母と慕う彼女は親ではない。共に暮らす彼らは兄弟ではない。
ここ、グレイス=フィールドハウスは孤児院で、
そういうことになっている。
※
----カラン、カランーーーー
遠くに鐘の音が聞こえる。6時。起床の時間だ。10年以上もこの家に居るからか鐘の音で目覚めることにもすっかり慣れてしまった。
-仕方ない。このベッドが悪いー
誰にするでもない言い訳を心の中でつぶやいてもう一度意識をとばすとーーー。
「おっはよー!!」
バサッと音を立ててシーツをめくられる。手放しかけていた意識がたたき起こされ、まだ半開きの視界で前を見つめる。自分と同じ真っ白な服。オレンジのウェーブがかったショートヘアー。目を引くエメラルド色の瞳をした中性的な少女が立っていた。ようやく動き出した体を起こしその少女に話しかける。
「おはよう、エマ」
その言葉に少女は満面の笑みで答える。
「おはよう、オリバー!」
現在ハウス最年長の11歳。『オリバー』の一日はこうして始まる。
※
俺こと『オリバー』は早い話、転生者だ。そうは言っても前世の死因はもとよりその後転生することになった経緯すら覚えていない。あるのは死ぬ以前の微かな記憶。日本の理系大学生だったということと平和に過ごしていた日々。その中にあった漫画やアニメの記憶などだけだ。転生特典なんてものも恐らくない。いや、前世の記憶があること事態がそれなのかもしれないが・・・。
そしてこの記憶がよみがえったのが2歳。ちょうど自我が芽生える時期だったのだろう。成人近い男が赤ん坊の時期を過ごさなかったのは幸運だったのかもしれない。しかし記憶を取り戻してすぐの俺はひどいものだった。突然あふれてくる記憶に混乱し意味不明なことを言っていたようで、俺の前にいた(この世界では)年上の子ども達にはよく笑い話にされたもんだ。
しかしそんなことはどうでもいい。問題なのはここが週間少年ジャンプの『約束のネバーランド』の世界だということだ。要するに俺は、ハウスの、この世界の真実を知っているのだ。
-この世界は鬼が支配しているー
各地にある
だが俺が知っていることはごく僅かだ。そもそもこの作品の連載はごく最近始まったばかりだし、不確かな情報、未確認のものが多い。鬼に支配されているのは世界の一部かもしれないし、ハウスに居る人間以外に人間のコミュニティーがあるのかも判明していない。ハウスとその周りの遊び場である森を囲んでいる壁の向こうに何があるのかも分からない。また同じ人間でも原作に登場している大人はほとんどが鬼側だ。各ハウスに1人はいる、子ども達の育て役かつ監視役の人間『ママ』や場合によってハウスに派遣される人材『シスター』、恐らくこれらをまとめる存在である『グランマ』の存在など、子ども達を取り巻く環境は謎に満ちている。
一人歩きが出来るようになって僅か一年ほどのころにここまで思いだした俺は悟った。
-ああ、無理だー
原作では主人公のエマ達は脱出を考えた。しかしそれは俺には無理だった。原作知識のある転生者は普通バッドエンドの原作を救おうと動くのだろう。しかし俺は力のない、ただの子どもだ。それならいっそ、この表面上は幸せに満ちている孤児院で何の不自由もなく、楽しく暮らし、12歳で死ぬ未来のほうがいいんじゃないかと思うようになった。
つまり、俺は自分の命をあきらめている。だから今日も俺はこのかりそめの平和を楽しむために笑顔の仮面を取り付け、日々の生活を送っている。
※
エマに起こされた俺は彼女と共に食堂へ向かった。現在39人のハウスの少年少女たちはもう集まっており仲良く朝食の準備をしているようだ。
「おはよう、エマ、オリバー」
大きな鍋を持ちながら白い髪、ブルーの瞳をした少年『ノーマン』が話しかけてくる。原作ではこのハウスの中で断トツの頭の良さを持つといわれている天才であり、それはこの世界でも変わっていない。エマと共にある少女の出荷を目撃する物語の中心人物の1人だ。
ノーマンに挨拶を返すとそこにもう1人、少年が近づいてくる。黒目黒髪でどこかふてぶてしさを感じる少年『レイ』だ。
「よう、オリバー。最年長が寝坊とはたるんでるんじゃないか?」
博識で知恵者と呼ばれ、ノーマンと互角に渡り合っている人物。原作ではママ側のスパイであり、エマやノーマンが脱出の計画をすることをママに漏らすが、彼の真の目的はハウスからの脱出であり、ダブルスパイとして活躍していく。俺以外ではこの時点でハウスにいる子ども達の中で唯一真実を知っている子どもだ。しかし今の俺はそんなことを知る由もない。だからあくまで彼ら10歳三人組のひとつ上の子どもとして接する。
