株式会社ワンダーランド。
天下の大企業として名を馳せていたトイザ○スの上に立つ、玩具販売製造会社であり、今やその名を知らぬ子供は日本に存在しないだろう。
しかし、それはあくまでも表の顔。 ワンダーランドは本来子供の夢を叶えるための玩具専門会社という夢いっぱいにあふれる施設にあらず、世界を根本からひっくり返すことのできるほどの財力と兵力を有している。
–––魔法少女。
使い魔を使役し、選りすぐりの少女にステッキを与えて魔法少女として育成するものである。
魔法といっても、科学の力を行使した現代文明の最先端をこの会社が特許を所持していると同時に国により存在を隠蔽されている。
そんなワンダーランドの東京本社の地上三階のありきたりな会議室にて珍妙不可思議な存在が一堂に会していた。
「–––では、これより使い魔による使い魔のための使い魔達による定例会議を行う」
デスクに片肘をついた議長を務めるワンダーランド代表取締役である、間宮林道(まみやりんどう)が清潔さの欠ける無精髭を撫でながら声を発する。
デジタル時計ウサギ、ハンプティパンティ、チェシャ猫の他にも使い魔が数体が安物のパイプ椅子に腰掛けている。
「.....何度も思うのだが、会議室の椅子はもっと何とかならんのかね? 座り心地がよろしくない、これでは私の身体が割れてしまうよ」
「誰のせいで予算が削られてると思ってんだ、お前のとこのドジッ娘のせいで赤字続きなんだぞ」
変身回数、器物損害、魔法によるエフェクトの誤魔化し、人払い、口止め料、道の緊急整備などといったことに予算を回してるのは事実である。
現在ハンプティパンティの担当してるサクラがワンダーランドの予算を大きく削ってることは変えようのない事実なのだ。
林道は青筋を浮かべながら溜息を吐く、魔法少女が魔法少女なら使い魔も使い魔、まともに相手にするだけ時間の無駄である。
現在時刻は25時、林道も眠気とストレスで苛立ちが表に出てしまっていたようだ。
「まぁ、今はそのことはいい。 諸君らの活躍のお陰で当初の計画通り魔法少女の存在はゆっくりとだが、人々に認識されつつある」
「衣装をデザインしてくれた彼の存在も大きいですがね、まさか現代日本でこれほど魔法少女の素養ある少女が多く見つかるとは予想外ですが」
「.....帽子屋、君のところの居候は魔法少女としての素養はあったが、被害を出しすぎてないか?」
「仕方ありません、あの子はそういう子ですから。 しかし、好条件だと言って仕事を押し付けてるではありませんか」
「仕方あるまい、家出少女という身分ほど扱いやすいものはない」
「ま、約束さえ守ってくだされば僕は何も言わずにご協力いたしますよ」
帽子屋、奈樹を名乗る刑事は目を細めながら、林道とハンプティパンティに視線を向ける。
「お互いにとって利のある関係という名のか細い糸が僕達を繋いでるのです、切るタイミングはいつでも構わない」
「そんな日が来ると願いたくないものだな、帽子屋」
「えぇ、全く」
表情は笑っているが、内心は一切笑っていない。 この場に数少ない人間二人のやり取りに腰掛けた使い魔の一体、白馬の王子が痺れを切らす。
「–––それで、我々が集められた目的は? 本日の議題すらもまだ聞かされてませんが?」
「あぁ、そうだったな。 すまなかった」
林道は顔を覆い隠しながら、WordとExcelを駆使して作成した資料を回す。
「今回諸君らを招集したのは他でもない、ALICE-TYPEの適合者が見つかった。 さらに、異なるDRESSを二種類着用できるということがデジタル時計ウサギの報告によって判明した」
–––林道の言葉に会議室に衝撃とざわめきが駆け抜ける。
「ふふん」
一体、報告を行ったデジタル時計ウサギは一人得意気だ。 チェシャ猫は固唾を呑み、デジタル時計ウサギに一瞬だけ目をやる。
デジタル時計ウサギの向かいに座る赤のお転婆姫が資料を叩きつける。
「–––納得いきませんわ。 何故今になってそのようなことで妾達が招集されなければなりませんの?」
「落ち着きたまえ、これは非常に危うい事態なのだ」
「それは我々にとって? それとも、林道取締役個人にとってですの?」
「.....両方、と言っても君は根拠がなければ信じないだろうな」
「当たり前ですわ、他人を納得させるのに根拠が不要だなんて野蛮極まりありません」
本来、魔法少女のコスチュームことDRESSは一人一着が原則とされている。
理由としては人体が魔力に耐えきれない、魔女の声を正確に聞き取ることができないといったものが挙げられる。
ちなみに人体に必要以上の魔力が注がれてしまえば、DRESSと融合してしまいDRESSを脱ぐことが不可能になる。 結構一大事。
「まず、これが広まってしまえば使い魔の存在意義が危うい。 魔法少女と使い魔が必要以上の関係を結んでしまえば、どこで裏切りが発生するか私の管轄では把握できなくなってしまう。
次に魔法少女達だ、今は二着だが、これが三着、四着と数が増え魔力を注ぎ続けてしまえば、現代の魔女が誕生してしまい我々では手がつけられなくなってしまう。 我々の目的である魔法少女をご当地アイドルにして地域活性化を促し、社長が望んでおられるMGA48計画も–––」
