食堂には武蔵しかいなかった。
「おはよう提督」
「おう。お前だけか」
「ああ、皆海軍に御呼ばれさ」
そう言えばそうだった。
「お前は行かねぇのか」
「華のある艦娘を希望しているとの事だったのでな。今回は山城も参加したらしい」
「そりゃ珍しいな」
あいつが進んで参加するなんてことは一度もなかった。
「しかし、華のある艦娘とはなぁ。ここの連中を送り出して、海軍さまに怒られないか心配だ」
「なに、今年は大和がいる。それでプラマイゼロだ」
「お前も中々の酷い奴だよな」
「貴様ほどではないさ」
朝飯を取り終わり、部屋でくつろいでいると、武蔵が訪ねてきた。
「どうした? 珍しいな」
「貴様が退屈しているのではないかと思ってな。遊びに来てやったんだ」
「楽しませてくれるのか」
「ああ、こいつがな」
そう言うと、武蔵は映画のDVDを見せた。
「……ッチ、なんだよ」
武蔵の部屋にDVDプレイヤーは無い。
俺の部屋にはある。
つまりそういう事だ。
「いつもは騒がしいからな。誰もいない今日くらいはゆっくり静かに観させてもらう」
「DVDプレイヤーを買えば、いつでも部屋でじっくり静かに見れるぞ」
「買ってくれるか?」
「馬鹿言え」
「フフフ、まあ考えておこう」
そう言って、武蔵は映画を観始めた。
エンドロールが流れ、俺と武蔵は自然と時計を見ていた。
「そろそろお昼だな。提督よ、ちょっと出るか」
「そうだな」
戸締りをし、寮を出た。
駅の方へと向かう道中、映画の感想を話し合った。
「あの年代の映画にしては、中々出来ていたと思わないか?」
「そうだな。内容どうこうよりも、どうやって撮影したのかが分からねぇ……」
「無重力のシーンか?」
「ああ、ジョギングのシーンもな」
「ジョギングのシーンは、ハムスターの滑車の要領で走っていて、カメラは真ん中に固定していたんだろう」
「そう言う事か……」
「もっと洞察力を磨いた方がいいぞ、提督。そんなだから、ずっと独り身なんだ」
「お前もだろ。ふん……ちょっと分かったくらいでいい気になるなよ」
武蔵との会話はいつもこんな感じだが、ストレスを感じたことなどは一度もない。
お互いに好き放題言っても、本気で怒ったことなどないし、他の奴らと違って気を遣うこともないから、むしろ楽でさえある。
「フフフ」
「どうした急に。気持ちが悪い」
「いや、こうして貴様と二人で歩くのは久しぶりだと思ってな」
「そう言えばそうだな。なんだ、嬉しいのか? 可愛げあるじゃねぇか」
「ああ、鈴蘭寮のお財布を独り占め出来るのだからな」
「前言撤回だ。お前には可愛げの欠片もない」
「よく言われる」
駅に近づくにつれ、町が騒がしくなってくる。
それと同時に、俺たちの会話も少なくなった。
駅近くの定食屋を見つけ、そこで飯を食った。
「提督よ、帰りに酒でも買っていかないか? たまには一緒に飲もうではないか」
「これ見よがしに俺を利用するのやめろ。流石に酒代はでねぇぞ」
「酒は私の奢りだ。それならいいだろう?」
「ほう。今日は珍しい事ばかり言うな」
武蔵は少しタメをつくった後、ニッと笑った。
「まだ観てないDVDがあるんだ」
「そう言う事かよ……」
「近くのスーパーに酒屋が入っていたはずだ。私は酒を買うから、つまみは頼んだぞ」
「奢ってくれるんじゃなかったか?」
「「酒は奢る」と言ったんだ」
「……まあいい。家には何もないしな」
「決まりだな」
そう言うと、武蔵は足早にスーパーを目指した。
寮の鍵は閉まったままだった。
「まだ誰も帰って来て無いな」
「海軍に御呼ばれした連中は、今日は遅くなると聞いている。鈴谷から夜間外出届けが出てなかったか?」
「そう言えば出ていたな」
あの一件から、鈴谷用に作った書類だ。
「私は部屋にDVDを取りに行ってくる。先に始めててくれ」