「レイ君や、君はいい加減年上への言葉遣いを覚えるべきだね。」
「ほう、言うじゃないか。
「ぐぬぬ。見ていろ今日こそは負けない!」
「ああ、そうだな。俺は今日も満点だから、オリバーはよくて引き分け。もしくは負けだな。」
なんだとー!やるかー!売り言葉に買い言葉いつものようにじゃれあい始める俺達をみてノーマンとエマはくすくす笑う。
「ねえ、ノーマン。レイってオリバーとじゃれてるときはこどもみたいだよね。」
「うん。多分波長が合うってやつじゃないかな。このハウス一番の仲良しだし。」
そうつぶやいたノーマンに俺とレイは同時に
「「仲良くなんかない!」」
と叫ぶ。その様子が面白かったのか二人はさらに噴出す。はつらつとした笑顔で笑うエマ。先ほど述べた容姿にその活発な性格から年下の子ども達との仲も非常にいい。運動神経抜群で、驚異的な学習能力を持つ彼女はノーマン、レイの学力に追従している。原作の主人公であり、子どもの出荷を見た彼女はこれ以上家族が死ぬのは見たくないとハウスの子ども達全員での脱出を考える。まあ、レイはともかくエマとノーマンがこの事実に気づくのはあと1年ほど先の話だが・・・。
そんなこんなでいつもと変わらないやり取りをしていると後ろから声がかかる。
「4人とも朝から元気ね。仲がいいみたいで私も嬉しいわ。」
「「だから仲良くないってば!」」
またそろった声に話しかけてきた声の主、このハウス唯一の大人である『ママ』ことイザベラもクスっと小さく笑いをこぼした。
「おはよう。ママ。」
ノーマンをきっかけに俺達も彼女に挨拶をする。
「おはよう。みんな。さあ準備が出来たからご飯にしましょう。」
※
口の周りを汚しながら食べる年下の面倒を見ながら今日もいつもと変わらないおいしさの朝食を食べ終わる。その後にやってくるのが先ほどレイと言い合っていたテストの時間だ。ママはこれを学校の代わりだと言っていたが、少なくとも小学生程度の子ども達がやる内容ではない。たとえば数学なら数列や二次関数など、高校生、下手したら大学生レベルの問題ばかりなのだ。こればっかりは割と真面目に勉強していたであろう、過去の自分に感謝だ。そうはいっても300点満点の9割程度が限界なのだが・・・。この試験でフルスコアをとるエマ、ノーマン、レイはいったいどんな頭をしているのか。一度見てみたいもんだ。
今日の分のテストが終わり、ママが結果を持ってくる。
「すごいわ、エマ、ノーマン、レイ。また満点よ!」
その呼ばれた中に俺の名前はない。つまりーーー、
「オリバーも惜しかったわね。あともう少しでフルスコアよ!」
今日もテストは俺の負けだということだ。
「残念だったな、オリバー先輩?」
憎たらしい笑顔でレイが話しかけてくる。
「明日だ!明日こそ・・・。」
「お前、毎日それ言ってるぞ。」
なにおー!なんだー!また掴み合いをしそうになる俺達をママが止める。そしてそのまま俺達を抱きしめた。
「まったくあなた達は、しょうがないわね。大丈夫よ、オリバー。あなたは毎日がんばっているもの。すぐにフルスコアだってとれるわ。」
そういってほっぺにキスをしてママは離れていく。
その後俺はわざとらしくボーっとする。小さくハウスの子ども達の話し声が聞こえる。
「ねえ、見て。またオリバーがショートしてるわ。」
「仕方ないさ。あいつはハウスで一番ママが好きだからな。」
「私知ってる、マザコンって言うんでしょ?」
そう。俺はハウスの中で一番のマザコンということになっている。もちろん彼女の正体を知っている俺が心からそうなるわけがない。これも自分の目的のためだ。
「それにもうすぐフルスコアだって。」
「あれはママにほめられたいのとレイに負けたくないという精神だろうな」
「その二つの相乗効果であそこまで出来るのか・・・。」
言葉の意味が分からないのであろう子がソージョーコーカ?と?マークを浮かべている会話をしり目に俺は考える。
この農場にいる子ども達の出荷基準は二つ。一つは年齢。どの子どもも12歳までには必ずだ。そして二つ目がこのテストの成績。6歳を超えた子ども達はこのテストの成績が低い順に出荷されてゆく。原作でノーマンは、おそらく脳みそが最も価値のある部位なんだと考えていた。成績のよい子は脳が大きくなる12歳までまってから出荷されるのではないかと。だから俺は生き残るために必死に勉強した。ママにほめられるのもレイへの対抗心も全てはそのための理由に過ぎない。
ー結局俺は自分本位なのさー
誰にも言うわけに行かない言い訳を心の中でこぼした。
※
午後の自由時間が終わり夕食の後。本来なら各自の部屋にいる時間だが今日は違った。ハウスの子ども達は食堂に集まり一人の少女を囲んでいた。彼女の名前はセティ。明日から新たな親の元へ行くことになっている。
