鈴蘭寮の艦娘達   作:雨守学

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「おう山城、お前も好きだな」

 

「どうも……」

 

最近、山城とホームセンターで会う事が多い。

 

「また健康グッズ見てんのか」

 

「えぇ、提督から頂いたアレ、結構良かったので……」

 

「そうか。それで、何か目ぼしいものはあったか?」

 

「これです」

 

そう言うと、山城は両端の揃ったひょうたんのようなものを見せた。

 

「なんだそりゃ?」

 

「これを下に仰向けに寝ると、体が反ってマッサージになるみたいです」

 

「ほう」

 

「ソフトタイプとハードタイプがあるんですけど……どっちにしようか迷っていて……」

 

「んじゃ、俺がハード買うからお前ソフト買えよ。なんか違うと思ったら交換してやるからさ」

 

「いいんですか?」

 

「おう。長門のヘタなマッサージよりは良さそうだしな」

 

マッサージしてやるとうるさいからやってもらった事があるが、却って体を痛くしてしまった。

 

「それで買い物は終わりか?」

 

「えぇ」

 

「んじゃ、それ買って一緒に帰るか」

 

 

 

帰りは少しばかりゆっくり歩いた。

 

「そう言えば、前のイベント、お前から進んで参加したんだって?」

 

「えぇ……まあ……」

 

「珍しいじゃねぇか。なんか気持ちの変化でもあったのか?」

 

「別に……。私だって、自立しないといけませんから……その練習としてです……」

 

「姉さま離れもあるしな」

 

「まあ……それもありますけど……」

 

実は、扶桑が鈴蘭寮にいた事がある。

当時、山城はずーっと扶桑に付き纏い、離れようとしなかった。

それを気にした扶桑は、山城との距離をとるために、自ら寮の移動を希望した。

今は希望通り、別の寮で暮らしている。

 

「扶桑はお前の為に出ていったからな。それにちゃんと応えろよ」

 

「分かってます……」

 

そう言って、山城はより一層ムッとした顔を見せた。

 

 

 

寮に戻ると、山城が先ほどのグッズを持って部屋を訪れた。

 

「ハード、試させてください」

 

「おう。んじゃ、俺はそっちのソフトを……」

 

グッズを置き、そこに仰向けに寝っ転がった。

 

「ぐ……おぉぉ……」

 

「んっ……はぁぁぁ……」

 

お互いに変な声が出た。

 

「ソフトも……いいな……」

 

「ハード……も……いいです……」

 

床で背中をかく猫のように、ころころとグッズを背中で転がした。

 

「あの……」

 

ドアの方を見ると、扶桑と大和が苦笑いしながらこちらを見ていた。

 

「ね、姉さま!?」

 

「久しぶりね山城。随分、提督と仲良くなったのね。私、嬉しいわ」

 

「ちちち、違います! これはその……!」

 

「おう、扶桑。久しぶりだな」

 

「お久しぶりです、提督。少しお痩せになりましたか?」

 

「ああ、ちょっとだけな。今日はどうした?」

 

「しばらく顔を出せてませんでしたので……。急な事ですみません……」

 

「いや、構わん。こんなところで良かったら上がってけ」

 

「では、失礼して……」

 

山城は恥ずかしそうに正座していた。

 

「大和、お茶とお菓子を用意してきますね」

 

「ああ、頼む」

 

扶桑は山城の隣に座り、健康グッズを弄りながら話しかけた。

 

「心配してたけれど、提督と仲良さそうで安心したわ」

 

「違います。別に仲良くはありません」

 

「そう? 前は話すどころか、目を合わせる事すらしなかったじゃない」

 

「それは……そうですけど……」

 

「こいつも成長してるんだよ。この前なんか、自分からイベントに参加していったんだぜ」

 

そう言って山城の頭を撫でてやると、全力で払われた。

 

「ちょっと……!」

 

「それは良かったわ。離れて生活して、どうなるかと思っていたけれど、却って良かったみたいね」

 

「良くはないです……。姉さまがいないと……やっぱり寂しいですし……」

 

「でも、最近は皆とよく話してるんだぜ。なあ、大和」

 

大和が茶と菓子を持って部屋へ入ってきていた。

 

