「おう山城、お前も好きだな」
「どうも……」
最近、山城とホームセンターで会う事が多い。
「また健康グッズ見てんのか」
「えぇ、提督から頂いたアレ、結構良かったので……」
「そうか。それで、何か目ぼしいものはあったか?」
「これです」
そう言うと、山城は両端の揃ったひょうたんのようなものを見せた。
「なんだそりゃ?」
「これを下に仰向けに寝ると、体が反ってマッサージになるみたいです」
「ほう」
「ソフトタイプとハードタイプがあるんですけど……どっちにしようか迷っていて……」
「んじゃ、俺がハード買うからお前ソフト買えよ。なんか違うと思ったら交換してやるからさ」
「いいんですか?」
「おう。長門のヘタなマッサージよりは良さそうだしな」
マッサージしてやるとうるさいからやってもらった事があるが、却って体を痛くしてしまった。
「それで買い物は終わりか?」
「えぇ」
「んじゃ、それ買って一緒に帰るか」
帰りは少しばかりゆっくり歩いた。
「そう言えば、前のイベント、お前から進んで参加したんだって?」
「えぇ……まあ……」
「珍しいじゃねぇか。なんか気持ちの変化でもあったのか?」
「別に……。私だって、自立しないといけませんから……その練習としてです……」
「姉さま離れもあるしな」
「まあ……それもありますけど……」
実は、扶桑が鈴蘭寮にいた事がある。
当時、山城はずーっと扶桑に付き纏い、離れようとしなかった。
それを気にした扶桑は、山城との距離をとるために、自ら寮の移動を希望した。
今は希望通り、別の寮で暮らしている。
「扶桑はお前の為に出ていったからな。それにちゃんと応えろよ」
「分かってます……」
そう言って、山城はより一層ムッとした顔を見せた。
寮に戻ると、山城が先ほどのグッズを持って部屋を訪れた。
「ハード、試させてください」
「おう。んじゃ、俺はそっちのソフトを……」
グッズを置き、そこに仰向けに寝っ転がった。
「ぐ……おぉぉ……」
「んっ……はぁぁぁ……」
お互いに変な声が出た。
「ソフトも……いいな……」
「ハード……も……いいです……」
床で背中をかく猫のように、ころころとグッズを背中で転がした。
「あの……」
ドアの方を見ると、扶桑と大和が苦笑いしながらこちらを見ていた。
「ね、姉さま!?」
「久しぶりね山城。随分、提督と仲良くなったのね。私、嬉しいわ」
「ちちち、違います! これはその……!」
「おう、扶桑。久しぶりだな」
「お久しぶりです、提督。少しお痩せになりましたか?」
「ああ、ちょっとだけな。今日はどうした?」
「しばらく顔を出せてませんでしたので……。急な事ですみません……」
「いや、構わん。こんなところで良かったら上がってけ」
「では、失礼して……」
山城は恥ずかしそうに正座していた。
「大和、お茶とお菓子を用意してきますね」
「ああ、頼む」
扶桑は山城の隣に座り、健康グッズを弄りながら話しかけた。
「心配してたけれど、提督と仲良さそうで安心したわ」
「違います。別に仲良くはありません」
「そう? 前は話すどころか、目を合わせる事すらしなかったじゃない」
「それは……そうですけど……」
「こいつも成長してるんだよ。この前なんか、自分からイベントに参加していったんだぜ」
そう言って山城の頭を撫でてやると、全力で払われた。
「ちょっと……!」
「それは良かったわ。離れて生活して、どうなるかと思っていたけれど、却って良かったみたいね」
「良くはないです……。姉さまがいないと……やっぱり寂しいですし……」
