場は、暗い空気に包まれていた。
だが、進ノ介の突拍子もない発言の後にも関わらず、驚嘆の色は意外なほどに少なかった。
特状課の面々は当然知っている、と言わんばかりの沈痛な面持ちでいる。むしろ、エイジに対する憐憫の情や気まずさを滲ませている。
完全なる部外者である春奈の眉根も微動こそすれ、憶測の範囲内であったらしく、驚きはない。
――つまり、道化はこの場で当の自分だということだ。
総身を強張らせるエイジをまっすぐに見つめていた進ノ介だったが、りんなへと目と無言の疑問を投げかけた。
付き合いの長さに裏打ちされた、直接的な言葉に頼らない疎通。その後で、父はゆっくりと切り出した。
「二十年前、未来からの使者……に化けたロイミュード、108が現れ、ベルトを悪用。永遠のグローバルフリーズを引き起こそうとした。そこまでは、りんなさんから聞いているな?」
エイジは答えなかった。答えられなかった。だが、その言語化できないショックの深さこそが、何よりの肯定のサインだった。
「そのコピー元こそが、こことは違う未来で戦っていたお前だった」
別にそれを打ち明けるのは父でなくても良いだろう。エイジの麻痺した頭で、ぼんやりと他人事のようなコメントが浮かぶ。そんな自分をよそに、遠くのことのように当事者である進ノ介は感傷と感慨を織り交ぜて語りつづける。
「最悪の未来を変えるため、お前はそのベルトを使って、あの二〇三五年で孤独に戦っていた。その辛さは、直接は会えなかったが俺にはわかる。けど結局、108に敗れ……そして恐らく……」
死んだ。
父は、自分ではない誰かの顛末を、苦しげに告げた。
え、と乾いた声で聞き返す。変身能力を奪われた戦士の末路など、知れ切ったものだった。ただそれでも、そうオウム返しをせざるをえなかった。
頭の中で死というワードは反芻する。ある少年との会話が、それと当てはまって連結する。
「きみのことも知ってる。勇敢で利発な戦士
「……ある青年、としておこうか。彼は未来の仮面ライダーだった。けど、自分たちの施設ごと変身能力をロイミュードに奪われた。そこで彼は二〇一五年八月に跳び、未来で復活したあるロイミュードの野望を阻止しようとした。けど、追いつかれた。そして、自分が変身してきた装備で殺された」
それは、父さえも知らない、もうひとつの二〇一五年に起こった出来事。
そこでも泊エイジは、ダークドライブを奪われ、自分に擬態した108によって殺された。
エイジはその手に、隠し持っていたベルトを転送させた。すがるように、さながら嬰児が、お気に入りのブランケットを掴んで離さないように。
「エイジ、それを返せ」
父がそれへと手を差し出した。
「それは本来、あのエイジとともに消滅するはずだったものだ。そして俺は、平和な未来でお前に会うと約束した。それが叶った。なのに、お前にまたそれをつけて戦わせるわけにはいかないんだ。でなきゃ、俺たちの戦いが無意味になる。だから」
そう言って、泊進ノ介はベルトをエイジの手からもぎ取ろうとした。
だが、エイジは距離をとり、ベルトを父から遠ざけた。
「……なんだよ、それ」
父親であるはずの男を拒絶し、精神的の突き放した。
「じゃあなに……? 僕がこのベルトを使わせたくないのは、そのエイジのものだから?」
「違う、そういうことを言ってるんじゃなくて……!」
「じゃあどういうことなんだ!? 死んだそいつのことを引きずって、ずっと僕にその影を重ねてきたのか!? 父さんにとって、いったい僕はなんなんだ!?」
今まで溜め込んできた、いや抑圧されてきた分、その衝動は激しかった。
「僕は、貴方が救えなかったエイジの代わりなのか!? ずっと、そんな風に見てきたのかッ!」
そう言い放った刹那。場が、キンと凍り付いた。
みずからの失言が、ノイズとなって狭い室内に反響していた。
それは、口にしてはならないことだった。
たとえ激情に突き動かされたとしても、思っていたとしても、それが真実だったとしても、決して超えてはならない一線だった。
エイジの頬で、かわいた音がパンと鳴った。遅れて、鋭い痛みがゆっくりとにじみ出した。
彼を打ったのは、父ではなかった。
今まで状況を見守っていた、母の霧子だった。
キッと睨み上げる彼女の美しい目の端に、涙の粒が浮かんでいる。
母にそんな風に怒られたことよりも、そんな顔をさせて自分が情けなかった。
詫びることもできず、ただ居たたまれなくなって、彼は身を切り返して部屋から飛び出した。
場の深刻さは、一層その度合いを強めていた。
まるで出口のないトンネルや、深夜の森で立ち往生するかのように、解決の糸口さえ見つからず、ただ皆どうすることもできずに忘我し、脱力していた。
「……ホームドラマあるあるキター……!」
その中で、西城究がおもむろに声をあげた。
彼なりに場を和ませようとする気遣いからの発言だったろうが、その目論見は失策に終わった。いまいち乗り切らない言葉尻が、むなしくこだましただけだった。
だが、それが一応きっかけにはなった。
成り行きを見守っていた詩島剛は、究の抱くマーマーマンションのぬいぐるみの頭を撫でながら、立ち上がった。
「エイジのやつがガキすぎってのもあるんだどさ。進兄さんも姉ちゃんも、もうちょっと言い方やり方ってのがあるんじゃないの?」
それは、当人たちも含めて、その場にいた全員が思っていたことだろう。それをあえて直接口にして咎めてみせたが、夫婦は俯いたまま、我が子を追おうとはしなかった。
剛からしてみれば、そういう真っ当で『あるある』な親子ゲンカが出来ること自体が大切なことだと思うのだが、同時に「無理もない」と理解もしていた。
何しろ、泊親子の間では、ここまでこじれた諍いは今の今までなかったのだから。
「捕まえてくる」
剛はため息をつきながら、椅子にかけていた白いジャケットを羽織った。
「剛」
「ん?」
「すまん」
進ノ介からの見送りは、背を向けてのただの一言。
だが、その三字に込められた義兄の複雑な想いを、剛は汲んで受け入れた。
「良いさ」
白い歯を見せて、少年のように微笑む。
「たまにはオレが
剛が裏口から外に出ると、月を分厚い雲が覆い隠していた。
予報にはなかったはずだが、派手に降り出すかもしれない。
バイクでここまで来たのは失敗だったかもしれない。
エイジを乗せて帰るにしても、雨に濡らすわけにはいかない。
かと言って今更引き返して傷心の泊夫婦に車のキーを借りてくるのも、情けない話だ。
そう思った剛は、端末を手に取った。
「……あ、
誰ぞに似て融通のきかないバディに辟易しながら、一方的に言って通話を切る。
ため息をひとつこぼすと、その相手……進ノ介直属の部下であり友人であるチェイスのコピー元、狩野
その進路に、ひとりの男が立ちふさがった。
いかにも分厚い上衣に身を包んだ彼は、ほがらかに笑いながらコンパクトな旅荷を立てかけ、手を挙げた。
そのしぐさ、その笑顔は、剛もまた知る人物のものだった。
「あ、アンタは……ッ!?」
「久しぶり。令子さんからここって聞いて、顔出してみたんだけど」
予想以上の驚きぶりに、男の細目が開かれる。わずかばかり、柔和さが引く。
「――なにか、あった?」
純度の高いその瞳は、まるで剛を取り巻く状況の変化までも、見透かすかのようだった。