「えぇ、そうですね。一緒に料理をしたりもしました。どうぞ、粗茶ですが」

 

「ありがとうございます」

 

「なんだかんだ言って、ちゃんとやる奴なんだよ、山城は」

 

山城は少し不満そうな顔をして、じっと床を見つめていた。

 

 

 

しばらく話し込んだ後、扶桑と山城は二人で出かけていった。

 

「山城さん、嬉しいでしょうね。大好きなお姉さんと一緒に出掛けられるなんて」

 

「ああ。だが、また姉さま病が再発しなきゃいいがな……」

 

「大丈夫ですよ。山城さん、最近は凄く変わってますから」

 

「凄くってほどでもねぇ気がするがな」

 

「そうですか? 少なくとも、戦時中から知っている大和からすると、凄い変化ですけどね」

 

戦時中はどんだけ酷かったんだ。

まあしかし、自立していくんだろうなぁという感じはするし、良かった良かったと言う所か。

 

「提督が山城さんを変えたんだと思いますよ」

 

「どうだかな」

 

「なんだかんだ言って、強い信念をお持ちのようですし、そんな提督がいる鈴蘭寮に来られた艦娘は幸せです。もちろん、私もですよ」

 

「やめろ。むず痒い」

 

「本当の事ですよ」

 

そう言うと、大和はニコッと笑った。

 

「うー痒い痒い……」

 

「素直に喜べないんですか?」

 

そんな会話をしていると、部屋の扉がノックされた。

 

「失礼します。あの……司令官さんにお届け物です」

 

そう言うと、羽黒は紙袋を俺に渡した。

 

「おう、ありがとう。誰からだ?」

 

「鹿島さんです。さっき、門のまえで会いまして。司令官さんに渡してくれって言われて……」

 

鹿島……。

 

「それで……?」

 

「それを渡して、足早に帰って行きました。引き留めようとしたんですけど……」

 

「そうか……。ありがとう羽黒」

 

「いえ、失礼しました」

 

そう言って、羽黒は去っていった。

 

「提督……」

 

大和が心配そうに俺を見つめていた。

紙袋の中には、洋菓子の詰め合わせと手紙が入っていた。

手紙には、この前の謝罪と、連絡先が書いてあった。

 

「鹿島……」

 

あの時は咄嗟に手を払ってしまったが、あいつは俺を許してくれていた。

それに応えなければならなかったのは俺で、謝らなきゃいけなかったのも俺なのに……。

 

「…………」

 

「……鹿島さんとお話ししてみてはどうですか?」

 

「え?」

 

「きっと、鹿島さんもそうしたいから、連絡先を入れて来たんだと思いますよ。提督だって、鹿島さんに言いたい事があるんじゃないですか?」

 

大和は何もかも知っているかのように、微笑んでみせた。

 

「……そうだな。気持ちを整理してから、連絡してみることにする」

 

「頑張ってください」

 

「ああ、ありがとう」

 

艦娘を助ける仕事の俺が、逆に助けられるとはな。

だが、鳳翔の時と同じように、不思議と悪くない気がしていた。

 

 

 

夕方になると、山城が一人で帰って来た。

途中で扶桑と別れたのだろう。

 

「おう、姉さまとの久々の時間はどうだった?」

 

そう聞いても、山城は何やら落ち込んで居るようで、ぼーっと足元を見ていた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「提督……」

 

その目には、うっすらと涙が溜まっていた。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「うぅ……姉さまが……姉さまが……」

 

「扶桑がどうした?」

 

「姉さまが……恋を……」

 

「あ?」

 

「気になる人が出来たって……うぅぅ……」

 

そう言って、山城はぽろぽろと涙を流した。

 

「お、おいおい……泣くなよ……」

 

寮の艦娘達が、こちらを見ていた。

俺が泣かしたみたいな空気が流れている。

 

「と、とりあえず俺の部屋へ来い。な?」

 

 

 

山城はしばらく泣いていたが、徐々に平生を取り戻していった。

 

「取り乱しました……」

 

「いや……。それよりも、扶桑に気になる人が出来たって言うのは……」

 

「さっき……別れ際に言われたんです……。イベントに参加した時、話の合う人と出会って……それがきっかけで二人で食事をしたり……遊びに行ったりしているそうで……」

 