「でも、最近は皆とよく話してるんだぜ。なあ、大和」
大和が茶と菓子を持って部屋へ入ってきていた。
「えぇ、そうですね。一緒に料理をしたりもしました。どうぞ、粗茶ですが」
「ありがとうございます」
「なんだかんだ言って、ちゃんとやる奴なんだよ、山城は」
山城は少し不満そうな顔をして、じっと床を見つめていた。
しばらく話し込んだ後、扶桑と山城は二人で出かけていった。
「山城さん、嬉しいでしょうね。大好きなお姉さんと一緒に出掛けられるなんて」
「ああ。だが、また姉さま病が再発しなきゃいいがな……」
「大丈夫ですよ。山城さん、最近は凄く変わってますから」
「凄くってほどでもねぇ気がするがな」
「そうですか? 少なくとも、戦時中から知っている大和からすると、凄い変化ですけどね」
戦時中はどんだけ酷かったんだ。
まあしかし、自立していくんだろうなぁという感じはするし、良かった良かったと言う所か。
「提督が山城さんを変えたんだと思いますよ」
「どうだかな」
「なんだかんだ言って、強い信念をお持ちのようですし、そんな提督がいる鈴蘭寮に来られた艦娘は幸せです。もちろん、私もですよ」
「やめろ。むず痒い」
「本当の事ですよ」
そう言うと、大和はニコッと笑った。
「うー痒い痒い……」
「素直に喜べないんですか?」
そんな会話をしていると、部屋の扉がノックされた。
「失礼します。あの……司令官さんにお届け物です」
そう言うと、羽黒は紙袋を俺に渡した。
「おう、ありがとう。誰からだ?」
「鹿島さんです。さっき、門のまえで会いまして。司令官さんに渡してくれって言われて……」
鹿島……。
「それで……?」
「それを渡して、足早に帰って行きました。引き留めようとしたんですけど……」
「そうか……。ありがとう羽黒」
「いえ、失礼しました」
そう言って、羽黒は去っていった。
「提督……」
大和が心配そうに俺を見つめていた。
紙袋の中には、洋菓子の詰め合わせと手紙が入っていた。
手紙には、この前の謝罪と、連絡先が書いてあった。
「鹿島……」
あの時は咄嗟に手を払ってしまったが、あいつは俺を許してくれていた。
それに応えなければならなかったのは俺で、謝らなきゃいけなかったのも俺なのに……。
「…………」
「……鹿島さんとお話ししてみてはどうですか?」
「え?」
「きっと、鹿島さんもそうしたいから、連絡先を入れて来たんだと思いますよ。提督だって、鹿島さんに言いたい事があるんじゃないですか?」
大和は何もかも知っているかのように、微笑んでみせた。
「……そうだな。気持ちを整理してから、連絡してみることにする」
「頑張ってください」
「ああ、ありがとう」
艦娘を助ける仕事の俺が、逆に助けられるとはな。
だが、鳳翔の時と同じように、不思議と悪くない気がしていた。
夕方になると、山城が一人で帰って来た。
途中で扶桑と別れたのだろう。
「おう、姉さまとの久々の時間はどうだった?」
そう聞いても、山城は何やら落ち込んで居るようで、ぼーっと足元を見ていた。
「おい、大丈夫か?」
「提督……」
その目には、うっすらと涙が溜まっていた。
「ど、どうしたんだ?」
「うぅ……姉さまが……姉さまが……」
「扶桑がどうした?」
「姉さまが……恋を……」
「あ?」
「気になる人が出来たって……うぅぅ……」
そう言って、山城はぽろぽろと涙を流した。
「お、おいおい……泣くなよ……」
寮の艦娘達が、こちらを見ていた。
俺が泣かしたみたいな空気が流れている。
「と、とりあえず俺の部屋へ来い。な?」
山城はしばらく泣いていたが、徐々に平生を取り戻していった。
