風にあおられる帆船。その甲板の上に、『アユム』はもうひとりの自分を寝かせた。
血に染まった上着の前を外し、傷を検める。
かろうじて致命傷をまぬがれていたことにひとまず安堵しながら、彼は白い眼魂を自身のドライバーへと挿入した。
〈カイガン! ナイチンゲール! 白衣の天使! 救うは兵士!〉
羽衣のごときものが上天におおきく浮き上がった後、『アユム』の身へと舞い降りる。
それを羽織った彼は、アユムに手をかざした。
掌からあふれ出た半透明の液体が、彼の上半身の傷口を覆った。
クァンタムリキッド。
治癒用に特化された流体金属は、本人の治癒能力を促進させながら血の流出を防ぎとめる。
応急処置をほどこされた少年が、唇からかすかに声を漏らした。
「父さん」
と、たしかに彼はそう言った。
焦点の定まらない目で、ゴーストを見上げながら。
「助けに、来て、くれたんだ」
童心にかえったかのように笑みをこぼす瀕死の少年と同じ顔がマスクの奥底で真逆に歪む。
「違う……アユム。今度は、お前がお父さんを救うんだ」
振り絞るようにつぶやいた矢先、船体が大きく揺れた。
何事かと問うまでもなかった。異変は、空のそこかしこから迫っていた。
風を切り裂いて滑空し、怪光弾を手から射出する恐竜の魔人。
船尾に取り付いた、タコのような無数のガジェット。それが列をなして地上へとつながる橋となっていた。その上を、常人離れしたスピードでヤミーが駆ける。大型バイクにまたがった上下三色のライダーが、追いすがる。
ギルガメッシュはためらいなく、船体の横合いにバイクを突っ込ませた。
爆発したバイクが吐き出した無数の銀貨とともに舞い上がった彼は、船上に着地した。
雨音のように、落下したメダルが甲板を叩く。
その欲望の銀雨のなかで、英雄王は傲然と言い放った。
「べつに敗者から奪った品に執着なんてしない。それをお前がどう使おうと頓着しない。だが、この俺から盗んだ行為それ自体は、罪だ」
雷鳴のごとき高笑いをふたたび轟かせ、魔人は両手を拡げた。
「だが赦そう」
……そう、声をあげて。
「父親への献身と、その死をもってな……たとえそれが、放っておいても燃え尽きる命だとしても、俺は正当に代償として評価するぞ?」
「!?」
知っている。見抜かれている。
こいつは、おのれの正体も、その寿命についてもすでに承知しているようだった。
ギルガメッシュの英名とともに、すべてを見通す眼さえ受け継いだというのか。いや、そんなことはありえない。
動揺を表出させないように押し殺し、彼はベルトの眼魂を青いものと取り換えた。
〈カイガン! ナポレオン! 起こせ革命! それが宿命!〉
「おまえに赦してもらう罪なんて、なにもない……ッ」
ビコーンやマントを羽織って姿を変えた『アユム』はガンガンセイバーを正眼に構えた。
だが、その初太刀は、ギルガメッシュ自身に浴びせられなかった。その身ごと翻すや、横合いから急降下してきた怪獣ギルを斬りつける。
バランスを崩して甲板に激突したギルは、悲鳴ひとつ漏らさず、機械的に体勢を立て直して歩いてくる。その歩幅に合わせるかたちで、ギルガメッシュと百目鬼ヤミーも『アユム』もゴーストへと接近した。
そこから、地獄のような時間が始まった。
ヤミーの怪光線や拳が、ギルガメッシュの槍術が、ギルの吐き出す氷霧や魔弾の類が、三位一体となって『アユム』を追い詰めていく。
だが、ブラフであっても退けない。自分の背後には天空寺アユムが昏睡している。
多対一の総力戦にして消耗戦。そして、ゼロノスから続く連戦。
しかも、背で未だに意識の戻らないこちらの世界のアユムを、気にしながら戦わなければいけない。ここまで極力戦闘を避けてきた『アユム』がもっとも恐れていたパターンだ。
過去の失敗から時間軸への接触に消極的になりすぎたのがかえって仇になった。選択肢のない状況を作ってしまった。
予断を許さない戦局と変身能力の酷使が、文字通り若き仮面ライダーの身を削っていった。
(こうなれば)
三方向からの攻めを剣一本で受け止め、彼は賭けに打って出ることにした。
渾身の力で彼らを押し戻し、強引に彼らの隙をこじ開けた。
反撃確実のその只中で、『アユム』はガンガンセイバーを放り投げ、ドライバーのアクションレバーであるデトネイトリガーを引いた。
〈ダイカイガン! ナポレオン! オメガドライブ!〉
増幅したエネルギーが光輝と浮力となって爪先に集中して、アユムを宙へと浮き上がらせた。
脚を伸ばして繰り出したキックの矛先は、ただ一点のみに絞られていた。
ギルガメッシュ。
天空に浮かび上がる紋章に背を押された『アユム』は、刺し違える覚悟で敵の首魁に狙いを一極化させた。
ヤミーやグリードが発する弾がスーツを破損させ、彼の消耗を加速させていく。だが仮面ライダーゴーストは止まらない。
マントをたなびかせてギルガメッシュに迫る『アユム』だったが、その足下で、キャプテンゴーストが軋みをあげて傾いた。そこで眠るアユムの身体がわずかに動いた。
一瞬彼の意識がそこへ向けられた。
誰の非でもなかった。アユムにはまだ意識はなく、『アユム』は彼の安否に敏感にならざるをえなかった。
だが、その気の逸れが、同じ少年たちの明暗を分けた。
〈サソリ! バフォメット! カンガルー!〉
ギルガメッシュは自身の力の源たるそのドライバーのメダルを入れ替えていた。
褐色の脚で甲板を叩くと、『アユム』と同程度の高さまで浮上する。
グレーへ変色し、形状も大人し目になった頭部で、アメジスト質の双眼が不気味に閃き、その後頭部から伸びたサソリの尾のようなものが、『アユム』の首筋を絡め取った。
〈スキャニングチャージ!〉
甲高い男の音声とともに、魔王の長槍が黄金の波動を帯びていく。
そしてそれは、息ができずもがき苦しむ『アユム』に叩き込まれたのだった。
その行為にためらいなどなかった。
まるで慈悲などなく。
ーーいや、それこそが王者の慈悲だと言わんばかりに。