扶桑に彼氏が出来そうということか……。

いや、或いはもう……。

 

「そうなのか。良かった……と言うべきだよな……?」

 

「姉さまが幸せそうだから……いい事……でしょうけど……。うぅ……やっぱりショックです……」

 

まあ、そうだろうな……。

いくら姉さま離れしなきゃいけないとは言え……まさか彼氏が出来そうだとは……。

 

「素直に喜んでやれ。あいつだって、いつまでもお前と一緒ってな訳には行かないだろ。お前が自立しようとしているのと一緒で、あいつにはあいつの人生があるからな」

 

「そんなの分かり切ってます! 分かり切ってるけど……はぁ……」

 

そう言うと、山城は膝を抱えて座った。

 

「素直に応援しようと思います……。私も姉さまを忘れるように努力しますけど……難しそうです……」

 

「姉さま以上に夢中になれる事を探すか、相手を探すかだな。とにかく、扶桑に心配をかけないようにしろよ」

 

「はぁ……」

 

山城は完全に落ち込みモードに入ったようで、またしばらくそこから動こうとしなかった。

ちょっと邪魔だなと思ったが、口には出さなかった。

 

 

 

放置して仕事をしていると、突然床を叩いて、山城は立ち上がった。

 

「おわ!? な、なんだよ急に……」

 

「決心しました……! 私……姉さまの邪魔にならないように、相手を見つける事に全力を注ぎます……!」

 

急にスイッチの入った山城を見て、俺はなんだか嫌な予感がしていた。

こういう奴の決意って、何処か外れてて、頑固だからな……。

 

「そ、そうか……。頑張れよ……」

 

「そこで提督……ご相談があるのですが……」

 

嗚呼、これ絶対面倒な事が起きるやつだ……。

 

「なんだよ……?」

 

「私に……男と言うものを教えてくださいませんか……!?」

 

「は?」

 

「その……今まで姉さまばかり見てきたので、異性と言うものに全く頓着なくて……」

 

「んなの陸奥か大和に聞け」

 

「そんなの……恥ずかしくて聞けません……」

 

「なんで俺は大丈夫なんだよ……」

 

「提督はなんというか……何を知られても大丈夫な……どうでもいい存在だから……」

 

「帰れ! 今すぐ帰れ!」

 

「あぁ……その……嘘! 嘘です! 提督は男ですし……だから……あの……」

 

山城は、どんな言い訳をしようか悩んでいるようだった。

本当に俺の事、どうでもいい奴だと思ってるんだな……。

 

「はぁ……まあ……別にいいけどよ……」

 

「本当ですか!? ありがとうございます。あの、どうでもいい存在と言うのは嘘でですね?」

 

「いいよもう……よーく分かったから……。これ以上傷を広げないでくれ……」

 

「す、すみません……」

 

「だが、俺だって女の事は良く分かってねぇんだ。俺が教えると言うより、お前が勝手に理解しろ。邪険にしないようにするから」

 

「分かりました」

 

それから消灯まで、山城はじっと俺の仕事を見ていた。

 

 

 

翌日。

山城は朝から俺の部屋を訪れていた。

 

「おはようございます」

 

「……ああ、おはよう」

 

寝起きで顔も洗ってない俺と違って、自分の部屋にいるかのように山城は座っていた。

 

「邪険にしないとは言ったが、礼儀ってもんがあるだろ」

 

「なら鍵をしめてください。開いてるからてっきり……」

 

厄介な事になったな……。

まさかこんなにグイグイ来られるとは……。

それだけ決意が固いって訳か……。

にしても、気合が入ってる時と入ってない時が極端すぎる。

 

「お前って、0か1しか無いのか?」

 

「?」

 

 

 

顔を洗って戻ってみると、山城はいなかった。

 

「トイレか?」

 

しばらくすると、トレーに朝食を乗せて、戻って来た。

 

「昨日の肉じゃがが残っていたので、良かったらどうぞ」

 

「ここで食えって?」

 

「男性として、料理の評価をして欲しいんです。食堂だと気が散るかもしれませんし、ここで召し上がってください」

 

「あ、あぁ……分かった……」

 