「分かった」
部屋に戻り、暖房器具をフル稼働した。
「寒……」
部屋にはまだ、武蔵が持ってきたDVDが置いてあった。
「レンタルじゃねぇのか。なら、プレイヤー買った方がいいと思うんだがな……」
どんだけケチなんだ、と口に出そうになったところで、武蔵が部屋へ入って来た。
「始めるか」
武蔵の持ってきたDVDは、全てSFだった。
「SF好きなのか?」
「そんな所かな」
実の所、俺もSFが好きだ。
映画ではあまり見ないが、小説を読んだりしている。
「さて、じゃあまずは乾杯だ」
「別にいらねぇけどな」
「社会に出たら必要なことかもしれないだろう。練習させてくれ」
「そんな事よりももっと勉強することは山ほどあるがな。まあいい。ほら、乾杯」
「乾杯」
互いのペースに合わせながら、酒を飲み続けた。
二本目の映画の中盤辺りで、だいぶ酔いが回っていることに気が付いた。
それは武蔵も同じだったようで、先ほどのシャキッとした体勢は無くなり、机に伏していた。
「大丈夫か?」
「ああ、少し酔っただけだ」
「寝るなら部屋へ戻れよ」
「分かってる」
そう言ってやると、武蔵は立ち上がった。
「部屋に戻るか?」
しかし、そのまま俺の隣へと座った。
「おい」
「おつまみのチョコ、食べるか? 食べさせてやろう。ほら、あーん」
「いらん。チョコはあまり好きじゃねぇんだ」
「何だ、恥ずかしいのか? ん?」
「酔ってるな、お前」
「酔ってるさ、貴様の色気に酔ってる。なんてな。ぷっ、ははははは!」
めんどくせぇ……。
こいつ、酔うとこんな感じだったか?
「はぁー……フフフ……」
「何が面白いんだ……ったく……」
「なぁ提督よ」
「何だ?」
「この武蔵には、華が無いと思うか?」
「あ?」
「こういう身なりだし、こういう性格だ。大和や陸奥ならともかく、私に華があるだろうか?」
「自分で無いと思ったから、今日は参加しなかったんじゃないのか?」
「まあそうなのだが、他人から見たらどうなのだろうかなと思ってな。女性としての魅力は必要か?」
「あるかどうかはさておき、必要か不要かで言えば、本人次第だろう。あいつらみたいに、相手が欲しいって奴にとっては必要だろうが、そうじゃない奴にはいらないだろう」
武蔵は相手を見つける為にここに来た訳では無いと聞いている。
「貴様はどう思う? 私に華はあるか?」
「はっ、欠片も無いな」
いつものように言ったつもりだった。
「……そうか」
沈んだ口調。
武蔵はじっと、手に持った酒を見ていた。
「武蔵?」
「……酒、もう無いな。部屋にウィスキーが残ってたと思うから、取ってくる」
「あ、あぁ……」
そう言って、武蔵は部屋へと戻っていった。
映画は一時停止になっており、しばらくそれをぼーっと眺めていた。
「遅いなあいつ……」
あれからもう大分経ってる。
結構酔っていたようだし、もしかしたら廊下で倒れてるんじゃ……。
「……ったく」
様子を見る為に、部屋を出た。
「おーい、武蔵」
返事は無い。
「寒……」
ひんやりとした廊下を進み、武蔵の部屋の前で、再度呼んでみる。
だが、やはり返事は無い。
「寝てんのか……?」
鍵は開いており、悪いと思いつつ、生存確認を兼ねて部屋に入った。
「武蔵?」
1Kの小さな部屋。
襖を開けると、そこが部屋だ。
「開けるぞ」
扉を開けると、武蔵が横たわっていた。
その手にはウィスキーの瓶を持っていて、すうすうと寝息を立てている。
「寝ちまったのか……ったく……。風邪ひくぞ」
何か毛布か何かないかと見まわしていると、ふと、テレビ台に目が行った。
そこには、DVDプレイヤーが置いてあった。
「なんだよ、あんじゃねぇか。壊れてんのか?」
取り出しボタンを押してみると、中からDVDが出てきた。
再度戻してやると、再生が始まったようで、きゅるきゅると音が鳴った。
