風都。
長年、絶えず様々な風が渦巻いていたこの街も、ここのところは穏やかな流れの中にあった。
それでも、たしかに時計の針は動いている。
あの風都タワーも今年の春に再建計画が建てられた。
もう来年の今頃には、いったん街の顔ともサヨナラ、ってワケだ。
やるせなさとともに季節外れの空っ風が胸に吹くけど「これで良い」って声も自分の中にはある。
ーーあの塔には、良い思い出も悪い思い出も、いろんなモンが染み付いちまってる……
〜〜〜〜〜
〈さようなら風都タワー、今こそ思い出を作って残そう!〉
飼い猫探しのついでにもらった花火大会のチラシを折りたたみ、探偵、
翔太郎自身、街にそびえる塔には並々ならぬ思い出がある。
その想いを口にすることはない。それはハードボイルドに反する。
だが感傷には浸りたい気分だった。
自分
破壊されたこともあったが、それでも風都タワーは街の象徴だ。その完全な消滅は、この街に住まう人々の人生や生活の一部がなくなることをも意味していた。
ふだんは穏やかな街も、その空気を感じ取ってかどこか騒がしい。
最近では、この光景を形にして残しておこうと、カメラや携帯で撮影する人もちらほら見受けられる。
どうにかタワーを元の形のままにどこかに保管できないか、という運動もあるようだ。
(ま、大切なもんはいつだって胸の中さ)
元かもめビリヤード場の二階に位置する鳴海探偵事務所。すでにその姓を持つ身内はいないが、それでも故人である恩師の信念を引き継ぐ気持ちで、数十年、その名を残している。
その事務所の前に、ひとりの女性が立っているのを翔太郎は見た。
背を向けていたのでその顔までは見えなかったが、ショートカットにほっそりしたシルエットから、若い、それも美人と見受けられた。
なんとなくどこかで見たような既視感はあったが、見慣れている、という姿ではない。
翔太郎は思わずバイクの上で背を伸ばした。
とにもかくにも、貴重な依頼人だ。第一印象はできるだけ良く、頼れる硬派な男であるところをアピールしよう。
心の中でそう誓って、探偵はヘルメットを脱いで、指先で髪型を整えた。
愛用のWINDSCALEブランドのフェルト帽を腰から取り出して土埃を払ってそのラインや角度を手づくろいし、彼なりに『キマった』角度でかぶる。
ン、ンと咳払いして声の調子をたしかめてから、
「お嬢さん……ウチの事務所に、何かご用かな?」
声を渋めに低めて、そう尋ねた。
「相変わらずですね、左探偵」
彼女は、訳を知ったふうな口ぶりで、そう答えた。
思いもしなかったリアクションに「あ?」と聞き返すと、美人とおぼしき女は振り返った。
なるほど、クセは強いが美人ではあった。だが、見知った顔でもあった。
「あなたも、この街も」
そのパーツにひとつひとつに、父母の面影を感じさせる。
「お前ッ!?」
「どうもご無沙汰しています」
友人ふたりの間に生まれたその娘は、ぶっきらぼうに現れた。
「……どうもー」
自分でも立ち位置がよくわかっていなさそうな、見たことのない青年をともなって。