「取り乱しました……」
「いや……。それよりも、扶桑に気になる人が出来たって言うのは……」
「さっき……別れ際に言われたんです……。イベントに参加した時、話の合う人と出会って……それがきっかけで二人で食事をしたり……遊びに行ったりしているそうで……」
扶桑に彼氏が出来そうということか……。
いや、或いはもう……。
「そうなのか。良かった……と言うべきだよな……?」
「姉さまが幸せそうだから……いい事……でしょうけど……。うぅ……やっぱりショックです……」
まあ、そうだろうな……。
いくら姉さま離れしなきゃいけないとは言え……まさか彼氏が出来そうだとは……。
「素直に喜んでやれ。あいつだって、いつまでもお前と一緒ってな訳には行かないだろ。お前が自立しようとしているのと一緒で、あいつにはあいつの人生があるからな」
「そんなの分かり切ってます! 分かり切ってるけど……はぁ……」
そう言うと、山城は膝を抱えて座った。
「素直に応援しようと思います……。私も姉さまを忘れるように努力しますけど……難しそうです……」
「姉さま以上に夢中になれる事を探すか、相手を探すかだな。とにかく、扶桑に心配をかけないようにしろよ」
「はぁ……」
山城は完全に落ち込みモードに入ったようで、またしばらくそこから動こうとしなかった。
ちょっと邪魔だなと思ったが、口には出さなかった。
放置して仕事をしていると、突然床を叩いて、山城は立ち上がった。
「おわ!? な、なんだよ急に……」
「決心しました……! 私……姉さまの邪魔にならないように、相手を見つける事に全力を注ぎます……!」
急にスイッチの入った山城を見て、俺はなんだか嫌な予感がしていた。
こういう奴の決意って、何処か外れてて、頑固だからな……。
「そ、そうか……。頑張れよ……」
「そこで提督……ご相談があるのですが……」
嗚呼、これ絶対面倒な事が起きるやつだ……。
「なんだよ……?」
「私に……男と言うものを教えてくださいませんか……!?」
「は?」
「その……今まで姉さまばかり見てきたので、異性と言うものに全く頓着なくて……」
「んなの陸奥か大和に聞け」
「そんなの……恥ずかしくて聞けません……」
「なんで俺は大丈夫なんだよ……」
「提督はなんというか……何を知られても大丈夫な……どうでもいい存在だから……」
「帰れ! 今すぐ帰れ!」
「あぁ……その……嘘! 嘘です! 提督は男ですし……だから……あの……」
山城は、どんな言い訳をしようか悩んでいるようだった。
本当に俺の事、どうでもいい奴だと思ってるんだな……。
「はぁ……まあ……別にいいけどよ……」
「本当ですか!? ありがとうございます。あの、どうでもいい存在と言うのは嘘でですね?」
「いいよもう……よーく分かったから……。これ以上傷を広げないでくれ……」
「す、すみません……」
「だが、俺だって女の事は良く分かってねぇんだ。俺が教えると言うより、お前が勝手に理解しろ。邪険にしないようにするから」
「分かりました」
それから消灯まで、山城はじっと俺の仕事を見ていた。
翌日。
山城は朝から俺の部屋を訪れていた。
「おはようございます」
「……ああ、おはよう」
寝起きで顔も洗ってない俺と違って、自分の部屋にいるかのように山城は座っていた。
「邪険にしないとは言ったが、礼儀ってもんがあるだろ」
「なら鍵をしめてください。開いてるからてっきり……」
厄介な事になったな……。
まさかこんなにグイグイ来られるとは……。
それだけ決意が固いって訳か……。
