鈴蘭寮の艦娘達   作:雨守学

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出会いと別れの季節、春。

別れこそは無かったものの、鈴蘭寮に新しいメンバーが追加されることとなった。

 

「これから鈴蘭寮でお世話になります、しおいです! よろしくお願いします!」

 

伊401、しおい。

潜水艦として活躍した艦娘だ。

 

 

 

しおいとは初対面ではない。

以前、田舎から遊びに来たしおいが迷子になり、警察が鈴蘭寮へ連絡してきたことがある。

一度、こちらで預かり、しおいが会いに来たと言う提督へと引き渡したのだ。

 

「まさか、しおいちゃんが鈴蘭寮に来るなんて思いませんでしたね」

 

「そうだな。あいつは馴染んでいるか?」

 

「えぇ、皆さん、妹が出来たみたいだって。しおいちゃんの奪い合いになってますよ」

 

「そうか。そりゃよかった」

 

鈴蘭寮始まって以来の年の若い艦娘だ。

どうなるか不安だったが、何とかなってるみてぇだな。

しかし――。

 

「でも、相変わらず提督には懐きませんね」

 

初めて会った時から思っていたが、しおいは俺に対して恐怖めいたものを感じているらしい。

羽黒もそうだったが、顔が怖いとか……。

 

「提督さんはいつもそうなんですよ」

 

鹿島がコーヒーを持って部屋に入ってきた。

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ、駆逐艦の指導の時だって……」

 

そう言って、鹿島はまずい顔をした。

 

「あ……そうじゃなくて……えと……」

 

「いや、大和は事情を知っている。隠すことはねぇ」

 

「え?」

 

「大丈夫ですよ、鹿島さん」

 

それを聞いて、鹿島は安心する顔を見せる訳でもなく、じっと大和を見ていた。

 

「鹿島さん?」

 

「あ……そ、そう……昔の話……。駆逐艦を指導している時も、提督さんはあまり皆の前に立つことは無かったんです。駆逐艦達が怖がって何もできないから」

 

大和は大いに笑った。

 

「笑うな」

 

「ごめんなさい。おかしくって。確かに、少し怖い顔してますもんね」

 

「そ、そんなにか……?」

 

「私は怖くないと思ってますよ? 提督さんのお顔、素敵です」

 

それはそれで照れくさい。

 

「でも、しおいちゃんが提督さんに懐かないのはちょっと問題かもしれませんね。これから生活を共にしていくのに……」

 

「提督、本当に駆逐艦の指導をしてたんですか?」

 

大和は小ばかにするように言った。

 

「どうだったかな……」

 

ここまで言われると、確かに駆逐艦達と顔を合わせての指導は少なかったように感じる。

実質、鹿島達が指導したようなもんだ。

 

「提督さんが優しいのは皆さん分かってますから、きっとしおいちゃんにも伝わりますよ」

 

「だといいがな……」

 

別に好かれようとは思ってないが、怖がられるのはな……。

 

 

 

朝食の風景は、しおいが来てから少し変わった。

しおいを囲むように艦娘達が座るのもそうだが、飯も用意してやっているようで、厨房は毎日てんわやんわしていた。

 

「子供って、どれくらいの量食べるのかな?」

 

「栄養バランスも考えないといけないわよ」

 

まるで母親だな。

ま、こういう経験も大事だろう。

 

「提督さん、ご一緒しても?」

 

「ああ」

 

「しおいちゃん、人気ですね。相変わらず提督さんからは凄い距離を置かれてますけど」

 

「まあ……時間が解決してくれるだろ……」

 

「うーん……。でも、あの時だって、駆逐艦達は提督さんにあまり懐かないまま……」

 

「…………」

 

「あ……すみません……」

 

「いや、事実だ。仕方のない事だ……」

 

鹿島は少し困った顔をした。

 

「提督さんの魅力……どうしたら伝わるかな……。こんなにも素敵な人なのに……」

 

「そう言ってくれるのはお前だけだよ……。俺の顔は怖いし、こういう性格だしな……」

 

「提督さん……」

 

「しばらくはお前たちにしおいを任せるしかなさそうだ。管理人としては最低だが、最善だ」

 

鹿島は納得していない顔をしながら、朝食をとった。

 

