「……わかった。剛、お前はそのまま狩野を病院に連れて行ってくれ」
凶報に触れた進ノ介は、走って駐車場へと出ながら、それをもたらした剛に素早く指示を飛ばす。まだ食い下がろうする気配を見せた義弟との通話を一方的に断った彼は、自身の車に乗り込もうとした。
「待ってよ!」
背後に何色もの制止の声が降りかかってくる。
そのうちの一つがすぐ間近に近づいて、女の手が彼の袖を引いた。
霧子のものではない。もう一つの、馴染みある甲高い声。
追田りんなが、息を切らせながら袖を引いていた。
「貴方、今からどういう場所に飛び込もうとしてるか分かってる!? 状況も全然わからないのにッ」
「……ヤバイってことぐらいはわかってるよ」
「だったら!」
「それでも、これは俺の責任だから」
進ノ介は、りんなの言葉を遮った。
「……剛の言うとおりだ。あんな頭押さえつけるような言い方したら、反発するって、分かってたはずなのに」
他ならぬ、かつての自分がそうだったのだから。
そういう辺り、エイジは自分の性質を引き継いでいるのだ。
だからこそ、「自分は父親にとってはなんなのか」という我が子の切ない問いを向けられた時、心臓を直接殴られたかのような強いショックが進ノ介を襲った。
自分は果たして、今まで父親としてちゃんと向き合えていたのか。その答えが今の惨状だと言うのなら、それを受け入れ今こそちゃんと対する。
「だから、俺は!」
「だったらせめて、あの子も貴方も助かる努力ぐらいはしなさいっ 」
知らず声を漏らした進ノ介に対し、りんなは遮られた続きをやや強引に話した。袖を引いて向き直らせた彼の手に、楕円形の合金を置いた。
覚えにある、触感と重さ。その正体を見たとき進ノ介の胸に湧き上がったのは、安心感とそれに勝る当惑、旧懐、そして躊躇。
「……なんで」
様々な感情が、三字に集約されてついて出る。
「万が一ダークドライブに不調があったり壊れた場合の『代車』ってところよ。……分かってるってば、どうせ止めたって行くってことぐらい。どれだけ付き合ってきたと思ってるの? ほんっと、そう言うとこばかり似て」
そう早口でまくし立てたあと、女科学者は目を細めて笑った。手のかかる弟に接するかのように。
やはり他人から見ても、自分たち父子は、どうしようもなく似ているらしい。進ノ介は、淡く苦く笑い返した。
「貴方は使いたくないかもしれないけど、それでも、助けるために必要でしょう? 父親として、そして」
最後まで言い切ろうとした時、彼らの前で軽妙な駆動音が響き渡った。件の女捜査官が、どこで調達したものやら、先進的なデザインのバイクにまたがって停まっていた。
「お伴します。息子さんは……貴方が想像しているよりも、厄介な状況に置かれているかもしれません」
苗字と物言いと目鼻立ちに奇妙なデジャヴ感じさせる彼女は、若干の後悔を切れ長の瞳に乗せて言った。
剛が伝えきた座標に向かうと、戦闘の形跡が色濃く残っていた。
道路やガードレールはまるで爆心地のように歪んでねじれ、あるいは溶けて、異臭を放つ。
そこかしこで燻りつづける火は、一帯の酸素を容赦なく消耗させていき、吐く息さえも焦げ付かせるかのようだった。
災厄、あるいは煉獄としか言いようがないその中心に……彼は立っていた。ダークドライブの装甲で、その身を固めながら。
「あ……照井さん、父さんも」
それぞれの愛車を降りたふたりへと振り返りながら、ダークドライブはエイジの声で応じた。ただその声音は
重厚な黒いアーマーに、大小の傷がついていた。
「ギルガメッシュは?」
そう問う春奈に、彼は答えた。
「……ちょっと、前に、なんとか、撃退できたけど……こっちもかなりダメージを……ぐっ!」
彼らに歩み寄ろうとした彼は大きく姿勢を崩し、膝をついた。
しゅうしゅうとその外殻は白煙を吐き、ベルトのディスプレイはその光を失いかけて、明滅を不規則に繰り返していた。
「……無事ならいい。こちらも用がある。今すぐダークドライブの」
春奈は安堵を隠し、助け起こそうと歩み寄りかけた。
だがその前に、進ノ介の腕が伸びた。
そして冷ややかにダークドライブを見ながら、
「お前は誰だ?」
実の息子にかけるものとは思えない、非情な問いを放った。
うずくまっていたダークドライブは、ハッと息を呑んで、顔を上げた。
「……そんなに、僕のことが憎いのか……っ」
ややあって、地につけた両の拳をブルブルと震わせて今にも泣きそうな、いやマスクの下ですでに泣いていそうな声で父親を責めた。
「傷ついた我が子を助けようともせず、突き放すのか……っ? やっぱり僕は、所詮代用品だって言いたいのか!?」
ダークドライブは、無機質な青い目を春奈へと向けた。
だが、春奈の彼を見返す目もまた、驚愕と共にその色を変えていた。
この『エイジ』を包み込む言い知れない不自然さが、そうさせていた。口調も声も仕草も同じなのに、この『彼』は今までの彼と何かが違う。……否、何か重要なものが、欠落している。
こういう不確かな物言いは好むところではないが、今までインターポールの捜査官として、仮面ライダーとして、多くの悪意に接してきた春奈の直感と経験則が、それを内より訴えてきていた。
悲壮な『彼』の訴えによるものではない緊張感が、場に熱風とともに渦巻いていた。
そんな中、進ノ介が重々しく口を開いた。
「……俺の息子はな、ついさっきまで言い争いをしていた相手に縋れるほど図々しくもなけりゃ、泣き言を押し付けてくるほど弱くもないんだよ。お前は、エイジじゃない」
ほとんど父親としての感性に頼った、だが確信に満ちた言葉。
それが、決定打となった。
バチリ、と火が爆ぜる。
ダークドライブの、瘧のような全身の震えは止まっていた。
さっきまで多弁に父親に食ってかかっていたのが嘘のように無言になり、反論もしなかった。
何を言っても無駄か。そう言いたげに立ち上がる姿に、ダメージに苦しむ様子はない。むしろその挙動は、外見もいまって、機械仕掛けの黒騎士のようだった。
ふぅ、とわざとらしいため息がこぼれる。
「さすがに、
二度も、の辺りの語気を強めて言う。
訝しむ進ノ介だったが、彼の前で、にわかにダークドライブがエイジの声で笑った。その哄笑に、ノイズと、まったく別物の声が入り混じった。
分厚い黒雲の中の雷鳴を思わせる、威厳と傲慢さと悪意に満ちた、野太い音声。それが、エイジの声量を上回っていく。
それを聞いた進ノ介の顔色が、徐々に変わっていく。
熱と怒りでかすかに赤らんでいたのに、さっと血の気が引いて白くなっていく。彼の中で、遠い記憶が呼び起こされようとしていた。
「……まさか、お前……はっ!」
暗い光をたたえたダークドライブの眼が、愕然として声を失う刑事の顔を写し取る。
ベルトのディスプレイが、そこに表示された〈
「だがやはり貴様は、ギアが入るのが少々遅い」
108
――それが、ベルトに表示されたナンバーだった。