めんどくせぇ……。

だが、タダ飯だしな……。

 

「いただきます」

 

「どうぞ」

 

食っている間、山城はじっと俺を見つめていた。

 

「……あのよ、あまりじっと見ないでくれねぇかな……」

 

「す、すみません……。黙々と食べていたので、何かあったのかと……」

 

「こうも見られてちゃ、食堂より気が散るぜ……」

 

それから山城は視線を外すようになったが、今度はチラチラとこちらを見ていた。

そっちの方が気になる……。

 

 

 

「ごちそうさま」

 

完食はしたものの、見られているという感覚から抜け出せず、肩に力が入って料理を堪能できなかった。

 

「どうでしたか?」

 

「美味かったが……視線が気になって、まるで囚人になった気分だった……」

 

「囚人って……」

 

「お前としては何か得たものがあったのか?」

 

「私の料理は男性が食べても美味しいという事が分かりました」

 

「そんな生き物の観察みてぇな……。と言うよりも、俺の意見が男の総意じゃねぇんだぞ……」

 

「分かってます。ただ、一応男性じゃないですか」

 

「一応ってなんだよ……」

 

「とにかく、料理は男性ウケ良さそうって事でいいですよね?」

 

「まあ、いいんじゃねぇの」

 

そう言ってやると、山城はメモ帳に何やら書き込んでいた。

 

「点数的には何点くらいですか?」

 

「しらねぇよ。勝手につけろ」

 

「自分では難しいです。何点かつけてください」

 

「じゃあ……4点」

 

「何点満点中ですか?」

 

「5点」

 

「もっと広げてください。100点満点中とか……」

 

めんどくせぇ……。

 

「じゃあ……100点満点中80点で……」

 

「80点ですね。80点……と」

 

こんなのが後、何回続くのだろう……。

 

 

 

それから何かと点数を求めて来る山城に付き纏われ、解放されたのは夕方ごろだった。

 

「疲れた……」

 

食堂で伏していると、大和が鹿島から貰った洋菓子と一緒に紅茶を出してくれた。

 

「今日はずっと山城さんと一緒でしたね」

 

「ああ」

 

大和に事情を話してやると、何が面白いのかクスクスと笑いだした。

 

「それは大変でしたね」

 

「また明日から同じことが繰り返し起こるかと思うと、気が滅入る……」

 

「でも、それだけ山城さんが本気って事ですよ。提督は艦娘の自立のために頑張るんじゃなかったんですか?」

 

「そうは言ったが……うぅむ……」

 

「それに、山城さんが提督を頼っているって、冷静に考えたら凄いことだと思いますよ。最初は目も合わせてくれなかったと聞いてますし」

 

それはそうかもしれない。

あの山城が、ここまで……。

 

「成長の最初なんて、大変に決まってますよ。徐々に慣れていきます」

 

「だといいがな……」

 

そう言って洋菓子を一つ口にした。

 

「そうだ。山城さんに振り回されて疲れているなら、山城さんを振り回したらどうです?」

 

「は?」

 

「提督のペースに持っていくんですよ。男性を知りたいと言うなら、提督の姿を思う存分見せてあげたらいいじゃないですか」

 

「俺の姿って言ってもな……」

 

「いつも提督がやっていることに、山城さんを巻きこめばいいんですよ。それならちょっとは楽でしょう?」

 

なるほどな……。

…………。

待てよ……?

俺のペース……。

 

「提督?」

 

「ありがとう大和。やってみるぜ」

 

「え、えぇ……」

 

紅茶を飲み干し、部屋へと戻った。

 

 

 

翌日。

やはり朝から山城が訪ねてきた。

 

「おう、おはよう」

 

「おはようございます」

 

同じように朝食を取る。

 

「何点ですか?」

 

「90点だな。美味かった」

 

「90点、と……」

 

メモを取り終わった山城の頭を撫でてやった。

 

「ありがとな」

 

「な……! 止めてください!」

 

やっぱり。

 

「スキンシップだよ。男を知りたいんだろ?」

 