にしても、気合が入ってる時と入ってない時が極端すぎる。
「お前って、0か1しか無いのか?」
「?」
顔を洗って戻ってみると、山城はいなかった。
「トイレか?」
しばらくすると、トレーに朝食を乗せて、戻って来た。
「昨日の肉じゃがが残っていたので、良かったらどうぞ」
「ここで食えって?」
「男性として、料理の評価をして欲しいんです。食堂だと気が散るかもしれませんし、ここで召し上がってください」
「あ、あぁ……分かった……」
めんどくせぇ……。
だが、タダ飯だしな……。
「いただきます」
「どうぞ」
食っている間、山城はじっと俺を見つめていた。
「……あのよ、あまりじっと見ないでくれねぇかな……」
「す、すみません……。黙々と食べていたので、何かあったのかと……」
「こうも見られてちゃ、食堂より気が散るぜ……」
それから山城は視線を外すようになったが、今度はチラチラとこちらを見ていた。
そっちの方が気になる……。
「ごちそうさま」
完食はしたものの、見られているという感覚から抜け出せず、肩に力が入って料理を堪能できなかった。
「どうでしたか?」
「美味かったが……視線が気になって、まるで囚人になった気分だった……」
「囚人って……」
「お前としては何か得たものがあったのか?」
「私の料理は男性が食べても美味しいという事が分かりました」
「そんな生き物の観察みてぇな……。と言うよりも、俺の意見が男の総意じゃねぇんだぞ……」
「分かってます。ただ、一応男性じゃないですか」
「一応ってなんだよ……」
「とにかく、料理は男性ウケ良さそうって事でいいですよね?」
「まあ、いいんじゃねぇの」
そう言ってやると、山城はメモ帳に何やら書き込んでいた。
「点数的には何点くらいですか?」
「しらねぇよ。勝手につけろ」
「自分では難しいです。何点かつけてください」
「じゃあ……4点」
「何点満点中ですか?」
「5点」
「もっと広げてください。100点満点中とか……」
めんどくせぇ……。
「じゃあ……100点満点中80点で……」
「80点ですね。80点……と」
こんなのが後、何回続くのだろう……。
それから何かと点数を求めて来る山城に付き纏われ、解放されたのは夕方ごろだった。
「疲れた……」
食堂で伏していると、大和が鹿島から貰った洋菓子と一緒に紅茶を出してくれた。
「今日はずっと山城さんと一緒でしたね」
「ああ」
大和に事情を話してやると、何が面白いのかクスクスと笑いだした。
「それは大変でしたね」
「また明日から同じことが繰り返し起こるかと思うと、気が滅入る……」
「でも、それだけ山城さんが本気って事ですよ。提督は艦娘の自立のために頑張るんじゃなかったんですか?」
「そうは言ったが……うぅむ……」
「それに、山城さんが提督を頼っているって、冷静に考えたら凄いことだと思いますよ。最初は目も合わせてくれなかったと聞いてますし」
それはそうかもしれない。
あの山城が、ここまで……。
「成長の最初なんて、大変に決まってますよ。徐々に慣れていきます」
「だといいがな……」
そう言って洋菓子を一つ口にした。
「そうだ。山城さんに振り回されて疲れているなら、山城さんを振り回したらどうです?」
「は?」
「提督のペースに持っていくんですよ。男性を知りたいと言うなら、提督の姿を思う存分見せてあげたらいいじゃないですか」
「俺の姿って言ってもな……」
「いつも提督がやっていることに、山城さんを巻きこめばいいんですよ。それならちょっとは楽でしょう?」
なるほどな……。
…………。
待てよ……?