 

 

しおいの人気で、俺の部屋は幾分か静かになった。

 

「これはこれで寂しいもんだ……。なんてな」

 

仕事もすぐに片付き、久々に一人でゴロゴロしていると、鹿島が部屋を訪ねてきた。

 

「提督さん。お暇ですか?」

 

「お陰様でな」

 

「それじゃあ、一仕事しませんか?」

 

「あ?」

 

鹿島の後ろを見ると、しおいが居た。

 

「しおいちゃんが――ランドに行ってみたいらしくて。車を出してくれませんか?」

 

「俺がか?」

 

「えぇ、長門さんはお出かけしていていないんです」

 

「そうなのか。しかしな……」

 

しおいと目が合う。

怖いのか、すぐに目を逸らされた。

 

「今度にした方がいいんじゃねぇか? 長門がいる時とか……」

 

「知り合いから招待チケットを貰ったのですけど、期限が今日までなんですよ」

 

「何故またピンポイントな……」

 

「しおいちゃんも行きたいって言ってますし、お願いします!」

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

しおいに尋ねると、小さく頷くのみだった。

 

「……分かったよ。準備するから、車の所で待ってろ」

 

「ありがとうございます! 良かったね、しおいちゃん」

 

「う、うん……。あ、ありがとうございます」

 

…………。

 

 

 

車の方へ向かうと、鹿島としおいしかいなかった。

 

「あれ、お前らだけか」

 

「はい。招待チケットも三枚しかなかったので……」

 

「そうか」

 

しおいの方を見ると、まるで夏のような恰好をしていた。

 

「お前、今日は暖かいとは言え、薄着過ぎねぇか?」

 

「え……そう……かな……?」

 

そう言って、しおいは鹿島の方を見る。

何だか通訳を介して話してるみてぇだ……。

 

「子供は風の子と言いますし、大丈夫でしょう。寒くなったら、私の上着を貸してあげます」

 

「そうか。まあ、大丈夫ならいいけどよ……」

 

子供ってそんなもんか?

確かに俺もガキの頃は、いつも半そで短パンだった記憶がある。

女の方が体温が高いと聞いたこともあるし、大丈夫か……?

 

「提督さん?」

 

「ん……悪い。んじゃ、行くか」

 

「よ……よろしくお願いします」

 

 

 

――ランドまでの道のり、鹿島としおいは仲良さそうに話していた。

 

「鹿島さんは――ランド初めて?」

 

「ううん。知り合いが働いてるから、何度も遊びに行ったことがあるの」

 

「へー、凄い! いいなー」

 

まるで姉妹のようだな。

俺はさながら、タクシーの運ちゃんと言ったところか……。

 

「提督さんは――ランド、行ったことありますか?」

 

「え? い、いや……ないな……」

 

「そうなんですか? てっきり行ったことがあるのかと思ってました。ほら、バッグにキャラクターのキーホルダーがついてますし」

 

「ああ……これは貰いもんだ。いらねぇと言ったんだが、鈴谷が勝手につけやがったんだ。外すのも面倒だし、つけたままにしてる」

 

その時、しおいがじっとキーホルダーを見ているのに気が付いた。

 

「……欲しいか?」

 

「え? あ……その……」

 

「貰っちゃおうよ、しおいちゃん」

 

「でも……」

 

こちらの気をうかがう様に、ちらりと俺を見た。

 

「やるよ。別にいらねぇしな」

 

「だって。はい、しおいちゃん」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「うふふ」

 

「…………」

 

 

 

――ランドに着くと、しおいは目をキラキラさせて走り回った。

 

「しおいちゃーん、走ると危ないよ」

 

「うん、大丈夫だよー! えへへ」

 

「うふふ、連れてきてよかったですね」

 

「ああ。ところでお前、さっきのキーホルダーの件、分かってて話題振ったろ」

 

「えへへ、バレました?」

 

「ったく……。余計なお世話だ……」

 

「でも、しおいちゃん嬉しそうでした。少しは提督さんの事、信用してくれたんじゃないかなって思いますよ」

 

「鹿島さん、管理人さん、こっちこっち!」

 

「ほら、呼ばれましたよ、管理人さん。うふふ」

 

