リアル多忙プラス折悪くインフルエンザに罹患してしまいました。
まだまだ油断できない時期ですので、皆さまもどうかお気を付けくださいませ。
メダルを投じられたドライバーが、その重量をぐんと増した。
不自然に増加しつつある重みに少年の身体が悲鳴をあげる。
だが、それが頂点に達した時、その圧迫から解放された。だが、それは異変から解放されたわけではなく、始まりでしかなかった。
ドライバーの眼窩に、亀裂が入る。物理的にではない。そこを起点に、内部から何かが誕生しようとしていた。
まるで、卵から生まれ出る雛のように。
だが、中から這い出てきたのは、愛らしい雛鳥ではなく、不気味な茶褐色のミイラ男だった。
「ヒッ!」
おのれの半身から生み出された怪異に、アユムはおののき、腰を抜かした。
怪人がその姿をとっていたのは、一時的だった。いつの間にか低い呻き声を発すると包帯のような外皮が剥がれ落ちて、別の姿があらわになる。
引き締まった細身の身体に、鋭く伸びた手足の爪。すりきれたパーカーのような黒い上衣。フードの下には巨大な単眼がギョロリと剥かれて、ボロの服から垣間見えるのは、無数の小さな眼球だった。
造形こそ、父が変身していた仮面ライダーゴーストに似ている、だが、ディティールはまるで違う。
強いていうならそれは、伝承に出てくる妖怪……
後ずさる彼の前に、怪人がもう一体増えた。
トリケラトプスのような鋭い角を鼻に持ち、飛竜の翼のような漆黒のマントをひるがえし、大型の獣のような太い両脚が、地面を強く叩くたびに揺らし、足跡を深く刻み付けている。
だがその全身には所々に欠落が見受けられ、毒々しい紫色の肌地が表出していた。
「その欲望、解放しろ」
と、先ほど聞こえてきた男の声とまったく同じ調子の、同じトーンで恐竜型の怪人は言った。
「なんだよ……なんなんだ、お前はっ!?」
悲鳴代わりに、裏返った声でアユムは誰何する。
「それは、ギルという」
代わりに答えたのは、その怪人の背後から姿を見せた少年だった。怪人たちの同類であるらしく、奴らが少年を襲撃する気配はない。
他の二体と比して見た目はごく普通の……いや、金髪と碧眼と、たぐいまれな美貌の持ち主である彼は、ただそこにあるだけで周辺の空間を、俗世から隔絶するかのようだった。
そしてその腰には、三か所に円形のスロットが空いた、ゴーストのそれとは別種のドライバーが取り付けられていた。
「大昔に錬金術師たちが開発していた紫のメダル。そのグリードのプロトタイプだ。二十年以上前に一時的に起動したが、その後停止し、
「は……!? いったい何の話だ!」
「ただ使いどころもあるだろうと失敬してきたというわけだ……コイツと一緒にな」
そう得意げに言い放つや、美少年は三枚の、赤・黄・緑と色の異なるメダルを懐から取り出した。
ドライバーのスロットにそれぞれを装填し、フロント部分を傾ける。
エネルギーが循環するシークエンス音が流れ、腰についた円形の道具でその表面をなぞる。
「変身」
〈ハチ! バフォメット! オオカミウオ!〉
小気味よい金属音とともに少年の痩躯を包み込むや、異形の戦士がそのエネルギーの奔流から現れた。
スズメバチのような黒く鋭く光る複眼を持つ緑のマスク、螺旋をえがいた二叉の穂槍を持つ、黄色いボディ、上身の重量を支えるかのように重厚に護られたレッグ。
上下三色の仮面ライダーが、王者のごとく君臨していた。
変身した彼は、おびえるアユムをつかみ上げ、その凶悪な面相を近づけた。
「な、なにが目的だ……!?」
「いやぁ、お前
とどろくような哄笑とともにアユムを地面を投げ捨て、自身の背後に振り向き、「やれ」と低く示唆する。
百目鬼が動いた。不慣れでぎこちない手つきで、まるで本物のゴーストのように虚空に印字を描く。そのおどろおどろしい刻印はあまりに小さかった。
その中に、仮面ライダーは無造作に黄色の腕を突っ込んだ。が、マスクの奥底で舌打ちした。
「やはり単独の力では、この程度の空間しか広げられないか……いや、そもそもこいつの欲望が弱すぎる。大切な父親を助けたいという欲求さえ、この程度とはな!」