俺のペース……。
「提督?」
「ありがとう大和。やってみるぜ」
「え、えぇ……」
紅茶を飲み干し、部屋へと戻った。
翌日。
やはり朝から山城が訪ねてきた。
「おう、おはよう」
「おはようございます」
同じように朝食を取る。
「何点ですか?」
「90点だな。美味かった」
「90点、と……」
メモを取り終わった山城の頭を撫でてやった。
「ありがとな」
「な……! 止めてください!」
やっぱり。
「スキンシップだよ。男を知りたいんだろ?」
山城は俺からのスキンシップを嫌がる。
昨日、俺のペースと聞いて、これだ! と思った。
これは決して山城を邪険にしている訳じゃなくて、俺からなんて学ぶんじゃねぇと言う警告のようなものだ。
……まあ、点数云々で付き纏われるのが面倒と言うのが無いかと言われれば、それは嘘になるが……。
とにかく、このまま点数云々で山城が成長するとは思えないし、もっと別の方法(特に俺が絡まない)に切り替えてもらわないといかん。
「スキンシップ……ですか……」
「そうだ。男はスキンシップが好きだからな」
知らんけど。
「そうなんですか……。わ、分かりました……。覚悟します!」
あれ……真面目にとらえたか……。
決心が固い時の山城は、何でも吸収する姿勢なのかもな……。
まあいい。
その内、本当に嫌になるだろう。
お昼を済ませ、山城と出掛けることにした。
「今日は――御苑に行こうと思う」
「他の方たちは……」
「今日はお前だけだよ。他の奴らがいると気が散るだろ?」
「は、はぁ……そうですね……」
二人で出かけると聞いて、山城はちょっとトーンダウンした。
嫌なら来なきゃいいのに。
――御苑に入るには、入場料が必要だった。
「ほら、入場券だ。あそこでタッチするとゲートが開くらしい。ハイテクだな」
俺自身、――御苑に来るのは初めてだった。
「家族連れやカップルが多いんだな」
苑内はとても広いようで、レジャーシートを持った家族連れも多かった。
「山城、ほれ、スキンシップだ」
そう言って手を出すと、山城は恐る恐るではあるが、手を握った。
拒否されると思っていたから、ちょっと驚く。
「確かに……ほとんどのカップルが手を繋いでますね……。やっぱり、そう言うのは必要なのかしら……」
本当、真面目だな……。
こりゃ、作戦失敗かもな……。
「んじゃ、苑内を回ってみるか」
苑内には庭園や、温室の植物園、広い原っぱなどがあった。
金を取るだけあって、中々いい所だ。
「…………」
山城はずっと黙ったままだった。
点数云々言われるよりはましだと思ったが、流石に空気が重い。
「山城」
「なんです?」
「お前、ずっとダンマリだな」
「特に話す事も無いですし……」
「つまんねぇ女だと思われるぞ」
「減点ですか……?」
「減点もあるのか……。まあ、減点だな」
「減点……何点減点ですか?」
また始まった……。
「そのメモ帳貸せ」
「書いてくださるんですか?」
山城は素直にメモ帳を俺に渡した。
「没収だ」
「な……!」
「点数点数うるせぇんだよ。こんなの当てにならんぞ」
最初からこうしておけば良かった。
「返して!」
「返してもいいが、いくら求めて来ても、もう点数は付けねぇぞ」
そう言ってやると、山城はムッとした顔を見せた。
「……分かりました。別にいいです……」
これで点数云々と言われなくて済む。
邪険にしないとは言ったが、やっぱりこういう方法の方が手っ取り早いな。
山城には悪いが、他の方法を――。
「ん……!」
顔を背けながら、山城は手を出した。
「もう点数はつけるなよ」
そう言って、その手にメモ帳を渡す。
「違います!」
「あ?」
「手……繋ぐんでしょ……。スキンシップ……」
「あ、あぁ……そうだな……」
あくまでも点数をやめさせるためのスキンシップだったから、別にもういいんだがな。
山城の手を握り、再び歩き始めた。
ムスッとした顔には変わりないが、山城はしっかりと手は握っていた。
それを見て、ハッとした。
