天までそびえたつ魔の塔。その下層で、不気味な含み笑いが轟いた。
真紅の宝珠がついた杖を手に、白いローブを頭からかぶった姿は、古式ゆかしい魔術師のようだった。
フードの下の昆虫チックの赤いマスクの奥から、野太い声を発した。
「我が名は大魔導士アランブラ! 人間どもよ、我が術に恐れおののくが良い!」
演技がかった大仰な啖呵とともに、杖を振りかざす。
その隣を並び歩くのは、そのアランブラよりもさらに異形の度合いを深めた、まごうことなき怪人。曲がった腰を身の丈ほどはある長い魔杖、アラディアで支える姿は、
彼らの杖から業火が巻き上がるたび、周囲からは悲鳴があがった。
それは、このゲームエリア内に閉じ込められた人々のものだった。
幸いにしてケージへは収容されなかったものの、何が起こっているか分からない状況下で、恐慌状態に陥った彼らを守る壁は何もない。ただ逃げ惑うほかなかった。
あるいはそれは、閉じこめられた人々よりも、危機にあるのかもしれない。
彼らを追い立てるアランブラの黒眼が、その囚われた側のひとりに向けられた。
単身、透明なケージに捕らえられていた彼は、怪物の姿に甲高い悲鳴をあげた。
「炎だけでは芸がない。新魔法を試してみるか……『オボレール』!」
短い呪文とともに、怪人魔導士が天に掲げた杖で円弧をえがくと、その先端についた宝玉から魔法陣が生じた。
面積を拡げながら中空をスライドすると、宝箱を模したそのケージの上へと覆いかぶさった。
それは天井から床へと水を流し、華奢な少年の身体を濡らしていく。
……いや、それは少年の領域をさらに侵食していく。
閉鎖的な空間、逃れようのない水量がパニックにおちいった少年の膝まで沈め、足を浮かせ、やがてケージを水で満たしてしまった。
呼吸するスペースさえもないような水責めの中、あぶくを吐き出しながら手足をばたつかせる生命を見て、アランブラは嗜虐的な笑いを高めた。
だがその笑いは、長くは続かなかった。
側面から飛んできた剣と拳が、それを物理的に妨げたからだった。
ふたりの黒いライダー……ダークドライブとジョーカーは、それぞれ音もなく着地した。
「どうやら連中、過去の怪人たちのデータも流用してるみたいですね」
とダークドライブこと泊エイジが冷静に言えば、
「春奈! その子を頼む!」
とジョーカーこと左翔太郎が鋭く指示を出して、怪人に向かって踏み込んだ。
照井春奈は自身の銃型のガジェットに、ワインレッドのメモリの端子を差し込んだ。
〈KEY! MAXIMUMDRIVE!〉
という音声とともに発せられた鍵溝状の光線が、分厚い『水牢』を貫く。そのプロテクトを解除し、防壁をも物理的に破壊する。
水に押し出されるかたちで外に出た少年を、春奈が抱えた。
無防備になったその背に、魔女の杖が突き出される。
その先端から放射された炎の渦を、ジョーカーの拳風が凪いだ。
フフンと鼻を鳴らし、その手を回して火の粉を振り払う。第二射が飛ぶ前に、翔太郎は一気に距離を詰めた。
「どうしたどうした、そんな……もんかッ!? 俺が昔会った『魔女たち』は、もう少し手強かったぜ!」
翔太郎は敵に攻撃するいとまを与えない。
手数と技で押しながら、回りくどい煽りをくり返す。
相手に人格がインプットされているかは彼らには分からない。だが、その挑発に反応するかのように、魔女は杖を大振りに振り下ろした。最低限の動きでそれを避けると、回り込んで背に靴底を叩きつける。
体勢を立て直した魔女が振り向いたとき、すでに翔太郎はジョーカーメモリをマキシマムスロットに叩き込んでいた。
〈JOKER! MAXIMUMDRIVE!〉
「ライダーパンチ……!」
拳に正義の紫炎を宿し、握り固めて跳躍した。
怪人の横っ面に見舞われたそのテレホンパンチを食らった彼女は甲高い悲鳴とともに上空へと吹き飛ばされて、そのまま自身が爆炎となって散った。
その炎を突っ切る形で、紫色のラインが入ったタイヤが落下し、バウンドしてからもうひとりの黒いライダー、ダークドライブことエイジの肩口へと挿入される。
〈NEXT TRAVELER!〉
タイヤを付け替えたダークドライブは、残る魔術師と取っ組み合い、剣と光線と、杖と魔法とで応酬をくりひろげていた。だが、エイジが地力で押し切った。ガードを崩すや、アランブラに二度三度と極彩色の剣閃を浴びせた。
「うぐぐ……こうなれば、伝説の魔法『クダケチール』を、今こそ!」
と、上を向いた杖が魔法陣を展開させるよりもはやく、アドバンスドイグニッションをひねり、シフトブレスのボタンを押すほうが早かった。
〈TRAVELER!〉
ブレイドガンナーを渦巻く光が膨らみ、騒音とともにアランブラを包んだ。
威力はさほどではないが、その耳目を焼く。
くぐもった声とともに悶絶する魔法使いの前に、もうひとりのライダーが立った。
「上出来だエイジ。あとは下がってろ」
〈JOKER! MAXIMUMDRIVE!〉
翔太郎のロストドライバーが、さきほどの同じ声を発する。彼自身は。手刀を斜めに突き出し腰をひねって脚部に力を溜めて石畳を踏みしめた。
脇に反れたエイジを横切ると、翔太郎は天井まで跳躍する。
「ライダーキック!」
突き出した右足が矢のように、アランブラを貫く。
野太い絶叫とともに、内側から爆発した怪人は、オレンジの泡沫となって消滅した。
「カタがつくまで、下で待っていてくれ」