試しにテレビを点けてみると、DVDが再生されていた。
「壊れてねぇな……」
その時、後ろから武蔵に抱き着かれて、そのまま倒れた。
「痛っ……おい」
武蔵は俺の背中に顔をうずめて動かなかった。
滅茶苦茶力が強くて、全く動けない。
「武蔵!」
しばらく抵抗してみたが、無駄だと分かって、そのまま力を抜いた。
「……武蔵、大丈夫か?」
「……駄目だ」
「体調悪いなら看護してやるから、放してくれ」
「違う……駄目なんだ……」
「何が」
「今は……恥ずかしくて顔を見せれない……」
「何を言って……」
ふとベランダの方を見ると、小さなサボテンに小さな花が咲いていた。
サボテンの花……か……。
確か、花言葉は――。
それを思い出した時、武蔵が恥ずかしがる理由も分かった気がした。
「武蔵」
「…………」
「DVD、ここで観るか」
「え……?」
「ここには酒もあるし、行き来しなくてもいい。それに、お前が寝てしまっても、運ばなくていいしな」
武蔵はしばらく無言だったが、やがて俺を放した。
「ウィスキー、ロックで貰おうか」
「……ハイボールも出来るぞ」
「じゃあ、ハイボールで頼む」
ハイボールを飲みながら、映画の続きを武蔵の部屋で観た。
映画のエンドロールが流れる。
それまで無言だった武蔵が、かすれた声で話し始めた。
「からかわないのか……?」
「何をだ」
「とぼけるな……」
武蔵はつまらなそうに、グラスの氷を弄んだ。
「からかったら、何かいい訳が聞けるのか?」
そう言ってやると、武蔵は膝を抱えて、顔を隠してしまった。
「まあ、あえてからかうなら……」
武蔵の目がチラッとこちらを見た。
「お前も今日、皆と一緒に行けば良かったのに……だな」
「……酔ってるぞ」
「俺の魅力に、か?」
「フッ……誰が……」
テレビはメニュー画面に変わっていた。
「眠い……」
「ああ、寝ろ寝ろ」
立ち上がろうとすると、物凄い力で座らされた。
「肩を貸せ……」
そう言って、武蔵は俺の肩に寄り添って目を瞑った。
「皆が帰ってきたら……起こしてくれ……」
「おいおい……」
しばらくすると、武蔵は寝息を立て始めた。
「……ったく」
そうは言ってみたものの、嫌な気はしなかった。
静かな部屋に、武蔵の寝息だけが響いていた。
「華の欠片くらいはあったんだな。それも、密かに隠れた華が」
武蔵の体は温かく、酒に酔っているせいもあってか、いつしか俺も眠ってしまった。
カシャッ。
ピロン。
色んな音が聞こえて、目を覚ました。
「あ、起きた」
鈴谷と陸奥が、こちらを覗きこんでいた。
「……何やってんだお前ら」
「提督の寝顔撮ってる」
「マヌケな顔をしてたわよ」
何だか口の中が甘い……。
「…………」
しばらく寝ぼけていたが、状況を理解してすぐに起き上がった。
時計は22時を回っている。
「わ、どうしたの提督?」
しまった……と思ったが、近くに武蔵はいないし、どうやらここは俺の部屋らしい。
「提督お酒臭ーい。一人で飲んでたの?」
「え?」
「帰ってきたら、一人で部屋で潰れてるんだもの。ビックリしちゃったわ」
そうか……武蔵が先に起きて連れて来てくれたのか……。
「……それより、お前ら、どうだったんだ?」
「結構イケメン居たよね」
「そうね。でも、皆大和さんに集中しちゃって……」
「そうか……」
「お水、飲む?」
「ああ、頼む……」
水を飲みながら思った。
さっきまでの事は全部夢だったんじゃないかと。
「武蔵は……?」
「武蔵さん? さっき大和さんとお風呂に入ってたよ」
「あ、もしかして武蔵と何かあったの?」
「え!? 鈴谷達がいない間に!? 確かに、今日は寮に武蔵さんと提督しかいなかったし……。ねぇ! 提督!?」
「うるせぇ……頭に響く……」
二人を何とかやり過ごし、そのまま再度眠りについた。
