鈴蘭寮の艦娘達   作:雨守学

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※鹿島視点です。


14.5

武蔵さんと長門さんが卒業したのもつかの間。

今日、山城さんが卒業することとなった。

 

「皆さん……提督……本当に……お世話になりまし……うぅぅ……」

 

山城さんは鼻水を流しながら、寮を出る直前まで泣いていた。

それを慰める艦娘達。

泣く者もいた。

けれど、一番感慨深いであろう提督さんの表情は、どこか、悲しみ以上の何かを含んでいた。

私はそれを見て、悪いとは思ったけれど、提督さんが真剣に恋に向き合えると思えて、嬉しさを抑えきれなかった。

 

 

 

「提督さん」

 

部屋にお邪魔すると、提督さんは淡々と仕事をこなしていた。

けど、私には分かりますよ。

仕事をすることで、気持ちを紛らわせているんですよね。

 

「コーヒー、お持ちしましたよ。今日は少しだけ甘めに作りました」

 

「ああ、ありがとう」

 

「山城さん、彼氏と上手くやっていけるといいですね」

 

「あいつなら大丈夫だ。心配することはない」

 

「そうですよね」

 

「ん……このくらいの甘さのコーヒーも美味いな」

 

「本当ですか? 良かった。えへへ」

 

「おい、引っ付くな。仕事が出来ねぇ」

 

「ちょっと休憩しましょう。ウフフ」

 

「ったく……」

 

提督さんの大切な人が離れて行けばゆくほど、私との距離はより確実に近づいてきている。

私にとっての提督さんがそうであるように、提督さんにとっての私も、無くてはならない存在になるはず。

全ては時間の問題――

 

「提督、消耗品の申請……」

 

「大和」

 

――だと思っていた。

 

「……お取込み中でしたか? 出直します」

 

「いや、大丈夫だ。申請だったな。ちょっと待ってろ」

 

「あ……」

 

「すみません……」

 

「…………」

 

大和さんは提督さんの事が好きだ。

口には出さないけれど、私には分かる。

そして、その気持ちは、私にとって脅威となる事も……。

 

「えーっと……無いものは……」

 

「朱肉も追加してくれ。判の押し過ぎでボロボロだ」

 

「分かりました」

 

陸奥さんの時とは違う。

大和さんだけは別格で、提督さんも薄々そう感じているはず。

恋に向き合おうとしている提督さんだからこそ、今大和さんを近づけるのは良くない。

けど……露骨に避ける事も出来ないし……出来る事ならば、提督さんと早く、お試しの一線を越えたい。

もしくは、大和さんの気持ちを提督から――。

 

 

 

その日は急な雷雨に見舞われて、私と大和さんは雨の中、急いで洗濯物を取り込んでいた。

 

「これで全部です!」

 

「すみません、助かりました。まさか雨が降るなんて……」

 

そう言って、大和さんはタオルで髪を拭いた。

 

「タイミング悪かったですね。今日は私と大和さんしか寮に居ませんし……」

 

「本当にそうですね」

 

皆はイベントに参加していて、提督さんも海軍本部に予算報告をする為、外出していた。

 

「部屋干ししなくちゃ」

 

「手伝いますよ」

 

「すみません。ありがとうございます」

 

 

 

共用スペースの扇風機をフル稼働し、洗濯物を乾かした。

 

「雨、止みませんね。皆さん、大丈夫でしょうか……」

 

「あ……そう言えば提督さん、傘持ってなかった……。迎えに行ってあげなきゃいけないかも……」

 

雨の音と、扇風機の回る音だけが部屋に響いていた。

 

「……提督とはどうですか?」

 

「え?」

 

「お試し恋人……順調ですか?」

 

「あ……はい。まだ一線は越えられませんけれど……」

 

「でも、提督は少しずつ鹿島さんの気持ちに応えようとしているみたいですよ。恋について、真剣そのものでした」

 

…………。

 

「大和も頑張らないとなぁ……。そうだ、鹿島さん。アドバイスとかもらえませんか?」

 