落胆と嘲りの入り混じった声でそう言い放つと、彼は引き戻した腕を転回させ、状況が呑み込めないアユムへとふたたび向けた。
今度は、ギル、という名の怪魔が動く。その意図は、戦士ではないアユムが瞬時に理解できてしまうほどに、明確だった。
土をつかみながら逃げるアユムの手が、転がっていた、太い木枝に行き当たった。とっさにそれをつかんで立ち上がる。
正眼に構える。
修練を積んでいたがためにいちおうは型になっていたが、その切っ先は揺れていた。北辰一刀流で言うところの鶺鴒の尾ではなく、純粋な恐怖からくる揺れだった。
冷静さを欠いた彼は、背を向けて逃げるのではなくがむしゃらに魔人たちへと飛びかかる道を選んだ。選んでしまった。
その太刀筋を、ギルは避けもしない。強固な肉体はまるで錬鉄の集合体かのようだった。アユムは細手をしびれさせ、即席の木太刀を叩き割られるしかなかった。
根元から折れたその切れ端をつかんだままのアユムの腕を難なくどかせると、がら空きになった胴部を逆袈裟に爪が切り裂いた。
衣服がやぶれ、皮膚が裂かれ、傷ついた臓腑から血が逆流して口からこぼれ出る。
胸に提げていた刀の鍔が、むなしい鉄音を響かせた。
全身から力と熱とが抜けていく。
自然膝が支えを失ったように屈して、アユムは再び地に付した。
――これが走馬灯というものか。薄れゆく景色に代わるようにして、鮮明な記憶が脳髄から溢れるように蘇る。
そのうちの多くを占めていたのは思い出は、父タケルとのふれあいだった。
ともに食べ、修行し、そして眠る。
学校で、あるいは修行の一環として、与えられた課題ができずにいる自分に、最後まで付き合ってくれた日々。
その都度、決して起こることなくまっすぐに向けてくれた抜けるような笑みに、抱擁のやさしさ、力強さ。
(ボクは、死ぬ……のか?)
死ねば、それらの記憶も、すべてがなかったことになるのか。
そうやって受けた好意や恩義を、父や、他のひとに返すこともできず。
こんな道端で、誰とも知れない相手に、わけのわからない理由で。
(いやだ……死にたく、ないッ!)
父は、勝ち目のない戦いに幾度となく挑み、自分の命が危機にさらされるたびに、尽きようとするたびに、そして今も、同じような無念を噛みしめていたのだろうか。
奇跡などという一言で、他人がかんたんに片づけていいものでは、なかったのだ。
だが、そんなアユムの無念や悟りごと、異色のライダーは血と土にまみれた少年の肉体を踏みにじった。
そして天を仰ぎながら、挑発的に言い放った。
「見えているのだろう! おとなしく姿をさらせ、さもなくば……お前の希望は、ここで潰えるぞ?」
自分たちを包み込む草木が揺れ動く。
やがて、その樹上の葉の合間から、ひとつの人影が飛び出してきた。
〈カイガン! コロンブス! さぁ行こうかい、大航海!〉
と、水色の発光を帯びた彼は、両肩に舵輪をはめ込み、前立てに碇を取り付けているが……まぎれもなく、仮面ライダーゴーストだった。
ガンガンセイバーを振り下ろしながら着地した彼は、その大剣を振り回してけん制する。
対するもう一体の仮面ライダーはあっさりとアユムを解放し、二体の怪人とともに距離をとった。
〈ダイカイガン! オメガブレイク!〉
アユムをかばうように身を移したそのゴーストは、剣先で大地をなぞるように斬りあげた。
その刃先から水流がほとばしる。対するライダーも、その爪先を旋回させた。真紅に発光しながら、同様に波濤のごときエネルギーがそこから生じてゴーストの必殺技を難なく相殺した。
だが、ゴーストにとってはそれも予測済みだったらしい。
その隙をついてアユムの身体を担ぎ上げる。その脇で、地響きとともに、木々をなぎ倒しながら巨大な物体が山道に接着した。
怪獣と帆船が融合したかのようなその奇妙な乗り物もまた、アユムの知るものだった。
「キャプテン……ゴースト……まさか、あなたは……」
ゴーストはそれには応えない。
アユムをかついだまま無言でその飛行ユニット乗り移った彼は、離陸するよう手で指示した。
三体の魔人を地上に残し、幽霊船は天高くにのぼりゆく。