(……で、ようやくアユム君を見つけたわけだけど)
公園のベンチに座り、ヒザに握り拳を置いてうつむく少年を、斜め前からエイジと春奈は見つめていた。
「……話って、なに?」
寝ぼけていたであろう彼がくり出した裏拳の痛みが、まだエイジの頭部に残っていた。
それはアユムにとって目覚めの悪い夢だったのだろうか。覚醒した今でも、その不愉快さを引きずっているように、顔の筋肉がこわばっている。
気まずい空気の中、警戒心と拒絶をむき出しにしている彼に、たこ焼きのパックを手にしたまま春奈が接近しようとした。
「待った待った待った」とエイジはその肩を押し返し、アユムから少し距離をとった。
「照井さん、まさかと思うけど直球で聞かないよね?」
「君の時と同じで良いだろう」
「いやいや、相手にもよるでしょ」
あの時は不意打ちされてボロを出してしまったが、同じ手が通じるだろうかという疑問がある。
そもそも、アユムがあのゴーストだったとして、自分とは何か事情が違う気がする。言語化できない違和感が、今なお拭えずにいる。
……何か、根本的な部分からズレている。そんな気がするのだ。
「とにかく、ここは男同士で話し合うよ。照井さんはそこでたこ焼きでも食べてて」
そう言って、答えは聞かず今度はエイジ自身が歩み寄った。
故意にではないとはいえ、殴ってしまった負い目もあるのだろう。戸惑いはあっても、そこに敵意はなかった。
「御成さんたちにはまだ伝えてないけど、君には正直に言うよアユム君。君のお父さんさ、今、すごい危ない状況に巻き込まれてる」
「……で、それがなに? 父さんなら、いつもみたいに自分で何とかするでしょ」
結構重要ごとのはずなのだが、対するアユムの返答はそっけない。
それほどに父タケルの力量を信用しているのか。
あるいは表面上は楽観を振る舞いつつ、内心では覚悟していたのではないだろうか。
そんな自分の気持ちに素直になれない理由は、おそらく……
「しんどい?」
「え?」
「天空寺タケルさんの息子でいることがさ。わかるなぁ、その気持ち」
「……わかるもんか!」
さりげなく隣に座ったエイジから距離をとるように、アユムは腰を浮かせてた。
「こっちのことの知らずに、よくもそんなこと」
「僕、泊進ノ介の息子だから」
そんなアユムの言葉をさえぎる形で、エイジは改めて自己紹介した。
え、と聞き返した後、少年の中で何かが結びついた様子だった。
目に好奇の光が、じわじわと帯び始めていた。
「泊エイジ……泊……って、まさかあの泊? 刑事で、仮面ライダードライブの?」
エイジは微妙な笑いを浮かべてうなずいた。
「スッゲェ! 別の仮面ライダーの子ども初めて見た……あ」
少年らしい興奮を見せたのは、一瞬だった。すぐにエイジの複雑そうな表情で自分の失言を悟って、表情を曇らせて腰を下ろした。
「ごめん……そういうの、だよね」
「そうそう。人に会って親について知られるとさ、だいたいはそんなリアクションなんだよな。ガキの頃はそれもうれしかったけどさぁ。でも大人になると面倒の方が多くなってさぁ。何? ヒーローの息子は成績優秀者じゃなくちゃいけなくて、下校中に買い食いしちゃダメなの? ってさ」
「だよねー。でもドライブって、世間一般に公表してるでしょ。アンタのほうがキツイじゃんか。ウチは別に隠してはないけど、表には出なかったし」
親が仮面のヒーロー。その共通点を見出して、天空寺アユムは明らかに喜んでいた。安堵していた。早口になって、年相応の貌を、ようやく見せてくれた。
おそらくは、相当に人に言えない鬱憤が溜まっていたのだろう。めったにない自身の境遇と苦悶を共有できる者など、まったくいないのだから。
「……ホント、カンベンしてくれよ」
フッ、と自嘲気味に目を細めて、少年は言った。
「天空寺タケルの息子なら結果が出せて当然。タケルならこれぐらいできた。タケルの息子なら飯もノドに通らないほどに親が心配なんじゃないのか、とか……ウンザリなんだよ」
それは、エイジにとっても身に覚えがありすぎる言葉の数々だった。
さすがに数をこなした今となっては、このたぐいの言葉はマトモに付き合う義理なんてなく、適当に受け流すすべも心得てはいるが、それでも多感な時期に言われることの辛さは経験している。
離れた場所からじっと春奈が見つめている。たこ焼きをつまようじで刺しながら。
何を思っているかは遠く離れたあの仏頂面からは察せられないが、焦れているのは間違いない。
個人的にはもっとアユムとコミュニケーションをとりたいのはやまやまだが、ようやく本題に入れそうなポイントまでこぎつけた。
この機は逃すまい。
「でも、アユム君はゴーストドライバーの持ち主なんだろ? だったら、みんな期待しちゃうのは無理ないんじゃないかな」
「確かに、持ってはいるけどさ」
陽炎のようなゆらぎとともに、アユムの腰回りに眼玉のベルトが出現する。
あの樹上で見かけたゴーストと、色といい質感といい、よく似ている。もっと言えば、製作者であるというあのイーディスがつけていたものとも。
次いで、彼が取り出したのは白い眼魂だった。
だが、ギルガメッシュやイーディスとものと、違っている。
その瞼は、まるで眠るように閉じていた。
試しにアユムが外装のボタンを押しても反応せず、卵のようなツルリとしたそれが目覚める気配は毛頭ない。
言うなれば、データのない空っぽの状態、ブランク体とでも言うべきか。
「御成いわく『心の修行が足りないから、開眼しないんだ』だって。自分だって変身できないくせに。ほかの英雄眼魂も父さんと一緒にどこかに消えたし……残った規格外の眼魂もあるけど、そもそもあいつら父さんのシンパだからこっちの言うこと聞かないし」
エイジはアユムに気付かれないようそれとなく目を春奈へと向けた。
彼女もほんの少しだが、戸惑いの面持ちで、成り行きを見守っていた。
「まぁつまり、変身できないんだよ。ボクは」
という、アユム自身の証言が、自分たちの推理を覆す決定打となった。
「ほら、お待ちどうさん」
割とディープな内容の話だったはずだが、それを聞いていたのかいないのか。たこ焼き屋の女店主が、ぶっきらぼうな感じでたこ焼きのパックをアユムに手渡した。
それを受け取りはしたものの、アユムの表情に喜びはない。やはり父のことに対する後ろめたさや遠慮があるのかもしれない。だが、本人のナイーブな内面にまで踏み込むつもりはない。
「……もう行くよ。食事の邪魔しちゃってごめんな」
立ち上がったエイジに、アユムは首を振った。
「いや、ボクとおんなじ思いしてる人がいるってだけで、うれしかった。また会える?」
「もちろん」とうなずいて見せたのは、エイジの偽りない本心からだった。
年相応に幼い笑みをほころばせて、少年は手を挙げた。
「またね、エイジ兄ちゃん」
(……兄ちゃん、か。父さんが叔父さんに『進兄さん』ってはじめて呼ばれた時も、こんな気分だったのかな)
対するエイジもこそばゆさを感じながら、手を振って純粋に笑み返した。