そう言うと、鹿島は嬉しそうにしおいの元へと小走りで向かった。

余計なお世話なんて言ってしまったが、あいつは俺としおいの仲を持ってやろうと、色々考えてくれたんだろうな。

この――ランドだって、きっと――。

 

「管理人さーん」

 

「提督さーん。早くー」

 

「おう、今行くよ」

 

余計なお世話と言ってしまったからには、俺も頑張らねぇと。

「管理人さん」だしな。

 

 

 

「次はねー……あっちに行こう!」

 

「はいはい」

 

しおいの奴、すっかり鹿島に懐いてるな。

いつの間にか手も繋いでるし。

 

「提督さんも、手繋ぎますか?」

 

そう言うと、鹿島は手を差し出した。

 

「何言ってんだ……」

 

「私とじゃ嫌ですか? じゃあ、しおいちゃんとはどうです?」

 

「「え?」」

 

しおいと目が合う。

 

「人も多くなってきたし、はぐれたら困るので」

 

ニコッと笑う鹿島。

ああ、また余計なことを……。

 

「か、管理人さん」

 

しおいはそっと手を差し伸べた。

 

「ほら、提督さん」

 

「あ、あぁ……」

 

しおいの手を取る。

とても小さな手が、少しだけ汗ばんでいた。

 

「これで、はぐれなくて済みますね」

 

しおいは少し恥ずかしそうに、俯いていた。

鹿島の助けがあったとは言え、しおいから手を差し出してくれるとは思ってなかったから、少しだけ驚いたし、嬉しかった。

 

 

 

それから三人、手を繋いでランド内を歩いた。

最初こそは緊張していたしおいも、徐々に慣れてきたのか、先ほどと同じようにはしゃいでいた。

 

「ちょっと休憩しませんか? 私、飲み物買ってきますので、しおいちゃんと提督さんは待っててください」

 

「いや、それなら俺が――」

「「二人で」待っててください」

 

またニコッと笑い、鹿島は飲み物を買いに行った。

残された俺たちは、近くにあったベンチに座り、帰りを待った。

 

「…………」

 

「…………」

 

鹿島がいなくなった途端、しおいは気まずそうに足元をじっと見つめていた。

時折、鹿島の向かった方向をちらりと確認しながら。

 

「……いい天気で良かったな」

 

「そうですね……」

 

駄目だ……会話が続かねぇ……。

鹿島の奴、気をきかせて二人にしてくれたんだろうけど、正直しんどいな……。

 

「…………」

 

だが……このままだといけねぇよな……。

 

「悪いな……」

 

「え?」

 

「――ランド、俺がついて来ちまって」

 

「そ、そんな事ないです。別に……」

 

「これは俺の予想だが、招待チケットの期限ってのは、鹿島の嘘だ」

 

「え?」

 

「あいつは俺とお前の仲を取繕う為に、そう言ったんだと思う。二人が仲良くするにはどうしたらいいかって考えていたしな」

 

「…………」

 

「今だってそうだ。皆で買いに行けばいいものを、何を飲むかも聞かずに買いに行きやがった。俺とお前を二人にするために」

 

しおいはこれと言ってリアクションを取る事もなく、平生だった。

 

「やっぱり、そうなんですね」

 

「分かってたのか」

 

「鹿島さん、管理人さんの話ばかりするから、もしかしてって……」

 

俺の話ばかり……か。

 

「あの……管理人さんは、鹿島さんと恋人なんですか?」

 

「え!?」

 

「なんか、二人を見ていると、そんな感じがして……」

 

告白されたけど振った……なんて、子供に言えるわけねぇよな……。

 

「まあ……仲は良い方だ……」

 

「鹿島さんの事、好き……ですか?」

 

「……寮の仲間として、な」

 

上手くかわしたつもりだったが、しおいはじっと俺を見ていた。

何を考えてるんだか……。

子供の気持ちは分からん……。

 

「なんだか管理人さん、私の提督にちょっと似てるかも」

 

「お前の提督? この前の男か?」

 

「うん。顔は全然似てないけど、ちょっと不器用な所とかがそっくり」

 

不器用……。

確かに、最近はそう感じる事が多いな……。

 

