あと使い方よくわかってません。
目が回るほどの喧騒の中、片耳にイヤホンを差しそれを謝絶するかのように旋律の世界に陶酔する。誰にも邪魔されることのない唯一の電脳世界、電気信号の音色によって渇いた心が潤うのを感じた。8時18分現在、私はペダルを踏み、ギアの無い二輪で、不要な知識を否応なしに叩き込まれる阿呆臭い学校に向かっている。
最初は、頑張ろうと思っていた。試験も授業も。だけどいつしか、そんな努力は無駄であると悟ってしまった。結局は夢の叶えられない人生なのだ、そういう家庭に生まれてしまったのだ。たとえどんなに試験でいい結果を出しても、真剣に授業を聞いても、大学に行けるわけでもなく、大学に行けるほどの金が貰えるわけでもない。そうと知ってしまうと一気にすべて馬鹿らしくなる。
否、褒められたかったのかもしれない。母親に、友達に、才があると素晴らしいと。だから取り憑かれたように、優等生を演じていたのかもしれない。しかし、一体誰が褒めてくれただろう。勉学をこなし、アルバイトをして家計に貢献する毎日で、褒められ讃えられるのは何故だろうか兄達だった。会社での愚痴を零しながら夕飯を頬張るアスペルガーの兄を母は慰めた、たまに自分の部屋を掃除した自閉症の兄を母は褒めた。愚痴も零せず、毎週家中を掃除する私は慰めも褒められることもないまま、それを横目に左手首に剃刀を当てるのである。
さて、学校も近くなり偽善と過剰な自尊心を綯い交ぜにしたような笑い声が、空いている片耳に劈き始める。そっと、もう片方のイヤーピースをはめて、完全に現実から逃避して律動を渇欲したその心を満たす。音量をひとつ大きくした。
毎朝こうして登校するわけだが、頭の何処かでこのまま車にはねられて死んでしまえればいいと願っている。心の準備も無いまま、不慮の事故という名の待ち望んでいた死を迎えることが出来たらどれだけ楽になれるだろう、と。勿論、自ら命を絶つに越したことは無いのだが、人間というのは愚かなもので、あれだけ死にたいと反芻していたにも関わらずいざその首に縄をかけると、生きたいとまで喚き出すのだ。そうして代わりに傷つけた手首に絆創膏を飾り、布団に潜って朝を迎えるのだ。全く、馬鹿げてる。
一体自分でもどうしたいのか、、なんて、そんなのは惚けているにも程がある。本当は分かっている、休憩したいのだ。人生に安息を与えてやりたいのだ。そして何より幸せに生きることを望んでいるのだ。
これは弱者の逃避だろうか?傍からしたら甘ったれているかもしれない、そうかもしれない。だが、もう限界なのだ。私の心は、これ以上辛い思いに耐えられないのだ。これでも18年間随分耐え抜いたと思っている。だから、もう休みたいのだ、いつの間にか膨れ上がっていた汚いその重みを全て下ろしてしまいたいのである。
死にたいというのは、本音であり建前でもある。一番の願いは死ではなくストレスレスであり、隔てられた空間だ。誰にも邪魔されず、また不要なことは考えなくていい、社会から隔離された空間だ。例えて言うなら閉鎖病棟や精神病棟だ。心の病だと診断され、そこに入ることが出来ればと時たま考える。だが、そんなことは出来ない、助けを求めることができないのである。何故かと問い詰められても、これは自分でもよく分かっていない。母子家庭で育って中々弱音が吐けなかったのか、はたまた障害の兄を2人も持ったからなのか、はたまた元々そういう性格なのか、、、、。この「助けを求めることが出来ない」という病は私をひどく痛めつける。唯一無二の親友にさえ悩み事を打ち明けられないなんて、これほど辛いことはないのだ。誰かに、この私の背負った汚い重みを曝け出そうとする度に「この重みを誰かに見せてしまえば、それはその誰かに転ずるだろう」と思い、必死に隠し呑み込むのである。そんな日々が続き、騒然たる毎日から逃げることもできずに「死にたい」という念ばかりがすくすくと成長するのだ。
学校に着き、イヤホンを耳から抜かぬまま、重たく古い引き戸を引き自席へ着く。死にたいと思い始めてから、もう何回この動作を繰り返しただろう。私はいつになったら死ぬことができるのだろう。何故また、学校につくと死にたいを腹の奥底に押しやって、めいいっぱいの笑顔で友達と駄べるのだろう。何故そんな笑顔を作れるのだろう。何故私は、この世界に生まれてきたのだろう。授業の始まりのチャイムを確認しながら、目を瞑ってしばしの現実逃避を為す。