最後の一枚の扉は、重く、硬く、分厚かった。
開けた先には、灰色の空、金髪の少年の後ろ姿。
そして、彼らが操作する宝塔のような、そびえたつ巨大な装置。
その先端から伸びた光線が、さながら落雷の逆再生のように天へと吸い込まれていくのが見えた。
ただ、ファンタジー調で統一されたゲーム世界において、そのメカニカルな風貌は、明らかに浮いていた。
『タワー・オブ・ドルアーガ』最終エリア、すなわち屋上にたどり着いたのは、腰にベルトを巻いたふたりの男。そのうちのひとり、左翔太郎は決意を新たにジャケットとベストの前を閉じて、その目元の表情を隠すように帽子をかぶり直して決意をあらたに、若いふたりを先導した。
「座標の特定まで90%完了」
「それまでもう少し待ってくれないか?」
「さっきまでと同じように、遊んで時間をつぶしてくれていると助かる」
異口同音ならぬ、異口同声で、三人のギルガメッシュはせせら笑う。
背越しにそれを聞きながら、翔太郎は彼らと、彼らの機材へと指を突きつけた。
「遊びはこれで終わりだ。……これ以上この街を泣かせたりなんかさせねぇ」
「別に、こいつはエクスビッカーのように風都や市民をどうこうするものじゃない。というよりも、いずれこんなちっぽけな吹き溜まりなど、些細な問題でしかなくなる」
「なに?」
「だが、たしかにこのゲームは終わりだ。……報酬は、与えないとな」
声を低めて意図を問う探偵たちに、ギルガメッシュたちはようやく向き直った。
左側のギルガメッシュたちの持っていたものに、翔太郎の背後の春奈が反応した。
手にしていたそれはもともと、春奈のドライバーだったのだから。
だが、右のギルガメッシュが抱えていたモノに、踏み込もうとした彼女の足は止まった。
その腕の中には、ひとりの少女がいた。
まだ中学にも入っていないような娘だが、身体を固くさせて震えていた。そしてそんな彼女がどれほど揺れようとも、美少年の細腕は鉄骨のように微動だにしなかった。
「ただし、褒美はふたつにひとつだ」
「貴様ら……!」
春奈がうめき、エイジが前に進み出ようとした。
翔太郎は帽子に手を当てたまま、深くうなだれた。やがて頭を持ち上げて、エイジたちの後を追おうとした。
そんな彼らをけん制するかのように、ふたりのギルガメッシュはそれぞれの『質』を片手で吊し上げながら、塔の縁へと立った。
自分たちも半身を乗り出すような姿勢はいかにも不安定で、少女やドライバーは、ちょっと手の力を緩めればたちまち落下するだろう。
そして、このゲームエリアは仮想空間ではない。あくまで周辺の空間に貼り付けられただけの偽装だ。
つまりこの高度は現実とまったく変わらず、その高低差から落ちた人や物がどうなるか、あえて語るまでもない。
三人もそれをよく承知しているから、立ち止まったのだ。
「選ぶ権利があるのは、そこの娘だ」
「初期装備のままクリアしたボーナス得典といったところかな」
「さぁ選べよ、照井春奈」
「ドライバーを選べば、少女を落とす」
「少女を救えば、ドライバーを破壊する」
まるで三つ子のようにおなじ顔におなじ嘲笑を浮かべて彼らは迫る。
「ドライバーを破壊されれば、お前は仮面ライダーではなくなる」
「その結果、本来お前が救うはずだった多くの人間の命はその力不足によって失われる」
「目の前のひとりか、将来の多くの人間か。全か、個か」
「父親とおなじ岐路に立ち、お前はどういう選択をする?」
春奈は表情を変えないまま、手にしていた銃を上向きにした。だがその口はわずかに揺れて、涙目に震える少女と、自身の力の源との間を、何度も往復し、さまよっていた。
「春奈」
そんな彼女の背に、翔太郎は声をかけた。
反応は、なかった。
「……信じろ春奈!」
翔太郎は、叱咤の念も込めてもう一度、声を張り上げた。
「もうこれ以上、お前の『家族』は、『相棒』はッ、絶対にお前を裏切ったりしねぇ! それを今証明してやるよ、俺が、いや俺たちが」
翔太郎は、ジョーカーメモリを手にして前に出ようとする。
「だから、お前らは動くなと言ってるだろ?」
「ついでにいえば、ネクストライドロンが階下に控えていることも把握している」
「というより、塔内部から外へは、その階段を通じてしか侵入できないよう設定してある。それ以外の方法で出ようとすれば、人もモノも破壊されるようにな」
足下に忍ばせていた『伏兵』を見破られ、エイジの表情に動揺がはしる。
『ドルアーガの塔』攻略案のうち、可能性のひとつを破壊されて、翔太郎は舌打ちした。
「チャンスは照井春奈の一発だ。それ以外は認めない」
そして厳粛な審判を、ギルガメッシュは下した。
あとは春奈の判断と銃の腕に、すべてをゆだねるしかないと、冷淡に告げるために。
風が、渦を巻く。唸り始める。
彼らを囲むその音は、泣いているようにも、何かを諫めているようにも、逆に背を押しているようにも、翔太郎には聞こえていた。
照井春奈の右腕は、その瞬間に震えを止めた。
「おい、春奈」
翔太郎はふたたび声をかけた。
またしても、春奈は反応しない。反応を示さなかったのは、動揺をつづけていたからではない。もはや、反応も動揺も不要だと思ったからだろう。彼女は歩を進める。
どちらかには確実に的中させるだけの距離まで、春奈は進む。
だがそれでも、片方のみを助けることしかできない。けわしい目つきが、それ以上間を詰めることを許さなかった。
選択をくだした瞬間、傲慢の王は無慈悲にどちらかを落とすことだろう。
銃把にかかる指に、力がこもる。
銃口は、右サイドのギルガメッシュに向けられた。
「私の答えに、躊躇はない」
春奈のつぶやきとともに、光弾は発射された。
だが、完全にトリガーを引き切る前、その矛先はスライドし、左のギルガメッシュを狙った。
ドライバーが王の手より弾き飛ばされ、宙に浮きあがる。
と同時に、もうひとりのギルガメッシュの手は、少女を塔外へと放り投げた。
T3アクセルドライバーは、元の主の手にもどる。少女は……絶叫とともに落下し、耳を衝くような彼女の声は、その中途でプッツリと途絶えた。
そして風は死んだように止み、周囲は薄闇と静寂が支配した。