「そう思うと、ちょっと親近感沸くかも。怖くてあまり話しかけられなかったけれど……これを機に仲良くしてくれますか?」

 

「しおい……」

 

「鹿島さんにも心配かけさせたくないですし」

 

確かにな……。

 

「仲良くなってくれるか?」

 

「はい」

 

「じゃあ、タメ口で話してくれないか?」

 

「え?」

 

「子供の敬語は、なんだか気持ちが悪い」

 

「なら、管理人さんはもっと笑ってください。そしたら、私もタメ口で話します」

 

「笑う……。こ、こうか?」

 

ニッと笑って見せると、しおいは納得してない顔をした。

 

「駄目か……?」

 

「うーん……。まあ、ギリギリ合格かな」

 

急に生意気なガキになったな……。

 

「フッ……精進するよ」

 

「その笑顔! その笑顔だよ! 100点!」

 

そこに、鹿島が帰ってきた。

 

「あれ、いつの間に仲良くなったんですね」

 

コイツ……白々しいな……。

 

「うん。今ね、管理人さんの笑顔を採点してたんだ。ね、管理人さん」

 

「へぇ、提督さんの笑顔、私も見たいなー」

 

「だってー、ほら、管理人さん、見せてあげようよ。さっきの笑顔!」

 

「こ、こうか?」

 

「違うよー。さっきの! 精進するって言った時の!」

 

「あれは自然と出たからなぁ……」

 

何が面白いのか、鹿島はクスクス笑っていた。

その姿が、大和と重なった。

 

 

 

それから時間も忘れて、俺たちは遊びつくした。

しおいも俺に、鹿島と同じように接してくれるようになり、鈴谷以上のクソガキに育ちそうで、逆に心配になるほどだった。

 

「そろそろ帰るぞ」

 

「えー……まだ遊びたいなー……」

 

「しおいちゃん、また今度来よう?」

 

「ぶー……」

 

空は朱色に染まっていて、建物の影を出ると、夕日が俺たちの影を作った。

三つの影を――。

 

「――……」

 

その影が、あの日見た影にそっくりで、俺は思わず足を止めてしまった。

 

「提督さん、どうしました?」

 

「管理人さん?」

 

「……すまん。何でもない」

 

「管理人さんも、もうちょっと遊んでたかった?」

 

「ああ、そうだな」

 

「だって、鹿島さん」

 

「わ、私だって本当はもっと……」

 

「でも、帰らないとだよ。暗くなっちゃうしね」

 

「そうだぞ、鹿島」

 

「もう、なんで私が駄々こねてるみたいになってるんですか!」

 

そんな会話をしながら、――ランドを後にした。

それまでずっと、俺たちの笑顔が絶えることは無かった。

 

 

 

車に乗り込むと、しおいはすぐに眠ってしまった。

 

「あんなにはしゃいでたし、疲れちゃったのかな?」

 

道は少し渋滞気味で、進みが悪かった。

 

「お前も寝てていいぞ」

 

「いえ、私は……」

 

そう言うと、鹿島は窓の外に見える街を眺めた。

 

「今日……楽しかったですね……」

 

「そうだな。誰かさんのお節介のお陰で、しおいとも仲良くなれたしな」

 

それに鹿島は反応しなかった。

しばらくの沈黙が続く。

 

「……私としおいちゃんと提督さん……並んで歩いている時、まるで家族みたいでしたね……」

 

今度はミラー越しに俺の目を見る。

 

「提督さんが求めてるものに……近かったですか……?」

 

それを聞いて、やっと鹿島の沈黙の意味が分かった。

 

「家族のような存在……。それが、提督さんの欲しいものなんじゃないですか?」

 

俺は何も言わなかった。

 

「提督さんの望む存在に……少しは近づけたかな……」

 

そう、独り言のように、つぶやいた。

 

「鹿島さんは管理人さんが好きなの?」

 

その声に、俺も鹿島も体を強張らせて驚いた。

 

「し、しおいちゃん……起きてたの?」

 

「うん」

 

絶対寝ていたと思っていたのに、これだから子供は分からん……。

 

「ねぇ、好きなの?」

 

「え……えーっとね? その……」

 

鹿島は誤魔化そうとしていたが、やがて、諦めたように零した。

 

