「照井さん、変身を」
「いちいち言わずともわかっている」
逃げ惑う群衆の中、春奈とエイジはその場に踏みとどまった。
状況がそれどころではなくなってあらかたの視線が自分たちへ向けられなくなったあと、彼女たちはそれぞれのドライバーをそれぞれの手に転送した。
変身するのはできるだけ注目がなくなってからにしたい。
そんな彼らをあざ笑うかのように、ゆったりとギルガメッシュは歩いてくる。
――あるいは、何かを待っているかのように。
春奈の耳が、異音をとらえた。
頭の上から聞こえてくるそれは、風切音だった。
――否、そう表現するには生ぬるい。
何か巨大なモノが、大気を突き破ってくる轟音だった。
「危ないッ!」
その正体に気付いて反応をいち早く示したのは、エイジだった。
彼は春奈の肩を押して、走り出した。
彼らの上空から、その巨体は落下してきた。
地面をえぐり、衝撃波が若者たちや来客たちを巻き込んで、そのまま塔の中へと押し込んだ。
土煙が巻き上がる。野太い咆哮が、それを一気に吹き飛ばす。
それは、一頭の獅子だった。だが、複数の獣の特徴を持っているし、その表皮は鋼鉄の質感を持っている。
「こいつ……この間倒したはず!?」
エイジの言う通り、その姿は記憶に新しい。
イーディスを追っていた際、妨害してきたあのキマイラだった。
突然現れたその怪獣は、塔の出入り口をつぶしてしまった。
本来外へ逃れようとしていた客たちは逆にタワーのホールへと押しやられ、かえって逃げ場をうしなった。
刹那、春奈の脳裏にノイズがはしり、視界をジャックした。
クリスマスの夜、ホールに突然現れた怪人たち。追われる人々。母に手を引かれる自分。
季節や驚異の規模は違えど、春奈にあの『始まりの夜』を連想させた。
それを意識したほんの一瞬、隙が生まれた。
手にしたドライバーめがけて、何かが跳躍した。
「ぐっ!」
黒コートをはためかせて自分に襲いかかった金髪の青年を、春奈は生身で迎撃せざるをえなかった。
立てられた指が春奈の肩口に食い込む。腹部に何発か膝蹴りを食らう。
もよおす吐き気をこらえて、春奈は彼ともつれ合った。だが、冷静さを欠いた今、体勢を立て直すのには時間が要った。
だが、伊達に血反吐を吐くほどに訓練は積んでいない。頭よりも先に、身体が動く。
その金髪の男……ギルガメッシュがくりだしたハイキック、その軸足の警戒が薄れた瞬間を、彼女は見逃さなかった。
すかさずその足を払う。
姿勢を崩し、虚空に浮かび上がったギルガメッシュの腹部を、掌底でえぐり抜いた。
たしかに感じた手ごたえ。吹き飛ぶ男の肉体。
だがそれが彼の狙いであり、自分の失策だったと呪うのに、時は必要なかった。
突き放されたギルガメッシュは、不敵な笑みを浮かべていた。
その手には、自分が持っていたはずのものが握られていた。
――T3アクセルドライバーが。