「アドバイス?」

 

「えぇ、恋のアドバイスです。大和、恋はするけれど、全然上手くいかなくて……」

 

「この前の男の人とはどうなんですか?」

 

「最近は連絡も取ってません……。駄目駄目ですね……」

 

大和さんは弱弱しく笑った。

 

「……大和さんは、どうして恋をしようと思ったんですか?」

 

「……好きな人を忘れようとしたのが始まりですね」

 

それから、大和さんは自分の過去について話し始めた。

そしてそれは、もし大和さんが提督さんが好きだと言う事実があるならば――今と似たような状況だった。

 

「その人の事……まだ忘れられないんですか?」

 

「いえ、もう大丈夫です」

 

「なら、恋をする必要なんて……」

 

私がそう言うと、大和さんはキュッと唇を噛みしめた。

 

「……そうかもしれませんね」

 

そしてやっぱり、弱弱しく笑った。

それを見て、私は確信した。

 

「……大和さん」

 

「はい」

 

「本当は提督さんの事、好きなんですよね?」

 

 

 

雨は強さを増すばかりだった。

 

「提督さんの事が好きだから、恋を諦められないんですよね?」

 

大和さんは少し溜めた後、ニコッと笑った。

 

「そんな事ないですよ。大和も女ですから、理由関係なく恋の一つくらい――」

「――嘘です。私には分かります。同じ、恋をする女だから……」

 

私の真剣な顔に、大和さんの表情も崩れていった。

 

「初恋の人を忘れられたのは、提督さんと出会ったから……。そして、今、恋しようとしているのは、提督さんを忘れようとしているから……」

 

「…………」

 

「陸奥さんと同じ……」

 

大和さんは否定をしなかった。

しようとしたのかもしれないけれど、声が出なかったのだと思う。

 

「鹿島がお試し恋人になったからですか……?」

 

「……いえ」

 

「提督さんが、鹿島の気持ちに応えようとしているからですか……?」

 

「いえ……」

 

「……大和さんがやっていることは、初恋の時にした事と同じです。相手に奪われるのを……ただ指を咥えて見ているだけ……」

 

「…………」

 

「……否定しますか?」

 

沈黙が続く。

 

「……分かりました。じゃあ……言えますか?」

 

「え……?」

 

「提督さんが好きじゃない……って……。鹿島の……邪魔をしないって……」

 

自分でも強気に出たと思った。

心臓がはち切れそうで、少し涙ぐんでしまった。

 

「…………」

 

「大和さん……やっぱり貴女は――」

「――大和は……!」

 

雷が、大和さんの発言を切った。

 

「大和は……提督の事……好きじゃ……ありません……。鹿島さんの邪魔なんて……しません……」

 

その手には力が込められていて、言った後にゆっくりと抜けていった。

 

「本当……ですね……?」

 

大和は小さく頷いた。

 

「……分かりました。ごめんなさい、変な事聞いて……」

 

いつもの調子を取り戻そうと、無理に笑顔を作ると、大和さんも弱弱しく笑った。

 

「あ……コーヒー……淹れます! えへへ……お菓子もありますよ……」

 

「あ……では……お願いします」

 

「はい!」

 

 

 

食堂でコーヒーを淹れている時、ぽろぽろと涙が零れた。

 

「うぅぅ……」

 

子供の頃、壮絶な喧嘩をした事がある。

とても仲の良い子とだった。

やっとの事で仲直り出来て、その時流した安堵の涙と、今の涙は同じだった。

それだけ、大和さんに言った事は挑戦的だったし、攻撃的だった。

でもこれで、大和さんの心配をすることは無くなった――

 

「…………」

 

――無くなったはずなのに……何故……何故不安が残っているのだろう……。

 

 

 

それから大和さんは、提督さんに近づくことを止めた。

何か用事がある時は、私を通すようになった。

 

「鹿島さん、ちょっと提督にお願いがあるのですけど……」

 

「あ、はい」

 

提督さんもそれに気が付いているようだったけれど、特別口にすることは無かった。

 