山城は俺からのスキンシップを嫌がる。

昨日、俺のペースと聞いて、これだ! と思った。

これは決して山城を邪険にしている訳じゃなくて、俺からなんて学ぶんじゃねぇと言う警告のようなものだ。

……まあ、点数云々で付き纏われるのが面倒と言うのが無いかと言われれば、それは嘘になるが……。

とにかく、このまま点数云々で山城が成長するとは思えないし、もっと別の方法(特に俺が絡まない)に切り替えてもらわないといかん。

 

「スキンシップ……ですか……」

 

「そうだ。男はスキンシップが好きだからな」

 

知らんけど。

 

「そうなんですか……。わ、分かりました……。覚悟します!」

 

あれ……真面目にとらえたか……。

決心が固い時の山城は、何でも吸収する姿勢なのかもな……。

まあいい。

その内、本当に嫌になるだろう。

 

 

 

お昼を済ませ、山城と出掛けることにした。

 

「今日は――御苑に行こうと思う」

 

「他の方たちは……」

 

「今日はお前だけだよ。他の奴らがいると気が散るだろ?」

 

「は、はぁ……そうですね……」

 

二人で出かけると聞いて、山城はちょっとトーンダウンした。

嫌なら来なきゃいいのに。

 

 

 

――御苑に入るには、入場料が必要だった。

 

「ほら、入場券だ。あそこでタッチするとゲートが開くらしい。ハイテクだな」

 

俺自身、――御苑に来るのは初めてだった。

 

「家族連れやカップルが多いんだな」

 

苑内はとても広いようで、レジャーシートを持った家族連れも多かった。

 

「山城、ほれ、スキンシップだ」

 

そう言って手を出すと、山城は恐る恐るではあるが、手を握った。

拒否されると思っていたから、ちょっと驚く。

 

「確かに……ほとんどのカップルが手を繋いでますね……。やっぱり、そう言うのは必要なのかしら……」

 

本当、真面目だな……。

こりゃ、作戦失敗かもな……。

 

「んじゃ、苑内を回ってみるか」

 

 

 

苑内には庭園や、温室の植物園、広い原っぱなどがあった。

金を取るだけあって、中々いい所だ。

 

「…………」

 

山城はずっと黙ったままだった。

点数云々言われるよりはましだと思ったが、流石に空気が重い。

 

「山城」

 

「なんです?」

 

「お前、ずっとダンマリだな」

 

「特に話す事も無いですし……」

 

「つまんねぇ女だと思われるぞ」

 

「減点ですか……?」

 

「減点もあるのか……。まあ、減点だな」

 

「減点……何点減点ですか?」

 

また始まった……。

 

「そのメモ帳貸せ」

 

「書いてくださるんですか?」

 

山城は素直にメモ帳を俺に渡した。

 

「没収だ」

 

「な……!」

 

「点数点数うるせぇんだよ。こんなの当てにならんぞ」

 

最初からこうしておけば良かった。

 

「返して!」

 

「返してもいいが、いくら求めて来ても、もう点数は付けねぇぞ」

 

そう言ってやると、山城はムッとした顔を見せた。

 

「……分かりました。別にいいです……」

 

これで点数云々と言われなくて済む。

邪険にしないとは言ったが、やっぱりこういう方法の方が手っ取り早いな。

山城には悪いが、他の方法を――。

 

「ん……!」

 

顔を背けながら、山城は手を出した。

 

「もう点数はつけるなよ」

 

そう言って、その手にメモ帳を渡す。

 

「違います!」

 

「あ?」

 

「手……繋ぐんでしょ……。スキンシップ……」

 

「あ、あぁ……そうだな……」

 

あくまでも点数をやめさせるためのスキンシップだったから、別にもういいんだがな。

山城の手を握り、再び歩き始めた。

ムスッとした顔には変わりないが、山城はしっかりと手は握っていた。

それを見て、ハッとした。

真剣。

馬鹿にしていたが、こいつは真剣なんだ。

メモ帳が無くなった今でも、これが必要だと信じ、取り組んでいる。

嫌な奴とだろうが、何だろうが、やるべきことをしっかりと、真面目に、真剣に取り組んで……。

それを俺は――。

山城の手を放した。

 

「……提督?」

 

「スキンシップは止めだ」

 

「え?」

 

「すまん。よくよく考えたら、男はそんなにスキンシップは好きじゃないかもしれん」

 