「.....取締役、お話中申し訳ないんだけど、その話初耳なんですが.....?」
おずおずと手を挙げたのはチェシャ猫である。 使い魔の中でも新参の彼としては何か取締役がおかしなことを言っているようにしか聞こえなかった、ていうか何気に社長も関わっての大型プロジェクトのようにも聞こえる。
「おいおいチェシャ坊、お前さん何も聞いてなかったのか? おふざけ路線目指してるこの世界で魔法少女同士がドンパチやるシリアスパートがあるとでも思ったのか、紳士たる私がパンツを被ってるんだぞ」
「い、いや、そういうわけじゃないけど.....」
「–––ならば、仕方ありませんわね! 妾のユウキはそろそろ魔法少女としても、MGAメンバー候補としても申し分ありませんわ! 取締役、ここはどうぞ一考してくださいまし!」
「高飛車姫は黙ってろ、私はツバキを推させてもらおう! 最近魔法少女になったが、彼女には可能性がある! まだまだ未知の可能性だ、その可能性が日本を、いや、ゆくゆくは世界を救うことになるだろう!」
「それならば–––」「では、拙者は–––」「そういうことなら–––」「ならば私は–––」「で、あるならば–––」「そういう話ならさぁ–––」
赤のお転婆姫を筆頭に、使い魔達が自らのパートナーたる魔法少女達をこれ見よがしに売り出し始める。
林道取締役、及び林道Pはかの聖人聖徳太子の伝説の一つである十人の会話を一度に聞き分けるを実行し、それぞれの長所、短所、そして個性をどこからか取り出したルーズリーフに纏め始める。
チェシャ猫は突然の事態についていけない、ていうか魔法少女ってそういう存在だったっけ? と思案しながら入社した頃に配られた使い魔マニュアルを読み直す必要が出てきた。
まさか、あれをまともに確認しなければならない日がやってくるとは。
一通りメモをした林道取締役の姿を確認した帽子屋がパン、パンと会議室全体に響く音で手を二度叩く。
「諸君らの言い分、担当魔法少女の長所短所はよくわかった。 だが、ワンダーランドの規約に従い、ALICE-TYPEの適合者を優先して、センターに迎えたいと考えている」
–––反対意見はなかった。
さっきまで反抗的な意思を示していた赤のお転婆姫からの反論もない。
誰も彼もが仕方ない、それが取り決めなのだから当然、といった様子で押し黙っていた。
「我が社の設立から早20年、苦労の日々からここまでの大企業へと進出することができたのも表の仕事の者達の活躍はもちろん、裏の顔である君たちの活躍があったからこそだ。 ある日私が魔女の声を聞き、魔女の存在を知り魔導への研究へと足を踏み入れ賛同者や学者に協力を募り様々な技術者とのコネクションを作った他幾たびもの失敗を重ねに重ねて尊い犠牲も数知れずとも今日ここまで歩んでこれた我々の研究は実を結び世間にも公表した後に社長の悲願日本という国に希望を与えるべくしてボランティアを行うためにも資金が必要でありうまくいけば世界進出も夢ではなく最近話題になりつつある仮想通貨による商売に我々も着手し更なるメディアへの進出も行うことで世間にもっと我々の行うことをアピールすることで魔法少女のテレビ番組出演や総選挙じゃんけん大会他あの秋○康をも越える規模のプロデュースを行いつつ問題とされる魔女の再来を避けるためにも魔力は我々が管理する必要が–––」
「–––取締役、長いです長いです。 皆さん次々とお帰りになられてます」
林道取締役と帽子屋ナキ、この二人だけが会議室に残された。
使い魔は勝手に出て行ったり、帽子屋に一言声をかけて帰ったものの二パターンに区分された。
中には机にダイイングメッセージを残して帰ったものもいる。 怖いわ。
「.....君との付き合いも長いものだな、帽子屋」
「何を五年ちょっとの付き合いで、僕の目的のためにもこれからもよろしく頼みますよ」
「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ」
帽子屋は不敵な笑みを浮かべて会議室の扉を開き、蛍光灯が不気味に点滅する廊下へと吸い込まれるようにして消えていった。
会議室の扉はギィ、と音を立て静かに閉じられた。
※
カニ祭が終わり一ヶ月が過ぎた。
この一ヶ月の間うちの苦労は計り知れない、いや、自分で言うのもどうかと思うんだけど、あちこち走り回ってたからそれくらいは言わせて欲しい。
あの三竹の持ってきた際どい童貞殺し(ウブオブレイカー)なるゴスロリ服を着たうちの写真が千梅の馬鹿によって予想以上に広がってしまったのだ。
ヤフ○クやらメ○カリで見かけた時には本気であの馬鹿を我が家に監禁してやろうかと考えた。
不本意ながら魔法少女の能力を使ったり、地道に写真の流通を可能な限り防いだり、千梅の馬鹿の奇行を止めたりとこの一ヶ月の八割はそれで潰れた。
割と厄介だったのが、同居人の変態だ。
–––というわけでうちは疲れてるので授業は申し訳ないが、睡眠時間とさせてもらう。
帰ってちゃんと復習するから、お願いセージ! 今日だけは見逃して!