真剣。
馬鹿にしていたが、こいつは真剣なんだ。
メモ帳が無くなった今でも、これが必要だと信じ、取り組んでいる。
嫌な奴とだろうが、何だろうが、やるべきことをしっかりと、真面目に、真剣に取り組んで……。
それを俺は――。
山城の手を放した。
「……提督?」
「スキンシップは止めだ」
「え?」
「すまん。よくよく考えたら、男はそんなにスキンシップは好きじゃないかもしれん」
俺も真剣に取り組まなきゃいけねぇんだよな。
点数云々は間違ってるかもしれん。
だからと言って、俺が逃げていい訳じゃねぇ……。
こいつだって、考え抜いた末に、俺を頼ってくれたんだ。
ちゃんと応えないといけねぇだろ。
「それに、お前だって嫌だろ。嫌なことはするべきじゃねぇよな。悪かった」
鹿島の件にしてもそうだ。
俺はまだ何からも逃げようとしてる。
ちゃんと向き合わなきゃいけないのに。
大和はそう言っていたのに、俺は本当に……。
「…………」
山城は俺に近づいて、そのまま手を握った。
「別に……嫌ではありません……」
「え?」
「スキンシップは……大切だと思います……。それに……嫌なんじゃなくて……その……恥ずかしかっただけです……。だから……」
嗚呼、そうか……。
「温室植物園……行ってみたいです……」
「ああ、俺も気になってたんだ」
逃げてたのは、誰かからじゃなくて、俺自身からだったのかもしれない。
都合のいい解釈、善意に至るまで。
自分を幸福に出来る全てのモノから、自分自身を避けてきたんだ。
「じゃあ、行きましょう。お、お話でもしながら……」
「ああ」
それから、山城は自分から話題を振って、話し始めた。
山城の強さ。
それが、自分の弱さに気が付いた今だからこそ、俺にははっきりと見えていた。
歩き疲れたので、途中あったベンチに座る事にした。
「もうこんなに経ってたのか」
時間を忘れるくらい楽しんでいたという事か。
「喉乾かないか? 飲み物買ってくる。何がいい?」
そう言って立ち上がると、山城は無言で水筒を取り出した。
「そうか。んじゃ、俺は買ってくるかな」
「提督の分も……あります……」
水筒の上下にコップが付いているようで、山城はその二つのコップにお茶をいれた。
「便利なもんがあるんだな」
「ホームセンターに売ってました。どうぞ……」
「ありがとう」
遠くで子供たちがボールで遊んでいる。
こういう広いところでしか、今はボール遊びなんてできないしな。
「……あの」
「ん?」
「提督は……その……私と居て楽しいですか……?」
「楽しいが……どうした急に?」
「いや……点数を付けていただけなくなった今……提督の気持ちが分からなくて……」
「!」
「私……他人の心とか分からないし、都合のいいように解釈することも難しくて……」
それで点数を欲しがっていたのか……。
「そんなの俺にだって分からねぇし、都合のいいように解釈することは誰にだって難しいことだと思う。俺だって、俺がする事何でも、お前が嫌がっているようにしか見えなかったしな」
「…………」
「でも、嫌じゃないと言われて、それを信じようと思った。それは、お前が真剣で、真っすぐで、強い奴だと分かったからだ」
「私が……?」
「ああ。俺はお前みたいに強くねぇから、お前を不安にさせちゃうかもしれないけどな……。やっぱり、点数は必要なんかな……」
そう言ってやると、山城は視線を落とした後、俺の目をじっと見た。
「点数はもういりません……。そのかわり……楽しいときは楽しいって……言ってほしいです……。私も……言うようにしますから……」
そこまで言うと、山城は俯いてしまった。
「分かった。俺は楽しいと思ってるよ」
「……私も……楽しい……です……」
その表情は、髪に隠れて見えなかった。
ただ、耳だけは真っ赤に染まっていた。
日も暮れてきたので、帰る事にした。
「今日は楽しかったです。勉強にもなりました」
「そりゃよかったな」
ずっと繋がれている手は、少し汗ばんでいた。