「うん……好き……」

 

「管理人さんは?」

 

「え?」

 

「管理人さんはどうなの?」

 

子供って、本当に空気を読まないよな……。

いや、純粋なだけか……。

 

「提督さんはね……私の事は好きじゃないの」

 

「え? でも、さっきは好きって……」

 

「寮の仲間として、ですよね? 私は提督さんを男性として好きなの。提督さんはそうじゃないみたい」

 

しおいは何か複雑なものを感じたのか、座り直し、窓の外を眺めだした。

 

「そっか。私は管理人さんと鹿島さん、お似合いだと思うけどなー」

 

俺たちは何も言えなかった。

 

「管理人さんは他に好きな人がいるの?」

 

「いや……」

 

「鹿島さんの事は嫌いじゃないんでしょ? 好きな人もいないのに、どうして鹿島さんを好きになれないの?」

 

俺が言葉に詰まっていると、鹿島がフォローするように言った。

 

「大人には大人の事情があるの。しおいちゃんも、大人になれば分かるよ」

 

そう言った鹿島も、自分自身の発言に納得がいっていないように見えた。

 

「そうかなぁ……」

 

車内は何とも言えない雰囲気に包まれていた。

渋滞は緩和することなく、よりひどくなっているように感じる。

 

「私だったら、こんなに想われたら嬉しいし、気持ちに応えたいって思うけどなー」

 

「し、しおいちゃん、もうこの話は……」

 

「鹿島さんほど、管理人さんの気持ちを考えている人はいないと思うし」

 

それを聞いて、俺は鈴蘭寮の奴らの顔を思い浮かべていた。

どいつもこいつも生意気な奴ばかりだ。

大和すら、俺を笑ってやがる。

 

「…………」

 

ミラー越しに鹿島の顔を見た。

そう言えば、こいつだけは、いつも俺をフォローしてくれていたな。

自分が振られようとも、俺を忘れようとはしなかった。

むしろ、こうして俺の求めるものに近づいてきてくれている。

 

「鹿島さんと管理人さんの間に何があったのか分からないけど、こうして笑いあえるほど楽しい時間を過ごせる人って、大事だと思うな」

 

「それでも――……」

 

そう言いかけて、鹿島は口を紡いだ。

静かな時が流れる。

 

「管理人さんは鹿島さんがいなくなったら困る?」

 

どうだろう……。

だが、鹿島が居なかったら、こうしてしおいと話すことも出来なかったかもしれない。

 

「私は、そう言う人が家族のような存在だと思うな。いつも隣に居て、自分を理解してくれる人。どんなに笑われても、その人だけは味方してくれる。お父さんやお母さんみたいな人。居なくちゃ困る人」

 

鹿島とミラー越しに目が合う。

 

「大人の恋愛はよく分からないけれど、付き合う付き合わないが大事なら、一度お試しで付き合ってみたらいいと思う」

 

「「お、お試し!?」」

 

あまりにも斬新な発想に、俺も鹿島も度肝を抜かれた。

 

「経験しないと分からない事もあるよ。私だって、深い海は怖いと思っていたけれど、潜ってみたら綺麗なお魚がたくさんいて、イメージがガラッと変わったもん」

 

「だからと言って……お試しってのはなぁ……」

 

同意を求めるように鹿島へ視線を送ったが、逸らされた。

 

「鹿島……?」

 

「て、提督さんは……嫌ですか……?」

 

「え?」

 

「私は……お試しで……恋人になってみたい……です……」

 

その時、後ろからクラクションが鳴らされた。

いつの間にか、前の車が遠くにあった。

 

「おっと……」

 

前の車に追いついたが、やはり渋滞は続いていた。

 

「……混んでるな」

 

そう言ったのは、話題を逸らせないかと考えていたからだ。

しかし、鹿島が俺の答えを待っているのが、背中から伝わってきた。

 

「だってー、管理人さん」

 

追い打ちをかけるように、しおいはそう言った。

 

「……お試し」

 

そもそも、お試しってなんだ?

何がお試しなんだ?

