12月になった。
街はイルミネーションで彩られており、すっかりクリスマス気分である。
まだ二週間も先のことだというのに、どうやら日本という国はイベントには変に全力なところがあるらしい。
唐邦高校は創立記念日で休み、その休みを利用してツバキと楓の二人はデートしていた。 そう、文字通りデートである。
「楓さん、彼氏のこと放っといてウチと出かけることデートとか言っちゃっていいんですか?」
「いいのいいの! どうせあいつ怒らないし!」
(生徒会長、怖えぇ)
楽しそうに街路樹の真ん中を歩く楓の隣を歩きながら、ツバキが息を一つ漏らす。
白く曇った溜息が寒さと冬の訪れを示していた。
「寒いわねぇ、早いとこどこかに入っちゃいましょ」
「っすね」
二人は手頃な喫茶店を見つけると、寒さから避難するように急ぎ足で店の中へと入る。 平日の昼前という時間帯であったのが幸いし、席は容易に確保することができた。
「あー、あったかい!」
「本当ねぇ、サクラさんにもここにいるってこと連絡しとくね!」
「.....楓さん、いつの間にサクラさんとそんなに仲良くなってたんですか?」
「いやぁ、色々あってね」
今日、三人で集まろうと言い出したのは楓だ。 ツバキはサクラを呼ぶということを知ったのはついさっきだが。
楓曰く、使い魔であるチェシャ猫が用で出かけてしまったらしい。 ツバキとサクラの使い魔達も同様だ。
ならばと魔法少女同士集まって一度話をしようということになったのだ。
「それにしても、うちのウサギはともかくとして、楓さんとこのあいつがいないって珍しいですね」
「そうねぇ。 チェシャ猫と出会ってからはよく一緒にいたわねぇ、お風呂とトイレ以外」
「.....それは普通です」
オシャレなジャズ音楽の流れる店内にいるだけで優越感に浸れるのは外が寒いからだろう。
ツバキはホットココアを、楓はアイスコーヒーを飲みながらサクラの到着を待つ。
─20分くらい経った頃に全身ずぶ濡れになったサクラが到着し、ツバキが話を切り出した。
「そもそも、魔法少女って何なんですか?」
「あまり考えたことなかったけど、たしかにおかしな現象よね。 魔法が使えるようになるなんて」
「お願いします、少しは疑問を持ってください」
サクラの注文したドラゴンソーダが届いたところで口を開く。
「─文明の復興、ナキはそう言ってた」
「.....文明?」
「ナキって誰?」
「私が、ハンプティパンティと会ったのは四年前くらい。 下着を、寄越せと言ってきた」
「セクハラじゃん」
「ステッキを、もらって変身したら、スカートの中に潜り込んできた」
「セクハラじゃん!?」
「それからというもの、毎日パンツを一枚盗まれてる」
「サクラさんいい加減怒ってください! 立派な犯罪ですから、それ!!」
使い魔が法廷の場で裁かれるのかは別として、ハンプティパンティの暴挙は許されるものではなかった。 いつか出会う日が来るようなものならブラッディフェスティバルにしてやろうと拳に誓ったツバキであった。
「でも、利害は一致した。 だから、私は魔法少女になった」
「チェシャ猫はそんなこと全然教えてくれなかったなぁ。 ただ、魔女を見つけるためには魔法少女になる必要があるとかないとか」
「.....ツバキ? は何も聞いてないの?」
「そもそもウチはあのウサギとあまり話さないので」
「もー、仲良くしなよ」
好きで一緒に暮らしてるわけでもなければ、契約も半ば強引であった。 それなのに仲良くしなければならないとか、無茶振りにも程がある。
ツバキは追加注文したパンケーキを食べながら、魔法少女の先輩方に色々と質問を投げかける。
「お二人共の覚えた魔法ってどのくらいあるんですか?」
「あら、それを堂々と聞くのね?」
「タブーでした?」
「いえ、全然。 でもあまりいい気分をしない人もいるんじゃないかしら?」
それを一々気にしては聞くものも聞けないので忘れることにする。
「私はそうね、ステッキに登録されてるのは146種ね」
「え、そんなの見れるんですか?」
「見れ、る」