「私も姉さまみたいに……相手を見つける事が出来るでしょうか……」
「出来るだろ。世の中にドンだけ男がいると思ってんだ」
「居ても、私なんかに興味持ってくれる人なんて……」
「これからだろ。少なくとも、俺から見たお前は魅力的な奴だし、一緒に居て楽しいと思ったぜ」
そう言ってやると、山城は足を止めた。
「どうした?」
その目は、じっと地面を見ていた。
唇をギュッとしめながら。
「山城?」
顔を覗きこんでやると、山城は手を放して、つかつか歩き始めた。
「お、おい!」
それから、山城は一言も喋らなくなってしまった。
寮に戻ると、やはり山城は何も言わずに部屋へ戻ってしまった。
「何か悪い事言ったか……?」
翌朝。
山城は来てなかった。
「まあ、もう点数も無いしな」
顔を洗い、食堂へ向かうと、大和たちが朝食を作っていた。
そこには山城も居た。
「おはようございます、提督」
大和が元気よく挨拶した。
「おう」
山城と一瞬、視線が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
やっぱり、何か言ってしまったのだろうか……。
「まあいいや……」
そう言って、玉子かけご飯でも食おうかと、茶碗を持って炊飯器の前に向かうと、山城は無言でそれを止めた。
「な、なんだよ?」
「…………」
相変わらず視線は合わない。
「提督、山城さんが朝食を用意してくれるんじゃないですか?」
そう言ったのは大和だった。
「朝食にしては多いなと思ってたんです。山城さんの料理。きっと提督の分ですよ」
「そうなのか?」
山城は無言で頷くだけだった。
「そ、そうか……。んじゃ、お願いする」
山城はそのまま調理場へと戻った。
てっきり怒ってるものだと思っていたが、違うのか……?
朝食の出来る頃には、他の皆も食堂に集まっていた。
「チーッス提督。あれ、また大和さんに作ってもらったの?」
「いや、今日は山城だ」
「へー、山城さん、どうしたの?」
山城は答えなかった。
「いただきます」
飯を食う俺を、山城はじっと見ていた。
ああ、そうか。
点数じゃなくて感想言わないとな。
「美味いよ。ありがとう山城」
そう言って笑ってやると、山城は少し嬉しそうだった。
「ふぅん……なるほどねぇ……」
鈴谷が山城をじとーとした目で見た。
「どうした?」
「別にー? 山城さん、後で話があるんですけどー?」
「な、何ですか……?」
山城は明らかに動揺したしぐさを見せた。
「提督、鈴谷の玉子焼きも食べて。今度はだし巻き玉子焼きにしてみたんだー」
「今度はしょっぱすぎるとかないか?」
「大丈夫だよ。ほら、口あけて、食べさせてあげる!」
「止めろ! 自分で食う」
「いいじゃん別にー。ほらほらー」
「す、鈴谷さん……提督が困っているわ……」
「そうかな? 実は満更でもないんだよねー、提督」
「そ、そうなんですか……?」
そう言うと、山城はキッとした目で俺を睨んだ。
やっぱり怒ってんのか?
「お前らうるせぇんだよ……。飯くらい静かに食え」
「はーい」
そう言うと、鈴谷はニヤニヤ笑いながら山城を見た。
山城はちょっとムッとしていたようだった。
「ふふふ」
そう笑ったのは、大和だった。
「何がおかしい?」
「いや、本当、提督は面白い人だなと思いまして」
「面白い要素あったか?」
「えぇ、ですよね、山城さん」
大和がそう言うと、山城は視線を逸らした。
訳が分からん……。
朝食を済ませ、部屋へ戻る。
仕事を片付けようとした時、ふと、鹿島の手紙が目に入った。
「…………」
『鹿島さんとお話ししてみてはどうですか?』
気持ちの整理はもう済んでいた。
昨日、山城と出掛けて、あいつの強さを知って、俺も進まなきゃいけないと思った。
「……ふぅ」
あいつは俺を許してくれた。
今度は、俺が応える番だ。
一呼吸置いたあと、俺は携帯電話で鹿島の番号をダイヤルした。
呼び出し音が鳴る。
『鹿島です』
――続く。