 

 

そんな事が続いたある日。

大和さんが体調を崩した。

 

「疲れやストレスが溜まっているようだ。無理をさせ過ぎたな……」

 

ストレス……。

 

「鹿島、今日のデートだが……」

 

「あ、はい。大丈夫です。仕方ないですよね」

 

「すまん。しおい達も心配しているようだが、大和を安静にさせてやりたい。あいつらに五月蠅くしないよう、言って聞かせてやれないか? 俺は大和の面倒を見る」

 

「……私が大和さんの面倒を見ます。女性の方が良いでしょうし……」

 

「そうか。じゃあ、大和の方は頼んだぞ」

 

そう言って、提督さんはざわつく食堂の方へと向かった。

 

 

 

そっと部屋に入ると、大和さんは起きていた。

 

「水枕の替えです」

 

「……ありがとうございます」

 

「食欲ないかもしれませんが、後でおかゆくらいは食べましょう」

 

「はい」

 

大和さんはずっと、視線を落としたままだった。

 

「……ごめんなさい」

 

「え?」

 

「今日……提督とデートだったんですよね……。鹿島さんの邪魔しないって言ったのに……」

 

「いえ、そんな……。仕方ないですよ」

 

「本当……駄目駄目だなぁ……」

 

秒針の音だけが響いていた。

 

「このままだと、鹿島さんに……皆さんに、迷惑ばかりかけてしまいますね……」

 

私はどう声をかけていいのか分からなかった。

大和さんがこうなってしまった事に、自分も少なからず関わってしまっていたから……。

 

「…………」

 

静かな窓の外を、大和さんはじっと見つめていた。

青々とした桜の木が、風で揺れている。

 

「大和……ここを出ようと思います……」

 

「え……」

 

瞬間、強い風が窓を叩いた。

 

「邪魔……したくないですから……」

 

その表情を見て、ここ最近、大和さんの笑顔を見ていない事に気が付いた。

弱弱しい、偽りの笑顔が、張り付いていた。

 

「もちろん、理由はそれだけじゃないです。恋の方も、まだ大和には早いと思いました。それが分かっただけでも、ここに来た価値はあるかなって」

 

「大和さん……」

 

「大和も、武蔵達と同じように、教師になるのもありかもしれないと思ってましたし」

 

ポンポンと理由が出てくる。

まるで、自分をそうするように追い詰めるが如く――。

 

「それから……」

 

そこまで言って、大和さんは口を閉じた。

ギュッと、唇を噛みしめて。

 

「……本当は、逃げてるだけなんですけどね」

 

何からとは、言わなかった。

 

 

 

大和さんが寮からいなくなる。

そうなったら、私の中に残る不安も消えるのだろうか。

 

「…………」

 

いや……消えない。

この前の事で、はっきりと分かった。

これは、大和さんがいるからじゃないんだって。

だからこそ、大和さんに強く攻撃的な事を言って、罪悪感に苛まれた。

大和さんが居なくなったら、嬉しいはず。

好きじゃないって、言ってくれたから安心するはず。

なのに――。

 

「鹿島?」

 

提督さんが、私の顔を覗きこんだ。

 

「大丈夫か? ぼーっとして……」

 

「あ、はい……。大丈夫です……」

 

「大和の様子……どうだった?」

 

「安静にしていれば……。後でおかゆを作って持っていこうかと……」

 

「そうか……」

 

沈黙が続く。

 

「……提督さん」

 

「なんだ?」

 

「もし……もし、鹿島とお試しの一線を越える事が出来たら……提督さんは……管理人を辞めますか……?」

 

「え……?」

 

大和さんのせいじゃない。

大和さんで無くてもいいんだ。

 

「いや……管理人は続ける。俺にはやらなきゃいけない事がある。それは、俺が見捨ててしまったあいつらを、ここで迎える事だ」

 

提督さんが管理人を続ける限り、また大和さんのような凄い存在が現れる。

そうじゃなくても、提督さんに好意を持つ人がきっと。

そうなった時、私はどうするだろう……?