俺も真剣に取り組まなきゃいけねぇんだよな。

点数云々は間違ってるかもしれん。

だからと言って、俺が逃げていい訳じゃねぇ……。

こいつだって、考え抜いた末に、俺を頼ってくれたんだ。

ちゃんと応えないといけねぇだろ。

 

「それに、お前だって嫌だろ。嫌なことはするべきじゃねぇよな。悪かった」

 

鹿島の件にしてもそうだ。

俺はまだ何からも逃げようとしてる。

ちゃんと向き合わなきゃいけないのに。

大和はそう言っていたのに、俺は本当に……。

 

「…………」

 

山城は俺に近づいて、そのまま手を握った。

 

「別に……嫌ではありません……」

 

「え?」

 

「スキンシップは……大切だと思います……。それに……嫌なんじゃなくて……その……恥ずかしかっただけです……。だから……」

 

嗚呼、そうか……。

 

「温室植物園……行ってみたいです……」

 

「ああ、俺も気になってたんだ」

 

逃げてたのは、誰かからじゃなくて、俺自身からだったのかもしれない。

都合のいい解釈、善意に至るまで。

自分を幸福に出来る全てのモノから、自分自身を避けてきたんだ。

 

「じゃあ、行きましょう。お、お話でもしながら……」

 

「ああ」

 

それから、山城は自分から話題を振って、話し始めた。

山城の強さ。

それが、自分の弱さに気が付いた今だからこそ、俺にははっきりと見えていた。

 

 

 

歩き疲れたので、途中あったベンチに座る事にした。

 

「もうこんなに経ってたのか」

 

時間を忘れるくらい楽しんでいたという事か。

 

「喉乾かないか? 飲み物買ってくる。何がいい?」

 

そう言って立ち上がると、山城は無言で水筒を取り出した。

 

「そうか。んじゃ、俺は買ってくるかな」

 

「提督の分も……あります……」

 

水筒の上下にコップが付いているようで、山城はその二つのコップにお茶をいれた。

 

「便利なもんがあるんだな」

 

「ホームセンターに売ってました。どうぞ……」

 

「ありがとう」

 

遠くで子供たちがボールで遊んでいる。

こういう広いところでしか、今はボール遊びなんてできないしな。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「提督は……その……私と居て楽しいですか……?」

 

「楽しいが……どうした急に?」

 

「いや……点数を付けていただけなくなった今……提督の気持ちが分からなくて……」

 

「!」

 

「私……他人の心とか分からないし、都合のいいように解釈することも難しくて……」

 

それで点数を欲しがっていたのか……。

 

「そんなの俺にだって分からねぇし、都合のいいように解釈することは誰にだって難しいことだと思う。俺だって、俺がする事何でも、お前が嫌がっているようにしか見えなかったしな」

 

「…………」

 

「でも、嫌じゃないと言われて、それを信じようと思った。それは、お前が真剣で、真っすぐで、強い奴だと分かったからだ」

 

「私が……?」

 

「ああ。俺はお前みたいに強くねぇから、お前を不安にさせちゃうかもしれないけどな……。やっぱり、点数は必要なんかな……」

 

そう言ってやると、山城は視線を落とした後、俺の目をじっと見た。

 

「点数はもういりません……。そのかわり……楽しいときは楽しいって……言ってほしいです……。私も……言うようにしますから……」

 

そこまで言うと、山城は俯いてしまった。

 

「分かった。俺は楽しいと思ってるよ」

 

「……私も……楽しい……です……」

 

その表情は、髪に隠れて見えなかった。

ただ、耳だけは真っ赤に染まっていた。

 

 

 

日も暮れてきたので、帰る事にした。

 

「今日は楽しかったです。勉強にもなりました」

 

「そりゃよかったな」

 

ずっと繋がれている手は、少し汗ばんでいた。

 

「私も姉さまみたいに……相手を見つける事が出来るでしょうか……」

 

「出来るだろ。世の中にドンだけ男がいると思ってんだ」

 

「居ても、私なんかに興味持ってくれる人なんて……」

 

「これからだろ。少なくとも、俺から見たお前は魅力的な奴だし、一緒に居て楽しいと思ったぜ」

 