どうやらステッキにはまだまだ知らない機能が多いようだ。
「.....これ、魔法っていうよりも科学技術に頼ってるような気が」
「そう、これは、行き過ぎた、科学技術」
髪についた汚れをウォレットティッシュで落としながらサクラが応える。
「─ハンプティパンティ、言ってた。 魔法少女の魔法は、全部、科学で説明のつくもの」
このことに驚いたのはツバキと楓だった。
「そ、それが本当だとしたらノーベ○賞ものの快挙に私ら立ち会ってる、ってことになるわね」
「世間には公表、してない。 これは私営的、実験段階」
「.....つまり、私達魔法少女は、その科学技術の精度を試すための、実験体ってわけね」
とどのつまり、魔法少女という存在はそういうものなのだ。
公的に発表できる存在でなく、あくまでも噂話程度。 所謂都市伝説といったフワフワした存在。
そんな彼女たちに未知のテクノロジーの実験となってもらうには丁度いい。
魔法少女、と銘を打っているが所詮はモルモットと変わりない。
「なら、使い魔は一体何? あのウサギ達は一体どういう存在なの?」
「ハンプティパンティは、ギルティ」
「それは承知の上ですよ、サクラさん。 うちのウサギはともかく、そちらさんのは完全にギルティです」
そう、全てが科学で説明できると言われてもあの使い魔達もそうなのだろうか。
いくら科学が行き過ぎたとしていても本当に今考え得る技術であそこまで、ましてやよくわからない生物を産み出すだけのオーバーテクノロジーが存在するのだろうか。
「ん〜」
「楓さん、どうしたんですか?」
「いや、なんだか使い魔。 彼らは何か魔法とかの類とは違う気がするのよねぇ」
「.....その、心は?」
「─チェシャ猫は昔行方不明になった叔父なのよ」
※
使い魔とはとても不可解な存在である。
まさか我が身にもこのような災厄がもたらされることになろうとは、チェシャ猫本人も思っていなかったことである。
─株式会社ワンダーランド。
チェシャ猫を含む、各地に散った魔法少女の使い魔達が一同に会するこの場で彼は身を潜め、言動に細心の注意を払う。
「やれやれ、この間お茶会はあったばかりだと言うのに、こう不定期に呼ばれては身が持ちませんね」
この場で唯一の人間であるナキが溜息を洩らす。 チェシャ猫にとってこの男も用心すべき存在であった。
「全くだ。 もう報告すべきことは一度した、これ以上話すことがあるものなのか」
「そこは取締役の意向に従うしかないでしょうな。 僕とて忙しい身だ」
「─そこ静粛に。 そろそろ取締役がお見えになりますわよ」
「ふっ、まさかあんたにそういう注意をされるとは思わなかったよ」
「お黙りなんし」
チェシャ猫は自分に小言を言ってきた人型の使い魔、赤のお転婆姫の言葉に従う。 同じ使い魔であるというのに人型であったり、獣型であったりと随分様変わりするものだ。
こういったところも使い魔のよくわからない部分である、おそらくマニュアルにも記されていない。
「─お待ちしてました、林道取締役」
「あぁ、すまんな帽子屋」
「.....あの、だ、大丈夫ですか?」
「問題ない!」
扉の向こうからやって来た林道取締役の姿はとてもくたびれていた。
隈はいつもより深く、スーツもアイロンをする暇もなかったのかと思うくらいしわくちゃ、チェシャ猫が見てもわかるくらい疲れが表に滲み出ていた。
「と、取締役.....? ほ、本日はお休みになった方が─」
「そういうわけにもいかんのだ」
「まぁまぁ、一先ず取り立てのパンツはいかがですか?」
「いただこう」
ハンプティパンティの渡したパンツを頭から被り、いつもの席に座る。
刑事であるナキより多忙な様子であることは見てわかるが、赤のお転婆姫は憐れみの視線を向けていた。
「.....えー、諸君に集まってもらったのは他でもない。 先日、とある高校で行われた文化祭についてだ」
─どうやら、林道取締役の過労の原因はチェシャ猫にも関わってしまっているようだ。
他にも心当たりのある使い魔二体がわかりやすい反応をしている。