彼女はハウスのみんなと別れることを悲しみながらも新たな暮らしに胸を躍らせているようだった。そんな彼女とハウスのみんなは笑顔で別れの言葉を交わしている。
-でも、俺は知っている。知ってしまっている。これから彼女に起こることをー
いつも別れのときはこうだ。殺されてしまうことを、外には希望なんてないことを知っているのに、笑顔で見送る。そしてその日の夜は必ず悪夢を見る。目の前で別れた子ども達が殺され、食べられる夢を。だから別れの日だけはその子に近づかない。周りはそれをなんと思っているのだろうか。冷たいとかひどいとかだろうな。そのとおりだ。俺は悪夢を見たくないだけだ。ただ自分勝手でわがままな---
「オリバー?」
心の中にあるどす黒いものを抑えようとしていると声をかけられる。向くとそこにはセティが立っていた。震えそうになる声を何とか抑え、話しかける。
「ど、どうした?セティ。」
我ながらひどい声だと思う。挙動不審の塊だ。しかし彼女は気にすることなく続ける。
「えっとね。今ハウスのみんなにお礼を言ってるの。今までありがとうって。」
「そうか。でも俺は何にもしてない。エマやノーマンに言ってやれ。」
悪夢を見ないように。その子をすぐに忘れられるように。今までしてきたように最後は離れようとする。
それでも彼女は笑顔で続けた。
「そんなことないよ。私オリバーにもすごくお世話になったもん。ほらアリスと喧嘩した時だってオリバーが仲裁してくれたーー・・・・。」
彼女はオリバーとの、家族との思い出を語り続ける。
やめろ。やめてくれ。俺はいいやつなんかじゃない。今までずっと見捨ててきたんだ。目を背けてきたんだ。家族が死んでいくのをただ見ているだけって言う現実から。だからやめてくれ。そんなこと言われたらまた眠れなくなる。まだ幼いころの自分が死ぬのが怖くて、それでもそれ以上に家族が死ぬのが悲しすぎたころを思い出してしまう。お願いだから・・・。
もう限界だ。逃げよう。そう思い何かを口にしようとしたとき、セティが慈しむような声でこう言った。
「それにオリバー、本当に私たちのことを心配してくれているしね。ほらいつも誰かがハウスからいなくなるときその子を本当に心配している目で見ているじゃない。」
へ?変な声が漏れそうになった。
「ハウスのみんなも知ってるよ。オリバーは外に行く子が心配で、でも明るく別れさせてあげたいからいっつも遠くから見てるだけなんだって。」
違うそんなんじゃない。そんなんじゃ・・・。
俺がそう考えてるのを読み取ったのか彼女は言う。
「違わないよ。だってオリバー今泣いてるもの。」
そういわれて初めて気づく。俺のほほには涙が伝っていた。
「大丈夫。私は外でもやっていけるわ。たまにはみんなに手紙も書くもの。心配しないで?」
限界だった。俺は目の前の少女を抱きしめる。泣きながら震えながら言葉をつむぐ。
「ああ、ああ。分かった。信じるよ。ただ別れがつらいだけなんだ。もう少しだけこうさせてくれ。」
セティは耳元で小さく笑いいいよとつぶやいた。
※
セティがママと共にハウスを後にし、唯一の出入り口である門へ向かう。それを最後まで見送って俺はトイレに駆け込んだ。エマが何かいいかけていたが気にする余裕はない。一番奥の個室。ドアの鍵を閉めてようやく嗚咽を漏らした。
思えば今まで送り出してきた子はみんないい子だった。明るくて未来に希望を持っていた。それは今このハウスにいる子もそうだ。殺されていい、死んでいい子なんて1人もいない。なのに自分は目を背けてきた。
限界だ。もうこれ以上は耐えられない。家族がいなくなることは。自分のことだけを考えるにはこの10年は幸せすぎた。家族が暖かすぎた。
ーだから彼は考えたー
なんとしてでも、自分を犠牲にしてでも家族を助けようと。ようやくいままでふたをしていた考えと向き合った。
奇しくもそれは原作の主人公達の考えと同じ家族みんなで逃げるというものだった。ひとつだけ違うのはその家族の中に彼自身が入っていないこと。ここまで家族を見捨てた自分に助かる権利はないと思ったのだ。
彼は、今現在このハウス最年長の少年、オリバーは
全ては家族のために。その笑顔のために。そのために彼はこのネバーランドで踊り始める。その涙をマスクに隠して、常に笑うピエロのように。
-その先に何があるかもわからないままー
読んでいただきありがとうございます。
誤字訂正、感想、批評待ってます。
原作題名の『バ』から伸びている3本線はあれなんですかねー。
ネバラン2巻が楽しみな作者でした。