昼下がりの大天空寺は、常には珍しく静けさに満ちていた。
台所で御成が片付けや掃除、備品の整理をしているところに、天空寺アユムが現れた。
「やっぱたこ焼きだけだと腹減るなー。御成、なんかある?」
と言うや、中腰になって冷蔵庫を漁り始めるアユムに対し、その足下に屈む坊主は苦い顔をした。
「……アユム殿、今日の分の修行は、どうされたのです?」
つとめて平静に、大人としての余裕をもってという風に……しようという努力の感じられる調子で、御成は言った。
「いいでしょ別に。父さんいないとマトモにできないし。まぁ、ほっときゃ帰ってくるし、誰かが助けてくれるでしょ。英雄なんだから」
毒を含んだセリフとともにふたたび冷蔵庫の中身を物色しようとしたアユムの手を、
「喝ァァァア!!」
という大音声が止めさせた。
反射的に総身を震わせる彼に、立ち上がった御成が睨みすえ、冷蔵庫の扉を閉めた。
「一日
「は? じゃあなに? 父さんが帰ってくるまで神妙に座禅でもして絶食でもしてろっての? 父さんは良くて、ボクなら餓死してもいいってわけ? それとも極楽にでも行かせてくれる?」
兄弟子にあたる人物に睨み返しながら、アユムは言った。
御成は微量の怒りを残したまま、嘆かわしげに首を振った。
「……また、大変なお心得違いをされておられる……仏の道とは、本来極楽に導くための方法ではない。心を無にして雑念を払い、今おのれにできる作務を為して真理にいたる法。それぞれの道を進み、それぞれに人生の答えを見つける悟りの法なのです。座禅も、食を絶つことも、あくまで手段の一例にすぎないのです」
今度こそ本当に、平静さを持って坊主はつづける。
「食わねば人も動物も生きていけませぬ。ゆえに食べることを否定はしません。食べることは罪ではないのです。しかしそれは、他者の命をいただくというその業は、逃避のための行為であってはならぬのです」
「逃避、だって?」
そこにいたのは、ひとりの大人だった。彼の言うところの仏道の理念を信じる、聖人の姿があった。
色合いを深めた瞳を細めて、彼は自分でも分からないままに気圧されたアユムに歩み寄って説諭した。
「食事で紛らわし、理屈で感情を押し込めて……そうやって今のアユム殿は、ご自分の使命から逃げようされている! おのれが何かをやるべきだと思いながら、そこから目が背けようとされておられる」
アユムはうめく。その身体の奥底で鼓動が暴れていた。
本能的に、自分が図星を衝かれているとわかっている。それを自覚したとき、いつものような煙に巻くような態度も方便も、すべてが吹き飛んだ。
「……そして、お父上に固執されているのは、そのつながりを頑なに否定し続けるご自身だと、本当は理解されておられるのではありませんか」
極めつけが、その言葉だった。
「うるさい……うるさいッ」
とわめき立てて、これ以上の虚飾が剥がれるのを恐れて、彼は御成に背を向けた。
兄弟子の制止も聞かずに飛び出して、あてもなく駆け出した。
気が付けば、アユムは木々の合間に立っていた。
霊山につづくふもとの小路。蒸しかえるような暑さと、草木の青さが目や肌に入り込み、彼から猛りを奪っていった。
そこでようやく理性に帰り、残ったのは虚しさだけだった。
腰には、無意識にゴーストドライバーを展開させていた。
子どもの手慰みのように、あるいは親の手にすがるようにそれをなぞりながら、少年は薄く唇を噛んだ。
「ボクにだって……ボクだって、力さえあれば」
ふいに喉から突いて出た言葉が、唇ときしむ歯の間からこぼれ落ちた。
本来その独語は、夏の空気に霧散して溶けるはずだった。
だが、
「その欲望、解放しろ」
という男のバリトンが、こだまのようにそう返した。
「え?」
持ち上がったアユムの顔の前を、小さな円盤状の固体が通過した。
ゆるやかな放物線を描いて落下するそれは、プテラノドンの彫刻がほどこされた銀貨だった。
そして呆気にとられる彼をあざ笑うかのように夏の木漏れ日をにぶく照り返しながら、ゴーストドライバーの眼窩の中へと呑み込まれていき、突如としてベルトに現れた投入口は、まるで呑み込むようにそれを受け入れたのだった。