「いや、魔法少女が有名になることはありがたいんだけどね。 いきなりあんな人目の付く舞台で歌って踊られるとね、こっちも、色々と問い合わせの応対とか、質問とかもね。 こう、来るじゃない。 それで、始末書とかも書く羽目になってね、いや、悪いことじゃないんだけど、せめて事前に言ってくれてたら、こっちも心構えというものが─」
だらだらだらだらだらと滝のような汗を流す三体の使い魔。
ナキは林道取締役に視線を向けるでもなく、誰の方を見ることもなくただ宙を眺めている。
「─けど、前進があった」
林道取締役が言いたいことを言うだけ言った後にA4サイズのファイルを取り出した。
ナキがファイルをそれぞれの前に設置していく、もちろんチェシャ猫の前にも置かれる。
「各自、資料が届いたら簡単に読んでくれ。 そこから詳細を説明する」
備え付けのティーカップを手に取り、チェシャ猫は配られた資料に目を通す。
(─これは)
─そこに記された内容、それはMGA48計画の核心とも言えるような文字が羅列されていた。
しかし、それだけではない。
「取締役! これは、これでは一体今までのことは、どうなるんですか!?」
「何も問題ない。 同時進行だ」
「しかし、これでは魔法が世に明るみに出てしまいます! 魔女の遺産が世に知らされる結果となってしまいますよ!? 取締役!」
白馬の王子は必死に抗議する。 それは当然のことだ。
これまで魔法というものの存在については世間では秘匿とされてきていた、ノーベ○賞にノミネートされない理由の一つでもある。
魔法は世界、いや、日本の一部の重鎮にしか知られない禁じられた技術。
イギリスへ特許申請を済ませ、世間一般に公表しないことで研究、発展に協力しているのだ。
それらを無視するようなことが配布された資料に書かれていたのだ、抗議の声も当然ある。 国際問題にも発展しかねない事態だ。
「魔法の存在が明るみに出ることは今更として、取締役。 魔女はどうするつもりだ? 社の方針もともかくとして、貴方の本懐であるはずだ」
チェシャ猫の向かいに座る影武者KAMEが尋ねる。
「魔女なら目星がついた、もう捜索班の半分は撤収作業にあたってる」
「!」
─瞬間、目を見開いたのは帽子屋と呼ばれるこの場で使い魔ではない刑事のナキだった。
(.....これ、国際問題に発展したら僕の仕事が増えるやつなんじゃない?)
─魔女の目星がついた。
ナキにとってはこれ以上ない吉報であった。
※
【たらったらったったん、たん! リンス魔法を習得しました】
「どこで使うんだよ!?」
「ツバキ、どうした、の?」
魔女の声がツバキの脳に響き渡る。
時間は午後六時を回り、ツバキとサクラは帰路についている。 楓とは帰る方向が反対だったので既に別れている。
ところでリンス魔法、一体どこで使う場所があるというのだろうか。
「それで、ツバキ。 カエデの話どう思う?」
「.....わからねぇっす」
『─私は使い魔が人間だったと考えてる。 まだチェシャ猫には勘付かれてないと思うけど、このことは特に使い魔に悟られないように』
「.....でも、たしかにそれなら、ハンプティパンティが、パンツを求めてる理由も、わかる」
「わからないでください」
「わかった」
沈んだ太陽を見送り、ビルとビルの合間を縫うように二人は夜の街を歩く。
「もし、楓さんの考えが当たってるとして問題は方法ですね」
「おそらく、魔法」
「ですね」
ツバキ達の身に降りかかってる未知のオーバーテクノロジー。
魔法による作用がどこまでの常識を覆すのか、ツバキ達はまだ知る由もない。
「.....少し調べないといけないですね」
「.....私も、頑張る」
決意を表明したところでサクラの姿が消えた。
道端のゴミ袋に足を引っ掛け、電柱に頭をぶつけて路地裏にまで転がっていってしまったので、ツバキの隣から消えたように見えたのだ。
─三日月の夜、二人の後を追う一つの影があったとかなかったとか。
感想、評価、批評、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)