応でだいたいわかった」
と、侑斗は一瞬落胆と苦笑を同時に顔び浮かべたあと、くるりと背を向けた。
「待って、今の質問ってどういう」
意味だ、という言葉の続きは、
「だがこれだけは、前もって忠告しておく」
と、侑斗に遮られた。
「もし今の言葉の意味がわかるようなことがあれば……それ以上は関わるな。お前は今この瞬間を守っていればいいんだ」
男たちを乗せた列車は、牛のいななきにも似た重低音を響かせて、伸びたレールとともに浮き上がった。
エイジはそれを追おうとした。だが、手に抱えたプレゼント類が、傾いて一気に崩落して彼に覆いかぶさった。
「ぐえっ」
と悲鳴をあげながらもエイジは、その中を懸命にかいくぐった。
まさかあのプレゼント攻撃が、こんな足止めの姦計であったとは。
……いや、おそらく単純な善意だったのだろう。
頭にはりついたキャンディを振り払い、立ち上がった時にはもう、列車は天高く光のトンネルの中へと潜っていった。
言い捨てられた警告の意味を咀嚼することも、問い返すこともできないままに。
ただ、彼の言い放った捨て台詞は、
「フラフラせずに霧子を安心させてやれ」
という、同じ場所での父の説教と重なって聞こえた。
「……なんだよ」
つぶやいたエイジの手は知らないうちに、逆の手首に取り付けられたシフトブレスを、薄手の袖の上から握りしめていた。
たしかに桜井侑斗は、父と同類ではあるようだった。