 

「好きです……提督さん……。もっともっと……私の気持ちを……知ってほしいです……」

 

その言葉には、流石のしおいも息を飲んだ。

 

「…………」

 

ノロノロと車が進む。

 

「……もう! どっちなんですか!?」

 

今度はしおいと俺が、その言葉に体を強張らせた。

 

「わ、分かった……!」

 

「え……?」

 

一瞬の沈黙。

 

「分かったって……いいって事!?」

 

「ど、どういう意味での分かったなんですか!?」

 

「……お試し恋人とやらに……なるって意味だ……」

 

咄嗟に同意してしまったが、よくよく考えれば、確かに俺は恋人を持たずに恋愛を知った気になっていたのかもしれない。

しおいの言う通り、もしかしたら、そこに答えがあるのかもしれないしな……。

 

「ほ、本当ですか……? 本当に……?」

 

「本当だ……」

 

「嘘じゃないですよね? エイプリルフールじゃないし……。本当に本当……!?」

 

「本当に本当だ……!」

 

クソ……なんだか恥ずかしくなってきた……。

 

「しおいちゃん……!」

 

「鹿島さん、やったね!」

 

「う、うん……!」

 

そう言って、鹿島としおいはギュッと抱きしめ合った。

大げさだな……。

 

「管理人さん」

 

「……なんだよ?」

 

「前、進んでるよ?」

 

同時に、また、後ろからクラクション。

 

「……分かってる」

 

本当……大げさすぎる……。

 

 

 

寮に着く頃には、もうすっかり暗くなっていて、皆も食事を終え、部屋で休んでいるようであった。

 

「今日は楽しかったー。また遊んでねー」

 

「ああ……」

 

「う、うん……」

 

「じゃあ、私は部屋に戻るね。じゃーねー」

 

そう言って、しおいは部屋に戻っていった。

 

「わ、私たちも……戻りますか……」

 

「そ、そうだな……」

 

 

 

部屋に戻り、一息つく。

 

「ふー……」

 

あれから気まずい空気が流れたまま、外食し、寮へと帰ってきた。

道中、しおいの奴は車内でぐっすり眠っていたが、その間、鹿島も俺も一言も喋れなかった。

 

「お試し……お試しってなんだよ……」

 

冷静になって考えると、訳が分からん……。

とんでもないことになった事だけは分かるが……。

 

「あの……提督さん……」

 

振り向くと、鹿島がいた。

 

「ノックくらいしろ……」

 

「しましたけど……」

 

ノックも聞こえないほど……。

 

「どうした……?」

 

「いえ……その……」

 

鹿島は意を決したように、部屋にあがった。

 

「ズバリお聞きします……。お試し恋人って……どこまでオッケーですか……!?」

 

「あ?」

 

「その……あの……昔で言う……ABCみたいな……」

 

「ABCってお前……」

 

「あ……だからその……例えであって……実際……そういうのって……どうなんだろうって……」

 

そうか……。

お試しとは言え、恋人か……。

 

「そもそも恋人って……どんな事するんだ……?」

 

「そ、それは……キス……とか……?」

 

「キス……。そこまでしたら、もはやお試しじゃないんじゃ……」

 

「え……駄目ですか……?」

 

「いや……駄目とかではなくて……」

 

「じゃあ……いいんですね……?」

 

「……お前はいいのかよ?」

 

「むしろ……その許可が欲しくてここに来たんです……」

 

そう言うと、鹿島は顔を近づけた。

 

「おい……」

 

「あと5秒で答えを言わなかったら……しちゃいます……5……4……」

 

「ちょっと待――」

 

3……は聞こえなかった。

いや、鹿島は言わなかった。

 

「提督、ノックしたら返事くらいし……」

 

大和が部屋に入ってきた。

 

「――……」

 

鹿島はそれに構うことなく続けた。

大和はしばらく立ち尽くしていたが、無言で部屋を後にした。

 

「提督さん……」

 

やっとの事で離れる鹿島。

 

「これはオッケーって事でいいですよね……?」

 

俺は返事をしなかったが、鹿島はニコッと笑った。

 

「えへへ……」

 

抱き着く鹿島に、俺はただ、開きっぱなしになった部屋の扉の方を見て、固まることしか出来なかった。

外ではいつの間にか雨が降り始めていて、その音だけがやけにうるさく、俺の耳に響いていた。

 

――続く。

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