(風都タワー、か……)
その展望台に入ると熱病のように、悪夢が脳裏でぶり返す。すでに克服したトラウマだが、ただ記憶として焼き付いている。
あのクリスマスの夜、大勢の人質がいて、母がいて、幼い自分がいた。
そして……
「あれれぇ~? おっかしいぞぉ~? 来れば解放するって教えてあげたのに、チミのパパはどこでちゅかぁ~?」
扇子をひらひらと扇ぎながら、自分たち煽ってくる男。
囚人服をまとった彼の物言いに、勇敢な少女は食って掛かろうとした。
だが、男の言う通り尊敬する父親は、威厳がありながらも自分には優しかった父は来ない。
多忙を極めつつも「クリスマスぐらい、休みはとってやる」とわざわざ休暇をとりつけてくれたはずの彼は、待ち合わせ場所のここには来なかった。
幼い照井春奈は、母のほうを見上げて、やや派手で若いその袖をつかんだ。
「なんで、お父さん来ないの? なんで、助けに来てくれないの?」
彼女をかばうように立っていた母は、その童顔を苦悩にゆがめた。
言葉を一度あからさまに詰まらせてから、春奈に視線を合わせて、その華奢な肩をつかんだ。
「お父さんはね、今、悪い奴らと戦ってるの。みんなを守るために」
「そうそう、お前らを売った連中を、お前らより先になぁ」
母親の慰めをかき消すかのように、男はさらに挑発的な物言いをする。
春奈は、自分と同じく監禁されている集団の一部を見た。その強い瞳に気圧されるように、男たちは眼を伏せた。
「ここに風都署副署長、照井竜の家族が来てるだろ? 言えば開放してやる」
そんな甘言に乗って、自分たちが照井竜の妻子だと教えたのは、彼ら風都市民だった。
そして、今街で暴れ回り、火の海にしているのも、多くはこの街の犯罪者たちや囚人たち。
母は、そんな彼らに特に触れることなく、緊張と怒りに揺れる瞳を男に向けていた。
一切悪びれる様子もなく鼻を鳴らした男は、自身の首筋に黒いガイアメモリを叩き込んだ。
〈BROADCAST!〉
というガイダンスボイスとともに、男の身体が眼鏡や着衣や扇子ごと、灰色に変質する。
コンクリートのような角張った外殻を持つそれの肩の裏から、配線のような触手が伸びて、母を絡めとった。
そしてそのままもがく彼女を自身の脇へと抱えると、
「んじゃ、まずは……子どもの前でそんな悪い顔をする母親から、始末しようかな」
やめて。言葉を喉から絞りだそうとするが、声にならなかった。
だが、母を助けたという願望をまるでかなえるかのように、封鎖されていた出入り口が派手な破砕音とともに吹き飛んだ。
ブレイクされたメモリと、囚人服を着た男たちが一面に散らばる。
「お父さっ……」
思わずついて出た言葉とは裏腹に、現れたのは緑と黒、二色の仮面の戦士だった。
「仮面ライダー……?」
この街のピンチに現れるという正義の味方。
ひそかに憧れつづけたヒーローの登場だったはずが、彼女は軽い落胆をおぼえた。
自分が本当に来て欲しかったのは、欲しかったのは……
「そこまでだ! このクズ野郎ッ!」
どこかで聞いたおぼえのある荒々しい言葉づかいとともに仮面ライダーは白いマフラーを風になびかせた。
「そいつを離せッ」
靴音を鳴らして迫る彼に、
「いいぞ」
と、あっさりドーパントは快諾した。
そしてその言葉どおり、彼女の肉体はコンクリート質の腕から解放された。
「でもさ、ルールはルールだから」
せせら笑いながらガラス戸をやぶり塔の外へと、その人質を放り投げることによって。
「ッ、亜樹子ォォッ!」
そして仮面ライダーは、知っているはずのない彼女の名を呼んだ。
「……何か聞きたいことがあるといったところか?」
二〇三五年現在へと、意識を引き戻した照井春奈は物陰に気配を感じてそう声を発した。
やや日焼けし、色あせた『ふうとくん』の等身大パネルの裏から、泊エイジはややバツが悪そうに現れた。
「相変わらず、隙が無いね」
とお茶を濁そうとする彼を睨み返し、ため息をこぼす。背を向けた。真新しいガラスに、自身の渋面がかすかに映りこんでいた。
「……君がこの街を嫌ってるのは、『BC事件』があったから?」
「左探偵から聞いたか」
エイジは素直にうなずいた。
あの半熟卵。春奈は内心で毒づいて舌打ちした。
そんな軽口だからいくつになっても、ハードボイルドにはなれないのだ、と。
エイジはためらいを見せていたが、自身が追及したいその点に関して完全に引き下がるつもりはないらしい。
春奈は二度目の吐息を漏らした。
「……あの」
「サンタクロース」
そんなキーワードでさえぎられて、エイジは「え?」と聞き返した。
「サンタクロース。君はいつまで信じていた?」
あまりに季節から外れた、脈絡のないその問いに、彼は要領をつかみかねているようだった。
怪訝な様子を隠さず首を傾ける彼に振り向き、春奈は苦笑した。
「ものの例えだ」
自分でも、あまりに気取りすぎて漠然とした比喩と思った。
あるいは、苦い記憶と向き合うことを、無意識に避けた結果か。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかないだろう。
「場所を移そう」
ツアー客らしい一団と入れ替わるかたちで、ふたりは展望台から出ることにした。