「あっ、でも出ようとはしないで。触れると、致死性のウイルスに感染するので」
その階層を
いちおう仮面ライダーであることは、秘密であるらしく、翔太郎は公然とは変身を解こうとはしない。それに倣う形でエイジもダークドライブの姿のままでいたが、やはり容貌のウケはよくないようで、手を差し出そうとするたびに、極端に委縮されてしまっていた。
(けど、三分の一ぐらいは攻略しただろう。まだ三分の一、と言うべきなんだろうけど)
窓から地表までの高さから目当てをつけると、エイジはそう推測した。
八割ほどは下におろしたが、ちょっとしたアクシデントが起こった。
春奈の抱えていた少年が、裏返った悲鳴をあげた。
動揺に揺れる彼の瞳の先には、先ほどまでみずからを閉じ込めていた水の溜まりがあった。
「水が、水がぁっ!!」
と、春奈の首にかじりつくようにすがり、春奈は一瞬息苦しそうな表情を浮かべた。
年齢は、二、三歳程度だろうか。そんな年頃に溺死させられようとするショックはいかばかりか。
同じ場所で、わが身で体感したことでもあるから、春奈もまた冷徹に突き放すことができずにいるようだった。
かなり暴れるのでさしもの仮面ライダーでも無理やり引きはがせずに難儀していると、
「ミハル!」
と、母親らしき女性が彼の名らしき単語とともに、春奈から彼の身柄を受け取った。いや、強引にもぎとったと言ったほうが良いのかもしれない。
「水がトラウマになっているのかもしれません。今後、彼の周囲には細心の注意を払ってください」
淡々と事実を突きつける春奈に無言で頭を下げて、その母子は階段を下りていった。
その様子にマスクの奥でひとまず安堵する。
だが、幼い少年の受けた心の傷は、後々まで尾を引くかもしれない。そのことを思えば、やるせなさとギルガメッシュたちに対する憤りをおぼえた。
「……このままでは、埒があかない」
両手が自由になった春奈は、舌打ちまじりにそうひとりごちた。歩き出した。
「ギルガメッシュたちの狙いは、明らかに時間稼ぎだ。だから我々をこのタワーにおびき込み、行動の自由をうばってこんな回り道をさせている」
そんなことは春奈に言われるまでもなく、エイジも翔太郎も理解していた。
おたがいに顔を突き合わせ、その意思を確かめ合ってから、翔太郎が彼女を追ってたしなめるように言った。
「そりゃ俺たちだって急いでる。けどな……けど、今までのを見たろ。この先、同じように苦しんでる人たちがいる。それを見捨てるわけにも」
螺旋階段をのぼっていくなか、春奈が立ち止まって振り返った。
その切れ長で特徴的な双眸。そこに暗い光が宿るのを見たエイジは、息を詰まらせた。
「まさか……本当に見捨てろ、ってこと?」
「救急医療におけるトリアージみたいなものだろう。些事に固執せず、急を要する根幹を解決する」
「ふざけんな! 目の前で苦しんでる人たちを見捨てて、何が些事だ、何が急だ!? 照井だったらこんなこと……!」
激してつかみかかる翔太郎の手を、冷ややかに見下ろしながら春奈は握り返した。
「だったら連中の計画が成就するのを看過するのか。彼らが持ち込んだものが街ひとつ吹き飛ばすものだったらどうする? あるいはこれさえも陽動で、今タワーの外で怪人が暴れていたら? ……そういう選択をして
(それは、どうだろうか)
春奈の提示した可能性に対し、エイジは懐疑的だった。
彼女の言うようなことを、あの『黄金の王』が理由なくするとも思えないし、やろうと思えば正面からやれたし、やるはずだ。そういう気位だけは高い王様のはずだ。
だがそう言うことさえためらわれるほど、春奈の言葉は辛辣で、反論を許さなかった。
――もちろん、万に一つ、ギルガメッシュがそうした暴挙に出る可能性がないわけでもない。
だが、それでもと。
エイジは彼女らの間に踏み込んで口をはさんだ。
「たしかに……照井さんの言うことも一理ある」
「おいエイジ!」
「だからって、可能性だけじゃ、僕らがここにいる人間たちを見捨てる理由とはなりえない。それに照井さんは」
言うべきか言うまいか。ほんの少し迷ってから、あえてエイジは春奈の目を見てつづけた。
「自分の感情とか都合を優先させ過ぎてる、っていうふうに思える」
エイジは、自分の見立てが正しいと思った。
だが同時に、だかこそ相手を傷つける真実だということも、感じていた。
短刀のように、鋭い視線がエイジを斬りつけるかのようだった。だが臆さず、エイジは畳みかけた。
「照井さんの理屈と感情は、矛盾してる。……もし、照井さんが見捨てた人たちの中に、かつての君がいたとしても、おなじことが言えるの?」
春奈は答えず、足を速めて先行する。
それを追おうとして、エイジはつまずいた。やはり実際の構造とRPGを模したテクスチャとでは、微妙に距離感に差異があるらしい。
小窓からのぞく外の風景にしてもそうだ。
風都の街並みは覆い隠され、代わりにやや奥行きに乏しい暗い森の風景と薄っぺらい曇天が広がっている。
「おい、大丈夫かよ」
「ありがとうございます。……照井さんは」
「あいつがああなっちまったら、何言っても無駄だ。しばらくはほっといてやれ」
翔太郎に助け起こされながら、エイジは空から視線を外した。
だが、意識はいつまでも、そちらにこびりついたままだった。
(塔の外……じゃあなんで、さっきあいつは…………まさか)