翌朝。
シャワーを浴びると、幾分か頭がすっきりした。
「昨日は大分飲んだな……」
今日は一日部屋でゴロゴロしているか……。
食堂に行くと、大和が飯を用意してくれていた。
「大分酔っぱらっていたとの事でしたので、簡単ではありますけど、どうぞ」
「すまん……助かる……」
みそ汁が腹を温めているのが分かる。
そういや、晩飯食ってなかったな。
「そういや、昨日は相当モテたらしいな」
「えぇ、まぁ……」
大和は少し困った顔で笑った。
「相手を見つけるのも時間の問題だな」
「だといいんですけど……」
結果と違い、大和はあまり喜んでいないように見えた。
しばらくすると、ぞろぞろと食堂に人が集まって来た。
「チーッス提督。もう大丈夫なの?」
「ああ」
そこに武蔵もやって来た。
昨日の事が無かったかのようにぴんぴんしてやがる。
「おはよう提督」
「おう」
本当、昨日の事は夢だったんじゃねぇかな……。
「提督、もしよろしければなんですけど、武蔵、鈴谷さん、陸奥さん、山城さんと一緒に洋服を買いに行くんですけど、提督のご一緒にいかがですか?」
「服?」
「えぇ、武蔵が可愛い服が欲しいと」
武蔵はニッと笑った。
「誰かさんに華が無いと言われたからな」
「うわ、提督サイテー。女の子に華がないとかありえないんですけど!」
「お前、自分で華が無いとか言ってたじゃねぇか」
「どうだったかな?」
「……ッチ、サボテン女……」
そう言ってやると、武蔵の眉が少しだけピクッと動いた。
「サボテン女? サボテン女って?」
そう問う鈴谷に武蔵は言葉を被せた。
「そんな酷い事言う奴には、荷物持ちをしてもらおうか」
「あ?」
「賛成ー」
「大和も賛成です」
食堂に賛成コールが響く。
山城までそれに乗っていた。
「逃げ場はないぞ、提督」
「……ッチ、分かったよ」
少しは華があると思った俺が馬鹿だった。
やっぱり武蔵はこういう奴だ。
でも、やっぱり悪い気はしない。
だがな……。
「帰りにDVDを借りに寄ってもいいか?」
「えぇ、いいですよ」
「観たい映画があるんだ。あ、でも、俺の部屋のDVDプレイヤー、壊れてるんだったな……。武蔵の部屋にプレイヤーあったよな?」
「え? 武蔵さん持ってたっけ? 持ってないからって、提督の部屋によく観に来てたのは知ってたけど……」
「本当は持ってるんだよコイツ。なあ武蔵」
ふん、ざまあみろ。
困れ困れ。
「っていうか、なんでそれを提督が知ってるの?」
「え?」
そこに陸奥が合流した。
「一度は武蔵の部屋を訪れたことがあるって訳? ねぇ提督、昨日何があったのか詳しく教えてくれないかしら?」
「あれ、何かあったんですか? 提督?」
しまった……。
「……あー、勘違いだ。あれは別の奴だった」
「だろうな。私はDVDプレイヤーなんて持ってない」
クソ……。
「壊れているのならDVDを借りる事も無かろう。大人しく荷物持ちだけをするんだな」
そう言って、武蔵はニヤッと笑った。
朝食を済ませ、玄関へ向かうと、既に武蔵が待っていた。
「他の奴らはまだ来てないのか」
「準備に時間がかかっているようだ。華のあるやつは準備に時間がかかる」
「華の無いお前は早いってか」
そう言うと、武蔵はそっと近づいて、耳打ちした。
「華の欠片くらいはある、だろう?」
「……起きてたのか」
「フフフ、嬉しかったぞ、提督」
その笑顔は、いつものキリッとしたものとは違うものだった。
「そう言えば、貴様を部屋まで送ったのだが……覚えてるか?」
「全く。寝ていたからな」
「そうか……なら……いいんだ……」
「あ? 何かあったのか?」
「いや……別に……」
「?」
その時、大和たちの声がした。
「来たか。今日はよろしく頼むぞ、荷物持ちさん」
そう言って、武蔵はいつものようにニッと笑った。
――続く。