「なんていうか、ツバキも三竹みたいになってるねー。 あれ、疲れ果ててる目してる!」
「誰のせいだと思ってんのよ」
もう目の前の馬鹿、千梅にアイアンクローをくらわせる気も起きなかった。
「そんなツバキちゃんに朗報! 千梅ちゃん情報局出張放送のお時間です!!」
「寝る」
「まぁまぁ、そう言わずに–––」
「寝る」
「いや、あの、せめて話を聞くだけ、ていうか、フリだけでもいいから–––」
「寝る」
「うわーん!」
うー、本当に勘弁してほしい。 これ以上友人に恨みを抱きたくもないし、疲れがドッと来るのも勘弁してほしい。
【上手に焼けましたー! 固有結界、睡眠無効が取得可能になりました】
また、頭の中に魔女の声が響く。 これ結構頭ガンガンするから勘弁してほしい。
二日酔いの感覚に似てるから本当にヤダ。
「.....ね、ねぇツバキちゃんホントに大丈夫?」
「だいじょばない」
顔色でも悪かったのだろうか、あの千梅が恐る恐る聞いてくるなんて珍しいこともあるもんだ。 いつもグイグイと人のプライバシーがなんだという勢いでやってくるのに、なんだからしくない気がする。
「あれ、保健室行く? 今の時間なら先生コーヒー飲みながら小説を読み漁ってる時間だと思うよ」
「.....行く」
「肩、貸そうか?」
「うん」
元々こいつが原因でこんなに疲れてるんだ。 少しくらいはうちのために働いてもらっても何の問題もないし、怒られもしないはずだ。
※
千梅は彼氏を必要としない。
イケメンは好きだが、特定の男子と付き合いたいという願望はない。
姉貴分の居候、桜とは踏み込むところまで踏み込んだ、というか踏み込まさせられた。
そうなる以前から千梅の本質はレズビアンである。 中学の頃からツバキに性的に惚れており、隙を見つけ次第、ひたすらアタックを続けている。
片想いをし続け始め、もう早二年になろうとしてる。 キッカケは思い出せない、きっと一目惚れだったんだろうなと思う。
恋敵である彼女の従兄弟である唐吉のことをここ校舎内では十分に出し抜ける。
「失礼しまーす」
「はいはい、あ、なんだ、千梅ちゃんか」
「そんな露骨にガッカリせんでも」
「だって運動部のイケメンじゃないじゃん、汗かいて怪我したイケメンじゃないじゃん」
保健室の扉を開き、白衣を着た保健担当の妙齢教師は白衣を羽織り直す。
机の上には千梅の予想通りというかなんというか、タイトルからして薔薇な雰囲気の漂うBとLなジャンルに分類される小説が目測十冊ほどが丁寧に塔のように重ねられてた。
「ツバキちゃんの体調悪いみたいなんで、ベッド借りますよ」
「はいはい、ご自由に使って頂戴な。 診断書は書いとくから」
保健室の先生はやれやれ、といった様子で本を閉じてペンを手に取る。
なんだかんだでこういう仕事はきちんとしてくれるので憎むに憎めない、一部の男子生徒からの人気もある。
千梅は椿を寝かせ、布団をかける。 もう秋も終わり頃、冬に近づいているため気温も下がり始めている。
この恋に近いうちにケジメをつける必要がある。
片想いが実るのは三年目、どこかの誰かが言っていた。 シェイクスピアだとかルイス・キャロルあたりだったかもしれない。
あまりロマンチックな展開は好きでない千梅だが、この好きな人といられる時間だけは大切にしたいと、心の中で想いをひっそりと忍ばせていた。
「.....いや、あんた授業行きなさいよ」
「しゅーん」
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