『じゃあ、言えますか? 提督さんが好きじゃないって。鹿島の邪魔をしないって』

 

「それがどうかしたか?」

 

私は……。

 

「鹿し……っ!」

 

気が付くと、提督さんを押し倒していた。

息をする隙も無いくらい、提督さんの口を――。

 

「お、おい……! 鹿島……!」

 

「提督さん……提督さん……」

 

私は……提督さんからの愛を独り占めしようとするはず。

今、この時のように。

そして……誰かを傷つけ、自分も傷つく。

今、この時のように。

 

 

 

どれくらいの時間そうしていたのか分からないけれど、我に返った頃には、二人の息は絶え絶えだった。

 

「鹿島……」

 

「はぁ……はぁ……う……うぅぅ……」

 

ポロポロと流れる涙を、提督さんは優しく拭いてくれた。

 

「……どうした?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

私は全てを提督さんに話した。

大和さんとの事、自分の気持ちを……。

 

「私は……私だけを見て欲しいんです……。他の人と提督さんが仲良くしているのは……耐えられなくて……傷つけてしまって……」

 

私が話している間、提督さんは真剣な表情で聞いてくれた。

 

「それはきっと……提督さんが管理人を続ける限り……同じように続くことだから……」

 

「だから……俺に管理人を……」

 

「辞めないって分かってました……。けど……自分を変えられなくて……提督さんが変わってくれたらって……う……うぅぅ……」

 

誰かのせいにして、自分が変わらなきゃけない事から目を背け続けた報いだった。

恋が出来ない提督さんのせいにして――大和さんのせいにして――。

 

「鹿島……」

 

「うぅぅ……」

 

「……俺は……お前が好きだ。ここまで許した女も、お前しかいない。けど……俺は管理人なんだ……。お前を慰めるような事は……何も出来ない……。こうである限り……お前を泣かせてしまう……」

 

「提督さん……」

 

「寮の奴らを泣かすようなら、管理人失格だな……」

 

「…………」

 

「寂しがってる場合じゃなかった」

 

そう言うと、提督さんは何か決意した顔つきになった。

 

「鹿島」

 

「はい……」

 

「俺は……もう恋はしない。誰かが離れていっても……一人になろうとしても、悲しまない」

 

それは、この関係の終わりを意味していた。

 

「誰が好きか、誰が嫌いか……。もうそんなのは終わりだ。お前らを泣かすくらいなら、俺は一人でいい」

 

また、涙がぽろぽろと零れだした。

でもそれは、提督さんに振られたからじゃない。

悲しいからじゃない。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

提督さんをそこまで追い詰めてしまった事に対しての涙だった。

 

「ありがとう鹿島。そして……ごめんな……」

 

 

 

大和さんの体調も順調に回復し、体の疲れもとれているようだった。

そのタイミングで、私は大和さんに全てを話した。

 

「……そう……ですか……」

 

「提督さんはもう……恋をしないって……。一人でも……平気だって……」

 

「……鹿島さんはそれでいいんですか?」

 

「良くないです……。でも……そこまで追い詰めてしまったのは……私だから……」

 

きっともう、提督さんは恋をしようとは思わないだろうし、このまま一人で頑張ろうとするだろう。

 

「大和さん……」

 

「はい」

 

「もう恋をしなくなった提督さんに……大和さんだったら……ついて行けますか……?」

 

女としての幸せ。

恋をすること。

愛されること。

特別な存在として、扱われること。

それら全てを与えられないと知っていて、ついて行けるか……。

 

「私は……きっと私は……耐えられません……」

 

私はそう言うものを求めてきた。

それが、提督さんなら良かった。

だからこそ、提督さんに恋を知ってもらい、追い詰めた。

けれど、それは裏目に出てしまい、全ては失敗に終わってしまった。

 

「私はもう……提督さんを好きになる事は出来ません……。大和さんは……どうするんですか……?」

 

これをチャンスと取るか、それとも――。

 

「大和は――」

 

――続く。

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