そう言ってやると、山城は足を止めた。

 

「どうした?」

 

その目は、じっと地面を見ていた。

唇をギュッとしめながら。

 

「山城?」

 

顔を覗きこんでやると、山城は手を放して、つかつか歩き始めた。

 

「お、おい!」

 

それから、山城は一言も喋らなくなってしまった。

 

 

 

寮に戻ると、やはり山城は何も言わずに部屋へ戻ってしまった。

 

「何か悪い事言ったか……?」

 

 

 

翌朝。

山城は来てなかった。

 

「まあ、もう点数も無いしな」

 

顔を洗い、食堂へ向かうと、大和たちが朝食を作っていた。

そこには山城も居た。

 

「おはようございます、提督」

 

大和が元気よく挨拶した。

 

「おう」

 

山城と一瞬、視線が合ったが、すぐに逸らされてしまった。

やっぱり、何か言ってしまったのだろうか……。

 

「まあいいや……」

 

そう言って、玉子かけご飯でも食おうかと、茶碗を持って炊飯器の前に向かうと、山城は無言でそれを止めた。

 

「な、なんだよ?」

 

「…………」

 

相変わらず視線は合わない。

 

「提督、山城さんが朝食を用意してくれるんじゃないですか?」

 

そう言ったのは大和だった。

 

「朝食にしては多いなと思ってたんです。山城さんの料理。きっと提督の分ですよ」

 

「そうなのか?」

 

山城は無言で頷くだけだった。

 

「そ、そうか……。んじゃ、お願いする」

 

山城はそのまま調理場へと戻った。

てっきり怒ってるものだと思っていたが、違うのか……?

 

 

 

朝食の出来る頃には、他の皆も食堂に集まっていた。

 

「チーッス提督。あれ、また大和さんに作ってもらったの?」

 

「いや、今日は山城だ」

 

「へー、山城さん、どうしたの?」

 

山城は答えなかった。

 

「いただきます」

 

飯を食う俺を、山城はじっと見ていた。

ああ、そうか。

点数じゃなくて感想言わないとな。

 

「美味いよ。ありがとう山城」

 

そう言って笑ってやると、山城は少し嬉しそうだった。

 

「ふぅん……なるほどねぇ……」

 

鈴谷が山城をじとーとした目で見た。

 

「どうした?」

 

「別にー? 山城さん、後で話があるんですけどー?」

 

「な、何ですか……?」

 

山城は明らかに動揺したしぐさを見せた。

 

「提督、鈴谷の玉子焼きも食べて。今度はだし巻き玉子焼きにしてみたんだー」

 

「今度はしょっぱすぎるとかないか?」

 

「大丈夫だよ。ほら、口あけて、食べさせてあげる!」

 

「止めろ! 自分で食う」

 

「いいじゃん別にー。ほらほらー」

 

「す、鈴谷さん……提督が困っているわ……」

 

「そうかな? 実は満更でもないんだよねー、提督」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

そう言うと、山城はキッとした目で俺を睨んだ。

やっぱり怒ってんのか?

 

「お前らうるせぇんだよ……。飯くらい静かに食え」

 

「はーい」

 

そう言うと、鈴谷はニヤニヤ笑いながら山城を見た。

山城はちょっとムッとしていたようだった。

 

「ふふふ」

 

そう笑ったのは、大和だった。

 

「何がおかしい?」

 

「いや、本当、提督は面白い人だなと思いまして」

 

「面白い要素あったか?」

 

「えぇ、ですよね、山城さん」

 

大和がそう言うと、山城は視線を逸らした。

訳が分からん……。

 

 

 

朝食を済ませ、部屋へ戻る。

仕事を片付けようとした時、ふと、鹿島の手紙が目に入った。

 

「…………」

 

『鹿島さんとお話ししてみてはどうですか?』

 

気持ちの整理はもう済んでいた。

昨日、山城と出掛けて、あいつの強さを知って、俺も進まなきゃいけないと思った。

 

「……ふぅ」

 

あいつは俺を許してくれた。

今度は、俺が応える番だ。

一呼吸置いたあと、俺は携帯電話で鹿島の番号をダイヤルした。

呼び出し音が鳴る。

 

『鹿島です』

 

――続く。

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